第26話 世界最強の一言
「…す、スピリトーソ??」
「黙れ…。」
これがスピリトーソの本当の力なのか…。
何もできない。
もちろんそれは私だけではなく、この会議室全体が凍りついているようだった。
そんな中唯一、カンラだけが震え出した。
縫い付けられたように硬くなっている口を頑張って開く。
「…も、もしかして……、あなたは、世界最強と言い伝えのある伝説の『音神』!?」
「だったらなんだ。口を慎め貴族の犬が。」
「…申し訳ございません。」
昔、本で読んだことがある。
ギリシャ神話に出てくる、音楽を司る9人の女神、ミューズ。
現世での話とはいえ、関係がないとは言い切れないのではないだろうか。
この世界と現世には、切っても切り離せないなにか重要な点で繋がっているような気がする…。
でも、今はそんな事を考えている暇はない。
変貌したスピリトーソは世界最強と言われている神。
癇に障れば、全員殺される可能性がある。
(どうすればいいんだ??)
その時、フリオーゾが口を開く。
「…とりあえず落ち着いて座らないか。お酒でも出しますから…。」
「俺はお前の存在自体が癇に障る。俺に向けて口を開くな。殺すぞ。」
「それとなぜお前たちは領土を占領したがるのだ。占領して何になるというのだ。」
「…やはりもともとは1つであったわけですし……。」
「……。」
30分。
沈黙が流れた。
何一つ喋らなくなったスピリトーソに、誰も恐怖で口を開けなかった。
音で察していた。
先に口を開けば殺されると。
「……フリオーゾ、俺の嫌いな事は分かるか?」
「…えっ、と…弱い者とかか??」
「実にくだらん答えだ…。俺の嫌いな事は『争い』だ。争いは悲劇しか生まぬ。そして終いには、何のために争っているのかさえ忘れていくのだ。」
「俺はそんな醜い事が大嫌いだ。この意味が分かるな…?」
「…はい、申し訳ございません。すぐに会議を終わらせます。」
「最初からそうしてくれ。クソ野郎が…。」
その瞬間、スピリトーソは元の姿に戻ってゆく。
私の隣に座る頃には、いつもの姿になった。
そしてまたすぐに寝た。
会議室の全員の目線がこっちに向いていた。
(スピリトーソが寝ている間に速く決めてください。)とジェスチャーでカンラに伝えた。
その後、領土分割で即決された。
その時間、ものの3秒だった…。
◆◆◆
会議が終わり、それぞれが挨拶を交わしてゆく。
フリオーゾは、開始前は挨拶を交わしてくれたが、私の隣にいるスピリトーソを見た途端に、冷や汗をかいて逃げ出してしまった。
カンラは私達の方に来てくれた。
「…ユウ、驚きました。貴方が伝説の存在を連れているなんて……。」
「…いや、私が一番驚いていますよ。確かに凄い奴ですけど、ここまでとは聞いてませんので。」
「音神様、ずっと寝てらっしゃいますね。」
「…そうですね。確かに寝るのは好きですけど、ここまで寝ているのは初めてです。」
「……。」
会話はそのくらいだった。
会議ありがとうとか、また会おうなどの言葉は出てこなかった。
それだけ、今回のスピリトーソの変貌に驚きを隠せないのだ。
◆◆◆
一旦落ち着こう。
家に戻った。
ミラノさんは今、農作業中で家にはいなかった。
爆睡中のスピリトーソを彼の部屋に寝かせて、私も自分の部屋で横になった。
今日のことを振り返る。
まずスピリトーソの正体は、音楽の神と呼ばれる、世界最強の実力者であった。
そして奴の変身条件だが、恐らく奴が寝ている時に…なにかトリガーがあるのだろうか。
試してみてもいいが、おっかないのでやめた…。
寝っ転がって少し経った。
扉の方から足音がして、コンコンとノックされた。
「…どうぞ。ミラノさんですか?」
「ふぁ……おはよう、ユウ。」
「げっ、お前起きたのかよ…。」
「なんだよ……、せっかく一番に挨拶したってのに……むぅ…。」
「…あぁ、悪かったって、よしよし。」
私は何をやってるんだ…。
世界最強の神を相手に、頭を撫でて慰めているではありませんか。
正直、足が震えて、座っているのがやっとだ。
あんな姿を見たら仕方ないだろう。
私に慰められたスピリトーソは満足した様子で部屋に帰るのかと思ったら、私の部屋のベッドに飛び込んできた。
「…何してるんだよ、お前…。」
「ふぅ…、なんかね……ここが落ち着くんだよね。」
「……。」
(今、聞いてみるか…?いやいや、何か禁忌に触れるかもしれないし……。でも、このまま済ませられる問題ではないよな……。)
「なぁ……。お前って……神様なのか?」
聞くことを選んだ。
どうにでもなれ。
「……は??」
「……え??」
「いやこっちがえ?だよ。急に何言い出すんだよ。ユウらしくないよ??」
「…だって、さっきの…会議の……ときに……。」
「会議……?あぁ、そういえばどうなったの?今から??」
「…もしかして記憶がない??」
「全く。ずっと夢の中だよ。」
なんてこった。
スピリトーソはさっきまでの記憶が全部無いらしい。
いや、こいつが嘘をついている可能性もある…。
でも嘘をつく意味があるのか…?
とりあえず、スピリトーソは2重人格と言うことでいいのだろうか。
そういう事にしておこう。
うん、そうだな。
ひとまず自己解決しておこう。
その後のスピリトーソも普通だった。
ミラノさんが取ってきた新鮮な野菜のスープをゴクゴク飲み、主食のパンをいつものように食らっていた。
以前よりも私に甘えてくるようになったけど、ほとんど前のままだった。
アルディートの配下と言うのに、今までそれを知らなかったと言うのも少し気になるが…。
スピリトーソとの旅の期限はあと2週間。
アルス、ウベティ。速く帰りてぇよ……。
◆◆◆
とある日街を歩いていると、雑貨屋の看板に興味深い物が書いてあるのを見つけた。
『意思疎通機器設置店』
名前につられて入ってみた。
それは目立つところにあったのですぐに分かった。
説明によると、『遠くにいる人にも、リアルタイムで連絡できる優れもの』と書いてある。
現世でいう、公衆電話的なものだろう。
この世界では電話なんて便利なものはない。
だからこういう物があるのはありがたい。
使い方は、まずこの機器に魔力を注ぎ込んで、話したい相手を思い浮かべるだけらしい。
本当にそれだけで意思疎通出来るのだろうか。
とりあえず、ウベティに話してみよう。
◆◆
「……ブブ、ブブブ……、はあ、フィーネかわいいなぁ…。」
「ゴホン、あ、あの…ウベティ?」
「…え、え、あ…う、え?ユウ??なんでここに……あれ、いない??」
「今、機器を通じてウベティに話しかけてるんです。お取り込み中で悪かったですね。」
「なんと、そんな物があるんだな…。そうだ、依頼の方はどうなんだ?」
「全くですね。手がかりも見つかりません。」
「そうか……。」
やばい。
話すことが無くなった。
すぐに切ったら申し訳ないし、どうしようか…。
そうだ、ミューズの事を聞いてみよう。
「…ウベティ、ミューズってご存知ですか?」
「ミューズ…?ああ。音楽の神だろ??でも、今は行方不明で死んだとも言われているんだよ。」
「…もし仮にその神が誰かに変装して隣にいたら、あなたならどうしますか?」
「なんだそのピンポイントな質問は…。」
「…答えてください。」
「そうだな……俺ならついていくかな。」
「やっぱり強い人につくことは、自分にとって利益しかないからな。」
「…なるほど、参考にします。ウベティ、ありがとうございました。」
「あぁ、健闘を祈る。」
ミューズが隣にいる恐怖と、少し楽しみな気持ちに囲まれながら、あと2週間を過ごす。
重要なのは、スピリトーソ自身がその事を知っているのかどうか。
師匠やアルディートとの関係性があるのかどうか。
ちなみに、1週間以内に町分割の式典が行われるらしい。
次回第27話 新たな町 8/21 20:00




