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NKJへようこそ

「宿がありませんの」


日御子は胸を張った。


「仕事もありませんの」


さらに胸を張る。


「お金もありませんの」


最後だけ少し勢いが弱くなった。


沈黙。


ポリアンナと咲夜姫が無言で日御子を見つめる。


肩の黒猫はなぜか目を逸らした。


「……なるほど」


ポリアンナが頷く。


「つまり路頭に迷っていると」


「言い方に悪意がありますの」


「でも事実なのでは?」


「事実ですの……」


日御子は素直に認めた。


咲夜姫がため息を吐く。


「ポリアンナさん」


「はい」


「これは放っておけませんよね」


「そうですね」


二人は勝手に話を進める。


日御子は嫌な予感がした。


そして大抵そういう予感は当たる。


「では日御子さん」


ポリアンナが微笑んだ。


「しばらく我々の拠点へ来ませんか?」


――断れる理由がなかった。



NKJへ向かう道中。


アイザックが日御子を横目で見た。


「お前、ずいぶんトロそうだよな」


「箱入りだろ」


「箱入り?」


日御子はきょとんと首を傾げる。


「おう」


「箱に入ったことはありませんの」


沈黙。


アイザックが真顔になる。


「……」


「いや、そういう意味じゃねぇ」


「違いますの?」


「違う」


少し離れた場所で歩いていたもりやんが吹き出した。


「ふっ……」


肩が小さく震えている。


ポリアンナも思わず苦笑した。


「アイザックさん」


「伝わっていませんよ」


「マジか……」


アイザックは額を押さえた。


「思ってたより箱入りだった」


日御子だけが状況を理解できず、首を傾げていた。



やがて。


街外れにある古びた館が見えてきた。


「ここです」


ポリアンナが足を止める。


日御子は館を見上げた。


「ここが……NKJですの?」


解放軍NKJの拠点は意外なほど質素だった。


巨大な秘密基地でもなければ要塞でもない。


街外れにある古い館。


外見だけなら貴族の大きな別荘にしか見えなかった。


「もっとこう……解放軍っぽい場所を想像していましたの」


「解放軍っぽい場所とは」


「秘密基地とか」


「秘密基地です」


「見えませんの」


「だから秘密なんです」


納得した。



館へ入る。


日御子は思わず足を止めた。


人が多い。


兵士だけではない。


商人。


職人。


学者。


書類を抱えた者。


忙しそうに走る者。


周囲の喧騒など気にしていない。


みな様々だった。


解放軍というより。


一つの組織。


いや。


小さな村に近い。


「思ったより生活感ありますの」


「よく言われます」


ポリアンナが答えた。



日御子は館を案内される事となった。


訓練場では。


奥では青年が一人で木剣を振っていた。


リビングルーム。


会議室。


倉庫。


どこも活気があった。


「意外ですの」


「何がです?」


案内役の咲夜姫が振り返る。


「皆さん楽しそうですの」


咲夜姫は少しだけ笑った。


「ポリアンナさんのおかげですね」


断言した。



廊下を歩いていると。


甘い香りが漂ってきた。


「いい匂いですの」


日御子が呟く。


咲夜姫は少し遠い目をした。


「……食堂ですね」


「何か問題でもありますの?」


「見れば分かります」


意味深だった。



食堂へ入る。


そして。


日御子は固まった。


幼い少女がいた。


どうやら成人してるらしい。


それが。


巨大なアップルパイに。


丸ごと齧りついていた。


「…………」


思わず二度見した。


女性は口いっぱいにパイを頬張りながら振り返る。


「にゃんのかコラー!」


「なんか怖いですの」


本音が漏れてしまった。


「ふるーるさんです」


咲夜姫が説明する。


「NKJ創設メンバーの一人で、副盟主です」


「今は調理も担当してくださってます」


「調理担当なのに全部食べていますの?」


「よくあります」


よくあってはいけない気がした。


その隣では。


一人の男性が帳簿を前に頭を抱えていた。


「なんでやねん……」


絞り出すような声だった。


「また食ってる……」


本気で苦しそうだった。


「隣の方はふぉろんたいごさんです」


「大変そうですの」


「彼はいつも大変なんです」


咲夜姫は苦笑いした。



玄関の方から声が聞こえた。


「ただいま戻りました」


穏やかな声だった。


振り返る。


大きな荷物を背負った男性が立っていた。


荷物の中には野菜や果物、薬草が詰まっている。


「お帰りなさい」


ポリアンナが手を振る。


男性は笑った。


「皆さんの分ももらってきましたよ」


「彼はのぶおさんです」


咲夜姫が紹介する。


「初めまして」


のぶおは軽く頭を下げた。


「その荷物、全部買ったんですの?」


日御子が尋ねる。


「半分くらいは頂き物です」


「頂き物?」


「村に出た熊退治を手伝ったので」


のぶおは照れ臭そうに笑った。


「そのお礼です」


「無料で熊退治ですの?」


「そうなっちゃいましたね」


「商売下手ですの」


「よく言われます」


穏やかな笑みだった。


「うちにはお腹を空かせた子供たちが待っていますから」


のぶおは少し笑った。


「食べ物があればそれで充分なんです」


その言葉に。


日御子は意外に思った。


解放軍。


反帝国組織。


もっと殺伐とした人達だと思っていた。


だが。


目の前にいるのは。


ただ家族を大切にしている父親だった。



「こちらは私の部屋です」


咲夜姫が扉を開ける。


日御子は固まった。


本。


本。


そして本。


壁一面の本棚。


その重さで床が軋んでいる。


机の上には大量の資料。


見たこともない文字が刻まれた石板。


奇妙な金属片。


発掘品らしき欠片。


まるで学者の研究室だった。


「何ですのこれ」


思わず聞いていた。


咲夜姫の目がパッと輝く。


なぜか嫌な予感がした。


「失われた古代文明の研究資料です」


(何かが始まりましたの)


日御子は悟る。


始まってしまったのだ。



「この石板に刻まれた文字はまだ解読されていません」


「ですが第三期遺跡群から同系統の文字が見つかっていて――」


「ヒノモト王国の西側にある大遺跡群も面白いんですよ!」


「あそこは他の遺跡より規模が大きいんです!」


「さらに面白いのがですね!」


すごい早口だ。


止まらない。


本当に止まらない。


日御子は頑張った。


最初の10分は。


だが。


もう10分後には理解を諦めた。



「――つまり当時の都市構造は現代より高度だった可能性がありまして」


聞き慣れた声が聞こえた。


「まだ終わってなかったんですか」


ポリアンナが部屋の扉を開けた。


何とも言えない表情を浮かべている。


「ポリアンナさん!」


咲夜姫が嬉しそうに振り返る。


「ちょうど良かったです!」


「前回の続きを――」


「嫌です」


即座に答えた。


咲夜姫が固まる。


ポリアンナは遠い目をした。


「4時間です」


「私は4時間聞かされました」


「まだ導入ですよ?」


「十分長いです」


「本題はここからです」


「助けてください」


真顔だった。


解放軍の盟主とは思えなかった。



日御子は思わず聞いた。


「そんなに大変でしたの?」


ポリアンナは静かに頷く。


「3時間で終わったと思ったら前置きでした」


「恐ろしいですの」


「恐ろしいです」


意見が一致した。


咲夜姫だけが不満そうだった。


「皆さん古代文明の魅力を理解してくれません」


「私も惹かれるところはありますが」


ポリアンナが断言する。


「しかし何事にも限度というものがあるんです」



咲夜姫は机の上の石板を指先で撫でた。


「でも不思議なんですよね」


「何がですの?」


日御子が聞く。


咲夜姫は石板へ視線を落とした。


「失われた遺跡とか」


「誰も知らない文明とか」


「そういうものを見ると」


「なぜか気になるんです」


少し照れ臭そうに笑った。


「理由は分からないんですけど」


「昔からなんですよね」


一瞬だけ、咲夜姫の目が真剣な色を帯びる。


だがすぐに、いつもの笑顔に戻った。


(私もちょっと分かりますの)


日御子はそう思ったが。


また始まってしまいそうなので、言葉を飲み込んだ。


ポリアンナは肩を竦めた。


「咲夜姫さん、愛が重すぎですね」


「ちょっと失礼ですよ」



結局。


日御子は半ば強引に部屋から連れ出してもらった。


背後では咲夜姫が叫んでいる。


「まだ空中都市仮説の話が残ってますー!」


ポリアンナは聞こえないふりをした。


日御子も聞こえないふりをした。


黒猫だけが面白そうに尻尾を振っていた。



館を歩く。


様々な人とすれ違う。


解放軍。


もっと怖い場所だと思っていた。


もっと暗い場所だと思っていた。


だが違う。


ここには人がいた。


当たり前に笑い。


当たり前に暮らしている人達がいた。


「どうですか?」


ポリアンナが尋ねる。


日御子は少し考えた。


そして。


「変な人しかいませんの」


そう答えた。


ポリアンナが吹き出す。


「否定はしません」


「でも」


日御子は周囲を見回す。


「嫌いではありません」


それが本音だった。


ここにいる人たちは。


アップルパイを食べる人。


帳簿と頭を抱えている人。


家族を大切にしている人。


古代文明を語り続ける人。


みな個性的な人達ばかりだった。


だが。


誰も悪い人達には見えなかった。


気付けば。


少しだけ肩の力が抜けていた。


いつからだろう。


こんな風に安心できる場所にいたのは。


日御子は空を見上げる。


青空だった。


そして。


(少しここにいても良いのかもしれない)


素直にそう思った。



日御子が去った後。


ポリアンナは廊下の窓から中庭を見下ろしていた。


黒猫を追いかける日御子。


その姿を眺めながら。


小さく息を吐く。


「どうかしましたか?」


咲夜姫が尋ねる。


ポリアンナは少し考えた。


「いえ」


苦笑する。


「思ったより元気そうで安心しました」


「お知り合いでした?」


咲夜姫が首を傾げる。


ポリアンナはそれ以上説明しない。


(ヒノモト革命)


(王を討った王女)


(タイミング、そして年恰好が似すぎています)


だが。


今の日御子は革命の英雄には見えなかった。


地図を見て目を輝かせる。


ただの変わった女性にしか見えない。


「ポリアンナさん?」


「話したくなったら話してくれますよ」


それだけ言って。


ポリアンナは歩き出した。



【第八話 仲間たち】へ続く


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