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狂信者

 リリアナの笑みが消えた。


「……そうですか」


 僅かな沈黙。


「それは残念です」


 声は静かなままだった。


「では、手足を失っていただくことになります」


 誰かが息を呑む。


「命さえあれば、ヒノモト王との交渉には使えますので」


 まるで天気の話でもするような口調だった。


 その瞬間。


 ザッ――


 側面から、複数の足音が響いた。


 リリアナが視線を向ける。


 そこにはNKJの仲間達が並んでいた。


 ビビアン。


 のぶお。


 アイザック。


 鬼龍神。


 ソリムド。


 もりやん。


 そして、その列の最後尾から一人の男がゆっくりと前へ出る。


 パルパティーン。


 リリアナの瞳が僅かに見開かれた。


「……パル?」


 その呼び方だけは、昔と何一つ変わっていなかった。


 一瞬、安堵したように表情が緩む。


「無事だったのですね」


 だが次の瞬間、日御子たちの前へ立つパルパティーンを見て、その眉が僅かに動いた。


「……そちら側についたのですか」


 それだけで十分だった。


 行方不明だった理由も、帝国を去った理由も悟ったのだろう。


 リリアナは静かに目を閉じる。


「分かりました」


 再び目を開いた時には、いつもの穏やかな笑みへ戻っていた。


 パルパティーンは答えず、静かに歩き出す。


 一歩。


 また一歩。


 やがてリリアナの正面で足を止めた。


 二人の距離は十メートルほど。


 誰も口を挟まない。


 風だけが、瓦礫の間を吹き抜けていた。


 パルパティーンが苦く笑う。


「久しぶりだな」


「ええ」


 短い沈黙。


 言いたいことは山ほどあるはずなのに、どちらもすぐには言葉が出てこなかった。


 先に口を開いたのは、パルパティーンだった。


「俺は、お前を支えるために帝国へ入った」


 リリアナは何も答えない。


「隣に立てば守れると思った。お前が間違えそうになっても、俺なら止められると思ってた」


 拳を握る。


「でも……何も変えられなかった」


 声が僅かに震えた。


「お前は、どんどん変わっていった」


 リリアナは静かに首を横へ振る。


「違います」


 その声に迷いはない。


「私は変わっていません。昔からずっと――」


 空を見上げる。


 その瞳は、ひどく穏やかだった。


「私は、天帝陛下のお役に立ちたい。そのためだけに生きています」


 パルパティーンが悲しそうに目を伏せた。


「やっぱり……戻って来ないか」


「戻る?」


 リリアナは不思議そうに首を傾げる。


「私は、どこへも行っていません」


 その答えを聞いた瞬間、パルパティーンの表情から僅かに残っていた迷いが消えた。


「……そうか」


 ゆっくりと顔を上げる。


 リリアナは目を閉じ、小さく息を吐いた。


「話し合いをしたところで、これ以上は無駄ですね」


 再び目を開く。


 両眼に、怪しい光が宿り始めていた。


 パルパティーンはしばらく黙ってリリアナを見つめた。


 やがて、ゆっくりと腰の剣へ手を添える。


「なら――」


 鞘から鋭い音が響いた。


「約束通り、止めてやるぞ。無理矢理にでも」


◇


 いつか、こうなるかもしれないとは思っていた。


 それでもどこかで、連れ戻せるのではないかと願っていた。


 だが、その道は今、リリアナ自身の言葉によって閉ざされた。


 この命と引き換えにしてでも、約束だけは果たす。


 彼女を一人で逝かせるつもりもなかった。


 それが、幼い日に交わした約束へのパルパティーンなりの答えだった。


「《迅雷》」


 鬼龍神から写し取った異能が発動する。


 大地を踏み締めた次の瞬間、パルパティーンの姿が掻き消えた。


 残像を置き去りにし、轟音とともに一瞬でリリアナの背後へ回り込む。


 剣を振るった。


 キィンッ――!


 リリアナは振り返ることなく、その剣を指先ほどの動きだけで受け流した。


 返す刃が首筋を狙い、続けざまに脇腹、脚へと剣閃が走る。


 《迅雷》で加速したパルパティーンは、間合いも角度も次々と変えながら斬り込んでいく。


 日御子の目には、その剣が幾筋もの光にしか見えなかった。


 だが、リリアナはほとんど足を動かさない。


 身体を僅かに傾け、肩を引き、腕を流す。


 必要最小限の動きだけで、全ての剣閃をかわし、受け流していく。


「そんな……」


 まるで、最初から全ての軌道が分かっているかのようだった。


 パルパティーンの剣が、一太刀も届かない。


「見えていますの……?」


 日御子の口から、思わず声が漏れた。


 反射的に《天照の鏡》を発動する。


 世界が変わった。


 色が消え、偽りが剥がれ落ちる。


 残るのは真実だけ。


 日御子はリリアナを見た。


「――っ!」


 思わず目を見開く。


 遥か上空。


 見上げても果ての見えない彼方から、一筋の巨大な光が降り注いでいた。


 まるで天と地を繋ぐ柱。


 その光は真っ直ぐリリアナへ流れ込み、全身を満たしている。


 身体から溢れ返るほどの力が注がれてなお、光は絶えることがない。


「……何ですの、これは」


 自ら生み出している力ではない。


 まるで天から、際限なく力を与えられ続けているようだった。


 情報が脳へ流れ込んでくる。


 《偶像崇拝(アイドル)》。


 誰かを想う心、そのものを力へ変える異能。


 想いの強さに比例して、身体能力や反射神経を極端に増幅させる。


 そして、リリアナが想う相手は――


 天帝。


 これほどの力を彼女へ与えているもの。


 それは、天帝への狂信だった。


『援護します!』


 ポリアンナの声が響いた。


 日御子は《天照の鏡》を解除する。


 視界が現実へ戻った。


『ソリムドさん、後方支援! のぶおさんは防御! アイザックさん、左から! もりやんさんは――』


「待ってくれ!」


 パルパティーンの叫びが戦場へ響いた。


 全員の動きが止まる。


 剣を構えたまま、リリアナから目を離さずに言った。


「こいつは、俺に止めさせろ」


 僅かな沈黙のあと、続ける。


「……頼む」


 その場にいた誰もが息を呑んだ。


 パルパティーンが誰かへ頼み事をする。


 そんな姿を、誰一人として見たことがなかった。


 ポリアンナは小さく目を伏せる。


 やがて静かに頷き、全員へ待機を指示した。


 その様子を見ていたリリアナが、小さく首を傾げる。


「あら」


 穏やかな笑み。


「皆さんで攻撃して来ないのですか?」


 まるで世間話でもするような口調で続ける。


「こちらは普通に攻撃しますが」



【第七十三話 残された剣】へ続く


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