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リリアナ

重い扉が閉じる。


会議室には静寂だけが残った。


軍務局局長は去った。


その背中からは最後まで苛立ちが消えなかった。



「じゃあ俺も帰るわ」


気怠そうな声が響く。


特務局局長だった。


椅子から立ち上がる。


伸びをして。


欠伸をする。


帝国最高幹部とは思えない姿だった。


リリアナが眉をひそめる。


「まだ会議は終わっていませんよ」


「終わっただろ」


特務局局長は当然のように答えた。


「王女は生きてる」


「殺すか生かすかで揉めた」


「結論出なかった」


肩を竦める。


「ほらな」


「仕事は終わった」


誰も反論できなかった。


理屈としては間違っていない。



「パルパティーン」


「何だ」


「帰るぞ」


パルパティーンは首を振った。


「俺は残る」


特務局局長が笑う。


「真面目か」


「お前が不真面目すぎるだけだ」


「それもそうだな」


特務局局長は楽しそうだった。


扉へ向かう。


「じゃあな」


「次はもっと面白い仕事を持ってこい」


誰に向けた言葉かも分からない。


そのまま姿を消した。



静かになる。


会議室に残ったのは二人だけだった。


諜報局局長リリアナ。


そしてパルパティーン。


長い付き合いだった。


互いに幼い頃から知っている。


だから。


リリアナが嘘をついている時も。


迷っている時も。


パルパティーンには分かった。


他人には見えないものも見えるのだ。



リリアナが口を開いた。


「あなたにお願いがあります」


真剣な眼差しをパルパティーンに向ける。


「王女は必ず連れ帰ってください」


迷いのない声だった。


パルパティーンは眉をひそめる。


「本気で言ってるのか」


「もちろんです」


即答だった。


予想通りの返答。


だからこそ。


気に入らなかった。


リリアナは続ける。


「貴方なら標的を殺せたでしょう」


パルパティーンは面倒くさそうに視線を逸らした。


「革命の設計者がいた」


「それは理由になりません」


「あなたに限っては」


断言した。


長い付き合いだから分かる。


パルパティーンはその程度で退く男ではない。


「そうかもな」


否定はしなかった。


リリアナはしばらく彼を見つめる。


やがて。


「なぜですか」


と尋ねた。


沈黙。


パルパティーンは答えない。


窓の外へ視線を向ける。


帝都の灯りが広がっていた。


(普通に殺せた)


(あの王女は自分より遥かに弱い)


(応援が現れたところで)


(あの程度なら結果は変わらないだろう)


(それに)


(命令通り王女を殺せば)


(リリアナの計画は終わる)


(それが良いと思った)


(でも)


(本当にそれで良いのか)


(俺には分からなかった)



(最近のリリアナはおかしい)


天帝の話になると特にそうだった。


何かに取り憑かれたように。


何かに縋るように。


(リリアナは少しずつ変わってしまった)


(王女を殺して)


(計画ごと終わらせるべきなのか)


(リリアナの望みを叶えてやるべきなのか)


(答えが出なかった)


(そこへ革命の設計者が現れた)


(絶好の理由だった)


(考えなくて済む理由)


(選ばなくて済む理由)



「都合が良かった」


パルパティーンは小さく呟く。


「都合?」


リリアナが首を傾げる。


「撤退する理由が出来た」


それだけだった。


「変な人ですね」


リリアナは目を細め、小さく笑った。


「貴方は昔からそういうところがあります」


「お前にだけは言われたくない」


パルパティーンは鼻で笑った。



「お前は最近おかしい」


パルパティーンは僅かに表情を改めた。


リリアナは首を傾げた。


「そうでしょうか?」


「陛下の話になると特にな」


数秒。


沈黙。


だがリリアナは微笑んだ。


「当然ではありませんか」


「当然じゃないだろ」


即答だった。


「昔のお前は違った」


リリアナの笑みが少しだけ薄くなる。


「人は変わるものです」


「変わりすぎだ」


静かな声だった。


怒鳴るわけではない。


だが。


その言葉には重さがあった。



「王女を殺せば終わる」


パルパティーンが言う。


「終わりません」


「終わるさ」


「終わりません」


答えに迷いがない。


パルパティーンは目を閉じる。


そして。


小さく呟いた。


「お前が終われる」


リリアナは理解できなかった。


本当に。


理解ができなかった。


「意味が分かりません」


「だろうな」


パルパティーンは苦笑する。


昔からそうだった。


自分のことだけは分からない。


それがリリアナだった。



やがて。


リリアナは小さく息を吐く。


「話は終わりです」


「そうか」


「私はまだ仕事がありますので」


パルパティーンは何も言わなかった。


言ったところで変わらない。


それを知っている。



リリアナが指を鳴らす。


扉が開いた。


一人の男が入ってくる。


リリアナの側近の男だ。


たしか名をユリウスと言った。


穏やかな笑み。


優しそうな顔。


一見、どこにでもいそうな青年だった。


だが。


どこか普通じゃない。


そんな違和感があった。


パルパティーンは僅かに眉をひそめる。


(こいつは気に入らない)


昔から。


どうにも気に入らなかった。



「お呼びでしょうか」


ユリウスが微笑む。


リリアナも微笑み返した。


「例の件です」


「経過を聞かせてください」


男は書類を差し出した。


リリアナは内容を確認する。


数秒後。


満足そうに頷いた。


「問題ありません」


「引き続きお願いします」


「承知致しました」


ユリウスは頭を下げる。


その様子を見ながら。


パルパティーンは静かに眉をひそめた。


(気味が悪い)


ユリウスではない。


リリアナだ。


あの男と話している時に。


少しだけ表情が柔らかくなる。


それが妙に引っ掛かった。



「失礼致します」


ユリウスは部屋を去っていく。


扉が閉じる。


再び静寂。


「あいつを信用しているんだな」


パルパティーンが言った。


リリアナは頷く。


「優秀ですから」


「そうか」


短い返事。


それ以上は言わない。



窓の外では帝都の灯りが輝いていた。


リリアナはその光を見つめている。


まるで何かに魅入られたように。


パルパティーンはその横顔を見ていた。


昔とは変わってしまった横顔を。


誰よりも長く知っているからこそ。


分かってしまう。


少しずつ。


確実に。


壊れていっていることが。


だが。


本人だけは気付いていない。


それが何より厄介だった。




翌日。


帝城。


最奥に位置する謁見の間。


静まり返った玉座の間には、一人の男が座っていた。


逆光に包まれ、その表情は見えない。


リリアナは迷いなく跪く。


その頬は僅かに紅潮し。


恍惚とした笑みを浮かべていた。


「ご報告申し上げます」


その声は震えている。


恐怖ではない。


歓喜だった。


「計画は順調に進行しております」


玉座の男はしばらく沈黙していた。


やがて。


静かな声が響く。


「……まだ目覚めぬか」


「はい」


リリアナは深く頭を下げる。


「ですが、ご安心ください」


「全ては計画通りに」


男は何も答えない。


やがて。


リリアナは満足そうに退室した。


重い扉が閉まる。


静寂。


玉座の男は窓の外へ視線を向けた。


「まだ……間に合う」


静かに目を閉じた。


「それまでに……」


今はまだ、その意味を知る者は誰もいなかった。



【第十一話 はじめまして】へ続く

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