忠告
「おらぁ!」
拳と拳が激しくぶつかる。
鈍い衝撃音が訓練場へ響き渡った。
パルパティーンが仮入隊してから、数週間が過ぎていた。
「まだまだぁ!」
アイザックが拳を振り抜く。
パルパティーンは身を捻ってかわし、そのまま蹴りを返す。
「昨日よりマシになったじゃねぇか」
「今日は勝つ!」
短い言葉を交わしながら、二人は笑っていた。
「おい、楽しそうだな」
そこへ鬼龍神が、大きな木刀を担いだまま飛び込んでくる。
「俺も混ぜろ!」
「勝手に入ってくるな!」
アイザックが叫ぶ。
「細けぇこと言うんじゃねぇ!」
鬼龍神は豪快に笑いながら木刀を振るった。
「はぁ……」
少し離れた場所で、のぶおがため息をつく。
「どうせまた私も巻き込まれるんでしょう」
蒼銀の障壁が展開される。
「だったら最初から参加します」
その瞬間。
鬼龍神の木刀が障壁へ叩きつけられた。
「おっ、硬ぇ!」
「当たり前です」
のぶおが冷静に答える。
そこへ。
「隙ありだ」
パルパティーンの蹴りが鬼龍神の脇腹へ炸裂した。
「ぐはっ!」
「今だ!」
アイザックの拳が正面から迫る。
「甘ぇ!」
パルパティーンは身を反らしてかわし、その勢いのままアイザックを投げ飛ばした。
「うがっ!」
転がったアイザックはすぐ立ち上がる。
「もう一回だ!」
「何度でも来い!」
再び四人が入り乱れる。
訓練場はあっという間に大乱戦となった。
◇
「また始まりましたね」
咲夜姫が呆れたように呟く。
訓練場を見下ろす窓際では、ポリアンナが苦笑していた。
「毎日飽きませんね」
「まあ」
「本人達が楽しそうですから」
その時。
「いいねー!」
ひときわ元気な声が響く。
アリスだった。
「パルちゃんナイスー!」
「いいぞもっとやれー!」
両手を振って声援を送っている。
「……もう『パルちゃん』なんですね」
隣にいたソリムドが呟く。
「うん」
アリスは当然のように頷いた。
「呼びやすいし」
「つい最近まで敵だった人ですよ?」
「でも、今は仲間っしょ?」
「仮入隊です」
「似たようなもんじゃん」
ソリムドは肩を落とした。
アリスにとっては、本当に同じようなものらしかった。
◇
「おりゃぁぁぁ!」
アイザックの拳が唸る。
「来い!」
パルパティーンが笑う。
轟音。
激突。
次の瞬間。
パルパティーンの身体が勢いよく吹き飛んだ。
「うおっ!」
そのまま本部の壁へ突っ込む。
ドゴォン!!
盛大な音を立てて壁が崩れた。
土煙が舞う。
しばらくして。
煙の中からパルパティーンが咳き込みながら出てくる。
「痛ぇな……」
「ま、しゃあねーな!」
アイザックが胸を張る。
「お前が吹っ飛ばしたんだろ」
「んなもん、余裕で避けろよ」
「無茶言うな」
「お前、ほんと適当だな」
パルパティーンが笑う。
「お前にだけは言われたくねーわ」
アイザックも笑い返す。
「……嘘でしょう」
崩れた壁の向こうに、ふぉろんたいごが立っていた。
穴の開いた壁を見上げ。
次いで、手元の帳簿へ目を落とす。
「もう、修繕費なんて残ってないのに……」
頭を抱え、その場へ膝から崩れ落ちた。
「どこから出せばいいんですか……」
アイザックとパルパティーンが、揃って目を逸らす。
その様子を見ていた咲夜姫が、小さくため息をついた。
「お二人、似ていますね」
「……ん?」
二人が同時に振り返る。
ポリアンナも苦笑する。
「ええ」
「細かいことを気にしないところも」
「考えるより先に身体が動くところも」
「喧嘩っ早いところも」
鬼龍神が大きく頷いた。
「そっくりだな!」
「「どこがだ!」」
二人の声がぴたりと重なる。
一瞬の沈黙。
周囲が顔を見合わせた。
のぶおが肩を竦める。
「ほら」
アリスは吹き出した。
「マジウケるー!」
「「似てねぇ!」」
最後まで同時だった。
◇
「ご飯できたぞー!」
食堂の方から、ふるーるの元気な声が響いた。
「……」
全員の動きがぴたりと止まる。
鬼龍神が木刀を肩へ担ぐ。
「飯だな」
アイザックも拳を下ろす。
「続きは午後だ」
「逃げんなよ」
「誰が」
パルパティーンが笑う。
のぶおは障壁を解除し、ため息をついた。
「ようやく終わりましたか」
アリスが声を弾ませる。
「今日はカレーだよ!」
「マジか!」
鬼龍神が真っ先に駆け出した。
「俺の分なくすなよー!」
「早い者勝ちー!」
アリスも笑いながら追い掛ける。
アイザックも肩を回しながら歩き出した。
「俺は三杯食うからな!」
誰も、さっきまで殴り合っていたことなど気にもしていない。
まるで、それが当たり前の日常であるかのように。
パルパティーンはその後ろ姿を眺める。
「……ふん」
ふっと口元が緩んだ。
「気ぃ遣わなくていいってのは……」
小さく呟く。
「悪くねぇな」
そう言って、ゆっくりと仲間達の後を追った。
◇
夕方。
「少しいいか」
訓練を終えたパルパティーンが、ポリアンナの執務室を訪れていた。
「もちろんです」
ポリアンナが椅子を勧める。
咲夜姫も資料整理の手を止め、二人へ視線を向けた。
パルパティーンは椅子へ腰掛けることなく口を開く。
「ヴァルダー・レオニス」
その名が告げられた途端。
部屋の空気が変わった。
「俺から言えることは一つだけ」
「あいつは別格だ」
ポリアンナは黙って耳を傾ける。
「《神殺し》だけじゃねぇ」
「剣も強ぇ」
「判断も速ぇ」
「経験も桁違いだ」
「他の連中と同じように考えるな」
短い言葉だった。
だが、その一つ一つに重みがある。
「真正面からやり合えば」
「死ぬ」
言い切った。
「俺も勝ったことがねぇ」
その一言で十分だった。
パルパティーンほどの男が、そこまで言う。
ポリアンナも咲夜姫も、その意味を理解していた。
「忠告は以上だ」
パルパティーンは踵を返す。
「参考になりました」
ポリアンナが頭を下げる。
「助かります」
「礼なら勝ってから言え」
それだけ言い残し、パルパティーンは部屋を後にした。
扉が閉まる。
静寂。
ポリアンナは小さく息を吐いた。
「ヴァルダーについては、情報を集め直す必要がありますね」
「はい」
咲夜姫が頷く。
ポリアンナは窓の外へ目を向けた。
「それとは別に、今から備えておきたいことがあります」
「何でしょう?」
「旧ヒノモト帝国領についてです」
「少し、思うところがありまして」
「今のうちに、現状を把握しておきたいと思っています」
咲夜姫は静かに頷いた。
◇
その日の夜。
コンコン。
「はい、どうぞ」
扉が開く。
「呼んだ?」
ポリアンナは一枚の地図を机へ広げた。
「もりやんさん」
「あなたにお願いがあります」
「なに?」
ポリアンナは地図の一点へ指を置く。
「旧ヒノモト帝国領へ潜入してください」
その名を聞き、もりやんは僅かに目を細めた。
「いつ?」
「明日にでも」
ポリアンナは迷うことなく答えた。
「分かった」
もりやんは机に用意されていた資料を手に取ると、そのまま扉へ向かった。
「もりやんさん」
呼び止められ、足を止める。
「お気をつけて」
もりやんは振り返らず、片手だけを上げた。
「うん」
扉が閉まる。
ポリアンナは再び地図へ目を落とした。
その瞳は、地図のさらに先にある何かを見据えているようだった。
【第四十八話 新しい景色】へ続く




