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スカウト

 被害者たちの移送が始まった。


 帝国軍とNKJが協力して人々を運ぶ、奇妙な光景だった。


「本当に良いんですかね」


 移送の準備をしていた若い兵士が、小声で呟いた。


「何がだ」


「ポリアンナですよ。あの『革命の設計者』です。軍務局の危険人物リストにも載っていて、懸賞金までかけられている。本来なら拘束対象でしょう」


 年配の兵士は肩を竦めた。


「そうだな」


「それなのに、どうして同行を認めたんですか?」


「隊長命令だからだ」


 逡巡のない答えに、若い兵士は納得できない顔をした。


「ですが、この人数なら拘束できるのでは?」


「本当か?」


 別の兵士に問われ、若い兵士は黙り込む。


 目の前にいるのは、帝国からも危険視される革命の設計者と、その仲間たちだ。数で勝っているからといって、被害を出さずに拘束できるとは限らない。


「隊長は拘束より被害者の救助を優先した。それに、戦えばこちらにも相当な被害が出る。だから同行を認めたんだろう」


「それでも、随分と思い切った判断ですね」


「局長のご子息だからか?」


 若い兵士が口にした途端、年配の兵士が顔をしかめた。


「その話はするな。本人が嫌がる」


「でも、有名な話ではありませんか」


「それでも本人の前では言うな。親の名で見られるのを、何より嫌う人だからな」


 少し離れた場所にいたポリアンナにも、兵士たちの会話は届いていた。だが、聞こえないふりをして、被害者の搬送を指揮するレオンへ視線を向ける。


 背筋を真っ直ぐに伸ばし、次々と兵士へ指示を出す姿には、軍人としての迷いがない。その一方で、どこか不器用な人物にも見えた。


 ポリアンナは手元へ視線を戻す。そこには施設から持ち出した資料があった。


 共鳴率。


 四パーセント、十一パーセント、八パーセント。記録された数値を見比べても、規則性は見当たらない。


(共鳴率、ですか……)


 ポリアンナは異能に関する文献を一通り読んでいる。それでも、そんな言葉を目にしたことはなかった。


 帝国の記録に存在しない施設。攫われた人々を使った人体実験。そして、逃亡した研究員。


 帝国が何を測り、何のために人を集めていたのか。推測するには、まだ情報が足りなかった。


「分からないことばかりですね」


 誰にも聞こえない声で呟き、ポリアンナは資料を閉じた。



 その頃、日御子は一人で山道を歩いていた。


 ――少なくとも、そのつもりだった。


「出てきなさいですの」


 足を止めて呼びかけると、道端の茂みが揺れた。


「なぜ分かったんですか?」


 枝葉を掻き分け、ユールが姿を現す。


 日御子は呆れた顔で答えた。


「丸見えですの」


「そんな馬鹿な」


「そんな馬鹿ですの」


 きっぱり断言され、ユールはがっくりと肩を落とした。


「それで、なぜ茂みに隠れていましたの?」


「帝国軍から逃げていたら、帰り道が分からなくなりまして」


「案内役ですのに?」


「地図を置いてきました」


 日御子は深いため息を吐いた。


「仕方ありません。一緒に帰りますの」


「助かります。日御子さん一人では心配でしたので」


「迷子になっていた人が言います?」


「申し訳ありません」


 素直に謝る姿が本当に申し訳なさそうで、日御子はそれ以上追及できなかった。


 二人は並んで山道を進んだ。木々の隙間から柔らかな日差しが降り注ぎ、穏やかな風が枝葉を揺らしている。


「そういえば、日御子さんって方向音痴ですよね」


 ユールが、自分のことを棚に上げて言った。


「違いますの」


 日御子は即座に否定する。


「私と同じ匂いがするんです」


「たしか以前、道に迷っていましたよね」


「迷ってませんの」


「半日くらい」


「探索ですの」


「同じです」


 そんな他愛のない言葉を交わしていると、先ほどまでの緊張が嘘のように気持ちが軽くなっていく。


(やはり、話しやすいですの)


 理由は分からない。気を遣わなくて良いからかもしれなかった。


 その時、道端の茂みが大きく揺れた。


 日御子の表情が変わる。


「ユールさん、止まって!」


 咄嗟に《王域》を発動すると、周囲の森が巨大な立体地図となって意識の中へ広がった。


 二人を取り囲む反応は、十人。


「野盗ですの!」


 直後、頭の奥を鋭い痛みが貫いた。


「っ……!」


 視界が揺らいだ一瞬を狙い、茂みから男が飛び出す。その手に握られた剣が、日御子へ向けて振り下ろされた。


「危ない!」


 ユールが日御子を突き飛ばした直後、刃がその肩を裂いた。血が舞い、ユールが苦痛に顔を歪める。


「ユールさん!」


「大丈夫です」


「大丈夫ではありません!」


 ユールは傷口を押さえながらも、日御子を庇うように前へ立った。


 その間に、剣や斧、弓で武装した男たちが次々と茂みから姿を現し、瞬く間に二人を包囲する。


「金と荷物を置いていけ。そうすれば、命までは取らねぇよ」


「格好つけた結果がそれか? 運が悪かったなぁ」


「綺麗な嬢ちゃんもいるじゃねぇか」


 野盗たちが下卑た笑い声を上げる。


「気分が悪いですの」


「私もです」


 ユールは、本当に気分が悪そうだった。


 日御子は《王域》を維持したまま、野盗たちの位置と距離を確認する。周囲に伏兵はいないが、十人全員が逃走路を塞ぐように配置されていた。


(この人数を相手に、ユールさんを庇いながら逃げるのは難しいですの……)


 打開策を探していた時、《王域》の端に新たな反応が入り込んだ。


 たった一人。


 だが、異常なほど速い。


(これは……何ですの?)


 森の奥から、木々の間を縫って一直線に迫ってくる。《王域》で辛うじて追えてはいるものの、肉眼では姿を捉えられない。


 地面を駆けているというより、飛んでいると錯覚するほどの速度だった。


(あり得ませんの……)


 野盗たちも、ユールも気づいていない。


 日御子だけが、その反応を追っていた。


 反応が包囲の中へ飛び込んだ瞬間、野盗の一人が横殴りに吹き飛ばされた。


「がっ!?」


 男の身体が数メートル先の木へ叩きつけられる。


「な、何だ!?」


 弓を構えた男が声を上げる。だが、矢をつがえるより早く、その身体が崩れ落ちた。


 次の瞬間には、斧を振り上げていた男の武器が宙を舞い、別の男が地面を転がっている。


 誰にも攻撃そのものは見えなかった。


 重い衝撃音が響くたびに野盗が倒れ、遅れて木の葉と土埃が舞い上がる。


「ひっ……!」


 恐怖の声を漏らした最後の一人も、次の瞬間には地面へ沈んでいた。


 僅か数十秒。


 十人いた野盗は、一人残らず動きを止めていた。


 舞い上がった木の葉の向こうに、一人の男が立っている。


 長身で、鍛え上げられた身体に巨大な剣を背負っていた。鋭い目つきは、まるで虎が人の姿を取ったかのようだった。


「終わったぞ」


 低い声で、それだけを告げる。


 日御子は思わず呟いた。


「速すぎますの……」


「そうか?」


 男は肩を竦めた。


「まあ、そういう異能だからな」


 それ以上説明する気はないらしい。


 助かったという安堵より先に、日御子の頭は男の戦力を計り始めていた。


(一人で十人を、ほんの数十秒で……)


 しかも、野盗たちを殺してはいない。これほどの速度を正確に制御し、全員を無力化している。


(この男は、大きな戦力になりますの)


 男は興味もなさそうに野盗たちを見下ろし、一人ずつ生死を確かめた。


「全員、生きてるな。縛っておけば、あとは衛兵が何とかするだろ」


 それだけ言うと、背を向けて歩き出そうとする。


「じゃあな」


「待ちなさいですの」


 日御子に呼び止められ、男が振り返った。


「まずは、お礼を言いますの」


 日御子は真顔で頭を下げる。


「で、働きませんの?」


 男は固まった。


「……ん?」


 思わず間の抜けた声を漏らす。


 傍らで見ていたユールが、傷口を押さえながら天を仰いだ。


「タイミングが急!」


 日御子は気にすることなく、男を真っ直ぐに見つめる。


「強いですの。だから必要ですの」


「嫌だ。働きたくない」


 即答だった。


 日御子は目を見開く。断られたうえに、その理由まで酷い。


 男は再び背を向けた。


「じゃあな」


「待ちなさいですの」


「嫌だ」


「働きませんの?」


「働かん」


「働きませんの?」


「帰る」


 まるで噛み合わないやり取りを前に、ユールは遠い目をした。


(面倒な二人が出会ってしまった……)



【第十六話 誘惑】へ続く


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