道草に咲いた花
何とか3月中に出せて良かったです。
人間というのは不思議なもので一本道を一方通行だと認識する。それが私にとって前に進むものだとしても、人によっては後ろ向きかも知れないし、はたまた左右への道かもしれない。同じ方向に目的地のある人間以外と仲良くする気が無かった、それだけだった。何処かの誰かが『反発』の瑕疵付きになったきっかけなんてきっとそんなもので、私が存在する理由も等しくその程度のものだ。その私、隔多里甘劇の存在は今消えかけている。反発する私を受け入れる人間は今までにも何人かいた。無論それは私の記憶ではなく、何処かの誰かのものに過ぎないが、確かに居たのだ。ならば何故今になって『反発』の瑕疵付きの瑕疵が消えかけているのか、今なら何となく分かる。それを忘れない為に、確かめる為に、私は今から戦いに出かける。
日が落ちかけていた。目を細めたのはそれが原因で、再度開いた原因ではなかった。とうとう現れたのだ、3度目となる獅海馬児との邂逅を果たしたのだ。
「隔多里か、悪いなもう俺様は仲間の募集を打ち切ったんだ。邪魔しなくても殺すぞ。」
大柄な男は以前会った時よりもさらに大きく見えた。きっと心理的なものでもないのだろう。能力が進化したと見るべきか、地道な筋トレの賜物か。どちらにせよ2度目の戦闘で生き残ったことは何の安心材料にもならないという訳だ。
「今夜は気分が良くてな、冥土の土産に俺様の能力を教えてやろう。」
「言わなくていいわよ、狂化酔月理性と引き換えに身体能力を向上する能力、散々身をもって体験したわ。」
「あゝ確かにそれは俺様の能力さ、ほんの一部に過ぎないがな。」
豪快な笑い声が静かな森を揺らす。正確には何処かで整井が戦っているのだから静かではないのだろうけれど。
「『朔望月の語り部』、月の満ち欠けによって更なる身体強化と特殊な能力を得る。それが俺様の能力の全容だ。一度目は三日月、これは単純に力が狂化酔月より強くなるだけだったが、2度目は違う。あの日は新月だったな、新月の俺様は夜の間存在を認識しにくくなる。そして今宵は、満月だ。」
言いたいことは十分に伝わっていた。今までは私の能力の斥力が彼の力を僅かに上回っていたが、今回はそうはいかないのだろう。そもそもの問題でもあるが。
「今の私は能力が使えないの。瑕疵付きが欠陥を失ってしまった。私なんかより御手洗を殺すべきなんじゃない?」
「言ったろ、邪魔しなくても殺すってな。それに御手洗は安易に動けねぇよ、唯一自分を殺し得る桜走が行方を晦ました。今は専守防衛って所だろう。」
「桜走が行方不明?」
「あゝ何故かは知らないが3日前、この付近の位置情報を伝えてから干渉してこなくなってな。刃渡にも聞いてみたが同じらしい。」
認目から聞いた話と獅海馬児の話す内容は食い違っているように思えた。違和感を放置するのは基本得策ではないが、今はその不和を利用させてもらうことにした。
「つまり桜走が今何処に居るか知ってるって言えば、貴方は前言を撤回してくれるの?」
ほんの少し獅海馬児の濃い眉が動く。疑惑が8割、動揺1割そして興味が1割と言ったところだろうか。少なくとも今私を殺す気は失せている。後はその今を継続させる、ギャンブルは当たってからが本番なのだ。
「桜走が貴方たちに送った位置情報は、私たちが拠点にしていたホテルの近くにある森。もし条件が貴方と私で同じだとしたら、能力の使いない今の私が単独行動を取ると思う?」
「何が言いたい?」
「私たちと桜走の仲間割れはブラフ、貴方たち4人を確実に殺すための罠に桜走が誘導してる。かもって話よ。」
桜走が何処にいるか誰も知らない今、これは絶対に否定しきれない嘘になる。桜走が仲間の可能性、それは安易に私を殺せないという事だ。もし近くに桜走が潜んでいたとしたら、なんなら『心残』で身体の損傷を情報として入れ替えれるとすれば、私への致命傷は自分に返ってくる可能性がある。今は兎に角ハッタリで獅海馬児を足止めし、認目か整井の到着を待つ。
「確かに…なぁ…俺様が確固たる情報を持ち得ない限り、リスクは無限に大きくなる。リターンが小蝿を一匹殺せるかもってだけでは少々割に合わんな。」
「貴方みたいに搦手が苦手な人は桜走を殺すのも難しいでしょう?どう?一時手を組むってのは──」
達成感と安堵で緩んだ私の気が、張り詰めた弦のような殺気に塗り替えられていく。
「なら桜走の能力が間に合わんように即死させることにしよう。それで尚俺様が死ぬとするならばいずれそうなっていたということに過ぎん。」
「待って!まだ話合う余地が」
「悪いが時間切れだ。」
獅海馬児が羽織っていた上着を脱ぎ捨てる。空を舞う面積の広い布が大した影を作らない事に気づいて、漸く私は現状を理解した。夜が来たのだ。
「『朔望月の語り部・望月』。」
バトル漫画で言うオーラのようなものが、確かに私の目に映った。そのくらい見ただけで分かるほど獅海馬児の肉体に変化が起きていたのだ。
「安心しろ直ぐに仲間も送ってやる。」
ありふれた悪役のセリフが今の私には十分過ぎる程の恐怖を与える。小動物が天敵に遭遇したかのような生物的で潜在的な恐怖。根源から湧き出てくる恐怖だった。脚に力が入らず地面が底なし沼に変わったような気分だった。対して目の前の怪物はその地面にヒビを入れながら歩んでくる。私に出来たことは虚勢を張る事だけだった。
「アイツらに手ぇだしてみなさいよ、化けてでも貴方を殺すわ。」
「お前が仲間を庇うような事を言うとはな、今際の際の善行というやつか?悪いが俺様は部屋に沸いた小蝿を一匹たりとも生かしておけないタチなんだ。」
「アイツらは、小蝿なんかじゃない!!」
ピタリと獅海馬児の足が止まる。『万有斥力の蓄積』が無意識のうちに発動していたのだろう。死への私なりの最後の反発だったのかも知れない。
「白雪と認目は跳ねっ返りの強い私に変わらず接してくれた。羅和は何考えてるか分からないし対して話した記憶も無いけど、それが有難かった。整井は臆病で腰抜けなクセに何回私に反発されても向かってきてくれた!!」
声が上手く出せなかった。鼻が突然詰まりきれいに発音できない。年甲斐もなく私は泣き叫びながら能力を発動し続ける。
「思ってたより子供なんだな。仲間にならなくて逆に良かったよ。もう─十分か?」
抵抗虚しく獅海馬児が一歩前へ進む。水をせき止めていたダムが決壊したように、歩みは次第に速さを増していった。そうして空気が歪みそうな程力強い拳が私の目と鼻の先へと迫る。走馬灯は見なかった。確信すらしていたからだ。隔多里甘劇の人生はここから始まって、直ぐに終わりを迎えるのだと。
2分と10数秒、私の心臓は停止していた。目を覚ましたのは奇跡としか言いようがない。呼吸の仕方を忘れかけて大量の空気で溺れそうになった。獅海馬児は私を埋めるための穴を掘っているように見えた。慈愛に目覚めたかの様な顔は、涙目で荒く呼吸する私に気付くやいなや驚きと殺気に飲み込まれていく。
「殺した筈だったが、まさか本当に桜走がバックについているのか?」
「だったら貴方が死んでるんじゃない?偶々よ。それに─隔多里甘劇は確かに死んだ。」
平等に全員を差別する。とあるか弱い少女はそんな強がりで思春期をやり過ごした。私は隔多里甘劇は反発の瑕疵付き…というより瑕疵そのものには違いない。だがそれは彼女の瑕疵ではなかった。私は遠ざけたかったんじゃない、跳ね返して欲しかっただけなのだ。誰も信じれなかった少女の我儘。それが私なんだ。
「だから私は、もう反発しない。」
「何をする気かは知らんがもう一度息の根を止めてやろう。」
反発の瑕疵付きは、とうとう少女の瑕疵を願いそのものを跳ね除けるほどの跳ねっ返りとなった。私は人間になったのだ。
「『全寛容』。」
ピタリと獅海馬児の足が止まる。それに留まらず、次いで彼の巨体が地面に埋まり始めた。無論自重によるものではない。さっきまで平気な顔して立っていたのだから。
「何だコレは!?俺様に何をした!!」
「何って反発しなくなっただけよ。ある力に対する反対の力を蓄積し、解放する。その能力が力の解放を辞めただけ。」
反抗期の子供が我慢を覚えた。それだけの事に過ぎないが、その効果は絶大だった。ある力に対して反対の力、つまりは私の能力は『反作用』の消失に変わったのだ。垂直抗力がなくなった事で地球の中心へと引きずられ、反作用がなくなった事で足を上げることもできない。抵抗をなくした獅海馬児の体は、毎秒9.8m/s²の加速度で地球に引っ張られる。
「巫山戯るな!!俺様が貴様みたいな奴に負けてたまるか!!!」
「理不尽をも抱く星。」
私の意識が戻った時には、獅子海馬児の姿は見えず底の見えない深淵だけが残っていた。
ちこここ
ちょこちょこ言ってきましたが、物語としては次回最終話です。細かな違いこそあれど1話掲載から1年…1年で16話八万文字足らず…?まぁ過ぎたことはいいとして、1話掲載時に考えていた構想から些細な違いこそあれど描きたかったものが描けたと思います。他2作品と違って『ゲームを生き残る』『能力と自分たちの存在という謎を解明する』という目的がある分、比較的読みやすい作品(当社比)だったと思います。でも3話のあとがき(多分)にキャラの名前が人名ぽくない的な、実は伏線を忍ばせていたりと作品外で匂わせをするあまり良くない手癖は多々ありました。春休みの課題が終わり次第最終話を更新したいと思ってます。でも多分今回と同じ3000文字くらいになると思うし、なんなら私は最終話から物語を作るので迷走することもないと思います。
次回予告
次回最終話『カテイばかりの量子力学』
消去法で察してるでしょう、アイツとラスボス的なやつのラストバトルです。読み返して待ってくれてると嬉しいです。




