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仲間たち

翌朝。


日御子は館の廊下を歩いていた。


昨日は疲れてそのまま眠ってしまった。


目が覚めても不思議な感覚は消えていない。


どこからともなく、小さな黒い影が駆けてきた。


「にゃあ」


黒猫だった。


一直線に日御子の足元まで来ると、当然のように身体を擦り寄せる。


「どちらに行ってましたの?」


しゃがんで頭を撫でる。


黒猫は満足そうに喉を鳴らした。


尻尾が機嫌良さそうに左右に揺れていた。


「お散歩中ですの?」


返事の代わりに、くるりと踵を返す。


『早く来い』と言わんばかりに少し歩いては振り返る。


「分かりました」


日御子は口元を緩めながら、後を追いかけた。



外から大きな音が聞こえた。


ドゴン。


何かが壊れる音だった。


日御子は思わず足を止め。


音のした方へ向かう。


そこは訓練場だった。


やはりというべきか。


壁が燃えていた。


「何をしていますの?」


日御子は呆れた。


アイザックがいた。


「訓練に決まってんだろ」


「壁が燃えていますけど」


「これは事故ってやつだ」


「事故ではありませんの」


明らかに確信犯だった。



「またですか」


ふぉろんたいごだった。


額を押さえている。


「修理費いくらかかると思ってるんですか」


「え、そんなの分かんないっす」


「分かってください」


「ふぉろさん、細けーっすよ」


「細かくありません」


本気で頭を抱えていた。


アイザックは肩を竦める。


「俺には無理なんすよね」


「何がですか?」


「金の管理」


そりゃそうだ、と言いたげだった。


「ふぉろんさんがいなかったらNKJとっくに終わってましたよ」


「なのでちょっと尊敬してるっす」


「その気持ちがあるなら少しは反省してください」


ふぉろんたいごは深々とため息を吐いた。



近くで遊んでいた子供達が駆け寄ってくる。


「あいざっくー!」


「見て見て!」


小さな木剣を掲げている。


アイザックは面倒そうな顔をした。


「何だよ」


「勝った!」


「そうか」


「褒めろ!」


「偉い偉い」


棒読みだった。


だが。


子供達は嬉しそうだった。


「優しいですの」


日御子が言う。


アイザックは顔をしかめた。


「違ぇし!」


「そうですの?」


「ガキ共が勝手に寄ってくるだけだ」


そう言いながら。


木箱の中から焼き芋を取り出す。


子供達へ放り投げた。


歓声が上がる。


日御子はその様子をじっと見つめる。


「私には……」


「……私の分はありませんの?」


アイザックは半ば呆れ顔で。


面倒そうに頭を掻いた。


「しゃあねーな」


木箱からもう一つ焼き芋を取り出す。


軽く放り投げた。


日御子は慌てて受け取る。


「ありがとうございます」


「でもガキんちょと同じ扱いですの」


「似たようなもんだろ」


日御子は熱々の焼き芋を頬張った。


「不本意ですの」


それでも美味しそうに食べていた。



お腹が膨れ。


散歩がてら裏庭へ向かってみた。


そこにはもりやんがいた。


地面へ手を置いている。


「何をしていますの?」


「畑」


短い返事だった。


次の瞬間。


土が盛り上がる。


畝が出来る。


石が動く。


水路まで完成する。


日御子は目を見開いた。


「便利ですの」


「うん」


もりやんは頷いた。


さらに。


館の壁近くの木に近付く。


地面に手を触れる。


木の生えている地面がうごめき。


窓を突き破りそうな枝が壁から離れた。


「それも異能ですの?」


「そう」


「凄いですの」


「便利」


どうやら心の底からそう思っているらしかった。



「昔は嫌いだった」


珍しく。


もりやんから話した。


日御子は少し驚く。


「そうなんですの?」


「子供の頃」


もりやんは壁を見る。


「気付いたら家壊してた」


日御子は思わず黙った。


「怒られた」


「それは怒られますの」


「でも今は好き」


もりやんは静かに言う。


「作れるから」


その言葉に。


日御子は少しだけ考えた。


壊す力。


作る力。


同じ能力でも。


使い方で意味は変わる。


「私の能力は物を見通す力ですの」


「便利そう」


「物を見通せてもお腹は膨れませんの」


「畑が作れたら、食べ物に困りませんの」


「畑は大事」


もりやんがクスッと笑った。



裏庭を離れようとした時だった。


汗だくの青年が木剣を担いで走っていた。


すれ違ったふぉろんたいごが呆れたように言う。


「また走ってるんですか」


青年は笑って手を振った。

妙に活気のある組織だ。

みんな好き好きに活動している。


昼過ぎ。


日御子は資料室へ来ていた。


昨日見つけた場所だ。


壁一面の本棚。


地図や報告書が整然と並んでいる。


紙の匂いが漂う静かな空間だった。


日御子の目が輝く。


「素晴らしいですの……」


ポリアンナが一歩下がる。


「ごゆっくりどうぞ」


日御子はもう聞いていなかった。



数時間後。


黒猫が呆れたように欠伸をした。


日御子は地図を読んでいた。


幸せだった。


ニヤニヤが止まらない。


「えっ、この年代の街道地図ですの!?」


「この建物配置は面白いですの」


「……」


「補給効率も悪くありませんの」


「……にゃ」


黒猫は全く興味がなかった。



ふと。


一冊の帳簿が目に入った。


古い資料。


ヒノモト王国。

戦争記録。

行政記録。

食糧管理記録。

自然と手が伸びる。


故郷の資料だった。


ページを開く。


何気なく読む。


そして。


日御子の手が止まった。


(……?)


食糧配給記録。


戦争初期。


配給率100パーセント。


戦争五年目。


80パーセント。


戦争十年目。


65パーセント。


ここまでは理解できる。


問題はその先だった。


民間配給率。


65パーセント。


軍配給率。


65パーセント。


貴族配給率。


65パーセント。


王族配給率。


65パーセント。


日御子は目を瞬いた。


もう一度見る。


間違いない。


同じだった。


(そんなはずは……)


暴君だったはずだ。


民を苦しめた王だったはずだ。


なのに。


(なぜ一律で削減してるんですの?)


説明できない違和感。


指先が、微かに震えていた。


胸の奥がざわつく。


数字が噛み合わない理由が分からない。



その時だった。


急に頭が痛んだ。


ズキリ。


鋭い痛み。


思わず額を押さえる。


「っ……」


最近増えている。


この頭痛。


三年ほど前からだ。


そして年々悪化している。



「大丈夫ですか?」


声がした。


ポリアンナだった。


いつの間にか後ろに立っていた。


「突然でびっくりしますの」


「すみません」


全く悪びれていなかった。


ポリアンナは資料を覗き込んだ。


「面白い資料でもありましたか?」


日御子は慌ててポリアンナの視線を逸らした。


「変わった資料ならありますの」


日御子は一枚の紙を持ち上げる。


「ほら」


「血液型の統計資料ですの」


ポリアンナが覗き込んだ。


「S型の資料ですか」


「ええ」


日御子は頷く。


「珍しい血液型ですの」


S型。


世界中で知られている希少な血液型だ。


その割合は一万人に一人。


存在だけなら誰でも知っている。


だが。


実際に出会った事のある人間は少ない。


「実は私、S型なんですよ」


ポリアンナはどこか自慢げに言った。


今度は日御子が目を丸くする。


「本当ですの?」


「ええ」


「父もS型でしたわ」


「えっ!」


今度はポリアンナが目を瞬いた。


珍しく驚いた顔を見せる。


「それは珍しいですね」


「そうですの?」


「ええ」


ポリアンナは頷いた。


「文献によると、昔はもう少し居たらしいんですが」


「今ではS型同士で出会う事はほとんどありませんから」


奇妙な偶然だった。


ポリアンナは苦笑した。


「珍しい血液型だと言われる割に、私の村には数人いましたが」


「外では会った事がありません」


「だから少し驚きました」


「私もですの」


日御子は笑みが溢れた。


そして


ふと遠くを見る。


その笑みはどこか寂しそうだった。


ポリアンナは静かにその表情を見つめた。


何も聞かなかった。


理由も。


事情も。


過去も。


(本人が話したくなった時に話せばいい)


そう決めていた。



「お邪魔をしましたね」


ポリアンナは微笑む。


「別に構いませんの」


「ごゆっくりどうぞ」


そう言って資料室を後にした。


日御子はその背中を見送る。


不思議な人だった。


聞きたい事は沢山あるはずなのに。


何も聞いてこない。


まるで。


自分が話すのを待っているかのように。



その夜。


客室。


日御子は眠れずにいた。


机の上には昼間読んだ資料。


何度見ても数字は変わらない。


それなのに。


胸の奥の違和感だけが大きくなる。


「どうして……」


思わず漏れる。


その瞬間。


胸が痛んだ。


理由は分からない。


暴君だった。


憎むべき相手だった。


それなのに。


なぜだろう。


その顔を思い出そうとすると。


悲しい気持ちになる。


黒猫は何も言わず、静かにベッドへ飛び乗った。


慣れた様子で日御子の隣へ身体を丸める。


日御子もまた、何も言わなかった。


黒猫が静かに目を開く。


金色の瞳が月明かりを映した。


まるで。


その答えを知っているかのように。



【第九話 帝国の思惑】へ続く


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