ヒノモト奪還作戦
翌日、作戦会議が開かれた。
福が地図を広げる。
「帝国駐屯軍は、王都及びその周辺に三千。市街地には検問が敷かれています。防衛線はこちら」
指先が地図を滑る。
「我々解放戦線は、王都南部の森を拠点に活動しています」
ポリアンナは頷きながら、資料へ目を通した。
「兵力差はどれくらいですか」
「厳しいです」
福は正直に答えた。
「単純な戦力では、勝ち目はありません」
「ですが」
日御子の表情が変わる。
「陽動と奇襲戦なら、話は別ですの」
地図を覗き込む。《王域》を発動せずとも、軍師としての目がすでに動き出していた。
王都を中心に、街道が放射状に伸びている。そのうち、荷車を連ねて王都まで通れるほどの幅を持つ道は、北と東の二本しかない。
日御子は北の街道へ指を置いた。
「駐屯軍は三千。市街地に検問を敷き、防衛線まで展開しているとなると、日々消費する物資の量は相当なものですの」
視線が地図の上を走る。
「北の街道は、王都の近くでこそ広いですが、この先で三つに枝分かれし、どれも細い山道に変わります。荷車を連ねて通るには狭すぎますの」
指先が、東の道へ移る。
「大量の物資を運べるのは、東の道だけですの」
「しかも東の道は一本きり。ここで山地に挟まれて細くなり、迂回路もありませんの」
福が目を見開いた。
「たしかに……その通りです」
「ここを断てば、駐屯軍は身動きが取れなくなりますの」
だが、と福は表情を引き締めた。
「問題は、その先です」
補給路のさらに奥を指差す。
「ここには帝国軍の精鋭部隊が駐屯しています。補給路へ近付けば、必ず迎撃されます」
部屋が静まり返った。
ポリアンナが地図を見つめる。
「……兵力は?」
「約三百。解放戦線だけでは突破できません」
その時だった。
「なら、そこは私たちが引き受けましょう」
のぶおが立ち上がる。
アイザックも拳を鳴らした。
「久しぶりに暴れられそうだな」
ポリアンナは小さく笑い、地図へ向き直った。
「では、作戦を整理します」
全員の視線が集まる。
「まずは解放戦線が南側から陽動を開始し、帝国軍の視線を引き付けます」
福が頷いた。
「その間にNKJが補給路を制圧し、守備の精鋭部隊も叩きます。補給線を失ったうえ、三百の精鋭まで失えば、帝国軍は今の広い防衛線を維持できません。王都周辺へ戦力を集めざるを得なくなります」
ポリアンナは地図上の駒を次々と動かしていく。
「退路を限定し、王都近くへ誘導。その後、解放戦線とNKJで挟撃します」
沈黙が落ちた。
福は地図を見つめ、しばらく考え込んだ後、深く頷いた。
「異論はありません。この作戦でいきましょう」
解放戦線の幹部たちも、次々と頷く。
福はゆっくりと立ち上がった。
「皆さん、ヒノモトを取り戻しましょう」
力強い声が会議室へ響く。
「ヒノモト解放戦線は、本作戦を採用します」
そして、日御子たちへ向き直った。
「NKJの皆さん。どうか、お力を貸してください」
ポリアンナは静かに頷く。
「もちろんです」
そして、僅かに口元を緩めた。
「それと、もう一つ試したいことがあります」
ポリアンナは地図の上へ、いくつかの駒を置いた。
「まず、この二人をここへ。そして――」
説明を聞くうちに、福の表情が変わっていく。
「……待ってください」
思わず声を挟み、地図を覗き込む。
「そんなことが……可能なのですか?」
ポリアンナは小さく笑い、日御子へ視線を向けた。
「可能ですよ。皆さんが揃っていれば」
福はしばらく地図を見つめていたが、やがて呆れたように息を吐いた。
「なるほど……これは、帝国も予想できないでしょうな」
その後、作戦会議は深夜にまで及んだ。
◇
出陣の日。
森の中の集合場所には、解放戦線の兵士たちが並んでいた。その数、およそ千人。誰もが静かに武器を握り締めている。
日御子たちが姿を現した瞬間、空気が揺れた。
「……王女だ」
「王を殺した人だ」
「今さら何をしに来た」
小さな囁きは、すぐに広がっていく。歓迎する者など、一人もいなかった。
日御子は足を止める。
福が前へ出ようとしたが、それを制した。
「大丈夫ですの」
日御子は静かに微笑み、一歩前へ出て兵士たちの前に立つ。
無数の視線が突き刺さる。その全てを受け止めるように、ゆっくりと頭を下げた。
「まず、謝らせてください」
兵士たちが息を呑む。
「私は、皆さんから故郷を奪いました。王を奪いました」
沈黙。
次の瞬間だった。
「今さら謝って済む話か!」
誰かが叫ぶ。
「帰れ!」
「裏切り者!」
怒号が飛んだ。
「俺の家族は王都で死んだ!」
「お前に何が分かる!」
石こそ飛んでこない。しかし、言葉だけで十分だった。
日御子は黙ってそれを受け止めた。反論はしない。言い訳もしない。それだけのことを、自分はしたのだから。
やがて、静かに口を開く。
「……皆さんが私を許せないのは当然ですの。私がしたことは、それほど重いです」
「許されるとは思っていません。償えるとも思っていません」
一人の兵士が吐き捨てた。
「だったら何しに来た!」
日御子は、その兵士をまっすぐ見つめ返す。
「私は、私にできることをしに来ました。何もしないという選択だけは、私はしません」
静かな声だった。それでも、一言一言に迷いはなかった。
「皆さんが私をどう思われても、その気持ちを無理に変えていただこうとは思っていません」
日御子は前を向く。その表情は揺るがない。
「ですが、私が明け渡した、この国だけは」
「必ず取り返しますの」
周囲は静まり返った。先ほどまで響いていた怒号が止む。
誰も拍手はしない。誰も歓声を上げない。
日御子は、それでいいと思った。許されるためにここへ来たのではない。
その時だった。
福が一歩前へ出る。
「儂は、この方を信じる」
静かな声だった。
兵士たちがざわめいた。
「司令……」
一人の古参兵が、信じられないという表情で福を見る。
「本当に、この人を信じるんですか」
福は迷うことなく頷いた。
「信じる」
その一言には、一片の迷いもなかった。
「儂は、この方に剣を教え、誰より近くで見てきた。困っている人を見れば必ず手を差し伸べ、自分が傷付くと分かっていても、誰かのために動こうとする方だ」
福は日御子へ視線を向ける。
「あの日も、その優しさを帝国に利用された」
兵士たちの表情が揺れた。
「だが、それによって起きたことまで消えるわけではない。この方がしてしまったことも、皆が怒る理由も、無かったことにはできん」
福は兵士たち全員を見渡した。
「それでも、この方は逃げずに、この国へ戻ってきた。許されるためではない。自分にできることをするために、だ」
一度、言葉を切る。
「その覚悟を、儂は信じる」
静まり返る。
誰もすぐには言葉を返さなかった。
やがて、一人の兵士が静かに武器を握り直す。革と金属が小さく鳴り、その音につられるように、また一人、さらに一人と武器を握る音が広がっていった。
福はゆっくりと振り返り、剣を抜いた。
「全軍、進軍開始!」
雄叫びが森を震わせる。
土を蹴り、草を薙ぎ、千の足音が一つになって前へ進む。その先では、帝国の旗が風にはためいていた。
敵は、もう目の前だった。
【第六十八話 無双コンボ】へ続く




