第12話 少女の夢(ミライ) 前編
「やめろぉぉぉぉ!!」
私は襲われる寸前の少女を庇うようにして背中から抱きしめた。
アルトスパイダーの糸が私の身体にまとわりついて離れない。
火炎で焼き切ろうとしたが、鞄の中にあるクラリネットが糸のせいで取り出せない。
少女を助けるつもりが、自分が喰われそうになってしまった。
アルトスパイダーが大きく口を開いた瞬間…。
「炎波!!」
この声はアルスだ。
私の異変を察知して、後ろから追いかけて来たのだ。
私の身体にまとわりついた糸は、アルトスパイダーごと焼き切れた。
私は少女から手を離し、背中で庇うように少女の前に立つ。
空太刀で反撃し、あっと言う間に奴らを一匹残らず灰と化した。
その少女はさっき転んだせいか、膝を擦りむいていた。
私はとっさに「大丈夫、大丈夫だよ。」と優しく頭を撫でながら、治癒魔法「回復」をかけた。
「はい、これで大丈夫だよ……ん?」
私が笑顔で優しく言うと、少女はまた「うぅ……」と泣き出してしまった。
私の顔が怖かったのだろうか。
いや、そんなことはないはず…。
そうだったらこの場で自殺してもいい。
少女は泣きながら、屈んでいた私の胸に飛び込んできた。
「お兄ちゃん…うっ……ありがとう……。もう食べられちゃうかと思った……ひっく…。」
少女は嗚咽を繰り返しながら私にお礼を伝えた。
とりあえず、私のせいで泣かせたのではなさそうで安心した。
私はよしよしと少女の背中をさすって慰めた。
その後、徐々に落ち着きを取り戻した少女はふと私の顔を見あげた。
現世でいう8歳くらいの子だろうか。
身長はかなり小さい。
顔は年の割にはかなり整っている。
丁寧にまとめられた青い髪が風でなびく瞬間に私は不意にドキッとしてしまう。
(いかんいかん。こんな小さな子に恋したら。私はそっち系の人じゃないし……。)
でも私のムスコは正直で、下の方ですくすく育ってた…というわけだぁ!!
◆◆◆
少女が完全に落ち着きを取り戻した頃、その様子を見ていたあの兵士2人は申し訳なさそうに、こちらに向かってきた。
「アトラの弟子たちよ。わが集落の長の娘を救ってくれたこと、心から感謝する。それと、動けなくて申し訳ない。」
兵士2人は深々と頭を下げてきた。
私は突然のことで慌てたが、それを見逃さないのが一人いた。
アルスだ。
「くるしゅうない。顔を上げよ。」
そういい、兵士の頭を上げさせる。
アルスめ、何様なんだよ。
この子のピンチに気づいたのは私だぞ?
私がいなかったらどうなってたか分からないのか??
そう突っこみたい気持ちをぐっとこらえた。
「まあまあ、アルス。それで兵士さん。とりあえず、この子の家まで送ります。なので一度だけ集落に入らせていただいてもよろしいですね?」
アルスは言いたかったこと全部言ってくれたなと言わんばかりに私の方を見てニヤッとして親指を立てた。
兵士たちは呆れたような顔をした。
「まあ、よかろう。だが…この子の家にホントに行くのなら……覚悟しておけ。」
「……ん?」
なぜ覚悟がいるのか一瞬分からなかった。
ふと、先ほどの会話を思い出す……。
(わが集落の長の娘……。)
あ、この子…マエストーソの娘さんか!?
確かによく見ると、服装がかなり豪華だ。
察した私は一気に震えだした。
あの独裁者(推定)の前に部外者である私達が出向いたらどうなるのか…。
最悪、奴隷として一生働かされるとかありそうなんだが……。
正直今すぐにでも、じゃあいいですぅ…と逃げ出したかったが、少女が私の袖を引っ張ってそれを拒んだ。
少女の目は輝いていて、とても「手を離して」とは言えなかった。
私とアルスは目を合わせて頷いた。
覚悟を決めた。
兵士の先導の中、ビブラー集落へと踏み入れた。
・
・
ビブラー集落には、100件ほどの家が円状に並んでいた。
一つの家の大きさはそれほどでもなさそうだが、ときより庭付きの豪華な家が目に入った。
しかし不思議なことに、集落を歩く住民らしき人影はほとんどなかった。
それどころか、人の気配すら感じられなかった。
「…これがこの集落の実態だ。」
ゆっくり集落を歩く中、兵士の一人が口を開く。
「数年前、魔物の襲撃に遭い、集落はほぼ壊滅状態に。住民はほぼ全滅したんだ。」
「その時、隣町の会議に出席されていたマエストーソ様は、帰宅後怒りで我を忘れ、この集落を吹き飛ばすように魔物を撃退されたんだ。」
もう一人の兵士も続けて口を開く。
「そんな中、冒険者として立ち寄った私達はそのまま半強制的に兵士とされ、集落の復興に労力を注がされるようになった。」
「もちろん、私達だけじゃない。数十人の冒険者が、兵士として今も働いている。」
マエストーソは自分に責任感を感じているのだろうか。
少しでもカタチとして残そうと、ヒト手を無理やり集め、かつてのビブラー集落を再建設しようとしているのか。
気持ちは分からないことはない。
「私にだって…残してきた妻や子ども、それに病気をしている親父だっているのに……くっ…。」
膝から崩れ落ちそうな兵士にアルスが慌てて駆け寄る。
「そんな理由があったとは知らず、申し訳なかったね。後は僕たちに任せてよ。」
アルスは自分の行動を反省しつつ、兵士と少し打ち解けられたようだ。
アルスは意外ときちんとしているようだ。
その兵士は少しずつ、アルスともう一人の兵士に支えられながら立ち上がった。
「あぁ、大丈夫だ。じゃあ一つだけ頼んでもいいか??」
「……なに??なるべく応えるよ。」
「マエストーソ様に、私達の解放を要求してくれ……!」
その言葉を聞いた時、集落で一番高くかつ大きな屋敷についた。
恐らくここがマエストーソの家で、この子の帰る場所だ。
よしあの兵士の意思を…私とアルスで繋ごう。
屋敷のふすまを開けると、同じような格好をした兵士が私達を見て槍を構えようとするが、こちらの2人の兵士がそれを抑制し、奥へと進んだ。
すると、一番豪華なふすまの前に着いた。
「ちょっと待ってろ。」
さっき泣き崩れた方の兵士が先にふすまを開け、中に入った。
「兵士番号2…サク・ドルチェ。報告がございます!客人様を連れてきました。謁見の許可をいただきたく存じます!!」
「……よかろう。連れて参れ。」
兵士よりも低い声が屋敷中に響いた。
恐らくマエストーソだ。
私達は今一度深呼吸して、開いたふすまの中へと入って行く……。
兵士2人は私達の左右に立った。
私とアルスは正座をして、大きな椅子に腰掛けるマエストーソと見られる大男の前に座った。
謁見の間には、かつての後悔を彷彿とさせるような…杯の割れた欠片が少し散乱していた。
私達が口を開こうとした瞬間、私が手を繋いでいた少女に目を向けて、大男は目を見開く。
「……っ!!ミライ…?ミライなのか!?」
少女は繋いでいた手を離して、走って大男へ飛び込んだ。
大男も椅子から降りて、膝をついて少女を受け止めた。
「お父様…!心配かけてごめんなさい……。私、ちゃんと戻ってきたよ!!」
少女の目には小粒の涙が、そして大男からは大粒の涙が流れる。
「…あぁミライ、悪かったなぁ…。うっ……ごめんなぁ……。」
(何があったのか分からないし、親子の感動の再会中悪いんだけど、私達のことも気にかけてくれませんかね〜?)
アルスと私は顔を合わせて同じように思った。
お互いに頷きつつ前を向いた瞬間、大男は私達の目の前にいた。
速すぎる。
こいつは相当強いと瞬時に悟った。
身体中が危険信号を発しているが、凄まじい覇気を感じて動けない。
大男からは、殺気と見下すような気配を音で感じた。
大男は口を開く。
「…失礼した。我が名は『マエストーソ・ドルチェ』!このビブラー集落を治めし特級剣士である!!」
うん、どうりで。
特級剣士はこの世界に5人しかいないと、本で読んだことがある。
5大強剣士とでも言うべきだろうか。
とにかく、むちゃくちゃ強いやつだ。
「お前らはただの冒険者………、だな??」
「ここに現れたということは私に仕え、兵士として一生を過ごすという覚悟があるんだろうな!?」
やっぱりそう来たか。
私は想定済みの言葉が来て安心した。
アルスが口を開くと変な方向に進みそうなので、元教師としての巧みな言葉スキルがここで発揮されるというわけだ。
「お初にお目にかかりますマエストーソ様。私はユウ・シャープ、こちらはアルス・フラットと申します。」
「私達は、英雄アトラ・フラットの意思を継ぐために世界を旅する最中でございます。冒険者として登録するために、ここに立ち寄った所存でございます。」
大男はアトラと聞いて少し動揺した。
しかし、すぐに「…ふん。」と鼻を鳴らしつつ話す。
「……アトラの弟子だから何だ。私に仕えるのか、それともここで死ぬのか選べ!俺はアトラの弟子であっても容赦はせん!!」
そう言うと、マエストーソは剣を抜く。
でもやはり、マエストーソの顔には迷いがにじみ出ているように見えた。
でも私はここで引き下がるわけにはいかない…!
「マエストーソ様!あなたの後悔は痛いほど分かります。ですが、今ここにいる兵士達にも、家族や愛する者、守るべきものはあります!全員の解放を求めま……あっ。」
やばい。
少し早とちりしすぎた…。
聞いていた兵士達からは、少しどよめきが起こる。
それを聞いたマエストーソは血相を変える…。
「黙れ!言うためにわざわざ謁見を求めたのか!?
「…ならもういい!!ここで全員死ねぇ!!!」
マエストーソの剣が私の頭上に振りかかる。
私は死を覚悟した……その瞬間。
あの少女が、さっきの私のように背中で庇うようにして飛び込んでくた。
「お父様やめて!この人たちは私を助けてくれた…悪い人じゃないんだよ!!」
少女からは、私達を助けようと決意した音が聞こえた。
彼女の広げた腕には、彼女なりの、フルパワーの力がこもっているようだった。
マエストーソ・ドルチェ……ビブラー集落の長。特級剣士として世界に名を残す。彼の目には後悔と懺悔が常に含まれている。
ミライ・フルー・ドルチェ……マエストーソの娘。ビブラー集落襲撃の際、マエストーソがミライを背負っていたため助かる。母親は襲撃に巻き込まれ、亡くなる。
次回第13話 少女の夢 後編
7/17 21:00公開




