↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/65

方舟

柔らかな揺れだった。


規則正しく身体が揺れる。


遠くから馬の蹄の音が聞こえてくる。


「……ん」


重かった瞼がゆっくりと開く。


知らない天井。


木で組まれた荷馬車の荷台だった。


「……」


日御子の身体が強張る。


ここはどこだ。


私は──。


勢いよく起き上がろうとする。


「っ……」


だが、身体へ力が入らない。


その小さな物音に気付いたのか。


「目が覚めましたか?」


穏やかな女性の声が聞こえた。


反射的に視線を向ける。


見覚えのない女性。


柔らかな笑みを浮かべ、こちらを見ている。


日御子の表情が険しくなった。


「……あなたは、どなたですの」


その声には、はっきりとした警戒が滲んでいた。


女性は少し困ったように笑う。


「私はビビアンと申します」


「荒野で倒れていたあなたを見つけたんです」


「猫ちゃんが、一生懸命呼びに来てくれて」


その言葉に。


日御子は慌てて辺りを見回した。


「ノワ……!」


「にゃあ」


胸元から聞こえた鳴き声に目を落とす。


ノワは安心しきった様子で丸くなり、日御子の顔へ頬を擦り寄せた。


「……無事でしたの」


胸を撫で下ろす。


ノワは警戒していない。


ならば。


少なくとも目の前の女性は敵ではない。


日御子はゆっくりと肩の力を抜いた。


「助けてくださったのですね」


「はい」


ビビアンは優しく頷いた。


「放っておけませんでしたから」


日御子は小さく頭を下げる。


「……ありがとうございますの」



「まだ無理は駄目ですよ」


ビビアンは荷馬車を止めると、荷台へ乗り込んできた。


木の器を差し出す。


湯気の立つ野菜のスープだった。


「少しずつ召し上がってください」


優しい香りが鼻をくすぐる。


日御子は器を見つめる。


「私はこれで十分ですの」


「十分じゃありません」


笑顔のまま返ってくる。


「倒れた人に拒否権はありません」


「ですが……」


「ありません」


きっぱりと言い切った。


その笑顔は柔らかい。


それなのに、不思議と押し返せない強さがある。


「これはお願いじゃありません」


「義務です」


日御子は少しだけ困ったように視線を逸らした。


その時。


「にゃ」


ノワが器を覗き込み、小さく鳴く。


ビビアンは思わず笑った。


「ほら」


「猫ちゃんも食べろって言ってます」


日御子はノワを見る。


真っ直ぐな瞳。


その視線から逃げるように、小さく息を吐いた。


「……分かりましたの」


器を受け取る。


一口だけ。


温かなスープを口へ運ぶ。


身体の奥へ、ゆっくりと熱が染み込んでいく。


「……美味しいですの」


思わず漏れた言葉だった。


ビビアンは嬉しそうに微笑む。


「良かった」


その笑顔を見て。


日御子は静かに目を伏せた。


こんな風に優しくされる資格なんて。


自分にはない。


そんな思いが胸を締め付ける。



荷馬車はゆっくりと街道を進んでいく。


日御子は眠るノワを撫でながら、ぼんやりと景色を眺めていた。


ビビアンはその横顔をちらりと見る。


(……変な子)


(なんか歪だ)


(死にたいわけではなさそう)


(でも、生きたいって感じでもない)


食べ物はまだあった。


それなのに、あそこまで衰弱していた。


自分で、自分を追い詰めている。


そんな気がした。


(何があったんだろう)


まだ聞かない。


今は、その時じゃない。


けれど一つだけ、はっきりと思った事があった。


(この子)


(この場所にいちゃ駄目だ)


理由は説明できない。


ただの勘。


それでも、ビビアンはその勘を信じた。


乾いた荒野。


人気のない街道。


この景色は、この少女の心をさらに閉ざしてしまう。


だったら。


思いつくのは一箇所。


真逆の場所へ連れて行こう。


そう決めた。



「そういえば」


ビビアンが口を開く。


「これから、どちらへ向かう予定なんですか?」


日御子は静かに首を横へ振った。


「決めていません」


「……え?」


「行き先は、ありませんの」


ビビアンは少しだけ驚いた顔を見せた後、ふっと笑った。


「でしたら」


「私と一緒に来ませんか?」


「ご迷惑になりますの」


「なりません」


即答だった。


「ちょうど私も帰る途中なんです」


「一人増えても変わりません」


――嘘だった。


本当は。


二度と帰らないと決めていた。


あの国には。


もう戻らないと誓ったはずだった。


それでも。


目の前の少女を見ていると。


(この子を)


(あの国へ連れて行かなきゃ)


そんな思いだけが胸の中で膨らんでいく。


理由なんて分からない。


ただ。


それだけは間違っていない気がした。


「向かう先は」


女性は前を向いたまま微笑む。


「南の海」


「マレディア王国です」


「……マレディア王国」


日御子は、その名を静かに繰り返した。



夜。


荷馬車は静かな街道を進んでいた。


荷台では日御子とノワが穏やかな寝息を立てている。


ビビアンはその様子をちらりと見て、小さく笑った。


「まったく……」


手綱を握り直し、夜空を見上げる。


「戻る気なんて」


「なかったんだけどな」


苦笑が漏れる。


「悪いね」


「みんな」


「しばらく厄介になるよ」


静かな夜風が、その呟きをさらっていった。



その頃。


NKJ本部の応接室。


重たい沈黙が流れていた。


パルパティーンは腕を組んだまま椅子へ腰掛ける。


向かいにはポリアンナ。


その後ろにはメンバーたちが並んでいた。


ポリアンナが静かに口を開く。


「改めて、お聞きします」


「なぜNKJへ来たのですか」


パルパティーンは黙った。


答えようとしたが。


言葉が出ない。


長い沈黙。


鬼龍神が痺れを切らす。


「理由もねぇのか?」


「……ある」


頭を掻く。


「でも、上手く説明できねぇ」


再び沈黙が落ちた。



「帝国にいても」


パルパティーンがぽつりと呟く。


「何も変えられなかった」


その言葉だけで。


部屋の空気が少し変わる。


「飛び出した」


「けど」


「何をすりゃいいのか分からねぇ」


苦笑する。


「情けねぇ話だ」


誰も口を挟まない。


「ただ」


パルパティーンはポリアンナを見る。


「お前らなら」


「帝国と渡り合える」


「そんな気がした」


それ以上、自分でも言葉にできなかった。



ポリアンナは静かに目を閉じた。


「おいおい」


鬼龍神が痺れを切らす。


「そんな曖昧な理由で、仲間に入れろってのか?」


アイザックも腕を組む。


「実力は、すこーしだけ認める」


「だが、信用は別だ」


「こいつは日御子の命を狙った敵だぞ」


のぶおや咲夜姫からも、慎重な声が上がる。


その時。


「あーしは賛成ー!」


アリスが元気よく手を上げた。


「何か悪い人って感じしなくない?」


「勘だけど!」


「勘かよ!!」


鬼龍神のツッコミが響く。


アリスはけらけらと笑った。


「あーしの勘って、意外と当たるんだよー?」


パルパティーンは思わず鼻で笑う。


「お前、変な奴だな」


「でしょー?」


アリスは得意げに胸を張った。


そのやり取りに、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らいだ。



ポリアンナは静かに立ち上がる。


「皆さんの懸念はもっともです」


「私も、彼を信用しているわけではありません」


パルパティーンへ視線を向ける。


「ですが、先ほどの戦いで、あなたは一度も刀の刃を立てませんでした」


「アイザックさんへ使ったのは、刀の腹と柄だけです」


「のぶおさんの懐へ入った時も、異能を模倣しただけで傷つけようとはしなかった」


誰も反論しなかった。


「少なくとも、私達を害するために来たわけではない」


「それは分かります」


「だが、信用はできないってか」


「はい」


ポリアンナは即答する。


「それでも、帝国中枢にいたあなたの知識と《模倣者》は、帝国と戦ううえで大きな力になります」


「ですから、正式な入隊ではなく仮入隊とします」


「単独行動は禁止」


「帝国について知っていることも話していただきます」


「そして、再び私達へ刃を向けた時は、容赦なく排除します」


「それでも構いませんか?」


パルパティーンは小さく息を吐いた。


「構わねぇよ」


「最初から、信用してもらえるとは思ってねぇ」


ポリアンナは静かに頷く。


「では」


「ようこそNKJへ」


パルパティーンは小さく鼻を鳴らした。


「……世話になる」


こうしてパルパティーンは、仮入隊という形でNKJへ迎えられた。



【第四十七話 忠告】へ続く



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。