弱点
「ソリムドっち!」
アリスが駆け出し、地面に倒れたソリムドのそばへ膝をついた。
斬られた身体から、血が流れ続けている。
「ソリムドっち! 聞こえる!?」
返事はない。それでも、呼吸だけは辛うじて続いていた。
「大丈夫」
アリスの両手が淡い光に包まれる。
《生命接続》。
「まだ生きてる。絶対に死なせないからね」
傷口へ手を当てると、流れ出ていた血が止まり、深く裂けた傷が少しずつ塞がっていく。
その時、本部の扉が勢いよく開いた。
「何だ今の音!?」
アビスを先頭に、ふるーる、ふぉろんたいご、それに何人もの隊員たちが中庭へ飛び出してくる。
血を流して倒れるソリムドと、その前に立つヴァルダーを見た瞬間、全員の表情が変わった。
「加勢します!」
「来るな!」
踏み出したアビスたちを、鬼龍神が怒鳴って止める。
「こいつは俺たちでも捌き切れてねぇ! 死にに来るんじゃねぇ!」
隊員たちの足が止まった。
その少し先で、ヴァルダーは血の付いた剣を下げたまま笑っている。
ソリムドが倒れたことで、《可能性解放》による強化も消えていた。
「クソが……」
アイザックが拳を握り締める。
「さて」
ヴァルダーが剣を構え直した。
「次だ」
その時、パルパティーンが静かに前へ出た。
倒れたソリムドの傍らへ膝をつき、その肩へ手を触れる。
《模倣者》。
次の瞬間、パルパティーンの身体を淡い光が包んだ。
自分の掌を軽く握り、感触を確かめる。
「本家にゃ劣るが、ないよりマシだろ」
パルパティーンが両手を上に掲げると、光が仲間たちへ広がり、抜け落ちていた力が再び身体へ満ちていく。
「おぉ! 助かる!」
鬼龍神が大剣を握り直した。
アイザックも一歩前へ出る。
拳から炎が噴き上がり、いくつもの炎弾へと形を変えた。
「行くぞ!」
鬼龍神が《迅雷》を発動する。
雷光がヴァルダーの周囲を駆け抜けた。
右へ回り、背後へ抜け、斬り込むと見せて離れる。大剣を振るう寸前で軌道を変え、ヴァルダーの意識を絶えず散らしていく。
その合間を縫って、アイザックの炎弾が飛ぶ。
一発目を、ヴァルダーが身体を傾けてかわす。
二発目も半歩ずれて外した。
直線上を通り過ぎたはずの炎弾が、突然弧を描いた。
「は!? 曲がんのかよ!」
「あたしが曲げたんだよ!」
ビビアンが突き出した手を横へ振る。
《念動力》に引かれた炎弾が背後からヴァルダーへ迫り、振り返った頬のすぐ横を掠めた。
「へえ」
ヴァルダーが笑う。
そこへ三発目。
今度は最初からビビアンが軌道を曲げ、回避先へ炎弾を滑り込ませる。
ヴァルダーが身を沈めた。
「ビビアン!」
「任せて!」
ビビアンが片手を振り上げる。
次の瞬間、もりやんの身体が《念動力》で一気に上空へ放り上げられた。
「当たれっ!」
宙で身体を捻ったもりやんが、三本の矢をまとめて弦につがえた。
引き絞り、一斉に放つ。
三本の矢が扇状へ広がり、上空からヴァルダーへ降り注いだ。
ヴァルダーが横へ踏み込む。
「逃がさねぇ!」
反対側から鬼龍神が回り込み、大剣を振りかぶった。
ヴァルダーが振り返りざまに剣を合わせる。
その瞬間、正面から再び炎弾が飛んだ。
ヴァルダーが鬼龍神を蹴り離すように距離を取ろうとする。
「させない!」
ビビアンの《念動力》が今度は逆方向へ引いた。
足元をもりやんが崩す。
鬼龍神が離れ、そこへ軌道を曲げた炎弾が追いすがる。
ヴァルダーは剣で一発を叩き落とし、二発目をかわした。
三発目が肩を掠めた。
「チッ」
さらに鬼龍神。
剣を振り上げたヴァルダーへ、大剣が横から迫る。
斬撃が鬼龍神へ向かう。
その直前、二人の間へ蒼銀の障壁が展開された。
《絶界守護》。
金属を叩きつけたような轟音が響く。
ヴァルダーの剣が止まった。
「いいねぇ」
楽しそうに笑う。
こいつらのクセは、もう知っている。
誰が撹乱し、誰が足を止め、誰が守り、誰が仕留めるのか。
そして、誰がどう動けば、他の誰が反応するのか。
ヴァルダーが次に狙ったのは、のぶおだった。
「お前の弱点は分かりやすいな」
「何?」
「人ばかり守って、自分の守りがおろそかだぞ」
「――っ!」
日御子には思考が見えていた。
「のぶおさん!」
狙いが全員へ伝わる。
鬼龍神が進路へ飛び込み、ビビアンがヴァルダーの身体を押す。もりやんの矢が足元を狙い、アイザックの炎弾が正面を塞いだ。
それでも、ヴァルダーの怪しく光る両眼が、のぶおを捉えた。
瞬間。
蒼銀の障壁が消える。
炎弾をかわし、崩れた地面を踏み越え、鬼龍神の大剣を剣で逸らしながら、のぶおへ向かって一直線に踏み込む。
「くそっ!」
のぶおは咄嗟に左腕のラウンドシールドを構えた。
激しい金属音。
ヴァルダーの剣が盾へ食い込み、そのまま振り抜かれる。
金属が裂けた。
刃がラウンドシールドごと左腕へ深く食い込む。
「ぐあああああっ!!」
砕けた盾の破片とともに、鮮血が勢いよく噴き上がった。
骨を断ち切られた左腕が、僅かな肉と皮膚だけを残して力なく垂れ下がる。
のぶおの身体が地面へ崩れ落ちた。
「のぶお!!」
アイザックの声が響いた。
炎が揺らぐ。
NKJへ入るより前から、二人は幾度も共に戦ってきた。互いに背中を預け、幾度となく窮地を切り抜けてきた。
その片腕が、今、切り裂かれた。
「……のぶお」
低い声とともに、アイザックの炎が爆発するように膨れ上がった。
「てめぇ……!」
日御子には見えていた。
ヴァルダーが、わざと右側を空ける。
罠だ。
その情報はすぐに共有された。
「アイザック! 行くな!」
鬼龍神が叫ぶ。
アイザックにも分かっている。
それでも止まらなかった。
「ンなもん関係ねぇ! てめぇは絶対ボコる!」
地面を蹴る。
先ほどまでヴァルダーを追い詰めていた炎弾は撃たない。炎を纏った拳を振りかぶり、ただ一直線にヴァルダーへ飛び込んでいく。
ヴァルダーは、その姿を見て目を細めた。
「お前、急に動きがつまらなくなったな」
「うるっせぇ!!」
拳が迫る。
ヴァルダーの両眼がアイザックを捉えた。
炎が消える。
《紅蓮》が封じられた。
「だからどうした!!」
飛び込んだ勢いのまま拳を振り抜く。
ヴァルダーが僅かに身体をずらし、振り抜かれる腕を掴む。
「――っ!?」
触れられた瞬間、《紅蓮》が完全に封じられた。
勢いを殺されたアイザックの身体が前へ流れる。
腕を掴んだまま、ヴァルダーが横薙ぎに剣を走らせた。
「がはっ!」
鮮血が飛び、アイザックの身体が地面を転がった。
「まだ終わってねぇぞ!」
鬼龍神が《迅雷》で駆け出す。
右。
左。
背後。
だが、ヴァルダーは追わない。
その動きは、もう何度も見ている。
誰もいない場所へ剣を振るった。
「――っ!」
そこへ鬼龍神が飛び込んできた。
咄嗟に進路を変える。
次の一歩。
そこにも剣が待っている。
「なっ――」
さらに方向を変える。
ヴァルダーは先回りするように剣を置いた。
鬼龍神の顔から笑みが消える。
「クソッ!」
強引に軌道を変えた、その先。
ヴァルダーがいた。
「――!」
視界へ飛び込んだ瞬間、《迅雷》が消える。
突然速度を失った身体が大きく揺らいだ。
剣が振り抜かれる。
「ぐあっ!」
鮮血を撒き散らし、鬼龍神が地面へ叩きつけられた。
「のぶっち!」
ソリムドの傷を塞ぎ終えたアリスが、のぶおの隣へ駆け寄った。
左腕を見て、息を呑む。
ほとんど切断されている。それでも、まだ僅かに繋がっていた。
「大丈夫。まだ繋がってる」
傷口へ両手を当てる。
《生命接続》。
淡い光が左腕を包み込む。
「これならくっつけられる!」
その間にも、戦いは続いていた。
「まだだよ!」
ビビアンが《念動力》でヴァルダーの身体を横へ押す。
反対側から、もりやんの矢。
かわした先へパルパティーンが斬り込む。
ヴァルダーが剣で受ける。
「今だ!」
もりやんが足元を崩した。
身体が傾く。
ビビアンが今度は引く。
崩れた姿勢のまま、パルパティーンの剣が迫った。
ヴァルダーは紙一重で刃を外す。
返す剣を、パルパティーンが受け止めた。
「ぐっ……!」
衝撃に傷口が開く。
それでも退かない。
「その身体でまだやるのか?」
「ああ」
パルパティーンは剣を握り直した。
「ここは今、俺の居場所なんでな」
ヴァルダーが一瞬だけ黙る。
「そうか」
パルパティーンが踏み込んだ。
同時にビビアンが押し、もりやんが矢を放つ。
三人で挟む。
ヴァルダーはパルパティーンの剣を受け流し、矢をかわした。
その視線がビビアンへ向く。
「――っ!」
《念動力》が消える。
続けて踏み込み、一閃。
「きゃあっ!」
ビビアンの身体が弾き飛ばされた。
「ビビアン!」
もりやんが弓を捨て、短剣を抜いて飛び込む。
だが、ヴァルダーの剣が先に届く。
「っ……!」
刃が身体を斬り、もりやんが崩れ落ちた。
最後に残ったパルパティーンが、再び剣を構える。
だが、傷だらけの身体はもう限界だった。
一合。
二合。
三合目。
受けた瞬間、足が止まる。
ヴァルダーの剣が閃いた。
「ぐはっ……!」
鮮血が飛び、パルパティーンが膝をつく。
そのまま、地面へ倒れた。
ヴァルダーは友人を一瞥したが、何も言わなかった。
日御子は、目の前の光景を見つめていた。
ソリムド。のぶお。アイザック。鬼龍神。ビビアン。もりやん。パルパティーン。
全員で戦っていた。
撹乱し、押し引きし、軌道を変え、足を奪い、守り、炎を撃ち込んだ。
それでも。
ヴァルダーは、前の戦いですでに見切っていた。動きを一つずつ崩し、見つけた穴から順番に潰していった。
「……怪物ですの」
声が震える。
それなのに、ヴァルダーは楽しそうだった。
嬉しい。
楽しい。
もっと戦いたい。
その感情までが、日御子には見えていた。
視線が日御子へ向く。
「次はお前だ」
日御子の身体が強張った。
「お前だろ。さっきから人の頭ん中を覗きやがって」
その両眼が日御子を捉える。
《天照の鏡》に映っていたものが消えた。
ヴァルダーの思考。意識。そこから予測していた攻撃の軌道。
その全てが、《神殺し》によって封じられる。
同時に、日御子からポリアンナへ、そして仲間たちへ繋がっていた情報も途絶えた。
ヴァルダーが剣を握り直す。
「勝手に覗くんじゃねぇ」
次の瞬間、その姿が消えた。
「――っ!」
日御子の目の前に現れる。
何も見えない。
次に何をするのか。どこへ剣を振るうのか。
剣が振り上げられた。
避けられない。
その瞬間。
「日御子さん!」
身体を横から突き飛ばされた。
「えっ――」
日御子が地面へ倒れる。
目の前で、剣が振り抜かれた。
赤い花が弾けたように、鮮血が宙へ散った。
「……え」
そこに、ポリアンナがいた。
自分が立っていた場所に。
「ポリアンナ……さん?」
大量の血が地面へ落ちる。
ポリアンナの身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「……あ」
日御子は動けなかった。
ヴァルダーが倒れたポリアンナを見下ろす。
「ああ」
何かを思い出したように呟いた。
「そういや、お前は標的だったな」
剣を逆手に持ち替える。
「――っ!」
日御子の目が見開かれた。
「待っ――」
剣が振り下ろされた。
刃がポリアンナの身体を深々と貫く。
「――っ」
身体がびくんと跳ねた。
「ポリアンナさん!!」
日御子の叫び声が、中庭に響き渡った。
【第八十話 百錬蓄積】へ続く




