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優しさの刃

「ふぉろちゃんさーん」


「あーし、買い出し行ってくるねー!」


医務室から元気な声が響く。


ふぉろんたいごが帳簿から顔を上げた。


「お願いします」


「りょーかい!」


「包帯と薬草とー……あと果物も買ってくる!」


「果物?」


「日御子ちゃん用!」


「食べるか分かんないけど、あったら嬉しいじゃん?」


「そうですね」


「じゃ、行ってきまーす!」



市場へ足を踏み入れた瞬間。


「わー!」


「あーしねーちゃんだー!」


元気な声と共に、三人の子供達が一斉に駆け寄ってくる。


「お、みんな今日も元気じゃーん!」


アリスはしゃがみ込み、次々とハイタッチを交わした。


「ねーねー!」


「今日何して遊ぶん?」


「かくれんぼ!」


「鬼ごっこ!」


「宿題!」


「最後だけ絶対ウソじゃん!」


子供達がどっと笑う。


「バレたー!」


「そりゃバレるってー!」


アリスもつられて笑い出した。


「アリスちゃん」


野菜を並べていたおばちゃんが手を振る。


「おはよー、おばちゃん!」


「今日も元気だねぇ」


「元気だけが取り柄だから!」


「その元気、少し分けてもらいたいくらいだよ」


「いくらでもどーぞ!」


アリスは満面の笑みで両手を広げる。


おばちゃんも思わず吹き出した。


「ほんと、あんた見てると元気になるねぇ」


「マジ? やった!」


嬉しそうに笑うその姿を、通りがかった人達も自然と微笑みながら見ていた。


「おーい! アリス!」


八百屋のおじさんが手招きする。


「今日もリンゴ持ってけ!」


真っ赤なリンゴを一つ放り投げる。


「うわっ!」


アリスは慌てて両手で受け止めた。


「え、おまけ?」


「いつも世話になってるからな」


「ラッキー!」


リンゴを見つめながら、アリスはにっと笑う。


「これ、日御子ちゃんに持ってこ」


「甘いの好きか分かんないけど、甘い方が食べやすいっしょ!」


八百屋のおじさんは優しく頷いた。


「食べてくれるといいな」


「うん!」


その時だった。


「ワン!」


「きゃっ!」


一匹の犬が勢いよく飛び付いてくる。


「あー、ポチじゃーん!」


アリスはしゃがみ込み、犬の頭をわしゃわしゃ撫でた。


「お前また太った?」


「ワン!」


「絶対太ったって!」


「ワンワン!」


「その返事は認めたってことだよね?」


尻尾をぶんぶん振る犬を見て、周りの人達から笑いが起こる。


「相変わらず仲良しだねぇ」


飼い主が苦笑する。


「えへへ」


市場には今日も、明るい笑い声が響いていた。



買い物を終えた帰り道。


背中から元気な声が飛んできた。


「あーしねーちゃん! またねー!」


振り返ると、子供達が両手をぶんぶん振っている。


「また遊ぼーねー!」


アリスも大きく手を振り返した。


「今度は鬼ごっこ負けないかんねー!」


「無理ー!」


子供達が笑い転げる。


「ワン!」


気付けばポチまで後ろを付いてきていた。


「あはは!」


「ポチ、お前も見送りしてくれんの?」


頭をひと撫ですると、ポチは満足そうに尻尾を振る。


「よーし!」


「日御子ちゃん、今日は一口でも食べてくれるといーな!」


買い物袋を抱え直し、アリスはいつもの笑顔で本部への道を駆け出した。



「ただいまー!」


アリスは買い物袋を両手いっぱいに抱え、本部へ飛び込んできた。


「ふるーるちゃーん!」


「リンゴおまけしてもらったー!」


「でかした!」


厨房から顔を出したふるーるが目を丸くする。


「えへへ」


「日御子ちゃんに食べてもらおうと思って!」


「えらいぞー」


ふるーるは嬉しそうにリンゴを受け取った。


「すりおろしてみるか」


「おっ、それなら食べやすそう!」


アリスは満足そうに頷く。


「じゃ、あーし持ってくね!」



コンコン。


「日御子ちゃん、入るよー?」


部屋へ入る。


黒猫はいつものようにベッドの上で丸くなっていた。


「はい、今日はリンゴ!」


「すりおろしてもらったよー」


机へ器を置く。


「市場のおじちゃんがおまけしてくれたんだ!」


「だから遠慮なく食べちゃって!」


返事はない。


「あとさ!」


「今日、子ども達にまた捕まっちゃってさー!」


「『あーしねーちゃん遊ぼー!』って」


アリスは思い出して吹き出した。


「あーしねーちゃんって何だよーって感じなんだけど」


「めっちゃ元気なんだよ、あの子達!」


「鬼ごっこでさ、あーし本気で走ったのに普通に負けたし!」


一人で笑う。


黒猫が


「にゃあ」


と小さく鳴いた。


「だよねー」


「悔しかったわぁ」


アリスは黒猫へ笑い掛ける。


「じゃあ」


「別に食べられなくてもいーから」


「また夕方来るね」



部屋を出る。


その足音が遠ざかる。


静寂が戻った。


日御子はゆっくりと視線を机へ向ける。


白い器。


すりおろされたリンゴ。


自分のためだけに作られたものだった。


ふと。


先ほどのやり取りを思い出す。


『あーしねーちゃん!』


子ども達の笑い声。


楽しそうに笑うアリス。


その光景が頭に浮かぶ。


思わず。


ほんの少しだけ。


口元が緩んだ。


「あ……」


笑ってしまった。


こんな私が。


皆に心配を掛けているのに。


胸の奥が軋む。


「どうして……」


そう呟きながら。


震える手でスプーンを持ち上げた。


少しだけ迷う。


それでも。


一口だけ。


口へ運ぶ。


甘い。


その瞬間。


涙が一粒、器へ落ちた。


「……美味しい」


漏れてしまったその一言が。


どうしようもなく苦しかった。


優しくされる資格なんて。


私には、もう無いはずなのに。


ふるーる。


八百屋のおじさん。


アリス。


皆の優しさが、この一口に詰まっている。


「どうして皆さんは……」


思わず涙が溢れた。


黒猫が隣へ歩いてくる。


当たり前のように膝へ飛び乗り、小さく喉を鳴らした。


黒猫が頬へ鼻先を寄せる。


涙を一滴だけ舐めた。


「……ふふ。」


もう一度だけ。


今度は少し自然に笑えた。


日御子はその背中をそっと撫でる。


「皆さん、本当に優しい人ばかりですの……」


もう、昨日のように何も出来ない自分ではない。


一口、食べられた。


笑うことも出来た。


仲間のおかげで。


止まっていた時間が、ほんの少し動き始めた。


だからこそ。


(ここを離れなければ)


「……甘えてはいけませんの」


その呟きは、誰にも届かない。


黒猫だけが静かに目を細め、日御子の隣へ身体を寄せた。



【第四十三話 それぞれの道】へ続く

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