無双コンボ
敵は、もう目の前だった。
森を抜けた先には、帝国軍の防衛陣地が朝日に照らされていた。高く築かれた木柵と見張り台。その奥では兵士たちが整然と並び、さらに帝国の旗が静かに揺れていた。
福が右手を上げる。
「止まれ」
解放戦線の約千人が森の陰で静止した。
誰も口を開かない。風が木々を揺らす音だけが聞こえた。
誰もが武器を握る手に力を込める中、福が静かに振り返る。
「故郷を取り返すぞ」
その言葉で、兵士たちの表情が引き締まった。
日御子が一歩前へ出る。静かに目を閉じ、《王域》を発動した。
「敵配置、確認しましたの」
敵の布陣は、事前にポリアンナが予測したものとほぼ一致している。
日御子はゆっくりと目を開いた。
「全て予定通り。作戦変更の必要はありませんの」
ポリアンナと日御子が、一度だけ視線を合わせた。
◇
数日前。
作戦を考えていた時のことだった。
「以前、日御子さんの《王域》で得た情報を、私の《理想国家》で共有したことがありましたね」
「はいですの」
ポリアンナは地図へ視線を落とした。
「今回は、その連携を軍全体へ広げます。日御子さんが捉えた情報を、私が必要な部隊へ常時伝達する」
それができれば、伏兵も奇襲も、刻々と変化する戦況さえ把握したまま、軍全体を動かせる。
日御子は顔を上げた。
「……とんでもないことになりませんの?」
ポリアンナは少し考えた。
「やってみましょうか」
「やりますの」
即答だった。
そして今、千人規模の軍を繋ぐ初めての実戦運用が始まろうとしていた。
◇
ポリアンナが小さく頷く。
「では、接続します」
静かに右手を胸へ当て、《理想国家》を発動した。
『伝わっていますね』
「――っ!?」
ビビアンが勢いよく振り返る。
「え、なに!?」
周囲を見回した。
「今、頭の中で声したんだけど!?」
隣にいた日御子が、少しだけ笑う。
「ポリアンナさんですの」
「いや、それは声で分かるけど! なんで頭の中にいるの!?」
『《理想国家》です』
「うわっ、また来た!」
初めて《理想国家》を体験する兵士たちも、驚いて顔を見合わせている。
『驚く必要はありません。これより戦闘中は、この《理想国家》を通して指示を伝達します』
福は感心したように呟いた。
「これは……戦争の形態が変わるぞ……」
ポリアンナは静かに頷く。
「準備完了です」
戦場から少し離れた森の後方には、負傷者を受け入れるための救護所が設けられていた。アリスと咲夜姫は前線には加わらず、治療役としてそこに残ることになっている。
『アリスさん、咲夜姫さんは予定通り、救護所をお願いします』
日御子は《王域》を維持したまま、前線へ意識を戻した。
「解放戦線本隊は予定通り、南側から攻撃します。NKJは陽動開始後、補給路へ向かいますの」
「補給路には帝国精鋭約三百名。予想通りですの」
福は剣を抜き、切っ先を帝国軍へ向けた。
「全軍――」
一拍。
「進めぇぇぇっ!!」
福の号令が戦場へ響き渡った。
「おおおおおおっ!!」
解放戦線が一斉に森を飛び出す。鬨の声とともに土煙を巻き上げ、約千人の兵士が帝国軍へ襲い掛かった。
見張り台の兵士が目を見開く。
「敵襲っ!!」
鐘が鳴り、帝国軍の陣地に緊張が走った。
「正面だ!」
「南側へ兵を回せ!」
守備隊長の怒号が飛ぶ。
帝国軍は本隊を迎え撃つため、南側へ兵力を集結させていった。
だが、その動きは全て日御子に見えている。
「敵右翼、森沿いに一隊動きますの。本隊の側面を取るつもりです」
情報はすぐさまポリアンナへ渡る。
『福司令。右翼前方、森沿いから敵部隊が回り込みます』
本隊後方で指揮を執っていた福は、敵陣から目を離さず剣を振った。
「第三隊、右へ三十メートル! 前列はそのまま押せ!」
命令を受けた兵士たちが即座に動く。
森沿いから現れた帝国兵は、側面へ回り込んだつもりで、待ち構えていた槍列へ突っ込んだ。
「なっ!?」
「なぜ、ここに――!」
「押し返せ!」
福の号令と同時に、解放戦線が一斉に前へ出る。
敵の先回りをし、待ち構える。千人規模の軍が、まるで一つの身体のように動いていた。
《王域》で捉えた戦況が、ほとんど遅れなく軍全体の動きへ反映されていく。
「……本当に、動きますの」
日御子は息を呑んだ。
「机上では理解していましたが……二つの異能の相性が、良すぎますの……」
ポリアンナも静かに笑った。
「これは……チートすぎますね」
「……私も同感ですの」
その直後、ポリアンナの声がNKJ全員の頭へ響いた。
『NKJ、行動開始』
日御子とポリアンナを本陣に残し、NKJは本隊から静かに離脱する。
解放戦線の鬨の声に紛れ、木々の間を駆け抜けた。
帝国軍の視線は南側へ向いている。
だが、森の奥には補給路を巡回する帝国兵がいた。
「前方二十メートル、巡回兵五名ですの」
ほぼ同時に、ポリアンナの声がNKJ全員へ届く。
『巡回兵五名、前方二十メートル』
のぶおたちは速度を落とし、木陰へ身を隠した。
巡回兵は何も気付かないまま、その横を通り過ぎていく。
日御子は、小さく息を吐いた。
「……これ、敵からすれば相当厄介ですの」
隣にいたポリアンナが静かに頷く。
「そうですね。私が敵なら、真っ先に日御子さんを狙います」
「……嫌なことを言いますの」
日御子は少しだけ顔をしかめた。
◇
「補給路まで残り百メートル。帝国精鋭部隊、およそ三百ですの」
森を抜けた先には、荷馬車が並ぶ補給路があり、漆黒の鎧を纏った帝国精鋭部隊が並んでいた。
一人の隊長がNKJを見据え、静かに剣を抜いた。
「迎え撃てぇぇっ!」
三百人の兵士が一斉に動き出した。
『もりやんさん。隊列中央を分断してください』
「了解」
もりやんが地面へ手を添えると、大地が低く唸った。
補給路の後方に隆起した土壁が退路を塞ぎ、別の土壁が隊列の中央を突き上げる。
「地形が変わった!?」
「前列、止まれ!」
隊長の怒号が飛ぶ。
だが、三百人の軍勢は急には止まれない。後列が前列へぶつかり、隊列が大きく乱れた。
「分断されたぞ!」
「左右に展開しろ!」
精鋭だけあって、混乱からの復帰が早い。
だが、その動きも日御子には見えていた。
「右側、三十二名が土壁を迂回しますの」
『鬼龍神さん、右へ。ソリムドさんは支援を』
「任せろ!」
「はーい!」
鬼龍神とソリムドが並んで右へ駆ける。
土壁を回り込んでくる帝国兵たちが見えたところで、ソリムドが手を伸ばした。
「《可能性解放》!」
淡い光が鬼龍神を包む。
「おおっ!」
身体能力を引き上げられた鬼龍神が、そのまま帝国兵たちへ突っ込んだ。
「囲め!」
左右から槍と剣が殺到する。
鬼龍神は踏み込み、大剣を横薙ぎに振るった。
三人の帝国兵がまとめて吹き飛び、後続へ叩きつけられる。
残った兵士たちが包囲しようと広がった。
『鬼龍神さん、包囲されます』
「了解!」
鬼龍神は迷わず踏み込み、包囲が閉じる直前に隙間を抜ける。
「抜けられた!?」
包囲の外へ出た鬼龍神が振り返り、大剣を薙いだ。
一人、二人と兵士が吹き飛び、陣形が崩れる。
「くそっ、速すぎる!」
「右側、押し返せますの」
『鬼龍神さん、そのまま敵隊長へ』
「おう!」
鬼龍神がさらに敵陣の奥へ踏み込んでいく。
その間、別の位置ではパルパティーンも帝国兵の隙間を縫うように駆け抜け、次々と戦列を崩していた。
「右側部隊、持ちません!」
帝国兵の悲鳴が響く。
『ソリムドさん、次はアイザックさんの支援へ』
「了解!」
ソリムドが踵を返す。
その進路上では、ビビアンが迫ってきた帝国兵へ片手を突き出していた。
「そんじゃ、あたしも一丁、やったりますか!」
《念動力》。
突撃していた数人の身体が一斉に宙へ浮く。
「なっ――!?」
「うわああああっ!」
ビビアンが腕を振ると、帝国兵たちはまとめて吹き飛び、後続へ叩きつけられた。
近くにいたアイザックが思わず振り返る。
「え、お前そんな感じなんだ」
「なに?」
ビビアンが笑顔のまま振り向いた。
「舐めてると潰すよ」
「こわっ!」
背後から別の兵士が剣を振り上げる。
『ビビアンさん、後ろです』
「了解!」
振り返りもしない。
手首を返しただけで、背後から斬り掛かろうとしていた兵士が真横へ吹き飛び、木へ叩きつけられた。
「……便利だわ、これ!」
初めての脳内指示にも、既に順応していた。
その頃、後方の弓兵隊がアイザックへ一斉に狙いを定める。
「撃てぇ!」
無数の矢が空へ放たれた。
その直前、ソリムドがアイザックの近くへ駆け込む。
「《可能性解放》!」
淡い光がアイザックを包み、黒い手甲が一気に赤熱した。
「《紅蓮》!」
吹き荒れた炎が、迫る矢を次々と焼き払う。
「矢が燃えた!?」
だが、全ては焼き切れない。
炎を抜けた矢が二人へ降り注ぐ。
「任せてください」
《絶界守護》。
蒼銀の障壁が展開され、残った矢をまとめて弾いた。
「貸し一つですかね」
のぶおがニヤッと笑う。
「覚えとく!」
アイザックは両手を突き出した。
ソリムドの強化を受けた《紅蓮》が大きく膨れ上がる。
「今度はこっちの番だ!」
巨大な炎が地面を這い、弓兵隊の前列へ迫った。
「散開!」
弓兵たちが左右へ逃れる。
全滅こそ免れたものの、隊列は崩れた。
弓兵たちは距離を取り、次の攻撃準備へ入る。
「第二射、のぶおさんを狙っていますの!」
『のぶおさん、障壁を右上へ。受け止めず、流してください』
「了解!」
のぶおが《絶界守護》を斜めに展開した。
放たれた矢が障壁へぶつかり、軌道を変える。
降り注いだ先は、前進していた帝国兵たちの足元だった。
「うおっ!?」
「止まれ!」
矢の雨に、前列の足が止まる。
『アイザックさん』
「分かってる!」
黒い手甲が赤熱する。
「《紅蓮》!」
今度は遮るものがない。
巨大な炎が一直線に走り、陣形の崩れた弓兵隊をまとめて薙ぎ払った。
「弓兵隊壊滅!」
「そんな……!」
帝国兵の動揺が広がる。
右側では、鬼龍神がすでに敵隊長へ迫っていた。
「追うな! 進路を塞げ!」
隊長の命令で槍兵が左右へ展開し、長槍を突き出して進路を狭める。
だが、その布陣も日御子には全て見えていた。
『鬼龍神さん、そのままです』
「わかった!」
鬼龍神は速度を落とさない。
「今だ!」
槍が一斉に突き出された。
『右へ!』
鬼龍神が鋭く進路を変える。
「なっ!?」
槍兵の間を抜けた時には、もう敵隊長の目の前だった。
「――っ!」
隊長が咄嗟に剣を構える。
鬼龍神の大剣が、その剣ごと敵隊長を叩き飛ばした。
凄まじい衝撃に身体が宙を舞い、地面へ叩きつけられる。
「隊長!!」
◇
指揮系統が崩れた。
退路は土壁に塞がれ、弓兵隊も壊滅。鬼龍神とパルパティーンが戦場を縦横無尽に駆け回り、帝国兵を次々と打ち倒していった。
その全てを繋いでいるのは、日御子の《王域》。
そして、ポリアンナの《理想国家》。
帝国が誇る精鋭三百人は、統率されたNKJの前に、なす術もなく崩れ落ちていった。
【第六十九話 戦場を統べる者】へ続く




