↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/82

約束

 その場に立っているのは、パルパティーンと日御子、ポリアンナ。そして、リリアナだけだった。


 パルパティーンは無言で剣を構える。


 目の前にいるのは、かつて守ると誓った少女。だが今は、誰よりも冷徹で、誰よりも強大な敵になっていた。


 リリアナの剣先が、パルパティーンから日御子へ向けられる。


「日御子さん。まずはあなたを確保します」


 リリアナが歩き始めた。


 その足取りに迷いはない。


 日御子は息を呑む。


 《天照の鏡》で見た、父が繋がれていた研究施設。


 身体中に管を繋がれ、実験を受け続ける父の姿が、頭から離れない。


 この女を止めなければならない。


 何か方法はないのか。


 日御子が再び《天照の鏡》を発動した、その時だった。


 ガシャッ。


 剣を握り直す音が響いた。


 パルパティーンが日御子を背に庇うように、再びリリアナの前へ立ちはだかる。


「パルパティーンさん……」


 呼び掛けにも答えず、静かに目を閉じた。


 脳裏に浮かんだのは、幼い日の約束だった。


『私が間違った時は』


『どこにいても』


『パルが止めに来てね』


 大きく息を吸い込み、肺の奥に残っていたものまで吐き出すように、ゆっくりと息を吐いた。


 ゆっくりと目を開く。


 もう、迷いはない。


 人を実験材料にすることも、命を数字で数えることも、天帝のためなら誰を犠牲にしても構わないと言えることも。


 昔のリリアナなら、きっと誰より先に否定した。


(本当のお前なら、今のお前を絶対に許さねぇ)


 誰よりも彼女を知っている自分が、今のリリアナを止める。


 それこそが、あの日の少女を守ることになる。


 リリアナは足を止めた。


 穏やかな表情のまま、小さく首を傾げる。


「どきなさい」


「いいや」


 パルパティーンは首を横へ振った。


「どかねぇ」


 その返答を聞き、リリアナは困ったように微笑む。


「しょうがないですね」


「では」


 一歩。


「あなたも排除します」


 白い閃光が走った。


「――っ!」


 速い。


 反応する間もない。


 剣は一直線にパルパティーンへ伸び――


 ズブリ。


 鈍い音が響いた。


 刃が腹部を深く貫いている。


「パルパティーンさん!」


 日御子が叫ぶ。


 鮮血が刃を伝い、地面へ落ちた。


 普通なら、その場で崩れ落ちてもおかしくない一撃。


 だが、パルパティーンは倒れなかった。


 一歩。


 腹を貫かれたまま、前へ進む。


 リリアナの瞳が僅かに揺れた。


「……何故」


 さらに一歩。


 激痛と失血で、身体は今にも力を失いそうだった。


 それでも止まらない。


 パルパティーンは右手を伸ばし、リリアナの肩へ触れた。


 血に濡れた口元で笑う。


「届いたぞ」


 淡い光が二人を包んだ。


 《模倣者》。


 触れた相手の異能を写し取る。


 パルパティーンの中の《迅雷》が、新たな力に書き換わる。


 《偶像崇拝》。


「……まさか」


 リリアナが明確に狼狽えた。


 即座に剣を引き抜き、後方へ飛び退く。


 パルパティーンは腹部を押さえながら、小さく笑った。


「これで対等だ」


 だが、リリアナはすぐにいつもの表情へ戻った。


「いいえ」


 静かに剣を構える。


「私の異能をコピーしたところで、あなたに意味はありません」


 パルパティーンの笑みが僅かに消える。


「《偶像崇拝》は、想う心そのものを力へ変える異能です」


 リリアナは真っ直ぐ彼を見る。


「私が天帝陛下を想う気持ちに、勝てるはずがありません」


 僅かに間を置き、穏やかに続けた。


「あなたには、そこまで強く想える相手がいませんから」


 静寂。


 腹部から滴る血が、地面を濡らしていく。


 パルパティーンは俯いたが、やがて口元に微かな笑みを浮かべた。


「……いや、そいつは違うな」


 顔を上げる。その隻眼に映るのは、リリアナただ一人だった。


 泣き虫で、負けず嫌いで、誰よりも優しかった。誰かが傷付けば自分のことのように泣き、研究に夢中になれば飯を食うことも眠ることも忘れる。一度こうと決めたら、何を言っても止まらない。


 幼い頃から、ずっと見てきた。


 そんな彼女の隣に立ちたくて、帝国へ入った。その想いだけは、一度も変わっていない。


 《偶像崇拝》が応えた。


 リリアナへ降り注ぐ光とは別に、もう一つの奔流が生まれる。


 その光は、リリアナからパルパティーンへ真っ直ぐ流れ込み、瞬く間に全身を満たしていった。


「……っ」


 日御子が目を見開く。


 リリアナの表情が、僅かに強張った。


 天帝へ絶対的な忠誠を捧げる自分こそ、誰より強く《偶像崇拝》を使える。


 そう信じていた。


 だが、目の前の男を見ていると、どうしてもその確信が揺らぐ。先ほどまでとは明らかに違う。立ち方も、剣を握る手も、こちらを見る眼差しさえも。


 何かが、明らかに変わっていた。


「何故ですか……」


 初めて、リリアナの声が震えた。


 風が吹き、二人の髪を揺らしていく。


「言っただろ。お前を守るために帝国へ入った」


 苦く笑い、真っ直ぐにリリアナを見る。


「俺は――ずっと、お前だけを見てた」


 リリアナは何も答えず、剣を握る指に力を込めた。


 次の瞬間、二人の姿が同時に消える。


 甲高い金属音が響き、剣と剣が真正面からぶつかった。


「……っ!」


 リリアナの表情が変わる。


 先ほどまで容易く受け流していた剣を、今は受け流せない。


 パルパティーンが力任せに剣を振り抜くと、リリアナの身体が数歩後退した。


「まさか……」


 驚きは一瞬だった。


 リリアナの瞳に強い光が宿る。


「その程度で――」


 天帝を想う。


 その存在だけを見つめて生きてきた年月が、《偶像崇拝》へ流れ込む。


「私の想いに、勝てると思わないでください!」


 白い影が一気に加速し、鋭い連撃を浴びせる。パルパティーンは受け続けるが、その衝撃に腹部の傷が開き、鮮血が飛んだ。


「ぐっ……!」


 それでも、パルパティーンは倒れなかった。


 脳裏にあるのは、ただ一人。


 泣いていた少女。笑っていた少女。隣に立つと決めた少女。間違った時には止めてくれと、自分へ託した少女。


 守ることは、ただ隣にいて支え続けることだけじゃない。


 間違っていると分かっていながら、黙って見ていることじゃない。


 たとえ敵になっても。


 嫌われても。


 その人が本当に間違った時に、止めること。


 パルパティーンの身体から溢れる光が、さらに激しく揺らめいた。


 リリアナが力を込めた一撃を放つ。


 今度は、パルパティーンが真正面から受け止める。


「――っ!?」


 そのまま剣を弾き上げ、踏み込んで横薙ぎに振るう。リリアナは辛うじて受けたものの、その身体は大きく後方へ滑った。


「何故……」


 パルパティーンは答えない。ただ真っ直ぐ、彼女を見ていた。


 剣を交えるたび、パルパティーンの力が自分を上回っていることを思い知らされる。


 リリアナはしばらくパルパティーンを見つめたあと、静かに目を閉じた。


「分かりました」


 再び目を開き、ゆっくりと剣を構える。


「もう、決着をつけましょう」


 パルパティーンも剣を構えた。腹部から流れる血は止まらず、これ以上長く戦えないことは本人が一番よく分かっていた。


 戦場から音が消えたようだった。誰も動かず、声も上げない。


 日御子は息を呑んだ。


 二人の表情を見れば分かる。


 次の一歩で、全てを終わらせるつもりなのだ。


「パル」


 リリアナが静かに呼ぶ。


「あなたは、昔から優しすぎました」


「……そうかもな」


「だから負けるのです」


 パルパティーンは小さく笑った。


「優しいままなら、ここまで来られなかったさ」


 互いの視線が交わる。


「お前から、強さを学んだからな」


 剣を握る手に、力を込める。


「だから、負ける気がしねぇ」


 風が止んだ。


 同時に地面を蹴る。


 大地が爆ぜた。


 二人の姿が消える。


 次の瞬間。


 キィィン――――ッ!!


 鋼と鋼がぶつかる甲高い音が、戦場へ響き渡った。


 交差。


 ほんの一瞬。


 二人は互いに背中を向けたまま静止する。


 誰も動かない。


 風だけが、再び静かに吹き抜けた。


 カラン。


 乾いた音が響く。


 地面へ落ちたのは、リリアナの剣だった。


「……あ」


 遅れて、胸元へ細い血の線が浮かぶ。


 リリアナの膝から力が抜けた。


「リリアナ」


 パルパティーンが振り返り、剣を捨てる。


 崩れ落ちる身体を、両腕で抱き止めた。


 リリアナは呆然と彼を見上げていた。


「どうして……」


 掠れた声だった。


 パルパティーンは苦笑する。


「不器用ですまなかったな」


 一度だけ、苦しそうに息を整える。


 ずっと言えなかった。


 言わなくても分かると思っていた。


 隣にいれば、それでいいと思っていた。


「お前を――」


 パルパティーンは笑った。


「愛してた」


 リリアナの瞳が大きく揺れた。


 長い沈黙。


 やがて、その口元に小さな笑みが浮かぶ。


 幼い頃、パルパティーンと並んで夢を語っていた、あの頃の少女の笑い方だった。


「……馬鹿ですね、パルは」


 か細い声だった。


 パルパティーンは困ったように笑う。


「悪い」


 リリアナは彼の顔を見つめた。


 その瞳から、先ほどまでの狂信的な光は消えていた。


「私……」


 僅かに息を吸う。


「間違っちゃったんですね、私は」


 パルパティーンは何も答えなかった。


 ただ、腕の中のリリアナを少しだけ強く抱き締める。


 リリアナはそれで十分だと言うように、静かに目を細めた。


「約束……」


 声が弱くなっていく。


「守ってくれて……ありがとう」


 最後に、ほんの僅かだけ笑った。


 その言葉を最後に、リリアナの身体から力が抜けた。


 静寂。


 パルパティーンは何も言わなかった。


 ただ、腕の中のリリアナを優しく抱き締める。


 風が吹き、長い髪が静かに揺れた。


 日御子も、ポリアンナも、誰一人として声を掛けなかった。


 やがて、パルパティーンは静かに空を見上げる。


「ちゃんと届いたか」


 誰へ向けた言葉なのか。


 返事はない。


 それでも、その表情はどこか満たされていた。


 あの日、一人の少女が少年へ託した約束。


 長い時間を経て。


 ようやく果たされた。



【第七十五話 ただいま】へ続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。