スカウト
被害者たちの移送が始まった。
帝国軍とNKJが協力して人々を運ぶ、奇妙な光景だった。
「本当に良いんですかね」
移送を手伝っていた若い兵士が、小声で呟いた。
「何がだ」
「ポリアンナですよ。あの『革命の設計者』です。危険人物リストにも載っていて、懸賞金までかけられている。本来なら拘束対象でしょう」
年配の兵士は肩を竦めた。
「隊長命令だ。それに、被害者を前に争うほど馬鹿じゃない」
逡巡のない答えに、若い兵士は納得できない顔をした。
「ですが、この人数なら拘束できるのでは?」
「本当か?」
別の兵士に問われ、若い兵士は黙り込んだ。
「隊長は拘束より被害者の救助を優先した。それに、戦えばこちらにも相当な被害が出る。だから同行を認めたんだろう」
「それでも、随分と思い切った判断ですね。軍務局長のご子息だから、もっと規則に厳しい方かと」
若い兵士が口にした途端、年配の兵士が顔をしかめた。
「その話はするな。本人が嫌がる」
「でも、有名な話ではありませんか」
「それでも本人の前では言うな。親の名で見られるのを、何より嫌う人だからな」
少し離れた場所にいたポリアンナにも、兵士たちの会話は届いていた。だが、聞こえないふりをして、被害者の搬送を指揮するレオンへ視線を向ける。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、次々と兵士へ指示を出す姿には、軍人としての迷いがない。その一方で、どこか不器用な人物にも見えた。
ポリアンナは手元へ視線を戻す。そこには施設から持ち出した資料があった。
共鳴率。
四パーセント、十一パーセント、八パーセント。記録された数値を見比べても、規則性は見当たらない。
(共鳴率、ですか……)
ポリアンナは異能に関する文献を一通り読んでいる。それでも、そんな言葉を目にしたことはなかった。
施設番号も管理責任者も分からない施設。攫われた人々を使った人体実験。そして、逃亡した研究員。
帝国が何を測り、何のために人を集めていたのか。推測するには、まだ情報が足りなかった。
「分からないことばかりですね」
誰にも聞こえない声で呟き、ポリアンナは資料を閉じた。
◇
その頃、日御子は一人で山道を歩いていた。
――少なくとも、最初はそのつもりだった。
日御子は足を止め、周囲を確かめるために発動していた《王域》を解いた。
「出てきなさいですの」
そう呼びかけると、道端の茂みが揺れた。
「なぜ分かったんですか?」
枝葉を掻き分け、ユールが姿を現す。
日御子は呆れた顔で答えた。
「丸見えですの」
「そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿ですの」
きっぱり断言され、ユールはがっくりと肩を落とした。
「それで、なぜ茂みに隠れていましたの?」
「帝国軍から逃げていたら、帰り道が分からなくなりまして」
「案内役ですのに?」
「地図を置いてきました」
日御子は深いため息を吐いた。
「仕方ありません。一緒に帰りますの」
「助かります。日御子さん一人では心配でしたので」
「迷子になっていた人が言います?」
「申し訳ありません」
素直に謝る姿が本当に申し訳なさそうで、日御子はそれ以上追及できなかった。
二人は並んで山道を進んだ。木々の隙間から柔らかな日差しが降り注ぎ、穏やかな風が枝葉を揺らしている。
「そういえば、日御子さんって方向音痴ですよね」
ユールが、自分のことを棚に上げて言った。
「違いますの」
日御子は即座に否定する。
「私と同じ匂いがするんです」
「たしか以前、道に迷っていましたよね」
「迷ってませんの」
「半日くらい」
「探索ですの」
「同じです」
そんな他愛のない言葉を交わしていると、先ほどまでの緊張が嘘のように気持ちが軽くなっていく。
(やはり、話しやすいですの)
理由は分からない。気を遣わなくて良いからかもしれなかった。
その時、道端の茂みが大きく揺れた。
日御子の表情が変わる。
「ユールさん、止まって!」
咄嗟に《王域》を発動すると、周囲の森が巨大な立体地図となって意識の中へ広がった。
二人を取り囲むように、十人の人影が潜んでいる。
「囲まれていますの。十人です!」
直後、頭の奥を鋭い痛みが貫いた。
「っ……!」
視界が揺らいだ、その時だった。
茂みから男が飛び出し、その手に握られた剣を日御子へ振り下ろした。
「危ない!」
ユールが日御子を突き飛ばした直後、刃がその肩を裂いた。血が舞い、ユールが苦痛に顔を歪める。
「ユールさん!」
「大丈夫です」
「大丈夫ではありません!」
ユールは傷口を押さえながらも、日御子を庇うように前へ立った。
その間に、剣や斧、弓で武装した男たちが次々と茂みから姿を現し、瞬く間に二人を包囲する。
「金と荷物を置いていけ。そうすれば、命までは取らねぇよ」
「格好つけた結果がそれか? 運が悪かったなぁ」
「綺麗な嬢ちゃんもいるじゃねぇか」
野盗たちが下卑た笑い声を上げる。
「気分が悪いですの」
「私もです」
ユールは、本当に気分が悪そうだった。
日御子は《王域》を維持したまま、野盗たちの位置と距離を確認する。周囲に伏兵はいないが、十人全員が逃走路を塞ぐように配置されていた。
(この人数を相手に、ユールさんを庇いながら逃げるのは難しいですの……)
打開策を探していた時、《王域》の端に新たな反応が入り込んだ。
たった一人。
だが、異常なほど速い。
(これは……何ですの?)
森の奥から、木々の間を縫って一直線に迫ってくる。《王域》で辛うじて追えてはいるものの、肉眼では姿を捉えられない。
地面を駆けているというより、飛んでいると錯覚するほどの速度だった。
(あり得ませんの……)
野盗たちも、ユールも気づいていない。
日御子だけが、その反応を追っていた。
反応が包囲の中へ飛び込んだ瞬間、野盗の一人が横殴りに吹き飛ばされた。
「がっ!?」
男の身体が数メートル先の木へ叩きつけられる。
「な、何だ!?」
弓を構えた男が声を上げる。だが、矢をつがえるより早く、その身体が崩れ落ちた。
次の瞬間には、斧を振り上げていた男の武器が宙を舞い、別の男が地面を転がっている。
誰にも攻撃そのものは見えなかった。
重い衝撃音が響くたびに野盗が倒れ、遅れて木の葉と土埃が舞い上がる。
「ひっ……!」
恐怖の声を漏らした最後の一人も、次の瞬間には地面へ沈んでいた。
僅か数十秒。
十人いた野盗は、一人残らず動きを止めていた。
日御子は《王域》を解き、浅く息を吐く。
「ユールさん、傷は?」
「浅いので大丈夫です。それより、あの方は……」
日御子も改めて男へ目を向けた。
舞い上がった木の葉の向こうに、一人の男が立っている。
長身で、鍛え上げられた身体に巨大な剣を背負っていた。鋭い目つきは、まるで虎が人の姿を取ったかのようだった。
「終わったぞ」
低い声で、それだけを告げる。
日御子は思わず呟いた。
「速すぎますの……」
「そうか?」
男は肩を竦めた。
「まあ、そういう異能だからな」
それ以上説明する気はないらしい。
男は興味もなさそうに野盗たちを見下ろし、一人ずつ生死を確かめた。
「全員、生きてるな。縛っておけば、あとは衛兵が何とかするだろ」
助かったという安堵より先に、日御子の頭は男の戦力を計り始めていた。
(あの速さで十人を無力化しながら、一人も殺していませんの……)
速いだけではない。力まで正確に制御している。
(この男、大きな戦力になりますの)
男は背を向けて歩き出そうとする。
「じゃあな」
「ちょっと待ちなさいですの」
日御子に呼び止められ、男が振り返った。
「まずは、助けてくださってありがとうございますの」
日御子は真顔で頭を下げる。
「で、働きませんの?」
男は固まった。
「……ん?」
思わず間の抜けた声を漏らす。
傍らで見ていたユールが、傷口を押さえながら天を仰いだ。
「タイミングが急!」
日御子は気にすることなく、男を真っ直ぐに見つめる。
「貴方は強い。だから必要ですの。私たちの組織は食事も寝床も付いていて、皆さん少し変ですけど良い人たちで――」
「嫌だ。働きたくない」
言い終わる前に遮られた。
「私たちのところが嫌ですの?」
「どこだろうと、働くこと自体が嫌だ」
日御子は目を見開く。断られたうえに、その理由まで酷い。
男は再び背を向けた。
「じゃあな」
「待ちなさいですの」
「嫌だ」
「働きませんの?」
「働かん」
「働きませんの?」
「帰る」
まるで噛み合わないやり取りを前に、ユールは遠い目をした。
「面倒な二人が出会ってしまった……」
【第十六話 誘惑】へ続く




