↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/82

百錬蓄積

 ヴァルダーは、ポリアンナの身体に突き立てた剣を、容赦なく捻った。


 傷口から鮮血が噴き出す。そのまま剣を引き抜くと、さらに血が溢れ出した。


 ポリアンナは、もう動かなかった。


「ポリアンナさん!」


 咲夜姫が駆け出した。


 膝をつき、その手を両手で握る。


「ポリアンナさん、聞こえますか!?」


 返事はない。


 咲夜姫の声が僅かに震えた。それでも手を離さず、何度も名前を呼ぶ。


 日御子も駆け寄りたかった。


 名前を呼びたかった。まだ生きていると確かめたかった。


 それなのに、足が動かない。


「あとはお前だけだ」


 ヴァルダーがこちらを見る。もう使う価値もないと判断したのか、その両眼から《神殺し》の光が消えていた。


 ゆっくりと、日御子へ向かって歩き出した。


「……っ」


 後ずさる日御子へ、ヴァルダーが剣を構えた。


 その時、一人の男が日御子の前へ出た。


「……えっ」


 アビスだった。


 日御子を背にして、ヴァルダーとの間に立つ。


「アビスさん……?」


 アビスは振り返らず、ただ刀を構えた。


「下がってて」


「ですが――」


「いいから」


 日御子は、その背中を見つめた。


 ソリムドが斬られ、のぶおが腕を断たれ、アイザックが倒れ、鬼龍神もビビアンももりやんも、次々と地面へ沈んでいった。


 自分より遥かに強い者たちが、一人残らず。


 それを、アビスは全部見ていた。


 勝ち目がないことくらい、分かっているはずだ。


 それでも前に出た。


 誰にも命じられていない。自分の意思で、日御子の前に立っていた。


◇


 ヴァルダーが足を止める。


「まだいたのか」


「悪かったね。影が薄くて」


 アビスが構え直す。


「はっ」


 ヴァルダーが笑い、剣を持ち上げた。


「じゃあ、さっさと来い」


 その言葉に、アビスが地面を蹴る。


 踏み込みから放った袈裟斬りを、ヴァルダーは僅かに身体をずらしてかわした。


 空を切った刀を返し、横薙ぎ。


 今度は剣で受け止められる。


 金属音が弾けた。


 アビスは止まらず、刃を滑らせながらさらに踏み込む。間合いを潰し、三撃目へ繋げようとした。


 だが、ヴァルダーの方が速い。


 剣を捻って刀を外へ弾き、空いた懐へ滑り込む。


「――っ!」


 脇腹へ蹴りが突き刺さった。


「ぐっ!」


 アビスの身体が地面を転がる。


「アビスさん!」


「来るな!」


 すぐに立ち上がり、口元の血を拭う。


 そして、もう一度刀を構えた。


 ヴァルダーがつまらなそうに剣を向ける。


「お前、異能使えないのか?」


 アビスが答えた。


「とっくに使ってる。《身体強化》だ。子供の頃からずっと発動しっぱなしで、止め方も分からない」


「実際、少しずつ強くなってる。そういう異能なんだろ」


 アビスが再び踏み込み、袈裟斬りを放つ。


 ヴァルダーは半歩下がってかわすと、そのまま剣を閃かせた。


「――っ!」


 胸元が裂け、鮮血が噴き出す。


 膝が落ち、アビスは地面へ倒れた。


「アビスさん!」


 日御子が叫ぶ。


 また、自分を守ろうとした人が目の前で倒れた。


「……嫌」


 アビスを見る。


 何か。何かないのか。この人を助けるものが。


(お願いですの……)


 思わず、《天照の鏡》を向けた。


(何か……)


 そして、日御子の目が大きく見開かれた。


◇


 光。


 アビスの身体に、無数の光が見える。


「……え?」


 一つではない。身体中に、数え切れないほど積み重なっている。


 こんなものは、今まで見たことがない。


「なんですの……これ……」


「……何が?」


 地面に手をつきながら、アビスが顔を上げる。


 日御子は答えられなかった。


 《天照の鏡》が、光の正体を映していく。


 昨日。アビスは木刀を振っていた。


 一年前。汗だくになりながら走っていた。


 五年前。倒れても、また立ち上がっていた。


 そして十年前。まだ幼さの残るアビスが、一人で身体を鍛えていた。


 一日。また一日。さらに次の日も。


 全部、残っている。


 走ったことも、木刀を振ったことも、身体を痛めつけたことも、限界まで自分を追い込んだことも。


 何一つ消えず、光となってアビスの中に積み重なり続けていた。


「あなたの中……」


 日御子が呟く。


「努力だらけですの」


「……え?」


 アビスが目を丸くした。


 日御子には、さらに見えていた。


 光の奥。その中心にある、アビスの異能の正体。


 《百錬蓄積》。


 ずっと発動している。それは間違っていない。


 だが、身体を強化しているわけではなかった。


「違う……」


「何が?」


 日御子がアビスを見る。


「あなたの異能は、身体強化ではありませんの」


 アビスの表情が固まった。


「……何言ってるんですか? だって僕は」


 自分の身体を見下ろす。


「ずっと強くなってる」


 日御子は迷わなかった。


「それは、アビスさんが鍛えたからですの」


「あなたが走って、鍛えて、何度も何度も繰り返して、自分で強くなったんですの」


 日御子の目には、今も無数の光が見えている。


「《百錬蓄積》がしていたのは」


 その光が、一つに繋がっていく。


「蓄積」


 アビスが息を呑んだ。


「あなたが積み上げた努力を、ずっとあなたの中に蓄え続けていたんですの」


 二十年。


 一度も失われることなく積み重なった、膨大な光。


 そして《天照の鏡》は、もう一つの真実を映していた。


「それだけじゃありませんの」


「……まだあるのか」


「出せますの」


「……何を?」


「蓄えた努力を、力に変えて」


 日御子の瞳に、その光が映る。


「全て解放できますの」


◇


 アビスは、しばらく黙っていた。


 自分は、ずっと異能のおかげで強くなっているのだと思っていた。


 才能がないことは、誰よりも自分が知っていた。周りは皆、異能一つで戦場を変えていく者ばかりだった。


 それでも、地味だけど《身体強化》があるなら、続けていればいつかは追いつける。


 ずっと、そう信じてきた。


 でも、違った。


 走ったのも、鍛えたのも、倒れてまた立ち上がったのも、全部自分だった。


 異能が自分を強くしていたわけではない。


 日々積み重ねた努力を、消えないように蓄え続けてくれていただけだ。


 喜びは湧いてこなかった。


 代わりに、静かなものが胸の奥へ落ちてくる。


 誰にも見られていなかった。誰にも褒められなかった。


 それでも毎日、木刀を振り続けた。


 その一本一本が、無駄ではなかった。


 自分は、自分の力でここまで来た。


「……解放」


 アビスが小さく呟いた。


 意識を、自分の内側へ向ける。


 そこに確かにある。


 今まで存在すら知らなかった、膨大な積み重ねが。


 アビスは、それを掴んだ。


 努力を力へ変える。


 そして――解き放つ。


「――っ!」


 空気が震えた。


 日御子の髪が大きく煽られ、アビスの足元から亀裂が走る。


 二十年間、誰にも見られず、誰にも褒められず、それでも一日一日積み重ね続けた努力。


 その全てが力へ変わり、濁流のように身体中を駆け巡った。


 ヴァルダーの笑みが、初めて薄れる。


「……なんだ?」


 アビスがゆっくりと立ち上がった。


 先ほど受けた傷から、血は流れている。


 それでも、立っているだけで空気が違った。


 刀を振ってみる。


「なるほどな」


 一歩、踏み出す。


 その姿が掻き消えた。


「――!」


 次の瞬間には、ヴァルダーの眼前。


 振り下ろされた刀へ、ヴァルダーは反射的に剣を合わせた。


 激突。


 耳をつんざく轟音とともに、二人の足元から土が爆ぜた。


「……っ!」


 ヴァルダーの剣を握る腕が沈む。


 これまでなら、受けた瞬間に流せた。


 だが、流れない。


 刀を受け止めたまま、ヴァルダーの身体が押し込まれる。


 靴底が地面を削った。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 数歩押し戻されたところで、ようやくヴァルダーが刀を弾く。


 二人の間に距離が開いた。


 日御子が息を呑む。


「アビスさん……」


 あのヴァルダーが、一合で押された。


 ヴァルダーも、僅かに目を見開いていた。


 だが、すぐに笑みが戻る。


「……面白ぇ」


 その両眼が怪しく光った。


「なら、これはどうだ?」


 《神殺し》。


 日御子の《天照の鏡》に映っていた《百錬蓄積》が消える。


 異能そのものは、確かに封じられた。


 だが――。


 アビスは、何事もなかったように刀を構え直した。


「……あ?」


 ヴァルダーの笑みが止まる。


 《百錬蓄積》がしていたのは、努力を蓄積し、それを力へ変えて解放すること。


 二十年分の努力は、すでに力へ変換され、アビスの身体を駆け巡っている。


 異能を封じても、解き放たれた力まで消えるわけではない。


 アビスが刀を握り直した。


「日御子さんに、使い方は教わった」


 ヴァルダーを真っ直ぐに見据える。


「あとは」


 口元に笑みを浮かべた。


「俺の二十年の出番だ」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「……ははっ」


 ヴァルダーの口から、堪えきれないような笑いが漏れた。


「いいな」


 その顔に、心底嬉しそうな笑みが広がっていく。


「最高じゃねぇか」


 空いていた左手が、腰へ伸びた。


 そこには、これまで一度も抜かなかったもう一本の剣がある。


 鞘走りの音が、中庭へ響いた。


「おい……」


 地面に倒れたまま、パルパティーンが目を見開く。


 あの男が二本目を抜いたところを、一度も見たことがない。


「……二刀だと?」


 右手に一振り。


 左手に、もう一振り。


 ヴァルダーが嬉しそうに笑いながら、初めて二刀を構えた。



【第八十一話 両雄相搏つ】へ続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。