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覚醒異能

「ヒノモト王は、生きています」


 その一言で、日御子の世界が止まった。


「……!」


 声にならない。


 呼吸が止まり、瞳が大きく見開かれる。


 リリアナは淡々と続けた。


「あなたが殺したはずのヒノモト王は、我々が回収し、蘇生させました。現在も帝国で生きています」


「……っ」


 日御子の身体が小さく震えた。


 理解できない。


 父は死んだ。


 自分の手によって。


 この目で見届けた。


 そのはずだった。


「父上……が?」


 唇から漏れたのは、それだけだった。


 頭の中が真っ白になる。


 縋りたい。


 信じたい。


 それなのに、信じ切れない。


 足から力が抜けそうになる日御子を見て、ポリアンナが静かに一歩前へ出た。


「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


 リリアナは面倒そうに視線だけを向ける。


「何でしょう」


「なぜ、そのような真似をしたのですか。ヒノモト王を回収した理由です」


 リリアナは小さく息を吐いた。


「簡単な話です。帝国は、強い異能を持つ人間を集めています」


 まるで研究報告でも読み上げるような口調だった。


「S型の血液を持つ者は、特に共鳴率が高い傾向にあります。ヒノモト王も、その一人でした」


「だから蘇生したと?」


「一人でも多くのS型が必要でしたので。帝国へ搬送し、蘇生を施しました。現在では回復し、研究にご協力いただいております」


 その場にいた全員の表情が強張った。


 研究に協力している。


 その言葉を、そのまま受け取る者はいない。


 ポリアンナは表情を変えずに続ける。


「では、現在ヒノモト各地で起きている失踪事件も、それが目的ですか。S型の人間を攫っている理由も」


「そうです」


 リリアナはあっさり頷いた。


「ヒノモト王国周辺には大規模な古代遺跡が存在します。興味深いことに、遺跡周辺ではS型の出生率が他地域より高い。後天的に共鳴率を高める実験を行うには、非常に優れた環境と言えるでしょう」


 人を攫っているという罪悪感も、命を弄んでいるという自覚もない。


 珍しい鉱石の産地でも説明しているかのようだった。


 ポリアンナが目を細める。


「もう一つ。なぜ日御子さんが必要なのですか」


 リリアナが僅かに首を傾げた。


「ヒノモト王には研究へのご協力をいただいておりますが、洗脳の効果がほとんど見られないのです」


「《王威》……」


 日御子の唇から、父の異能の名が零れた。


「ええ。精神干渉への耐性が非常に高く、思うように従っていただけません」


「そこで、娘である日御子さんなら説得できるのではないかと判断しました。ユリウスに連行を命じたのですが、失敗しましたので」


 リリアナの視線が日御子へ戻る。


「私がこうして、お迎えに参りました」


 父は帝国によって救われた。


 そして今も生きている。


 だから、その父のためにも帝国へ来い。


 まるで、そう言い聞かせるような話だった。


「……違う」


 小さな声が響いた。


 全員の視線が日御子へ集まる。


 俯いていた彼女の身体は、小さく震えていた。


「確かめますの……」


 静かに目を閉じる。


 《天照の鏡》。


 金色の光が、日御子の身体から迸った。


「…………っ!」


 リリアナの表情が、初めて大きく崩れた。


「二つ目の異能……?」


 目を見開く。


「まさか、覚醒異能……!」


 明確な動揺が滲んでいた。


「そんなはずは……ユリウスから、そのような報告は受けていません」


 理解できないものを見るように、日御子を見つめる。


「なぜ……こんな重要事項を報告しなかったのですか……」


 その声が遠ざかる。


 日御子の世界が反転した。


 視界がリリアナへと繋がっていく。


 流れ込んできたのは、冷たい研究施設の映像だった。


 幾重にも並ぶ拘束具。


 薬品。


 実験器具。


 そして。


 白いベッドに横たわる、一人の男。


「……父上」


 生きている。


 間違いない。


 その姿を認識した瞬間、涙が一筋、頬を伝った。


 だが、安堵するにはあまりにも残酷な光景だった。


 身体中に繋がれた管。


 繰り返される投薬。


 精神への干渉。


 研究という言葉では覆い隠せない現実が、次々と脳へ流れ込んでくる。


 そして、もう一つ。


 革命の日。


 父王へ向け、自分が振り下ろした刃。


 あの瞬間の記憶へ、別の角度から真実が重なった。


 刃の軌道。


 狙った位置。


 その判断へ至る直前、認知へ加えられた僅かな歪み。


 急所を外すように。


 最初から。


「……そういうことでしたの」


 日御子は涙を流したまま顔を上げた。


 黄金の瞳が、真っ直ぐリリアナを捉える。


「あなたは、嘘を言っていますの」


 リリアナの眉が僅かに動く。


「帝国が蘇生させたから父上が生きているのではない」


 静かな声だった。


「最初から、父上を殺させるつもりなどなかったんですの」


 リリアナは答えない。


 日御子は続ける。


「ユリウスには、父上を殺さないよう私への洗脳を命じていた。致命傷を避けるよう認知を歪ませ、その一方で、私には父上を殺したと思い込ませた」


 沈黙。


 それが何よりの答えだった。


「帝国が父上を救ったように見せれば、私が従うとでも思いましたの?」


 リリアナの表情が僅かに止まる。


「理由は一つ」


 日御子の声が低くなる。


「父上の覚醒異能――《天照顕現》」


「それが欲しかったからですの」


 リリアナの表情が、僅かに崩れた。


「…………」


 ほんの一瞬、驚きが浮かぶ。


「まさか」


 日御子の黄金の瞳を見つめる。


「私の記憶を読み取ったのですか?」


 日御子は答えない。


 それは帝国でも、ごく一部しか知らない最高機密。


 知っているはずのない情報だった。


「……なるほど」


 リリアナは小さく息を吐いた。


「あなたの覚醒異能は、そういう能力なのですね」


 そして次の瞬間には、いつもの無表情へ戻っていた。


「まあ、構いません」


 静かに告げる。


「事情を知られたところで、結果は変わりませんので」


「ヒノモト王は王家の血筋。そしてS型です。念入りに調査した結果、彼が覚醒異能保持者であることが判明しました」


 その声には、先ほどまでとは違う熱が僅かに混じっている。


「ヒノモト王の身柄を確保する必要がありました。ですので――革命を起こさせました」


 誰も言葉を発せない。


「他は全て、ついでです」


 その一言は、異様なほど軽かった。


「あなたのことは、アルベルトが早々に処分したがっていました。《王域》は危険すぎると」


 リリアナは、何でもないことのように付け加える。


「私はどちらでも構わなかったのですが。王を落とすのに王女は利用できると、ユリウスから進言を受けたものですから」


 リリアナの口元が僅かに緩む。


「《天照顕現》」


「まさしく、天帝陛下がお望みになられていた能力です。これでまた、天帝陛下に認めていただけます」


 くすり、と小さな笑みが零れた。


 敬愛する天帝に認めてもらえる。


 そのことだけを、心から喜んでいる。


 その場にいた誰もが、異様なものを見るようにリリアナを見つめていた。


 ポリアンナが静かに尋ねる。


「……覚醒異能とは、何ですか」


「人に極めて稀に現れる第二の異能です。およそ百年に一人程度でしょうか」


「一般には知られていない?」


「帝国が情報を管理しておりますので」


 まるで当然のことのように答え、リリアナは再び日御子へ向き直った。


「事情は全てお話ししました」


 一歩。


「もう一度申し上げます」


 真っ直ぐに日御子を見る。


「帝国へお越しください。日御子さん」


 静寂。


 日御子はゆっくりと目を閉じた。


 父が生きている。


 その事実だけで、胸が張り裂けそうだった。


 嬉しい。


 会いたい。


 今すぐにでも駆け出したい。


 日御子は頬を伝った涙を拭い、静かに口を開く。


「……帝国へ行きますの」


 リリアナの表情が、ふっと柔らかくなった。


「ご理解いただけましたか」


 安堵すら滲んでいる。


 日御子は真っ直ぐリリアナを見つめた。


「ですが――あなたの許可は必要ありませんの」


 リリアナの笑みが止まる。


「勝手に行きます」


 黄金の瞳が強く輝いた。


「父上を助けに」



【第七十二話 狂信者】へ続く


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