カテイばかりの量子力学
漸く終わりですね。ところで『漸く』って『しばらく』って読みそうな見た目してますよね。
僕は森を歩いていた。とある人物を探すためだ。でも何となく分かっている探すまでもなく彼は現れると、そういう運命なのだ。そうして彼は現れた。何処にでも居るような青年の皮を被った僕の良くしっている人の顔をした彼が、僕の事なんて知らないかのような口ぶりで話しかけてくる。
「誰だお前?」
「僕は僕だ、それ以上でもそれ以下でもない。そういう君は御手洗足染だね。」
「どうだろうな。お前はアレか、羅和千里だな?」
お互いにそれ以上は何も言わなかった。後はどっちが生き残るか、それだけだ。整井から貰ったピストルの存在を確かめ、楽観的な速攻を仕掛ける。
「『過程ばかりの量子力学』。」
念のためもう一度説明するが、羅和千里の能力『過程ばかりの量子力学』は時間を映像フィルムに見立て、自身の行動の始まりをトリガーにその行動の結果までを切り取り、残った端と端をつなぎ合わせる能力だ。その間の僕の行動は誰も認識出来ないが認識した体の結果になる。僕は今『桜走の名前を呼びながらよそ見をしつつ引き金を引く』という行動を有耶無耶にした。つなぎ合わされた未来は、惜しくも御手洗の左肩を銃弾が掠めるというものだった。
「!?成る程確かに初見殺しにはもってこいの能力だなぁ、桜走が警戒するように言ったのも納得する。でももう初見じゃない。完全犯罪じゃぁない殺人なんてぇ美学に欠けるなぁ?」
「創作物のサイコパスキャラみたいな喋り方だね、フードと包丁を取りに家に帰ったらどうだい?」
「その必要はねぇよぉ。完全犯罪の心得第5条『能ある鷹は爪を隠す』。」
ジャグリングのように質素でただ斬るためだけに存在するかのようなダガーが御手洗の掌を行き来する。よくよく見れば、行き来しているのではなく出たり消えたりしているようだ。どちらにせよ以前桜走から受けた、彼の能力は背中に触れたときに電流を流すという説明と現状が食い違う。無論今の僕たちの関係を鑑みれば嘘を吐かれたと考えるべきだろう。だが僕にはそれができない理由がある。
「もし僕を殺すのに其れだけで十分だとか思っているならやめた方がいい、ピストルに近接武器が有利を取れる間合いじゃない。」
「あぁ百も承知さ。第二条『煙ゆく行く末の成りかわり』。」
ナイフの次は御手洗自身が不意に消えたり現れたりした。準備運動をこなしているようにも見える一連の流れを警戒し、ピストルを握る力を強める。ざらざらしたグリップ感が手汗によって奪われそれを振り切るように引き金を一度引く。いつの間にか上達していたのか弾丸は狙い通りの軌道上にそって御手洗へと迫る。ただ残念なことに丁寧に描写された一発の弾丸は御手洗にかすりもしなかった。あたる直前に完璧に消えたのだ。再び御手洗を認識したのは僕が立っている場所よりさらに後方の位置だった。同じようにもう一発鉛球を解き放つ。再再度御手洗の姿が消え、僕の目の前で姿を現した。
「どうしたよぉ?能力は使わねぇのかぁ?」
「無駄に見せびらかす君とは違うよ、僕の能力なんて、僕という羅和千里は何をすることも許されていない人間なんだから。」
あえて会話を続けたことで距離を取りきることに成功した。一つの細工をしながら。
「そりゃつまんねぇよなぁ、残念だよ。」
三回、さっきの謎の準備期間を含めれば四回目となる『存在を消す能力』の発動。これまでの言動から一つ程能力の制約の様な物が推測できていた。恐らくだが消えている間は目が見えていない。よりカッコつけて感覚的に言うならば、『自分の存在しない世界』で行動する能力。僕はこれに近い能力を二つ知っている。白雪と合流した直後に遭遇した獅海馬児が存在を認識できなくなる能力を使っていたという。そしてもう一つこの摩訶不思議な魔法に似た能力の持ち主、それはつまるところ僕のことだ。しかし今そんなことを考えたって仕方がないのだ。今僕が何を言いたいのか、その『自分の存在しない世界』で行動する能力を用いて御手洗が何を狙っているのか、愚門にも及ばない背後を取るためなのだろう。現に御手洗はようやっと僕の背中を視界にとらえる形で姿を現した。僕が振り向き引き金を引くより背中に触れられる方がはるかに速いだろう。御手洗も勝ち誇ったように掌を伸ばす。まさに絶体絶命とやらだ。だがもし、こうだとしたらその前提は変わってくる。もし
「君の見ている背中が、コピーペーストされた空間だとしたら、僕が引き金を引く方が早くなる。」
乾いた無機質な破裂音が只響いた。急所にこそ当たらなかったが、左わき腹から赤い染みが開花のようにぱっと広がる。蹌踉めき外見よりも軽い印象の衝撃と共に御手洗は尻餅をついた。追い打ちをかけるようにもう一度発砲するもやはり弾は当たらない。しかし今度は動くことなくただ消えただけだった。いくら人を殺し経験値を得、能力が強くなったところで体が人間な以上たった一発の弾丸で十分致命傷になりうる。痛みか恐怖か、御手洗はいつの間にか妙な口調を失い虚空に向かって叫ぶ。
「桜走の野郎コイツの能力を隠してやがったな!!今この状況もお前の掌の上だってか!?巫山戯んなよぶっ殺してやる!!」
「一旦落ち着いてくれ、一つ君に提案したいことが有るんだ。」
御手洗はもはや言語を認識出来ていないかのようになりふり構わず怒号を轟かせ、拳を地面に力強く打ちつける。3回同じ事を繰り返し、嵐のようなそれはピタリと止んだ。僕が違和感に気付くよりも早く後方で何かが倒れる音に目線と思考が釣られ、僕は唯一とも呼べる勝機を逃してしまった。腹部の出血が止まっていたのだ。
「完全犯罪の心得第3条『無限に広がる閉鎖空間』。」
回復能力…という理由でもないらしい、息は切れたままで痛そうなことに変わりはない。
「無限に広がる閉鎖空間は誰の視界にも入っていない空間に無限に等しい容量を持つ四角形の空間を作り出す能力だ。その空間を視認されると内容物を弾き出す。さっきお前を振り向かせたのは煙ゆく行く末の成りかわりの最中に木を数本しまっていた空間がそれらを吐き出した際音ってことだ。」
「随分丁寧なんだね、もしかして能力を相手に教えるのが発動条件か?」
僕のこの発言は煽りでも何でもない唯の考察だ。初めに行っていた謎の準備期間、御手洗は『ナイフの創造』『消えてその場に現れる』だけの行動を取っていた。これらはそれぞれ『能ある鷹は爪を隠す』と『煙ゆく行く末の成りかわり』を僕に説明してるかのようだった。
「そう警戒するなよなぁ…心配しなくても空間で切れた血管を繋ぐために一度に発動できる『無限に広がる閉鎖空間』を使い切ってる。褒めてやるよここまで追い込まれたのは初めてだ。だからもう本気で殺しに行く。」
直ぐ様御手洗は存在を消し、現れると同時に僕目掛けてナイフを振るう。間一髪で躱し反撃をしようにも、御手洗は自分が腕を振り切るより早く姿を隠している。相打ち覚悟でない限り実質反撃不可能の攻撃だった。上、中、下段と切替わっていく攻撃をいなすのに精いっぱいで反撃どころか後退するのが限界。格ゲーで壁際に追い込まれた気分だ。さっきの御手洗の言葉を信じるなら『煙ゆく行く末の成りかわり』にも何らかの制約があると考えて良い。しかし今、この現状から鑑みるにクールタイムや回数制限はないのだろう。その時点で僕は正攻法では勝てないのだから端から考えるだけ無駄なのだ。僕が彼を倒す方法、それは一つだけある。御手洗足染を矛盾させるのだ。隔多里や白雪が、能力と願いの間に矛盾を起こし能力をフルに使えなくなったように、御手洗足染の能力の起源がわかれば彼を矛盾させ、能力の使用を制限できる筈だ。そんな事を考えていた。御手洗の攻撃のいなし方にも慣れてきて精神的に余裕が生まれていたからだ。思えばもっと早く気づくべきだったのかもしれない。御手洗の能力が他の瑕疵付きの能力をモチーフにしていたということに。それも彼が接触したことのある人物の特徴だと。つまり『煙ゆく行く末の成りかわり』は獅海馬児の『新月の能力』、『能ある鷹は爪を隠す』は刃渡刃の『九十九刀の掌中』。『無限に広がる閉鎖空間』こそ不明だが、僕の知らない瑕疵付きが居るのは至極当然の事だ。なら御手洗と一時協力していた彼の特徴を能力にしていたって不思議じゃない。カチャリと受け入れたくない軽く重々しい音が聞こえた。今になってその能力を使い始めたのは、恐らく僕が御手洗の能力『完全犯罪の心得』の概要に気づいたからだろう。
『弾丸は二度獲物を穿つ。』
火薬が爆ぜ、さっきまで撃つ側だった生身の僕へと2発の弾丸が襲う。何も抵抗できなかった咄嗟に頭と心臓を両の腕で隠すも右の手首を貫通して僕の心臓に鉛玉が突き刺さった。身体から血と共に熱と力が抜けていく、過去の自分に惨めな思いをしないようにと僕は最後の力を振り絞って御手洗との戦闘を『過程ばかりの量子力学』で過程とし、僕の絶命を結果として時間を、映像フィルムを切り取って端を繋げた。
痛みは無かった、それどころか僕は倒れてすら居らず変わらずに御手洗と向き合う形で立ち尽くしていた。御手洗は銃口を地に向け呆然としている。僕も同じだった。僕の能力は映像フィルムの過程の部分を切り取って、始まりと終わりをつなげる。それだけの能力だ、それによって結末が変わることはあり得ない。しかしこんな時に限って僕の頭は冷静で、あの時の事を思い出していた。一番初め綴と隔多里の三人で集落から逃げようとした日、獅海馬児との初めての戦闘を。彼から逃げるために僕は綴の『空想日記』を利用した。あのときは僕と綴が逃げなくても隔多里を追うためにどっちにしろ獅海馬は崖から降りる必要があっただけだと、僕たちがそれを後押ししただけだと思っていた。しかしよく考えると因果で繋がった行動である以上『空想日記』は獅海馬児の行動を巻き戻した筈なのだ。だがその疑問も今の僕には理解できる。あのとき僕は獅海馬児によって能力の発動を阻止されていた。それでも確かに僕は映像フィルムの始まりを切り取っていたのだ。もし綴の能力が僕が有耶無耶にした過程を無かったことにしたのなら、僕と綴が同じ映像フィルムに作用する能力なのだとしたら、切取られた間の僕がしていたことになる過程はどうなるのだろうか。同じように御手洗が作る御手洗が存在しない時間が、僕たちと同じ映像フィルムから逸脱する能力なのだとしたら、御手洗が消えている間のフィルムを僕が切り取ってしまうとどうなるのだろうか。答えは単純、過程が無かったことになる。
「やはり…君が」
僕が言わんとすることに彼も気づいたのだろう、それを否定するために消えることすら忘れて僕を追いかける。ピストルはいつの間にか消えていて、手に持っていたのはナイフだった。僕はとある場所を目指して逃げながらも彼に問いかける。
「君がその能力を発現したのは気づいて欲しかったからなんじゃないか!?君が実の父親を殺した事を!!」
顔をみる余裕はないが呼吸が乱れたのを感じる。
「本当は自分の罪を認めて謝りたかった、でも君の犯行は完璧だった、世間はおろか警察すら殺人事件に気づかない。君の瑕疵はそれなんじゃないのか!?」
「黙れ!!分かったような事を言うんじゃねぇ!!」
目的地が見えて僕は彼に向き直りつつ後ろ歩きに切り替える。それと同時にとある仕掛けもした。
「さっきのハリボテを作る能力か!そんなのに惑わされねぇよ!!」
恐らく御手洗は今自分の姿をみているのだろう。僕は彼の言葉を聞いて安心した。所定の位置に付き一枚の紙を破る。後は時を待つだけだった。
「わかるよ君のことは誰よりも。」
「あぁ!?何ぬかして──」
御手洗が言葉を止めたのは今になって漸く気づいたからだ。ただのハリボテが、彼の動きに合わせて動いていたことに。当然僕の模倣接続はそんな便利な能力じゃない。だってそれは羅和千里の能力じゃないからだ。
「まさか…お前!!」
羅和千里の『模倣接続』はさっきまで別の場所で発動していた。今彼の足元に広がる落とし穴を隠すために。
「逢夢悠亜か!?」
死に直面して御手洗は現状を理解した。さっきまで彼が自分自身の姿を見ていたのは『模倣接続』ではなく『同一視』によるものだと。最後にもう一つだけ、彼が知らない事がある。僕たちはこの最終決戦までの3日間それぞれ綴からノートの切れ端を受け取っていた。僕がそこに書いたのはこの穴を掘った事だ。当然穴を掘ったことだけでなく因果で繋がった結末も無かったことになっている。例えばそうこの穴に他の誰かを落としていたとしたら、今綴の能力でそうだった事になったのなら、瀕死の誰かが穴の中に居るという事だ。
「いらっしゃい御手洗、俺っちも待ちくたびれてたよ!交差する心傷!!」
イタチの最後っ屁すら許さず、僕たちの戦いは終わりを迎えた。
物語としてはこれが最終回です。何度もいうようにコレはあくまでも『鈴音』の外伝なのでエピローグではこの作品のまとめと『鈴音』への引きをします。この作品を少しでも気に入ってくださった方がいらっしゃれば読んでみてください。
以下ちこここ
念の為言っておくと羅和が逢夢と同一化していたのは後付けではありません。じつはちょこちょこ匂わせていました。
さてようやっと一作品終わらせることができました。この作品を通じて私を知って、『他の作品も読んでみようかな』って思ってくれた方がもし居るのであれば先に言っておきます。辞めておいた方が良いです。勉強の休みに少しずつ書き進めますが数カ月に一回の更新、若しくはそれ以上と思っていてください。でも淋しいので記憶の片隅で覚えていてください。『君のソナタ』が先か『鈴音』が先になるかは分かりませんが順次投稿して完結に向かわせます。あとこの2つの作品どっちかを読んで下さっている方に伝えておきます。作品としてどうなのかは置いておいて、設定のまとめとあらすじを連載再会前に投稿するのつもりです。なので無理して読み返そうとか思わなくて大丈夫です。最近他の投稿者の作品を読んでみて気づいたんですが、こんな文字をぎっちり詰めるスタイル珍しいみたいですね。それでも読んで下さる方へのリップサービスだと思って下さい。まぁ活字を読むのが好きって人ならアレですけど。まとめの内容に新規情報をいれるつもりは無いのでもし内容を覚えている、読み返したいと考えている人は見たくて大丈夫です。
それではエピローグを読む人以外はまた何処かの作品で会いましょう。R a bitでした。




