NKJへようこそ
「宿がありませんの」
日御子は胸を張った。
「仕事もありませんの」
さらに胸を張る。
「お金もありませんの」
最後だけ少し勢いが弱くなった。
沈黙。
ポリアンナと咲夜姫が無言で日御子を見つめる。
肩の黒猫はなぜか目を逸らした。
「……なるほど」
ポリアンナが頷く。
「つまり路頭に迷っていると」
「言い方に悪意がありますの」
「でも事実なのでは?」
「事実ですの……」
日御子は素直に認めた。
咲夜姫がため息を吐く。
「ポリアンナさん」
「はい」
「これは放っておけませんよね」
「そうですね」
二人は勝手に話を進める。
日御子は嫌な予感がした。
そして大抵そういう予感は当たる。
「では日御子さん」
ポリアンナが微笑んだ。
「しばらく我々の拠点へ来ませんか?」
――断れる理由がなかった。
◇
NKJへ向かう道中。
アイザックが日御子を横目で見た。
「お前、ずいぶんトロそうだよな」
「箱入りだろ」
「箱入り?」
日御子はきょとんと首を傾げる。
「おう」
「箱に入ったことはありませんの」
沈黙。
アイザックが真顔になる。
「……」
「いや、そういう意味じゃねぇ」
「違いますの?」
「違う」
少し離れた場所で歩いていたもりやんが吹き出した。
「ふっ……」
肩が小さく震えている。
ポリアンナも思わず苦笑した。
「アイザックさん」
「伝わっていませんよ」
「マジか……」
アイザックは額を押さえた。
「思ってたより箱入りだった」
日御子だけが状況を理解できず、首を傾げていた。
◇
やがて。
街外れにある古びた館が見えてきた。
「ここです」
ポリアンナが足を止める。
日御子は館を見上げた。
「ここが……NKJですの?」
解放軍NKJの拠点は意外なほど質素だった。
巨大な秘密基地でもなければ要塞でもない。
街外れにある古い館。
外見だけなら貴族の大きな別荘にしか見えなかった。
「もっとこう……解放軍っぽい場所を想像していましたの」
「解放軍っぽい場所とは」
「秘密基地とか」
「秘密基地です」
「見えませんの」
「だから秘密なんです」
納得した。
◇
館へ入る。
日御子は思わず足を止めた。
人が多い。
兵士だけではない。
商人。
職人。
学者。
書類を抱えた者。
忙しそうに走る者。
周囲の喧騒など気にしていない。
みな様々だった。
解放軍というより。
一つの組織。
いや。
小さな村に近い。
「思ったより生活感ありますの」
「よく言われます」
ポリアンナが答えた。
◇
日御子は館を案内される事となった。
訓練場では。
奥では青年が一人で木剣を振っていた。
リビングルーム。
会議室。
倉庫。
どこも活気があった。
「意外ですの」
「何がです?」
案内役の咲夜姫が振り返る。
「皆さん楽しそうですの」
咲夜姫は少しだけ笑った。
「ポリアンナさんのおかげですね」
断言した。
◇
廊下を歩いていると。
甘い香りが漂ってきた。
「いい匂いですの」
日御子が呟く。
咲夜姫は少し遠い目をした。
「……食堂ですね」
「何か問題でもありますの?」
「見れば分かります」
意味深だった。
◇
食堂へ入る。
そして。
日御子は固まった。
幼い少女がいた。
どうやら成人してるらしい。
それが。
巨大なアップルパイに。
丸ごと齧りついていた。
「…………」
思わず二度見した。
女性は口いっぱいにパイを頬張りながら振り返る。
「にゃんのかコラー!」
「なんか怖いですの」
本音が漏れてしまった。
「ふるーるさんです」
咲夜姫が説明する。
「NKJ創設メンバーの一人で、副盟主です」
「今は調理も担当してくださってます」
「調理担当なのに全部食べていますの?」
「よくあります」
よくあってはいけない気がした。
その隣では。
一人の男性が帳簿を前に頭を抱えていた。
「なんでやねん……」
絞り出すような声だった。
「また食ってる……」
本気で苦しそうだった。
「隣の方はふぉろんたいごさんです」
「大変そうですの」
「彼はいつも大変なんです」
咲夜姫は苦笑いした。
◇
玄関の方から声が聞こえた。
「ただいま戻りました」
穏やかな声だった。
振り返る。
大きな荷物を背負った男性が立っていた。
荷物の中には野菜や果物、薬草が詰まっている。
「お帰りなさい」
ポリアンナが手を振る。
男性は笑った。
「皆さんの分ももらってきましたよ」
「彼はのぶおさんです」
咲夜姫が紹介する。
「初めまして」
のぶおは軽く頭を下げた。
「その荷物、全部買ったんですの?」
日御子が尋ねる。
「半分くらいは頂き物です」
「頂き物?」
「村に出た熊退治を手伝ったので」
のぶおは照れ臭そうに笑った。
「そのお礼です」
「無料で熊退治ですの?」
「そうなっちゃいましたね」
「商売下手ですの」
「よく言われます」
穏やかな笑みだった。
「うちにはお腹を空かせた子供たちが待っていますから」
のぶおは少し笑った。
「食べ物があればそれで充分なんです」
その言葉に。
日御子は意外に思った。
解放軍。
反帝国組織。
もっと殺伐とした人達だと思っていた。
だが。
目の前にいるのは。
ただ家族を大切にしている父親だった。
◇
「こちらは私の部屋です」
咲夜姫が扉を開ける。
日御子は固まった。
本。
本。
そして本。
壁一面の本棚。
その重さで床が軋んでいる。
机の上には大量の資料。
見たこともない文字が刻まれた石板。
奇妙な金属片。
発掘品らしき欠片。
まるで学者の研究室だった。
「何ですのこれ」
思わず聞いていた。
咲夜姫の目がパッと輝く。
なぜか嫌な予感がした。
「失われた古代文明の研究資料です」
(何かが始まりましたの)
日御子は悟る。
始まってしまったのだ。
◇
「この石板に刻まれた文字はまだ解読されていません」
「ですが第三期遺跡群から同系統の文字が見つかっていて――」
「ヒノモト王国の西側にある大遺跡群も面白いんですよ!」
「あそこは他の遺跡より規模が大きいんです!」
「さらに面白いのがですね!」
すごい早口だ。
止まらない。
本当に止まらない。
日御子は頑張った。
最初の10分は。
だが。
もう10分後には理解を諦めた。
◇
「――つまり当時の都市構造は現代より高度だった可能性がありまして」
聞き慣れた声が聞こえた。
「まだ終わってなかったんですか」
ポリアンナが部屋の扉を開けた。
何とも言えない表情を浮かべている。
「ポリアンナさん!」
咲夜姫が嬉しそうに振り返る。
「ちょうど良かったです!」
「前回の続きを――」
「嫌です」
即座に答えた。
咲夜姫が固まる。
ポリアンナは遠い目をした。
「4時間です」
「私は4時間聞かされました」
「まだ導入ですよ?」
「十分長いです」
「本題はここからです」
「助けてください」
真顔だった。
解放軍の盟主とは思えなかった。
◇
日御子は思わず聞いた。
「そんなに大変でしたの?」
ポリアンナは静かに頷く。
「3時間で終わったと思ったら前置きでした」
「恐ろしいですの」
「恐ろしいです」
意見が一致した。
咲夜姫だけが不満そうだった。
「皆さん古代文明の魅力を理解してくれません」
「私も惹かれるところはありますが」
ポリアンナが断言する。
「しかし何事にも限度というものがあるんです」
◇
咲夜姫は机の上の石板を指先で撫でた。
「でも不思議なんですよね」
「何がですの?」
日御子が聞く。
咲夜姫は石板へ視線を落とした。
「失われた遺跡とか」
「誰も知らない文明とか」
「そういうものを見ると」
「なぜか気になるんです」
少し照れ臭そうに笑った。
「理由は分からないんですけど」
「昔からなんですよね」
一瞬だけ、咲夜姫の目が真剣な色を帯びる。
だがすぐに、いつもの笑顔に戻った。
(私もちょっと分かりますの)
日御子はそう思ったが。
また始まってしまいそうなので、言葉を飲み込んだ。
ポリアンナは肩を竦めた。
「咲夜姫さん、愛が重すぎですね」
「ちょっと失礼ですよ」
◇
結局。
日御子は半ば強引に部屋から連れ出してもらった。
背後では咲夜姫が叫んでいる。
「まだ空中都市仮説の話が残ってますー!」
ポリアンナは聞こえないふりをした。
日御子も聞こえないふりをした。
黒猫だけが面白そうに尻尾を振っていた。
◇
館を歩く。
様々な人とすれ違う。
解放軍。
もっと怖い場所だと思っていた。
もっと暗い場所だと思っていた。
だが違う。
ここには人がいた。
当たり前に笑い。
当たり前に暮らしている人達がいた。
「どうですか?」
ポリアンナが尋ねる。
日御子は少し考えた。
そして。
「変な人しかいませんの」
そう答えた。
ポリアンナが吹き出す。
「否定はしません」
「でも」
日御子は周囲を見回す。
「嫌いではありません」
それが本音だった。
ここにいる人たちは。
アップルパイを食べる人。
帳簿と頭を抱えている人。
家族を大切にしている人。
古代文明を語り続ける人。
みな個性的な人達ばかりだった。
だが。
誰も悪い人達には見えなかった。
気付けば。
少しだけ肩の力が抜けていた。
いつからだろう。
こんな風に安心できる場所にいたのは。
日御子は空を見上げる。
青空だった。
そして。
(少しここにいても良いのかもしれない)
素直にそう思った。
◇
日御子が去った後。
ポリアンナは廊下の窓から中庭を見下ろしていた。
黒猫を追いかける日御子。
その姿を眺めながら。
小さく息を吐く。
「どうかしましたか?」
咲夜姫が尋ねる。
ポリアンナは少し考えた。
「いえ」
苦笑する。
「思ったより元気そうで安心しました」
「お知り合いでした?」
咲夜姫が首を傾げる。
ポリアンナはそれ以上説明しない。
(ヒノモト革命)
(王を討った王女)
(タイミング、そして年恰好が似すぎています)
だが。
今の日御子は革命の英雄には見えなかった。
地図を見て目を輝かせる。
ただの変わった女性にしか見えない。
「ポリアンナさん?」
「話したくなったら話してくれますよ」
それだけ言って。
ポリアンナは歩き出した。
【第八話 仲間たち】へ続く




