残された剣
言葉が終わるより早く、リリアナの姿が消えた。
「――っ!」
最初に反応したのは鬼龍神だった。大剣を引き抜くと同時に地面を蹴り、ソリムドの前へ滑り込む。
轟音とともに、振り下ろされたリリアナの剣を大剣が辛うじて受け止めた。
「ぐっ……!」
衝撃に鬼龍神の足元が砕ける。それでも止めた――そう思った瞬間、リリアナは大剣へ触れるように剣を滑らせ、その勢いのまま鬼龍神の腕を取った。
「なっ――」
大柄な身体が宙を舞い、横へ投げ飛ばされる。
「《絶界守護》!」
のぶおが手を伸ばし、蒼銀の光が生まれる。
だが、間に合わない。
鬼龍神を投げた時には、リリアナはもうソリムドの前にいた。
「――っ!」
障壁の中で銀閃が走り、ソリムドの肩口から鮮血が噴き上がる。その身体が崩れ落ちた。
「ソリムドさん!」
日御子の叫びにも、リリアナは振り返らない。
次に視線を向けた先には、のぶおがいた。
「来ます!」
今度こそ《絶界守護》が展開され、蒼銀の障壁へ剣が激突する。轟音とともに障壁が震え、支えるのぶおの身体ごと後方へ押し込まれた。
「ぐっ……!」
「のぶおさんを援護!」
『左右から!』
ポリアンナの指示に、福とアイザックが駆ける。後方では、もりやんが弓を引き絞った。
リリアナは再び障壁へ剣を叩き込む。のぶおの足が地面を滑り、三撃目で蒼銀の光が大きく揺れた。
「今だ!」
福が斬り込み、反対側からアイザックの炎拳が迫る。さらに一本の矢が、二人の間を縫って飛んだ。
リリアナは障壁を蹴り、その反動で後方へ身体を流す。福の剣をかわし、空中でアイザックの拳を受け流すと、着地と同時に飛来した矢まで弾いた。
そのまま、再びのぶおへ間合いを詰める。
「させるか!」
《迅雷》を纏ったパルパティーンが横から割り込んだ。
リリアナは迫る剣を受けずに身を沈め、刃の下を抜ける。
「っ!」
パルパティーンが振り向いた時には、リリアナの剣はすでに障壁へ届いていた。
激突。
のぶおの集中が揺らぎ、蒼銀の光が消える。
「のぶお!」
銀閃が胸元を走り、その身体が地面へ崩れ落ちた。
「止まれ!」
間髪入れず、ビビアンが両手を突き出す。
《念動力》がリリアナの身体を捉え、空間へ縫い止めるように締め上げた。
「今度は逃がさない!」
「もりやん!」
「任せて!」
大地が隆起し、左右からせり上がった土壁がリリアナを囲う。《念動力》と土壁による二重の拘束に、ビビアンが歯を食いしばった。
「捕まえた……!」
次の瞬間、土壁が内側から大きく膨らむ。
鈍い衝撃がもう一度響き、亀裂が走った。
「嘘でしょ……!」
三度目の轟音とともに、土壁が爆ぜた。
土砂を突き破って飛び出したリリアナは、《念動力》に捕らえられたまま前へ進んでくる。
「止まって……!」
ビビアンがさらに力を込める。
その視界から、リリアナが消えた。
「――っ!」
気付いた時には目の前だった。
剣の腹が脇腹を打ち抜き、ビビアンの身体が地面を転がる。
「ビビアン!」
日御子は反射的に一歩踏み出した。
地面を転がったビビアンは、脇腹を押さえたまま起き上がれない。
「ビビアン、大丈夫ですの!?」
駆け寄りたい。
けれど、その前でリリアナはもう次の標的へ顔を向けていた。
そこへ、鬼龍神が立ちはだかった。口元の血を拭いながら大剣を肩へ担ぎ、その隣へパルパティーンが並ぶ。
二人の視線が、一瞬だけ交わった。
「アレをやるぞ」
「おう!」
二人の姿が同時に掻き消えた。
最初に届いたのは鬼龍神。
大剣が横薙ぎに空気を引き裂く。リリアナが身を沈めた瞬間、頭上を巨大な刃が通過した。
そこへパルパティーンが飛び込む。
剣が交差した。
火花が散る。
音が響いた時には、パルパティーンはもう反対側にいる。
斬り上げ。
弾く。
直後には鬼龍神の大剣が上段から落ちてくる。
半歩ずれた足元で地面が砕け、その土煙を突き破ってパルパティーンの剣先が喉元へ迫った。
リリアナが身体を反らす。
刃が髪を掠める。
「まだだ!」
鬼龍神が大剣を振り返す。
逃げ道を塞ぐ一撃をリリアナが跳んでかわした先には、すでにパルパティーンがいた。
剣と軍刀と大剣。
三つの刃が目まぐるしく交差し、火花だけが空中へ残る。
姿を捉えたと思った次の瞬間には、三人とも別の場所へ移っている。
甲高い衝突音だけが遅れて戦場へ追いついてくる。
「押してる……?」
誰かが呟いた。
パルパティーンの剣が右から走る。
受け流した先へ、左から鬼龍神。
大剣をかわした場所へ、再びパルパティーン。
二人はほとんど隙を与えない。
だが――リリアナの動きが、さらに一段速くなった。
「――っ!」
パルパティーンの剣を外へいなし、その勢いのまま懐へ潜り込む。
蹴りが腹へ突き刺さった。
「ぐっ!」
身体が大きく弾き飛ばされた。
「パルパティーン!」
鬼龍神が踏み込み、大剣を振り下ろす。
その刃が落ち切るより早く、リリアナは間合いの内側へ入っていた。
銀閃。
「がっ……!」
鬼龍神の胸元が斬り裂かれ、大剣が地面へ落ちる。大柄な身体も、その後を追うように膝から崩れた。
「鬼龍神!」
パルパティーンが起き上がる。
だが、リリアナの視線はすでに次の獲物へ移っていた。
「来い!」
アイザックが両手を交互に振り抜く。
「《紅蓮》!」
巨大な炎弾が放たれ、一直線にリリアナへ迫った。
リリアナは足を止めない。
剣が閃き、炎弾を正面から両断する。
爆炎が弾け、猛烈な熱と炎が視界を埋め尽くす。
「そのまま焼けろ!」
その時、斬り裂かれた爆炎の中心から、白い影が突き抜けてきた。
「なっ――」
炎の向こうから現れたリリアナが、アイザックの横を駆け抜けた。
一瞬遅れて、胸元に斬撃が走る。
「ぐぁっ!」
アイザックがその場へ崩れ落ちた。
「このっ!」
もりやんはすでに弓を引き絞っていた。
三本の矢が立て続けに放たれる。
一本目をかわし、二本目を弾く。三本目は避けた先まで追うような軌道で頬を掠めた。
「取った!」
もりやんが次の矢へ手を伸ばす。
その時には、リリアナはもう目の前にいた。
「なっ――」
剣の柄が腹部へ叩き込まれ、もりやんの身体が大きく吹き飛ぶ。地面を何度も転がり、そのまま動かなくなった。
「もりやん殿!」
その周囲には、倒れた仲間達がいた。
福の視線が僅かに揺れる。
ここで《重力支配》を使えば、仲間まで巻き込む。
「……狙っておったな」
低い声にも、リリアナは答えない。
ただ、静かに剣を構えた。
「ならば、剣で止めるまで!」
福が剣を構える。
リリアナが大きく剣を振りかぶった。
大上段からの一撃。
福は逃げなかった。
刃を合わせ、勢いを外へ受け流す。そのまま返す刀で斬りつける。
いつも通り、それで終わるはずだった。
リリアナの剣が振り下ろされる。
福も剣を合わせた。
激突。
甲高い破砕音が響く。
「――なっ」
福の目が見開かれた。
剣が、折れた。
受け流すはずだった刃は、勢いそのまま折れた剣を越え、福の身体を斬り裂いた。
「ぐっ……!」
福の身体から力が抜け、その場へ崩れ落ちる。
戦場に静寂が訪れた。
リリアナは周囲へ視線を巡らせる。
倒れた仲間達。
そして、まだ剣を握っているパルパティーン。
何度も間へ割り込み、何度も剣を交えながら、最後まで倒されなかった男。
リリアナは何事もなかったかのように剣についた血を払い、穏やかに微笑んだ。
「厄介な順に片付けました」
パルパティーンは答えない。
「皆様の異能は、全て把握していますので」
そこで何かを思い出したように、リリアナは倒れた仲間達へ視線を向けた。
「ああ、殺してはいませんよ」
「これほど強力な異能を持つ方々を、ここで失うのは惜しいですから」
「帝国へお連れします。異能実験に協力していただきますので」
倒れた仲間達の間を、乾いた風が吹き抜ける。
パルパティーンは静かに剣を握り直した。
もう、援護は来ない。共に戦った者達は、全員地に伏している。
リリアナは、剣を下ろす気などないのだろう。こちらを見つめる瞳には、相変わらず迷いがなかった。
(お前に恨まれたって、構わねぇ)
剣先を上げる。
(それをお前から学んだんだ。俺が必ず止めてやる)
残された剣は、まだ折れていなかった。
【第七十四話 約束】へ続く




