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廃施設へ

会議室には重い沈黙だけが流れる。


帝国の廃施設。


その一言が、全員の胸へ重くのしかかっていた。


ポリアンナが口を開く。


「決まりましたね」


落ち着いた声だった。


「明日、調査へ向かいます」


こうして一行は。


失踪事件の手掛かりを追い、帝国の廃施設へ向かうことになった。



翌朝。


日御子達は山へ入っていた。


目的地は帝国の廃施設。


失踪者達が集められていると思われる場所だ。


森は深く、獣道すら途切れ途切れだった。


普通なら迷う。


だが。


ユールは淀みなく進んでいく。


日御子は感心した。


「本当に迷いませんの」


「異能のおかげです」


ユールは少し笑った。


「なにせ案内役ですから」


《道標》は地図で見た場所なら最短経路が分かる。


「素晴らしいですの」


ユールは少し照れたように笑った。



「困りました」


ユールが立ち止まる。


谷を渡るための橋だったのだろう。


だが今は無残に崩れている。


「終わりだな」


アイザックが言った。


「帰るか」


もりやんが前へ出た。


「大丈夫」


地面へ手を置く。


次の瞬間。


土が動いた。


崩れていた岩が組み上がる。


木々が絡み合う。


数十秒後。


谷の上に即席の橋が完成していた。


「おお」


日御子は素直に感心した。


何度見ても不思議だ。


「便利ですの」


「便利」


もりやんは頷く。



一行は橋を渡り。


さらに山を進む。


そして。


ようやく目的地へ到着した。


「これが……」


日御子は目を見張った。


それは巨大だった。


山の中に埋もれるように存在する灰色の建造物。


壁は風化している。


窓も割れている。


だが。


妙だった。


「綺麗ですの」


ポリアンナも同じことを感じたらしい。


「そうですね」


放棄された施設とは思えないほど整っていた。


まるで今も誰かが管理しているようだった。


「嫌な感じ」


もりやんが呟く。


施設そのものが何かを隠しているように見えた。



「少し待ってほしいですの」


日御子が言った。


全員が振り返る。


「中を確認します」


目を伏せる。


「……《王域》」


双眸が淡く輝き。


施設全体の構造が頭の中へ広がる。


そして。


ズキリ。


額の奥に鋭い痛みが走る。


「っ……」


思わず眉を寄せた。


「大丈夫ですか?」


ポリアンナが尋ねる。


「いつもの事ですの」


ポリアンナは首を傾げる。


「でも珍しいですね」


「異能の負荷は普通、年齢と共に軽くなるものなのに」


もりやんが頷いた。


「そう」


「子供の頃は大変だった」


「ありましたね、そういえば」


咲夜姫も思い出したように頷く。


ポリアンナは続けた。


「二十代になって悪化するという話はあまり聞きません」


日御子は少し考える。


そして。


「この痛みは三年ほど前からですの」


「年々悪くなっています」


ポリアンナが眉をひそめる。


もりやんも首を傾げた。


「変」


「そうなんですの?」


アイザックが鼻で笑う。


「お前まだお子様なんじゃねーの?」


「もう二十歳ですの」


「いや精神年齢な」


「燃やしますよ」


「怖っ」


アイザックが一歩下がる。


ポリアンナは少し考え込んでいた。


(三年前ですか……)


その数字が妙に引っ掛かった。



「いましたの」


ポリアンナの表情が変わる。


「何人ですか?」


「約三十人」


「地下にいますの」


空気が張り詰める。


「ですが」


「そのうちのほとんどは動いていません」


咲夜姫が息を呑む。


「失踪者の方たち……」


日御子は頷いた。


「何人かは施設内を巡回していますの」


「巡回?」


「地下区画の周囲を定期的に動いていますの」


沈黙。


ポリアンナが小さく息を吐いた。


「敵ですね」


日御子も同意した。


二十人以上の動けない人間。


それを管理する人間。


偶然とは思えなかった。



ポリアンナはユールへ視線を向けた。


「ユールさん」


「ここで待機していてください」


ユールが目を瞬かせる。


「私も行けますよ?」


「あなたは案内役です」


「ここからは戦闘が予想されます」


静かな声だったが、有無を言わせない。


「もし私達に何かあれば街へ戻ってください」


「報告役をお願いします」


ユールは少し迷った。


やがて頷く。


「分かりました」


「お願いします」


ポリアンナは施設へ視線を向ける。


「それでは行きましょう」



一行は施設へ足を踏み入れた。


中は静かだった。


異様なほど。


足音だけが響く。


一行は施設内を一通り調べた。


廊下、倉庫、居住区。


失踪者達はいる。


さっき《王域》で確認した。


であれば。


どこかに地下へ続く入口があるはずだ。


「おかしいですね」


ポリアンナが立ち止まった。


「何がですの?」


日御子が振り返る。


ポリアンナは壁へ視線を向ける。


「大人数を収容している地下区画があるなら」


「動線的に、この辺りに出入口があるはずなんです」


(言われてみれば不自然ですの)


さっき見た立体地図を思い出す。


(そうだ)


(ここに不自然な空洞があった)


日御子は壁を指差した。


「ここが怪しいですの」


全員の視線が集まる。


ただの壁だったが。


「見つかりましたか」


ポリアンナの表情が引き締まる。


日御子は頷いた。


「先ほど《王域》で確認した時に、不自然な空洞がありましたの」


「入り口が完全に隠されています」


咲夜姫が小さく息を呑む。


「やはり……」


地下区画は意図的に隠されていた。



のぶおが静かに息を吐く。


「生きていてくれると良いんですが」


その声には祈りが滲んでいた。


ポリアンナは即座に決断した。


「開けてみましょう」


日御子も頷いた。


アイザックが小さく息を吐く。


「ちょっと離れてろ」


誰に言うでもなく前へ出た。


壁の前に立ち、両手を伸ばす。


指先が壁へ触れる。


次の瞬間。


壁が赤く染まった。


凄まじい熱量。


石が溶ける。


鉄が軋む。


ジュウゥゥゥという音が響く。


日御子は目を見張った。


何度見ても恐ろしい。


そして。


数十秒後。


アイザックが手を離した。


「開いたぞ」


壁の一部が崩れ落ちる。


奥に空間が見えた。


冷たい空気が流れ出る。


暗い通路。


地下へ続く階段。


全員が息を呑んだ。



「さすがですの」


日御子が言う。


アイザックは肩を竦めた。


「人助けなんだろ」


ぶっきらぼうな声だった。


のぶおが前へ出る。


穏やかな口調だった。


「私が先行します」


誰も異論はなかった。


守る事に関しては。


この場で最も信頼できる男だった。


「お願いします」


ポリアンナが頷く。


その背中はやけに大きく見えた。



一行は慎重に道を進む。


地下は暗く、湿った空気が肌にまとわりついた。


不意に。


嫌な臭いがした。


汗と血と。


長く閉じ込められた人間の臭いだった。


ポリアンナの表情が険しくなる。


日御子も同じだった。


《王域》が示している。


この先に人がいる。


だが。


ほとんどが動いていない。



階段を降りると。


鉄格子。


牢獄のような通路。


壁には錆。


床には汚れ。


空気そのものが淀んでいた。


そして。


かすかな声。


「………」


全員の足が止まった。


耳を澄ます。


今度ははっきり聞こえた。


「たすけて……」


人の声だった。


(生きていましたの!)


失踪者達だ。


胸が熱くなる。


のぶおの表情が僅かに緩む。


「良かった……」


本心からの言葉だった。


ポリアンナは険しい表情を崩さない。


「急ぎましょう」


「まだ安心はできません」


失踪者達は生きていた。


しかし。


誰も気付かなかった。


ここへ踏み込んだ瞬間から。


自分達が狩られる側になっていたことを。



【第十三話 収容区画】へ続く

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