革命の設計者
「革命の設計者」
眼帯の男が静かに言った。
静寂を縫うように、夜風が通り過ぎる。
ポリアンナは少し考えるように首を傾げた。
「そう呼ばれることもあります」
まるで他人事だった。
日御子は二人を見比べる。
明らかに様子がおかしい。
この男はポリアンナを知っている。
それも単に名前を知っている程度ではない。
警戒している。
それがはっきり伝わってきた。
◇
「増援のつもりか?」
男は落ち着きを取り戻していた。
ポリアンナは頷いた。
「そうなりますね」
穏やかな声だった。
まるで今が命のやり取りの最中とは思えない。
日御子は思わず眉をひそめる。
目の前には《王域》が通じない怪物がいる。
それなのに。
ポリアンナは少しも慌てていなかった。
◇
ポリアンナは周囲を見渡した。
屋根の上。
正面の路地。
背後。
眼帯の男。
視線が一巡する。
それだけだった。
「ふむ」
小さく呟く。
「勝率は18パーセントってとこですか」
日御子が目を瞬く。
「勝率?」
「はい」
当然のように答える。
まるで天気の話でもするかのように。
「どうしてそんなものが分かりますの?」
「それは企業秘密です」
男が鼻で笑った。
「五対三なのに余裕だな」
「そうですね」
ポリアンナは否定しない。
それでも表情は変わらない。
◇
その時だった。
屋根の上の男が動く。
矢が放たれた。
一直線。
ポリアンナへ。
「危ない!」
日御子が叫ぶ。
だが。
ポリアンナは動かない。
避けない。
焦らない。
代わりに轟音。
石畳が盛り上がった。
巨大な土壁が出現する。
矢は弾かれた。
◇
屋根の上。
眠そうな女性が立っている。
「来たよ」
欠伸を噛み殺しながらこちらを見下ろしていた。
ポリアンナは小さく頷く。
「これで29パーセントです」
「増えましたの?」
思わず聞いてしまう。
ポリアンナは当然のように答えた。
「増やしました」
◇
直後。
路地裏で爆発音が響いた。
悲鳴。
誰かが吹き飛ぶ。
燃えるような赤髪と紅い瞳の男が、瓦礫の上へ飛び乗った。
「おーおー」
面倒そうに頭を掻く。
「いきなり呼び出されたと思ったら修羅場かよ」
ポリアンナは困ったように笑う。
「すみません」
「ほんとにな」
そう言いながら男は笑っていた。
ポリアンナは少しだけ安心したように息を吐く。
「41パーセントになりました」
◇
日御子は息を呑んだ。
誰も呼びに行っていない。
それなのに。
ポリアンナは仲間が来る前提で話していたのか。
まるで。
最初から未来が見えていたかのように。
◇
「ポリアンナさん!」
《王域》で戦場を見ていた日御子が声を上げた。
「左奥の瓦礫ですの!」
「瓦礫?」
「物陰に一人移動しましたの!」
ポリアンナは一瞬だけ視線を向ける。
だが、何も見えない。
「放置すると挟撃されます」
「先に倒した方が有利になりますの」
日御子は焦ったように赤髪の男を見る。
「左奥の瓦礫に敵が潜んでますの!」
日御子が大声で叫ぶ。
だが、距離が遠い。
喧騒に掻き消され、声は届かない。
その瞬間。
ポリアンナの両眼が淡く光り。
《理想国家》が発動する。
『アイザックさん』
『左奥、瓦礫の陰に炎を一発お願いします』
次の瞬間。
炎弾が一直線に飛んだ。
轟音。
瓦礫が吹き飛ぶ。
その奥から帝国兵が姿を現し、そのまま倒れ込んだ。
「……マジでいたわ」
赤髪の男ーーアイザックが目を丸くする。
ポリアンナは小さく息を吐いた。
「勝率、これでほぼ互角です」
そして、ゆっくりと日御子を見る。
「驚きました」
「私より戦場が見えている方にお会いしたのは初めてです」
日御子はきょとんと首を傾げる。
「ただ見えていただけですの」
◇
眼帯の男が小さく息を吐く。
「お前ら、やはり厄介だな」
静かな声だった。
「帝国が懸賞金をかける理由がよく分かった」
ポリアンナは苦笑する。
「褒め言葉として受け取っておきます」
「別に褒めてない」
「それは残念ですね」
誰も動かない。
空気だけが張り詰めていく。
男は仲間達を見る。
増えた戦力を見る。
ポリアンナを見る。
「なるほど」
小さく呟いた。
「そうやって勝ってきたのか」
ポリアンナは答えない。
ただ静かに立っていた。
◇
男は剣を下ろした。
「今日はここまでだ」
日御子が反射的に短剣を構える。
「逃がしませんの」
だが。
ポリアンナが片手を上げた。
「追わなくて結構です」
男が視線を向ける。
ポリアンナは静かに言った。
「彼の目的は失敗した」
「これ以上続けても得るものは少ないはずです」
数秒。
沈黙。
男は笑った。
愉快そうに。
「確かにな」
◇
踵を返そうとした。
その瞬間だった。
「いやいや」
だるそうな声。
アイザックが肩を鳴らした。
「せっかく来たんだからさ」
右手を上げる。
「一発くらい喰らってけよ」
ポリアンナが額を押さえた。
「アイザックさん」
「やめてくださいね」
「ごめん無理」
即答だった。
◇
刹那。
爆炎が走った。
夜を裂く紅い奔流。
石畳を焼き砕きながら眼帯の男へ襲い掛かる。
直撃。
そう思った。
だが。
男は動かない。
片目が鈍く光る。
そして。
爆炎が消えた。
何も残らない。
熱も。
光も。
衝撃も。
まるで最初から存在しなかったかのように。
沈黙。
ポリアンナは目を見開いた。
「これは……」
アイザックですら言葉を失う。
「……は?」
男が笑う。
「勘違いするなよ」
片目が細められる。
「俺一人でこれだ」
低く響く声だった。
だが。
その言葉はさらに重かった。
「上にはもっと厄介な連中がいる」
誰も何も言わない。
男は最後に日御子を見る。
「王域の軍師」
口元が僅かに歪んだ。
「今日は運が良かったな」
次の瞬間。
男の姿は闇へ消えていた。
◇
静寂。
張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
日御子はようやく息を吐いた。
(なんとか……生き延びましたの)
その実感が遅れてやって来る。
ポリアンナが振り返る。
穏やかな笑み。
先ほどまで帝国の刺客と向き合っていた人間とは思えない。
「大丈夫ですか?」
日御子は少し警戒しながら頷いた。
「助かりましたの」
「それは良かった」
本当に安心したように笑う。
◇
日御子は目を細めた。
気になることが多すぎた。
なぜ仲間が現れたのか。
なぜ眼帯の男がここまで警戒したのか。
なぜ勝率などと言い出したのか。
だが。
まず聞くべきことは一つだった。
「あなたは何者ですの?」
ポリアンナは少し考える。
そして。
困ったように笑った。
「ポリアンナです」
「……それは知っていますの」
「そうでしたね」
沈黙。
数秒後。
二人は同時に苦笑した。
「私は日御子ですの」
「はい」
「ただの旅人ですの」
ポリアンナは小さく頷く。
「そうですか」
その目は。
それを全く信じていなかった。
◇
黒猫が日御子の肩へ飛び乗った。
金色の瞳がポリアンナを見つめる。
ポリアンナもまた。
黒猫を見ていた。
ほんの一瞬だけ。
そして。
黒猫が低く鳴いた。
【第七話 NKJへようこそ】へ続く




