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帝国の思惑

 統天帝国エテルナ。


 大陸最大の国土と軍事力を誇る帝国の中心に、巨大な城がそびえ立っている。その窓には夜更けを迎えても無数の灯りが輝き、城内を行き交う者たちの足が止まることはなかった。


 伝令が廊下を駆け抜け、将校たちが険しい表情で言葉を交わす。規則正しく響く軍靴と重い鎧の音が、石造りの廊下へ絶え間なく反響していた。


 ――王女、追跡不能。


 その報告は、すでに城中へ知れ渡っている。


 兵士たちは足早に通り過ぎる幹部へ道を譲り、一斉に敬礼した。張り詰めた緊張は、帝国城全体へ伝染している。


 誰もが理解していた。


 たった一人の王女の存在が、今まさに帝国全体を動かそうとしていることを。



 城の最上階にある、帝国中枢の会議室。


 中央には黒曜石のような漆黒の長机が置かれ、その上座に三人の局長が並んでいた。


 帝国軍を統べる軍務局。


 諜報と工作を担う諜報局。


 強力な戦闘系異能者を束ねる特務局。


 軍勢、情報、個の力。帝国を支える三本の柱が、一堂に会している。


 三局長の後方には、部下や側近である数人の男女が立っていた。その中に、黒い眼帯をつけた鋭い目つきの男がいる。


 日御子を襲った男――パルパティーンだった。


「失敗したそうだな、パルパティーン」


 最初に口を開いたのは、軍務局局長のアルベルトだった。


 軍服に身を包んだ壮年の男で、鍛え上げられた体躯と鋭い眼光は、歴戦の将軍そのものだった。椅子へ腰掛けたまま僅かに身を乗り出し、壁際のパルパティーンを睨みつけている。


「王女は生きている」


 パルパティーンの返答は短かった。


 アルベルトの眉間に深い皺が刻まれる。


「だから命令した。発見次第、始末しろとな」


 パルパティーンは悪びれることなく肩を竦めた。


「邪魔が入った。革命の設計者がいた」


「……何?」


 アルベルトは、聞き間違いを疑うようにパルパティーンを見た。


「なぜ奴が、そこにいた」


「知らん。途中から現れた」


 王女と革命の設計者に接点があるという報告は、これまで一度も上がっていない。


 アルベルトはしばらく言葉を失い、やがて額を押さえた。


「最悪だ」


 ふと壁際へ視線を向けた。その先には、彼の部下である青年が静かに控えていた。


 すぐにパルパティーンへ視線を戻したアルベルトの声には、苛立ちだけでなく、明確な危機感が滲んでいた。


「《王域》だけなら、さほどの脅威ではない。だが、《理想国家》と組まれるとなれば話が変わる」


 アルベルトの拳に力が籠もる。


「軍が死ぬ」


 低い声が会議室へ響いた。


「前線が死ぬ。そして、優秀な兵から死んでいく」


 帝国軍の頂点に立つアルベルトだからこそ、その危険性を誰よりも正確に理解していた。


 アルベルトはパルパティーンを睨みつける。


「王女は殺せ。今度こそ、確実にな」


「私は反対です」


 長机の向かい側から、穏やかな声が返ってきた。


 諜報局局長、リリアナ。


 銀色の髪を持つ女性は、椅子へ静かに腰掛け、柔らかな微笑みを浮かべている。一見すれば優しげだが、その瞳は感情に揺れることなく、冷静にアルベルトを見つめていた。


「理由は?」


「まだ利用価値があります。王女には、果たしてもらわなければならない役目が残っています」


「不要だ」


「必要です。まだ鍵が揃っていませんから」


 リリアナは微笑みを崩さない。


「父親の件も残っています」


 アルベルトの目が僅かに細くなった。


「まだ諦めていないのか」


「当然です」


 穏やかな声の奥に、決して譲らない意志があった。


「天帝陛下の宿願ですから」


 その一言で、会議室の空気が変わった。


 天帝。


 その存在だけは、帝国において別格だった。


 軍務局も、諜報局も、特務局も、全ては天帝のために動く。それが、統天帝国エテルナという国だった。


「計画のために、危険を放置するつもりか」


「危険を冒してでも、利用する価値があります」


「危険だから、殺すべきだと言っている」


 二人の主張は平行線を辿る。


 その時、窓際から場違いな欠伸が聞こえた。


「どっちでもいいだろ」


 声を上げたのは、特務局局長だった。


 長い黒髪の男は、重厚な椅子へだらしなく身体を預けている。帝国の命運に関わる会議だというのに、その姿からは欠片ほどのやる気も感じられない。


「殺してもいいし、生かしてもいい。面白い方にすればいいだろ」


 アルベルトが呆れたように天井を仰ぎ、リリアナも小さくため息を吐いた。


 この男は国家にも政治にも興味がない。関心を向けるのは、ただ強者だけだった。


「今回の暗殺を部下に許可したのは、お前だろう」


 アルベルトが問うと、特務局局長は気のない様子で頷いた。


「面白そうだったからな」


 その視線が、壁際のパルパティーンへ向く。


「おい」


「何だ」


「楽しかったか?」


 パルパティーンは少し考えてから答えた。


「そこそこだった」


 特務局局長は満足そうに笑う。


「なら良かった」


 アルベルトは、本気で頭痛を堪えるように額を押さえた。


 それ以上議論を重ねても、結論は出なかった。


 王女を殺すか、利用するか。最終的な決定は、天帝の意向に委ねられる。その一点だけは、誰にも覆すことができない。


 やがてアルベルトが、苛立ちを隠さず立ち上がった。


 押し退けられた椅子が、重い音を立てる。


「好きにしろ」


 吐き捨てるように言い残し、扉へ向かう。


 そのまま会議室を出るかと思われたが、アルベルトは扉の前で足を止めた。


 振り返った鋭い視線が、最初にリリアナを、続いてパルパティーンを捉える。


「次は、私が動く」


 低い声だった。


 その一言だけで、会議室の空気が再び張り詰める。


 アルベルトが、部下ではなく自ら動く。その意味を理解できない者は、この場に一人もいなかった。



【第十話 リリアナ】へ続く


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