はじめまして
「お金がありません」
朝。
NKJ本部。
ふぉろんたいごの一言によって会議は始まった。
みんな沈黙。
そして。
「ありません」
ふぉろんたいごはもう一度言った。
ポリアンナがそっと目を逸らした。
「……そんなはずは」
「あります」
食い気味に返された。
「先月、予備費を使いましたよね」
「使いました」
「今月も使いましたよね」
「使いました」
「なぜですか」
ポリアンナは少し考えた。
「必要だったので」
「全部そうなんです」
ふぉろんたいごは頭を抱えた。
「来月の食料費が足りません」
ポリアンナは何か閃いたように。
「では節約しましょう」
「もうしています」
即答だった。
「医薬品は」
「もう削っています」
「装備は」
「修理を先送りしています」
「家賃は」
「滞納しています」
ポリアンナが黙った。
「……詰みですか?」
「詰みです」
「食費は削らんぞコラー!」
食堂の方からふるーるの声が飛んできた。
「誰も削るとは言ってません!」
ふぉろんたいごの返答は早かった。
◇
端の席で聞いていた日御子は、思わず吹き出した。
こんなやり取りに参加をしている自分が少し不思議だった。
王を討ってから一ヶ月。
ずっと追われ続けてきた。
誰も信じられなかった。
いつ襲われるか分からなかった。
だが。
この場所では少しだけ肩の力を抜ける。
(変な人達ばかりですが)
(悪くないですの)
そんな風に思ってしまう。
◇
不意に。
本部の扉が叩かれる。
「失礼します」
入ってきたのは中年の男性だった。
身なりは整っている。
役人らしい。
男は軽く頭を下げた。
「中核都市ミズホの行政担当官をしております」
後ろにはもう一人。
旅装束の青年が立っていた。
特に目立つ特徴はない。
本当にない。
一度目を離したら忘れそうなくらいだ。
ただ一つだけ特徴を挙げるなら。
なぜか大量の地図を抱えていた。
「重くありませんの?」
日御子が思わず聞く。
「重いです」
即答だった。
「置けばいいのでは?」
「なるほど」
青年は感心したように頷いた。
そして床へ置いた。
「いま気が付きました」
全員の視線が彼に一斉に集まった。
◇
行政担当官が口を開く。
「本日は依頼があって参りました」
ポリアンナが頷く。
「お聞きしましょう」
担当官は深く息を吐いた。
「近隣で失踪事件が発生しています」
空気が変わる。
「しかも一つの村の話ではありません」
「周辺十二の村々です」
日御子が目を細めた。
「失踪者は何人ですの?」
「現在確認されているだけで二十三名」
予想以上だった。
のぶおが表情を曇らせる。
「子供は含まれていますか?」
「三名おります」
部屋の空気が重くなった。
「山賊では?」
ポリアンナが尋ねる。
担当官は首を振った。
「違います」
「死体もない」
「争った跡もない」
「目撃証言もない」
「気付けば消えているのです」
気味が悪い。
あまりにも。
「共通点は?」
もりやんが問う。
「ありません」
即座に答えが返ってきた。
「年齢も性別も職業もばらばらです」
ポリアンナが考え込む。
アイザックは厄介そうな顔をした。
日御子は隣に立つ青年を見た。
彼は静かに口を開いた。
「はじめまして」
青年は軽く頭を下げた。
「ユールと申します」
「近隣地域の案内役をしております」
穏やかな声だった。
「村の位置や地形には詳しいので、お役に立てるかと思います」
「どんな異能をお持ちですの?」
日御子が尋ねる。
青年は少し笑った。
「《道標》という異能です」
「地図を見ると、目的地への最短経路が分かります」
日御子が目を見開いた。
「素晴らしいですの」
即答だった。
「ですが」
「私、基本的に方向音痴です」
「案内役なのに?」
アイザックが腹を抱えて笑った。
「それ致命的じゃねーか」
「どういうことですの?」
日御子が尋ねる。
「地図が無いと迷います」
「でも、地図と組み合わせたら最高ではありませんの!」
「そうなんですか?」
青年は少し驚いたように笑う。
もりやんが頷く。
「便利そう」
「ですの」
「うん」
二人とも真顔だった。
ポリアンナも賛同した。
「私も便利な異能だと思いますよ」
青年が少し首を傾げる。
「そうでしょうか」
ポリアンナは頷いた。
「案内役としては最適です」
「ありがとうございます」
「地図を持ってるなら、ね」
もりやんが言う。
「それは言わないでください」
青年が少しだけ困った顔をした。
黒猫はただそれをじっと見守っていた。
◇
依頼は受けることになった。
理由は単純。
お金がないからである。
翌日。
日御子達はミズホへ向かった。
役所で資料を受け取る。
失踪者一覧。
年齢。
職業。
住所。
失踪日時。
全てが書かれている。
だが。
「分かりませんの」
日御子は唸った。
本当に共通点がない。
農夫。
猟師。
行商人。
老人。
若者。
女性。
全部ばらばら。
「難しいですね」
ユールが呟く。
日御子は少し考えてから尋ねた。
「地図はありますの?」
行政担当官が意外そうに目を丸くした。
「地図ですか?」
「一通り揃ってはいますが……」
「見せてほしいですの」
◇
夕方。
机の上いっぱいに地図が広がっていた。
日御子の目が輝く。
「やはり地図は最高ですの」
「また始まったか」
アイザックが呟く。
「楽しそう」
もりやんだけは少し嬉しそうだった。
日御子の隣へ来た。
「どこが面白いの?」
「全部ですの」
「なるほど」
「分かりますの?」
「少しだけ」
二人だけの会話が成立していた。
日御子は失踪地点を書き込んでいく。
一つ。
二つ。
三つ。
全部で二十三。
そして。
手が止まった。
(……何か)
地図を見つめる。
何かが引っ掛かる。
森。
川。
畑。
街道。
場所は違う。
だが。
「綺麗すぎますの」
そして、一本のコンパスを手に取った。
「何をしているんですか?」
ユールが首を傾げる。
「少し確かめたいことがありますの」
日御子は最初の失踪地点へ針を置く。
適当な半径で円を描く。
次も。
その次も。
失踪地点を中心に、同じ半径の円を重ねていく。
机いっぱいに円が描かれていった。
やがて。
「……やっぱりですの」
日御子の手が止まる。
「どうしました?」
ポリアンナが近付く。
日御子は地図の中央を指差した。
「全部ではありませんが、多くの円がここで重なっていますの」
全員が地図を覗き込む。
確かに。
二十三の円は、一点へ向かうように重なっていた。
「つまり」
日御子は静かに言う。
「犯人は、この地点を拠点に行動している可能性がありますの」
線は山岳地帯の一点へ収束していた。
山岳地帯。
人の寄り付かない奥地。
ポリアンナは数秒黙って地図を見つめた。
小さく頷く。
「私も同じ結論です」
「被害者を選んだのではない」
「行動できる範囲の人間を攫っています」
部屋の空気が張り詰める。
行政担当官の顔色が変わった。
「そこは……」
声が震える。
「知っていますの?」
日御子が尋ねる。
担当官は頷いた。
そして。
重々しく言った。
「帝国の廃施設です」
【第十二話 廃施設へ】へ続く




