↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/66

最後の聖杯

 巨大な石扉が、石同士を擦り合わせる重い音を山中へ響かせながら、ゆっくりと開いていく。


 舞い上がった砂埃が風に流されると、その向こうから深い闇が姿を現した。


 誰も、すぐには動かなかった。


「……開いた」


 ソリムドが小さく呟く。


 咲夜姫は息を呑んだまま、千年にわたって誰にも開かれなかった世界を見つめていた。


「行きましょう」


 一行は警戒しながら、遺跡の中へ足を踏み入れた。


 内部は想像以上に広く、遥か頭上まで続く天井を、等間隔に並んだ巨大な石柱が支えていた。床には古代文字にも見える複雑な模様が刻まれ、薄く積もった砂埃が、ここに流れた年月の長さを物語っている。


 扉を越えた途端、外の風も鳥の声も聞こえなくなった。


「……静かですね」


 のぶおの声が石壁へ反響し、暗闇の奥へ消えていく。


 咲夜姫は壁へ駆け寄り、表面に積もった砂埃を慎重に払い落とした。


「これは文字ではありませんね。恐らく、遺跡内部の構造を示した図です」


 幾つもの四角形が複雑な線で繋がれ、それぞれの内部には異なる記号が刻まれている。現在いる広間から枝分かれした通路が、幾つもの部屋を経て遺跡の奥へ続いているらしい。


 その最も深い位置にある区画だけは、ほかと違って内部の様子まで描かれていた。


 椅子へ腰掛けた人間。その頭には、大きな杯を逆さに伏せたような物が被せられている。


「頭に杯を被っていますね」


 のぶおが首を傾げた。


「何かの儀式でしょうか?」


「そこまでは分かりません。ですが、この区画だけ特別に大きく描かれています」


 咲夜姫は手元の古地図を開き、壁画と見比べた。


「地図に記された最深部と位置が一致します。恐らく、私たちが目指すべき場所です」


 咲夜姫は壁画を手早く書き写した。


「この構造図があれば、分かれ道でも迷わず進めそうです」


「何が残っているか分かりません。慎重に進みましょう」


 ポリアンナの言葉に、全員が頷いた。


 構造図を頼りに進んでいくと、通路の脇に小さな部屋があった。扉は半ば崩れており、その隙間から内部が覗いている。


 アイザックが先に中を確認し、目を見開いた。


「……おい。あるぞ」


「何が?」


 ソリムドが首を伸ばす。


 アイザックが崩れかけた扉を押し開けると、その奥には古びた箱や壺、金属製の杯が幾つも並んでいた。箱の一つからは、宝石のような色とりどりの石が覗いている。


「わ! 黒字だ!」


 ソリムドが歓声を上げた。


「ふぉろんたいごさんが、泣いて喜びそうですね」


 のぶおも小さく笑う。


「雑に触らないでください!」


 咲夜姫が慌てて駆け寄った。


「全部、貴重な歴史的資料なんですよ!」


 アイザックは箱の中から古代硬貨を一枚摘まみ上げる。


「売ったら高そうだな」


「売りません! 持ち帰って調査するんです!」


「面倒くせぇなぁ」


 咲夜姫はアイザックから硬貨を取り上げると、今度は棚に置かれていた古びた壺を両手で抱え、きらきらした目で見つめた。


「これは、第三古代文明期の儀礼用壺ですね……!」


 ソリムドが小声でアイザックへ囁く。


「ただの壺でしょ?」


「言うな。怒られるぞ」


 咲夜姫に睨まれ、二人は同時に目を逸らした。


「今は場所と状態だけ記録します。遺物は帰りに回収しましょう」


「置いてくのか?」


「持ち歩いて壊したら困りますから」


 咲夜姫は壺を慎重に元の場所へ戻し、部屋に残された遺物を一つずつメモ帳へ記録していった。


 一行は調査を終えると、再び遺跡の奥へ向かった。


 通路は進むほど狭くなり、壁面の模様や床を走る線も複雑になっていく。咲夜姫は入口で書き写した構造図を確認しながら、幾つもの分かれ道を選んで進んだ。


「咲夜姫さん、先導をお願いします」


「はい」


 咲夜姫が一歩前へ出ると、そのすぐ後ろをソリムドがついていく。


「ソリムドさん、少し前へ出すぎです」


「大丈夫、大丈夫。僕も役に立つところを見せないと」


 ソリムドが振り返った、その時だった。


 周囲の石畳と見分けがつかないほど砂埃に覆われた一枚の床石が、足元で僅かに沈んだ。


 カチリ、と小さな音が響く。


「……え?」


 次の瞬間、ソリムドの足元から床が消えた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!?」


 真下へ落ちていくソリムドの先には、無数の槍が並んでいた。長い年月を経て錆びついているものの、その切っ先は今なお鋭く、暗闇の中で鈍い光を放っている。


「ソリムド君!」


 のぶおが即座に手をかざした。


「《絶界守護》!」


 槍の先端から僅かに離れた場所へ、蒼銀の障壁が水平に展開される。


 落下したソリムドの身体が、その上で大きく跳ねた。


「ぐえっ!」


 何とも情けない声を上げたものの、槍に貫かれることだけは免れた。


「助かったぁぁぁ……!」


 穴の縁から覗き込んでいた一同が、揃って安堵の息を吐く。


「間に合って良かったです」


 のぶおも胸を撫で下ろした。


 咲夜姫の顔からは血の気が引いている。


「す、すみません……。私が気づいていれば……」


「大丈夫! それより、どうやって上がればいいの!?」


「ちょい待ってろ」


 アイザックは背負い袋からロープを取り出し、近くの石柱へ固定した。そのまま穴の壁へ足を掛け、ロープを伝って下りていく。


「迎えに来たぞ」


 ソリムドは涙目でアイザックを見上げた。


「アイザックさん……!」


「さっき約束しただろ。落ちたら、俺が拾ってやるって」


 ソリムドを引き上げた一行は、今度こそ足元へ細心の注意を払いながら、遺跡の奥を目指した。


 やがて通路は緩やかな下り坂となり、天井も少しずつ低くなっていく。


 その途中、背後から低い振動が響いた。


「……何?」


 ソリムドが振り返る。


 直後、後方の壁が開き、通路を埋め尽くすほど巨大な岩が転がり始めた。


「うわぁぁぁぁ!」


「走れ!」


 アイザックの声に、全員が一斉に駆け出す。


 巨大岩は床を砕きながら、猛烈な勢いで迫ってくる。


「また僕!? 遺跡に嫌われてる!」


 半泣きで走るソリムドの後ろで、のぶおが足を止めた。


「ソリムド君、《可能性解放》を!」


「分かった!」


 ソリムドが走りながら両手を広げる。


 《可能性解放》の淡い光が、一行の身体を包み込んだ。


「《絶界守護》!」


 のぶおが通路を塞ぐように蒼銀の障壁を展開する。


 次の瞬間、巨大岩が障壁へ激突した。


 凄まじい衝撃が遺跡全体を揺らす。それでも、《可能性解放》によって強化された障壁は、巨大岩を正面から受け止めていた。


「止まりました! ですが、長くは持ちません!」


 のぶおが歯を食いしばる。


 アイザックは障壁と一行の間へ目を走らせた。通路が僅かに狭くなっている箇所の左右の壁と天井に、大きな亀裂が走っている。


「そのまま押さえてろ!」


 両手へ《紅蓮》の炎を集める。


 《可能性解放》によって増幅された炎が、普段以上の勢いで燃え上がった。


「そこだ!」


 真っ赤に燃える炎弾が、左右の壁と天井の亀裂へ次々と撃ち込まれる。


 一発、二発、三発。


 爆音とともに亀裂が広がり、大量の石材が障壁と一行の間へ崩れ落ちた。通路の幅が狭まり、巨大岩を受け止める楔のように瓦礫が積み重なっていく。


「もういいぞ!」


 のぶおが障壁を解除した。


 巨大岩が再び動き出す。


 だが、僅かに進んだところで瓦礫へ乗り上げ、左右の壁と崩れた天井の間へ斜めに食い込んだ。低い音を立てながら何度か揺れたあと、完全に動きを止める。


 岩の脇には、人が一人ずつ通れるほどの隙間が残っていた。


「……止まった」


 ソリムドが、その場へ座り込む。


「今日は寿命が縮みっぱなしだよ……」


 アイザックは小さく息を吐き、ソリムドの肩を軽く叩いた。


「お前の力、役に立ったじゃねぇか」


 ソリムドが顔を上げる。


「……本当?」


「ああ。一人じゃ、誰もあれを止められなかった」


 ソリムドは疲れ切った顔のまま、それでも少しだけ嬉しそうに笑った。


 一行は息を整えると、再び最深部を目指して歩き始めた。



 通路を抜けた先で、一行は思わず足を止めた。


 部屋へ入った瞬間、それまで遺跡内に満ちていた冷気が嘘のように消えた。


「……暖かい?」


「何だ、ここ」


 アイザックが低く呟く。


 そこは、これまで通ってきた石造りの空間とはまるで異なっていた。


 天井は高いドーム状に広がり、壁や床には継ぎ目一つ見当たらない。塵も砂もほとんど積もっておらず、何らかの力によって今も空間そのものが保たれているようだった。


 広大な部屋の中央には、一脚の椅子が据えられている。その正面には鏡のように黒い板があり、傍らには銀色の装置が置かれていた。


 装置は、大きな杯を逆さに伏せたような形をしていた。内側には柔らかな布が張られ、人間の頭を包み込めるほどの大きさがある。


 咲夜姫が息を呑んだ。


「入口の壁画に描かれていた物と同じです……」


 壁画の人物が、頭へ被っていた奇妙な装置。


 その実物が、千年以上の時を越えて目の前に残されていた。


 部屋の周囲には、透明な板や金属製の箱、用途の分からない器具が整然と並んでいる。どれも古代の遺物でありながら、朽ちた様子はなかった。


「……まさか」


 咲夜姫が立ち尽くしたまま呟く。


「この場所を知っているんですか?」


 ポリアンナが尋ねると、咲夜姫は小さく頷いた。


「古い文献に、名前だけが残されています。失われた遺跡の最深部に存在したとされる――《知識の間》です」


 ソリムドが部屋を見回した。


「名前が残ってるなら、昔ここまで来た人がいたんじゃないの?」


「いいえ。文献を書いた人物も、さらに古い伝承から引用しただけです。実際にこの場所を見た者の記録は残っていません」


 咲夜姫は、信じられないものを見るように部屋を見渡した。


「何をするための部屋なのかも、まったく伝わっていません。それでも……本当に存在していたんですね」


 その声は、僅かに震えていた。


 ポリアンナは椅子や周囲の器具へ目を向ける。


「生活のための場所には見えませんね。何かを研究していたのでしょうか」


「調べてみます」


 咲夜姫が銀色の装置へ引き寄せられるように近づいた、その時だった。


『――ΛΕΘ・ΞΑΡ・ΟΝ・ΚΥΡΑ――』


 聞いたこともない言葉が、部屋中へ響き渡った。


 一行は反射的に周囲を見回す。しかし、広間のどこにも人の姿はない。


「……今の、誰?」


 ソリムドが呟いた直後、椅子の正面に据えられた黒い板が、淡い青白い光を放った。


 鏡のようだった表面へ、無数の古代文字が次々と浮かび上がっていく。


 千年の眠りを経て、《知識の間》が動き始めていた。



【第五十八話 クリスタルスカイの王国】へ続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。