廃施設へ
会議室には重い沈黙だけが流れる。
帝国の廃施設。
その一言が、全員の胸へ重くのしかかっていた。
ポリアンナが口を開く。
「決まりましたね」
落ち着いた声だった。
「明日、調査へ向かいます」
こうして一行は。
失踪事件の手掛かりを追い、帝国の廃施設へ向かうことになった。
◇
翌朝。
日御子達は山へ入っていた。
目的地は帝国の廃施設。
失踪者達が集められていると思われる場所だ。
森は深く、獣道すら途切れ途切れだった。
普通なら迷う。
だが。
ユールは淀みなく進んでいく。
日御子は感心した。
「本当に迷いませんの」
「異能のおかげです」
ユールは少し笑った。
「なにせ案内役ですから」
《道標》は地図で見た場所なら最短経路が分かる。
「素晴らしいですの」
ユールは少し照れたように笑った。
◇
「困りました」
ユールが立ち止まる。
谷を渡るための橋だったのだろう。
だが今は無残に崩れている。
「終わりだな」
アイザックが言った。
「帰るか」
もりやんが前へ出た。
「大丈夫」
地面へ手を置く。
次の瞬間。
土が動いた。
崩れていた岩が組み上がる。
木々が絡み合う。
数十秒後。
谷の上に即席の橋が完成していた。
「おお」
日御子は素直に感心した。
何度見ても不思議だ。
「便利ですの」
「便利」
もりやんは頷く。
◇
一行は橋を渡り。
さらに山を進む。
そして。
ようやく目的地へ到着した。
「これが……」
日御子は目を見張った。
それは巨大だった。
山の中に埋もれるように存在する灰色の建造物。
壁は風化している。
窓も割れている。
だが。
妙だった。
「綺麗ですの」
ポリアンナも同じことを感じたらしい。
「そうですね」
放棄された施設とは思えないほど整っていた。
まるで今も誰かが管理しているようだった。
「嫌な感じ」
もりやんが呟く。
施設そのものが何かを隠しているように見えた。
◇
「少し待ってほしいですの」
日御子が言った。
全員が振り返る。
「中を確認します」
目を伏せる。
「……《王域》」
双眸が淡く輝き。
施設全体の構造が頭の中へ広がる。
そして。
ズキリ。
額の奥に鋭い痛みが走る。
「っ……」
思わず眉を寄せた。
「大丈夫ですか?」
ポリアンナが尋ねる。
「いつもの事ですの」
ポリアンナは首を傾げる。
「でも珍しいですね」
「異能の負荷は普通、年齢と共に軽くなるものなのに」
もりやんが頷いた。
「そう」
「子供の頃は大変だった」
「ありましたね、そういえば」
咲夜姫も思い出したように頷く。
ポリアンナは続けた。
「二十代になって悪化するという話はあまり聞きません」
日御子は少し考える。
そして。
「この痛みは三年ほど前からですの」
「年々悪くなっています」
ポリアンナが眉をひそめる。
もりやんも首を傾げた。
「変」
「そうなんですの?」
アイザックが鼻で笑う。
「お前まだお子様なんじゃねーの?」
「もう二十歳ですの」
「いや精神年齢な」
「燃やしますよ」
「怖っ」
アイザックが一歩下がる。
ポリアンナは少し考え込んでいた。
(三年前ですか……)
その数字が妙に引っ掛かった。
◇
「いましたの」
ポリアンナの表情が変わる。
「何人ですか?」
「約三十人」
「地下にいますの」
空気が張り詰める。
「ですが」
「そのうちのほとんどは動いていません」
咲夜姫が息を呑む。
「失踪者の方たち……」
日御子は頷いた。
「何人かは施設内を巡回していますの」
「巡回?」
「地下区画の周囲を定期的に動いていますの」
沈黙。
ポリアンナが小さく息を吐いた。
「敵ですね」
日御子も同意した。
二十人以上の動けない人間。
それを管理する人間。
偶然とは思えなかった。
◇
ポリアンナはユールへ視線を向けた。
「ユールさん」
「ここで待機していてください」
ユールが目を瞬かせる。
「私も行けますよ?」
「あなたは案内役です」
「ここからは戦闘が予想されます」
静かな声だったが、有無を言わせない。
「もし私達に何かあれば街へ戻ってください」
「報告役をお願いします」
ユールは少し迷った。
やがて頷く。
「分かりました」
「お願いします」
ポリアンナは施設へ視線を向ける。
「それでは行きましょう」
◇
一行は施設へ足を踏み入れた。
中は静かだった。
異様なほど。
足音だけが響く。
一行は施設内を一通り調べた。
廊下、倉庫、居住区。
失踪者達はいる。
さっき《王域》で確認した。
であれば。
どこかに地下へ続く入口があるはずだ。
「おかしいですね」
ポリアンナが立ち止まった。
「何がですの?」
日御子が振り返る。
ポリアンナは壁へ視線を向ける。
「大人数を収容している地下区画があるなら」
「動線的に、この辺りに出入口があるはずなんです」
(言われてみれば不自然ですの)
さっき見た立体地図を思い出す。
(そうだ)
(ここに不自然な空洞があった)
日御子は壁を指差した。
「ここが怪しいですの」
全員の視線が集まる。
ただの壁だったが。
「見つかりましたか」
ポリアンナの表情が引き締まる。
日御子は頷いた。
「先ほど《王域》で確認した時に、不自然な空洞がありましたの」
「入り口が完全に隠されています」
咲夜姫が小さく息を呑む。
「やはり……」
地下区画は意図的に隠されていた。
◇
のぶおが静かに息を吐く。
「生きていてくれると良いんですが」
その声には祈りが滲んでいた。
ポリアンナは即座に決断した。
「開けてみましょう」
日御子も頷いた。
アイザックが小さく息を吐く。
「ちょっと離れてろ」
誰に言うでもなく前へ出た。
壁の前に立ち、両手を伸ばす。
指先が壁へ触れる。
次の瞬間。
壁が赤く染まった。
凄まじい熱量。
石が溶ける。
鉄が軋む。
ジュウゥゥゥという音が響く。
日御子は目を見張った。
何度見ても恐ろしい。
そして。
数十秒後。
アイザックが手を離した。
「開いたぞ」
壁の一部が崩れ落ちる。
奥に空間が見えた。
冷たい空気が流れ出る。
暗い通路。
地下へ続く階段。
全員が息を呑んだ。
◇
「さすがですの」
日御子が言う。
アイザックは肩を竦めた。
「人助けなんだろ」
ぶっきらぼうな声だった。
のぶおが前へ出る。
穏やかな口調だった。
「私が先行します」
誰も異論はなかった。
守る事に関しては。
この場で最も信頼できる男だった。
「お願いします」
ポリアンナが頷く。
その背中はやけに大きく見えた。
◇
一行は慎重に道を進む。
地下は暗く、湿った空気が肌にまとわりついた。
不意に。
嫌な臭いがした。
汗と血と。
長く閉じ込められた人間の臭いだった。
ポリアンナの表情が険しくなる。
日御子も同じだった。
《王域》が示している。
この先に人がいる。
だが。
ほとんどが動いていない。
◇
階段を降りると。
鉄格子。
牢獄のような通路。
壁には錆。
床には汚れ。
空気そのものが淀んでいた。
そして。
かすかな声。
「………」
全員の足が止まった。
耳を澄ます。
今度ははっきり聞こえた。
「たすけて……」
人の声だった。
(生きていましたの!)
失踪者達だ。
胸が熱くなる。
のぶおの表情が僅かに緩む。
「良かった……」
本心からの言葉だった。
ポリアンナは険しい表情を崩さない。
「急ぎましょう」
「まだ安心はできません」
失踪者達は生きていた。
しかし。
誰も気付かなかった。
ここへ踏み込んだ瞬間から。
自分達が狩られる側になっていたことを。
【第十三話 収容区画】へ続く




