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収容区画

地下通路を進む。


先頭はのぶお。


その後ろをポリアンナ達が続いていた。


湿った空気。


錆びた臭い。


そして人の臭い。


(こんな所に閉じ込めておくなんて……)


日御子は眉をひそめた。


階段を降りる。


その先には通路が続いていた。


壁にはガラス窓。


いくつもの部屋が並んでいる。


机。


書類棚。


研究設備らしき機材。


「研究施設ですの?」


日御子が呟く。


ふと。


咲夜姫の視線が床へ落ちた。


資料が散乱している。


「少しだけ失礼します」


一枚拾い上げる。


人物記録だった。


名前。


年齢。


出生地。


血液型。


そして。


共鳴率。


「共鳴率?」


日御子は首を傾げた。


「聞いた事ありませんの」


何枚見ても、その項目は必ず記載されていた。


日御子の手が止まった。


「……?」


出生地。


ヒノモト王国。


もう一枚。


ヒノモト王国。


「妙ですの」


ポリアンナが振り返る。


「何がですか?」


「ヒノモト出身が多い気がしますの」


咲夜姫も資料へ目を落とす。


「言われてみれば……」


だが。


それ以上考える時間は無かった。


通路の奥から声が聞こえた。


「たすけて……」


全員の表情が変わる。


失踪者はすぐ先にいる。



通路の先に広い空間が見えた。


牢獄だ。


鉄格子で区切られた部屋が並んでいる。


その中には人々がいた。


老人。


女性。


子供。


皆やせ細り、衰弱している。


日御子は息を呑んだ。


のぶおは迷わず駆け寄った。


「大丈夫ですか」


それだけで何人かが涙を流した。


「た、助けに来てくれたのか……」


のぶおは優しく頷く。


「もう大丈夫です」


咲夜姫は牢の鍵を確認する。


「なんとか開けられそうです」


「急ぎますの!」


日御子も手伝う。


一刻も早くここから救出しなければ。



不意に。


拍手が聞こえた。


パチ。


パチ。


パチ。


静かな地下に響く音。


全員が振り返る。


通路の奥。


一人の男が立っていた。


細身。


白衣のような外套。


穏やかな笑み。


その後ろには武装した兵士が五人。


「解放軍NKJの方々ですか」


「手配書通りのお顔ですね」


男は笑った。


「素晴らしい」


「まさかここまで辿り着かれるとは」


(こいつだ)


日御子は直感する。


「どちら様ですの?」


男は優雅に一礼した。


「失礼しました」


「私、エラスムスと申します」


日御子は問い詰めた。


「あなた達が失踪事件の犯人ですの?」


エラスムスは少し考える。


「犯人とは心外ですね」


肩を竦める。


「私はただの研究員ですので」


「上の指示に従っているまでです」


日御子の眉が、ぴくりと動いた。


「人を攫っておいて?」


「私に言われましても」


エラスムスは困ったように笑う。


「必要だから集めろと言われたので」


「仕事をしたまでです」


悪びれる様子は無かった。


「狂っていますの」


「よく言われますが」


「私は研究者であって、倫理担当ではありませんので」


ポリアンナが前へ出る。


「彼らを返して頂きます」


エラスムスは少し困ったように笑った。


「それも私に言われましても」


「研究対象の管理は私の担当ですが」


「返却は上の判断となります」


「ですので、お断りします」


兵士達が剣を抜いた。


空気が張り詰める。



その瞬間。


ポリアンナの瞳が淡く揺れた。


《理想国家》が発動する。


言葉は無い。


それでも。


全員の役割が共有された。


アイザックは前衛。


のぶおは被害者保護。


日御子と咲夜姫は救助。


もりやんは援護。


アイザックが笑った。


「いつも通りか」


床を蹴る。


一瞬で距離を詰めた。


兵士達の反応より速い。


拳がエラスムスへ叩き込まれる。


鈍い衝撃音。


確かな手応え。


だが。


相手は無傷だった。


「は?」


アイザックが目を見開く。


次の瞬間。


アイザック自身が吹き飛んだ。


「がっ!?」


壁へ激突する。


口から血が飛び散った。



日御子は目を見開く。


殴ったのはアイザックだ。


なのに。


(なぜアイザックが傷付きますの?)


エラスムスは微笑む。


「どうしました?」


「続けないのですか?」


余裕だった。


まるで脅威を感じていない。


アイザックが立ち上がる。


口元の血を乱暴に拭った。


「攻撃の反射かよ」


「面白ぇ」


右拳を握る。


熱が集まる。


拳が赤く染まった。


紅蓮イグニス》。


炎が噴き上がる。


「こいつならどうだっ!」


床を蹴る。


再びエラスムスへ突撃した。


炎を纏った拳が叩き込まれる。


轟音。


それでも。


やはりダメージはなかった。


次の瞬間。


「ぐはっ!?」


アイザックが再び吹き飛ぶ。


今度は先程よりも派手に。


床を転がり。


壁へ激突した。


「アイザックさん!」


咲夜姫が叫ぶ。


ところが。


アイザックは笑っていた。


「なるほどな」


「くっそ面倒くせぇ」


エラスムスは肩を竦める。


「理解できましたか?」


「それともまだ足りませんか?」



もりやんが弓を構える。


「じゃあ次」


矢が放たれる。


一直線。


エラスムスへ命中。


やはり無傷。


その直後。


後ろにいた兵士の一人が突然吐血した。


「がはっ!?」


兵士が膝をつく。


何が起きたのか理解していない。


日御子も目を見開いた。


「今度は敵兵士ですの!?」


アイザックの時はアイザック。


もりやんの時は兵士。


法則が分からない。


エラスムスは笑う。


「無駄ですよ?」


「私に攻撃は通りませんので」


完全に勝利を確信した顔だった。



ポリアンナの瞳が細くなる。


アイザックが二回。


もりやんが一回。


三つの結果。


視線が自然と動く。


アイザックが吹き飛ばされた位置。


兵士が吐血した位置。


さらに。


エラスムスとの距離。


「……なるほど」


小さく呟く。


次の瞬間。


《理想国家》が発動した。


一つの仮説。


一つの指示。


それが仲間達へ共有される。


アイザックはニヤリと笑った。


そのまま。


ゆっくりと距離を取る。


エラスムスが初めて眉をひそめた。


「……?」


アイザックが右拳を握る。


熱が集まる。


拳が赤く染まった。


「ならこうだ」


離れた場所から。


拳を振り抜く。


刹那。


拳の軌道から紅蓮の炎が迸った。


炎は一直線にエラスムスへ襲い掛かる。


直撃。


轟音。


やはり。


エラスムスには通じない。


代わりに。


最も近くにいた兵士が吹き飛ぶ。


まるで炎に殴られたかのように。


壁へ激突した。


「がぁっ!」


エラスムスの表情が僅かに変わる。



ポリアンナの確信は深まった。


再び《理想国家》が発動する。


言葉は無い。


だが。


全員が理解した。


『彼の異能の正体は』


『受けた損傷を』


『最も近くにいる人間へ押し付けています』


エラスムスは笑う。


「流石ですね」


「革命の設計者」


その笑みにはまだ余裕があった。


兵士達が前へ出る。


訳もわからず。


それでも守るように。


その時にはもう。


日御子たちは動いていた。



日御子と咲夜姫は牢獄へ駆ける。


「こちらですの!」


「急いでください!」


牢の扉が次々と開かれる。

しかし。

誰も動かなかった。

怯えた子供達は、通路の奥から聞こえる戦いの音に身体を震わせている。

日御子は少女の前へしゃがみ込んだ。

「もう大丈夫ですの。」

「一緒に帰りましょう。」

少女は恐る恐る日御子を見上げる。

やがて、小さくその手を握った。

それを見た他の子供達も、一人、また一人と立ち上がる。

衰弱した人々を支えながら。


出口へ向かわせる。


「もう少しです!」


咲夜姫も肩を貸す。


子供を抱き上げる。


「慌てなくて大丈夫です」


その間。


のぶおは通路の要所へ結界を展開していた。


絶界守護アストラル・ウォール


蒼銀の障壁が形成される。


万が一兵士が突破しても。


避難者へ辿り着けないように。


「必ず守ります」


のぶおは落ち着いた声で避難者を誘導した。



一方。


前線。


もりやんが矢を放つ。


一本。


兵士の胸へ命中。


男が崩れ落ちる。


二本。


脚を貫かれる。


同時に。


アイザックも動く。


拳を振り。


炎が飛ぶ。


兵士が吹き飛ぶ。


一人。


また一人。


エラスムスの余裕が薄れていく。


「何をしている?」


しかし。


理解していた。


(私の能力が看破されたのか)


ゆえに。


相手は正しい攻略法を選んでいる。


もりやんの矢。


アイザックの炎。


遠隔からの攻撃。


《理想国家》による完璧な連携。


兵士は次々と倒れていく。


その頃には。


最後の避難者も通路の向こうへ消えていた。


「全員避難完了です!」


咲夜姫の声が響く。


ポリアンナは静かに頷いた。


地下に残るのは。


エラスムス。


そしてNKJの面々だけになった。



エラスムスはゆっくりと笑う。


「なるほど」


「能力を見抜いたのですね」


ポリアンナは静かに答えた。


「貴方は無敵ではない」


「近くに人がいる時だけ無敵なんです」


エラスムスは肩を竦める。


「その通りです」


だが。


その表情にまだ焦りは見えなかった。


兵士は全滅した。


それでも。


エラスムスは笑う。


「ですが」


「まだ終わりではありません」


その視線がアイザックへ向く。


「貴方がいますので」


アイザックは鼻で笑った。


「そうかよ」


エラスムスは確信していた。


最も近い人間。


アイザック。


(次に攻撃を受けるのは)


(当然お前になる)



次の瞬間。


《理想国家》


最後の指示が共有される。


アイザックの口元が歪んだ。


「やっとか」


拳を握る。


圧縮された炎が拳へ集束していく。


「これで終わりだ」


床を蹴り。


一直線。


拳に炎を纏いエラスムスへ突撃する。


「愚かですね」


エラスムスは笑った。


「近付くほど私には勝てませんよ」


そして。


アイザックは炎の拳を振り抜いた。


轟音。


エラスムスへ直撃。


だが。


同時に。


のぶおが前へ出ていた。



《絶界守護》


障壁が展開される。


エラスムスの目が見開かれた。


障壁は。


アイザックだけを包み込んでいた。


「なっ……」


アイザックは止まらない。


さらに距離を詰める。


エラスムスの能力が発動する。


損傷の転嫁。


転嫁先。


アイザック。


異能の範囲内で唯一の人間。


ところが。


届かない。


障壁により遮断されている。


転嫁不可。


エラスムスの表情が凍った。


「馬鹿な……」


その時にはもう遅い。


「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」


初めてだった。


エラスムスが悲鳴を上げる。


そして壁へ叩き付けられた。


床を転がる。


口から血を吐いた。


アイザックが鼻で笑う。


「よかったな」


「ちっとは人の痛みを知れたじゃねーか」


エラスムスは震える手で身体を起こし。


不快そうに血を吐いた。


「痛いですね」


少し驚いたように呟く。


「なるほど」


「皆さんが嫌がる理由がよく分かりました」


ポリアンナが静かに前へ出る。


「終わりです」


その言葉を。


エラスムスは否定しなかった。



ちょうどその時。


地下入口の方から慌ただしい足音が聞こえる。


「ポリアンナさん!」


聞き覚えのある声。


ユールだった。


息を切らしている。


顔色も悪い。


「大変です!」


全員が振り返る。


ユールは肩で息をしながら叫んだ。


「街の外に軍隊が!」


「帝国軍です!」



【第十四話 帝国軍襲来】へ続く

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