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帝国軍襲来

「帝国軍です!」


ユールの声が地下に響いた。


その瞬間。


全員の意識が地下入口の方へ向く。


その一瞬を。


エラスムスは逃さなかった。


「潮時ですね」


血を吐きながら。


それでも落ち着いた声で言う。


「今日は退きましょう」


「私は戦闘員ではありません」


「勝てない相手と戦う趣味もありませんので」


ポリアンナが眉をひそめる。


「では二度と現れないでください」


「それも私に言われましても」


エラスムスは苦笑した。


「個人的には来たくありませんが」


そう言って、床を軽く踏み鳴らした。


ガコン。


鈍い音。


壁際の棚が横へ滑る。


その奥には、人ひとりが通れる細い通路が現れた。


「では失礼します」


エラスムスは迷うことなく通路へ身を滑り込ませる。


「逃がすか!」


炎が放たれる。


同時に。


通路の奥で重い鉄扉が落ちる。


轟音。


炎は鉄扉を焦がすだけだった。



静寂。


ポリアンナは小さく息を吐いた。


「まずは外の状況を確認しましょう」


一行は地下通路を駆け上がる。


地上へ近付くにつれ。


外の喧騒が次第に大きくなっていった。


地下を出る直前。


ユールがそっと後退する。


一歩。


また一歩。


「何してますの?」


日御子が気付いた。


ユールの肩が跳ねる。


「いや、その」


露骨に目を逸らした。


「僕はここで失礼しようかなと」


「なぜですの?」


ユールは真顔になった。


「私、元帝国兵ですから」


沈黙。


「初耳ですの」


「言ってませんでしたからね」


なぜか少し誇らしげだった。


「脱走兵扱いされたら捕まるかもしれないんですよ?」


「そういうものですの?」


「そういうものなんです」


アイザックが鼻で笑う。


「根性ねーな」


「命の危険があるのにノコノコ出ていく趣味はありません!」


ユールは即答した。


そして。


入口へ視線を向けた。


その先には帝国軍。


そして。


先頭に立つレオンの姿。


ユールは小さく呟く。


「いやぁ……無理無理」


「じゃあ皆さん頑張ってください」


そう言うなり。


踵を返した。


「あっ」


咲夜姫が声を上げる。


だがもう遅い。


ユールは脱兎の如く森へ消えていった。


「忙しい人ですの……」


日御子は呆れたように呟いた。



施設を出てすぐの開けた場所。


そこには帝国軍がいた。


整然と並ぶ兵士達。


数は百を超えている。


その中央。


一人の男が立っていた。


長身。


黒髪。


腰には剣。


派手さは無い。


だが。


その場にいる誰よりも目を引いた。


男は一歩前へ出る。


「私は統天帝国エテルナ軍務局所属」


「帝国軍第二大隊隊長」


「レオン・クラウゼルと申します」


落ち着き払った口調だった。


ポリアンナが尋ねる。


「ご用件は何でしょう?」


レオンは真っ直ぐ日御子を見る。


小さく息を整え。


「日御子殿」


「投降してください」


山中に静寂が落ちた。


ただ風だけが吹いている。


誰も動かない。


帝国軍。


NKJ。


両者が向かい合う。


緊張が張り詰めていた。



レオンは真っ直ぐ日御子を見ていた。


「私はあなたを拘束、帝都へ連行する命令を受けています」


静かな声だった。


日御子は眉をひそめる。


「その後は?」


数秒の沈黙。


そして。


「処刑が予定されています」


空気が凍った。


「おい……てめぇふざけてんのか」


アイザックの目が細くなる。


もりやんも表情が消えた。


咲夜姫は小さく息を呑む。


レオンは続けた。


「ですが」


その一言に全員の視線が集まる。


「私はその判断に賛成していません」


日御子は少し驚いた。


「ですから」


レオンは言う。


「私が必ず説得します」


その声に迷いはない。


「日御子殿を直接見た上で」


「処刑は妥当ではないと進言します」


日御子は目を細める。


「信用しろと?」


「いいえ」


即答だった。


「信用されるとは思っていません」


レオンは首を振る。


「ただ」


「私はそうするつもりです」



レオンは周囲を見回した。


アイザック。


もりやん。


ポリアンナ。


咲夜姫。


「あなた方を侮るつもりはありません」


帝国兵達が少し驚いた顔をした。


レオンは続ける。


「この人数差でも戦えば被害は出るでしょう」


「双方に」


感情の読めない声だった。


しかし。


その言葉には重みがあった。


「だからこそ投降してください」


日御子は即答した。


「お断りですの」


レオンは表情を変えない。


「そうですか」


短いやり取りだった。


アイザックが前へ出る。


「話は終わったか?」


拳に熱が集まる。


もりやんも一歩前へ出た。


「戦う?」


のぶおは黙って両手を構えた。


帝国兵達もそれぞれ武器へ手を掛ける。


もう間もなく戦いが始まる。


そんな空気だった。



「待て」


レオンの声が響く。


帝国兵達の動きが止まった。


「ですが隊長!」


「命令だ」


短い一言。


兵士は黙った。


レオンは剣を抜かなかった。


代わりに周囲へ視線を向ける。


「その前に、一つ確認したい」


日御子が首を傾げた。


「何ですの?」


「この施設、そして木陰で休んでいる人達です」


レオンは静かに言う。


「これは一体どういう事ですか?」


今度はポリアンナが答えた。


「それはこちらが聞きたいですね」


そう言って資料を差し出した。


レオンが受け取る。


ページをめくった。


被験者。


共鳴率。


実験結果。


失敗例。


処分記録。


人体実験。


(なんだこれは)


次第にレオンの表情が険しくなっていく。



やがて。


レオンは顔を上げた。


「施設番号を確認しろ」


兵士が走る。


十数分後。


戻ってきた兵士の顔色は悪かった。


「報告します」


「言え」


「施設番号は確認できませんでした」


重い空気が流れる。


「どういう意味だ」


「軍施設一覧にも管理・補給記録にも存在しません」


空気が変わる。


帝国兵達がざわついた。


レオンは黙っていた。


その表情から感情が消える。


「責任者は」


低い声だった。


兵士が答える。


「不明です」


「研究員は」


「発見できません」


「施設内は放棄されていました」


レオンの眉が僅かに動く。


「他には」


兵士は一瞬だけ迷った。


「地下区画で兵士を発見」


「五名」


「全員重傷です」


日御子達は黙って聞いていた。


「生存は確認しました」


「ですが放置されていました」


沈黙。


レオンは目を閉じ、息を深く吐き出した。


「逃げたのか、重傷者を置いて」


初めて感情が表に出た。


「ふざけるな……」


低い。


だが確かな怒りだった。


日御子は意外に思った。


(もっと冷たい人だと思っていましたの)


だが。


レオンの怒りは本物に見えた。



レオンは冷静になったようだった。


「まずは被害者の救助が優先です」


ポリアンナも口を開く。


「被害者は二十名以上います」


レオンは頷いた。


「確認しました」


「被害者はこちらで保護、移送します」


ポリアンナの目が細くなる。


「その被害者を『また』帝国へ引き渡せと?」


沈黙。


誰も喋らない。


帝国兵達ですら。


レオンはしばらく考えた。


苦しげに息を吐く。


「信用できないのは当然です」


反論しなかった。


言い訳もしなかった。


ただ認めた。


「しかし、被害者達をこのままにしておく訳にはいきません」


それも事実だ。


衰弱した彼らには医療と食料が必要だった。


「では仕方ありません」


ポリアンナが静かに息を整える。


「私達も同行します」


「被害者の移送が終わるまで貴方たちを監視させてもらいます」


帝国兵達がざわついた。


だが。


レオンは頷く。


「構いません」


迷わず答えた。



そして。


レオンは日御子を見る。


「ですが」


「日御子殿は帰還してください」


沈黙。


「……私だけですの?」


「はい」


即座に答えた。


「なぜですの?」


レオンは真顔だった。


「発見できなかった事にします」


「あなたがいると話が複雑になりますから」


合理的でありながら、どこか後ろめたさも滲んでいた。


沈黙。


アイザックが口笛を鳴らした。


「意外と話の分かる奴?」


「そうでもありません」


レオンは即答した。


「任務を放棄した訳ではありませんので」


「真面目かよ」


アイザックが呆れる。


だが。


日御子は少し考えた。


(確かに合理的ですの)


そして頷く。


「私は帝国軍の目的なので」


「私が残れば、話は被害者ではなく私の話になりますの」


レオンは黙って聞いている。


「被害者の保護を優先するなら」


「私がいない方が都合が良いですの」


咲夜姫が口を開いた。


「分かりました」


「そのかわり私が付いていきます」


きっぱりと言い切った。


「心配ですから」


迷いが無い。


しかし。


「大丈夫ですの」


日御子は周囲を見回した。


被害者達。


帝国兵。


NKJの仲間達。


「帝国軍に同行する皆さんの方がよほど危険です」


咲夜姫は言葉に詰まった。


反論できない。


ポリアンナも静かに頷く。


「確かにおっしゃる通りですね」


「わかりました……」


咲夜姫は渋々引き下がった。



移送の準備が始まる。


帝国軍は被害者の搬送準備。


NKJは人数確認と応急処置に追われた。


慌ただしい時間が流れていく。


その中で。


ポリアンナは再び資料へ目を落としていた。


共鳴率。


ヒノモト王国。


人体実験。


存在しない施設。


頭の中で何度も繰り返す。


そして。


隣ではレオンも同じ資料を見ていた。


互いに何も言わない。


だが、考えている事は似ていた。


(この施設は異常だ)


そして。


(異常なのは施設だけではない)


(その背後にいる首謀者も、だ)



背後では被害者達の移送が始まっている。


「お気を付けて」


ポリアンナの声が聞こえる。


「分かっていますの」


「お前、迷子になるんじゃねーぞ」


アイザックも声をかける。


「子供じゃありませんの」


「そうか?」


日御子は不本意そうに頬を膨らました。


「焼き芋」


不意にもりやんが呟く。


「?」


「残しておく」


「それは帰ってこいという意味ですの?」


「うん」


もりやんは小さく頷く。


日御子は一瞬だけ言葉に詰まる。


そして。


小さく笑った。


「分かりましたの」



日御子は軽く手を振った。


一人、森の中へ歩き出した。


今はまだ誰も知らない。


この先で彼女を待つ人物の存在を。



【第十五話 スカウト】へ続く

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