スカウト
被害者達の移送が始まった。
帝国軍。
NKJ。
奇妙な共同作業だった。
◇
「本当に良いんですかね」
若い兵士が小声で呟いた。
「何がだ」
隣の兵士が聞き返す。
「ポリアンナです」
声を潜める。
「あの【革命の設計者】ですよ?」
「軍務局の危険人物リストにも載ってる」
「懸賞金もかかってます」
「本来なら拘束対象でしょう」
年配兵は肩を竦めた。
「そうだな」
「じゃあ何で」
「隊長命令だからだ」
逡巡なく答えた。
若い兵士は納得できない顔をする。
「意味が分かりません」
「俺達なら捕まえられます」
すると。
別の兵士が苦笑する。
「本当か?」
沈黙。
確かにそうだった。
目の前にいるのは【革命の設計者】ポリアンナ。
帝国でも危険視される要注意人物だ。
「それでも隊長は同行を認めた」
年配兵が言う。
「だから認めたんだろ」
◇
少し離れた場所。
ポリアンナは、その会話が聞こえない振りをしていた。
ところが。
全て聞こえていた。
「しかし隊長も大変だよな」
別の兵士が呟く。
「局長のご子息だからか?」
若い兵士が言う。
年配兵が顔をしかめた。
「その話はするな」
「え?」
「本人が嫌がる」
若い兵士が目を丸くする。
「でも有名な話じゃないですか」
「それでもだ」
年配兵は小さく息を吐いた。
「みんな知ってるが」
「実力で周りに認めさせたいから本人は名乗らない」
「そういう人だ」
ポリアンナは少しだけレオンを見る。
先頭を歩いている。
背筋は真っ直ぐだった。
しかし。
どこか不器用な人にも見えた。
◇
ポリアンナは視線を落とす。
手には施設から持ち出した資料。
共鳴率。
その文字が頭から離れない。
4%。
11%。
8%。
数字に規則性は見当たらない。
(共鳴率、ですか……)
聞いた事のない単語だった。
異能に関する文献は一通り読んでいる。
だが。
そんな言葉は見たことがない。
そして。
存在しない施設。
人体実験。
逃亡した研究員。
全てが一本の線で繋がりそうで。
まだ繋がらない。
ポリアンナは資料を閉じた。
「情報が足りませんね」
誰にも聞こえない声だった。
◇
一方その頃。
日御子は山道を歩いていた。
一人で。
のはずだった。
「出てきなさいですの」
沈黙。
茂みが揺れる。
「なぜ分かったんですか」
ユールが出てきた。
日御子は呆れた顔をする。
「丸見えですの」
「そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿ですの」
断言した。
ユールはがっくり肩を落とした。
◇
「それで」
日御子が言う。
「なぜ付いてくるんですの?」
「心配なので」
「逃げた人が言います?」
「申し訳ありません」
素直だった。
本当に申し訳なさそうだった。
◇
二人は山道を進む。
木漏れ日が差し込む。
風は穏やかだった。
緊張感の無い時間だった。
「そういえば」
ユールが口を開く。
「日御子さんって方向音痴ですよね」
ユールは自分のことを棚に上げて言った。
「違いますの」
即答だった。
「私と同じ匂いがするんです」
「たしか道に迷ってましたよね」
「迷ってませんの」
「半日くらい」
「探索ですの」
「同じです」
しばらくそんな会話が続く。
他愛のない話だった。
だが。
不思議と気は楽だった。
(やはり話しやすいですの)
理由は分からない。
気を遣わなくて良いからかもしれない。
◇
その時だった。
ガサリ。
茂みが揺れた。
日御子の表情が変わる。
(しまった!)
(話に夢中で完全に油断していましたの)
「ユールさん止まって!」
ユールは足を止めた。
日御子は咄嗟に《王域》を発動する。
世界が広がる。
森。
木々。
二人を取り囲む反応。
十人。
「野盗ですの!」
次の瞬間。
頭の奥を鋭い痛みが貫いた。
「っ……!」
視界が揺れる。
ほんの一瞬。
その隙だった。
「金を置いていけ!」
茂みから男が飛び出す。
振り下ろされる剣。
「危ない!」
ユールが日御子を突き飛ばした。
鈍い音。
血が舞う。
「ユールさん!」
肩だった。
深くはない。
だが、確実に斬られている。
ユールは顔をしかめながらも、日御子を庇うように前へ立った。
「大丈夫です」
「大丈夫ではありません!」
茂みから男達が飛び出してくる。
一人。
二人。
三人。
次々に。
あっという間に包囲された。
剣。
斧。
弓。
完全武装。
「格好つけた結果がそれか?」
「運が悪かったなぁ」
野盗達が笑う。
「綺麗な嬢ちゃんもいるじゃねぇか」
日御子の目が細くなる。
「気分が悪いですの」
「私もです」
ユールは本気で気分が悪そうだった。
《王域》は解除していない。
野盗の位置と距離は把握している。
他に伏兵はいない。
しかし
(数が多すぎますの)
逃走経路が見当たらなかった。
◇
次の瞬間。
《王域》が、新たな反応を捉えた。
一つ。
速い。
(これは……何ですの?)
日御子の眉が動く。
あまりにも速い。
人間の移動速度ではない。
《王域》で辛うじて追えている。
だが視界では捉えられない。
森の奥。
木々の間を。
一直線に駆け抜けてくる。
いや。
飛んでいる。
そんな錯覚すら覚える速度だった。
(あり得ませんの)
野盗達は気付いていない。
ユールも気付いていない。
日御子だけが見ていた。
そして。
次の瞬間。
野盗の一人が吹き飛んだ。
「がっ!?」
何が起きたのか分からない。
男は数メートル先の木へ叩き付けられる。
周囲が凍り付く。
「な、何だ!?」
誰かが叫んだ。
だが。
答える者はいない。
二人目が吹き飛ぶ。
三人目。
四人目。
見えない。
誰も把握できていない。
野盗だけが次々と地面へ沈んでいく。
「ひっ……!」
恐怖の声が漏れる。
圧倒的だった。
戦いですらない。
蹂躙。
その一言だった。
◇
数十秒後。
全てが終わった。
野盗達は地面に転がっている。
十人全員。
戦闘不能。
静寂だけが残った。
やがて。
森の奥から一人の男が現れる。
長身。
筋肉質な体。
背中には巨大な剣。
そして鋭い目付き。
まるで虎が人の姿になったような男だった。
◇
「終わったぞ」
低い声。
それだけだった。
日御子は思わず呟く。
「速すぎますの……」
「そうか?」
男は肩を竦める。
「ま、そういう異能だからな」
それ以上説明する気は無いようだった。
日御子は男を見る。
(一人で十人を無力化しましたの)
(しかも瞬く間に)
軍師の血が騒ぐ。
日御子は即座に評価を改める。
(この男は戦力になる)
(それも極めて大きな戦力ですの)
◇
男は興味無さそうに野盗達を見下ろす。
「生きてるな」
「縛っとけば衛兵が何とかするだろ」
それだけ言うと背を向けた。
「じゃあな」
歩き出そうとする。
日御子は即座に口を開いた。
「待ちなさいですの」
男が振り返る。
日御子は真顔だった。
「まずはお礼を言いますの」
日御子が頭を下げる。
次の瞬間。
「で、働きませんの?」
男は固まった。
「……ん?」
思わず間の抜けた声が出た。
ユールは額を押さえる。
「タイミングが急!」
だが。
日御子は気にしない。
真っ直ぐ男を見る。
「強いですの」
「だから必要ですの」
「嫌だ」
即答だった。
「働きたくない」
日御子は目を見開いた。
断られた。
しかも。
理由が酷かった。
男は再び歩き出す。
「じゃあな」
「待ちなさいですの」
「嫌だ」
「働きませんの?」
「働かん」
「働きませんの?」
「帰る」
会話が成立していなかった。
ユールは遠い目をした。
そして思った。
面倒な二人が出会ってしまった。
と。
【第十六話 誘惑】へ続く




