解放戦線
会議室は静まり返っていた。
窓から差し込む朝の光が、机に広げられた地図を白く照らしている。誰もが日御子の言葉を待っていた。
日御子はゆっくりと顔を上げる。
「私……ヒノモトを取り返したいですの」
その決意を受け止めるように、ポリアンナは静かに頷いた。そして、机の上へ一枚の地図を広げる。
「では、現在の状況から説明します」
日御子は表情を引き締め、地図へ視線を落とした。
「現在、ヒノモトは帝国の占領下にあります。革命軍は帝国に利用され、王国は崩壊しました」
その一言で、日御子の胸が締め付けられる。
「……はい」
旅の途中、各地でヒノモトの噂を耳にした。故郷を追われた人々。帝国兵に怯えながら暮らす人々。そして、どこへ行っても変わらなかった言葉。
『王女が国を滅ぼした』
日御子は小さく呟く。
「私が、帝国へ明け渡してしまいましたの」
誰も安易な慰めを口にはしなかった。日御子も、それを求めてはいない。
過去は変えられない。だからこそ、今の自分にできることをする。
日御子が顔を上げると、ポリアンナが口を開いた。
「ですので、一週間ほど前にもりやんさんをヒノモトへ派遣しています」
日御子は目を見開いた。
「……え?」
「いつか日御子さんが、ヒノモトへ向かうと言い出すと思っていました。その時に備えて、以前から情報のあった地下組織の現状を確認してもらっています」
「地下組織……?」
「帝国へ抵抗している者たちです。ただし、情報が古い。今も活動しているのか、協力できる相手なのか。それを確かめるためです」
日御子はしばらく言葉を失っていた。まだ、自分は何も決めていなかった。それでもポリアンナは、自分がいつか故郷へ戻ると信じて動いてくれていた。
自分より先に、自分がもう一度立ち上がることを信じてくれていた。
「……ありがとうございますの」
自然と、その言葉が零れた。
ポリアンナは柔らかく微笑む。
「お礼は、もりやんさんが無事に帰ってきてからでお願いします」
アイザックが肩を竦めた。
「相変わらず仕事が早えーな」
「備えられることは、先に備えておきたいだけです」
「敵に回したくねー」
「それもよく言われます」
張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
◇
「もう一つ。ヒノモトの占領には、不自然な点があります」
ポリアンナが身を乗り出し、地図の上の一点を指で押さえた。
「現地には帝国軍が駐留しています。ですが、実権を握っているのは軍務局ではなく――諜報局です」
「諜報局?」
日御子が眉をひそめる。
「はい。通常の占領統治とは明らかに違います。理由はまだ分かりませんが、帝国はヒノモトそのものに何らかの目的を持っていると考えるべきでしょう」
会議室の空気がわずかに変わった。パルパティーンの表情も、僅かに強張る。
「……だったら」
壁に寄りかかっていたパルパティーンが、腕を組んだまま身を起こした。
「俺も行く。帝国相手なら、作戦メンバーに入れろ」
アイザックが目を細める。
「理由は?」
「帝国のやり方は俺が一番知ってる」
短い返答だった。反論する者はいなかった。帝国特務局の幹部だった男ほど、今回の任務に適した人材はいない。
(諜報局……リリアナか)
誰にも悟られないよう、パルパティーンは小さく目を伏せた。
ポリアンナはしばらく考え込み、やがて静かに頷く。
「分かりました。では今回の任務より、パルパティーンさんを正式にNKJ隊員として任命します」
一拍置いて、続ける。
「信頼に足ると判断しました」
「えっ、マジ!?」
部屋の隅で椅子を斜めに傾けて座っていたアリスが、真っ先に立ち上がった。
「ほら、言った通りじゃーん! パルちゃん絶対いい人だって!」
得意げに胸を張る。
「私の勘、超当たるっしょ!」
鬼龍神が呆れたように笑った。
「本人より喜んでるじゃねぇか」
「だって、やっと正式メンバーじゃん!」
日御子は静かにパルパティーンを見る。
元帝国の幹部。一度は、自分の命を狙った相手。それでも今は、同じ未来を目指して戦っている。
嬉しそうにはしゃぐアリスを見ているうちに、日御子の口元にも自然と笑みが浮かんだ。
「これからも、よろしくお願いしますの」
パルパティーンは少しだけ驚いたように目を見開く。
「……ああ」
短く答えた。
アイザックが口元を緩める。
「仮隊員のままだったら、雑用押しつけやすかったんだけどな」
「雑用なんかした事ねぇよ」
パルパティーンは肩を竦めた。
「……あのさ」
その時、ビビアンが手を上げた。
「あたしも入っていい?」
ポリアンナが目を瞬く。
「NKJに、ですか?」
「うん」
ビビアンは会議室を見回してから、隣にいる日御子を見る。
「最初は日御子についてきただけだったけど……今は、あたし自身がここにいたいって思い始めてる」
少し笑う。
「ここ、結構面白そうだし。日御子もいるしね」
「……ビビアン」
「だから、あたしも入れてよ」
ポリアンナは少しだけ微笑んだ。
「もちろんです。歓迎します」
「やった!」
「軽いな、お前」
アイザックが呆れたように言う。
「あんたはうっさい」
ビビアンが軽く睨む。
「いいでしょ。ちゃんと自分で決めたんだから」
ポリアンナは小さく微笑んだ。
「では改めて、お二人ともよろしくお願いします」
そして、机に広げたヒノモトの地図へ視線を戻す。
「話を戻しましょう。もりやんさんの帰還予定は今日か明日です。それまでは待ちましょう」
日御子も地図へ視線を落とした。
ヒノモト。自分が生まれ育ち、自分の手で帝国へ渡してしまった国。そこへ帰る。
日御子は静かに頷いた。
「……はい」
もう、その決意は揺らがなかった。
◇
翌日。NKJ本部の会議室の扉が開いた。
「ただいま」
聞き慣れた声とともに、もりやんが姿を現した。荷物を下ろし、軽く肩を回す。
「遠かった」
「お疲れ様でした」
のぶおが身を乗り出す。
「それで、向こうはどうなってました?」
もりやんの表情が少しだけ真剣になった。一枚の資料を机へ広げる。
「帝国に抵抗する組織は、まだあった」
日御子は思わず息を呑む。
「ヒノモト解放戦線って名前。状況は厳しい。人も物資も足りてないけど……まだ戦ってる」
自分が帝国へ渡してしまった故郷で、今も命を懸けて戦っている人たちがいる。
(申し訳ありませんの……)
そんな言葉しか浮かばなかった。
それでも、まだ諦めていない人たちがいた。その事実だけが、ほんの少し日御子の心を救った。
ポリアンナが尋ねる。
「こちらとの協力については?」
「望んでる。直接、話がしたいって」
「分かりました」
ポリアンナは静かに頷いた。
日御子は拳を握る。自分も、その人たちと向き合わなければならない。
「あ、そうだ」
もりやんが資料を閉じる。
「向こうのリーダー」
何気なく続けた。
「福って人だった」
その瞬間、日御子が固まった。
「……え?」
部屋が静まり返る。
もりやんが首を傾げる。
「知ってる人?」
日御子は答えられなかった。
脳裏に、革命の日の光景が蘇る。血だらけになりながら、それでも自分を見つめていた恩師。
『姫様……』
『なぜ、このようなことを……』
「……福師匠」
小さく呟く。
(私は……一体どんな顔をして、福師匠に会えばいいんですの……)
【第六十五話 遠い日の約束】へ続く




