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一緒に帰りましょう

誰も言葉を発せないでいた。


最初に沈黙を破ったのはアイザックだった。


「おいテメェ……ふざけんじゃねぇ」


低い声だった。


怒りが滲んでいた。


「何が最高傑作だ」


「人の人生を好き勝手に壊しやがって」


「それを作品だと?」


鬼龍神も鼻を鳴らす。


「気色悪ぃな」


「人はオモチャじゃねぇぞ」


ソリムドが前へ出た。


怒りよりも。


悲しみに近い顔だった。


「日御子さんは」


「あなたの所有物じゃありません」


ユリウスは穏やかに微笑む。


「もちろんです」


即座に答えた。


「姫様は姫様です」


「だからこそ価値がある」


誰も理解できない。


理解したくもなかった。


ポリアンナが一歩前へ出る。


「もう終わりです」


冷たい声だった。


「日御子さんを返してもらいます」


ユリウスは首を横に振る。


「お断りします」


その瞬間。


「確保しろ」


帝国兵達が一斉に動いた。



剣が閃く。


怒号が響く。


戦闘開始。


最初に飛び出したのは鬼龍神だった。


《迅雷》。


地面が砕ける。


一瞬で帝国兵の懐へ潜り込む。


「どけぇぇぇ!」


剣が唸る。


帝国兵が吹き飛ぶ。


だが。


敵も精鋭だった。


「《鋼化アイアンスキン》!」


皮膚が金属へ変わる。


鬼龍神の剣を受け止めた。


「チッ!」


鬼龍神が舌打ちする。


その横。


のぶおが前へ出た。


《絶界守護》。


蒼銀の障壁が展開される。


突撃してきた帝国兵達を押し返す。


しかし。


「《衝撃波ソニックムーブ》!」


空気が爆ぜた。


障壁が大きく揺れる。


のぶおの表情が険しくなる。


「本当に精鋭だな……」



『ソリムドさん!』


ポリアンナの《理想国家》。


「了解です!」


ソリムドが異能を発動する。


光が仲間達を包む。


身体が軽くなる。


力が湧く。


鬼龍神が笑った。


「いいねぇ!」


再び加速。


今度は鋼化した帝国兵ごと吹き飛ばした。



後方。


もりやんが弓を構える。


矢が放たれる。


風を裂く音。


敵兵の肩を貫いた。


「右」


短く呟く。


次の矢。


今度は異能を発動しようとしていた兵士の腕を射抜く。


悲鳴。


発動失敗。


その隙を。


アイザックが見逃さない。


「吹っ飛べ!」


炎が奔る。


帝国兵達を飲み込んだ。



それにしても。


数が多い。


次から次へと現れる。


屋敷の広間では戦いにくい。


机が砕ける。


壁が崩れる。


窓ガラスが飛び散る。


そして。


鬼龍神が帝国兵を殴り飛ばした瞬間。


外壁が崩壊した。


轟音。


夜風が吹き込む。


「狭ぇ!」


鬼龍神が笑う。


「外でやるぞ!」


帝国兵達も後退する。


戦場が庭へ移った。



月明かりの下。


静寂は、激しい乱戦に塗り潰された。


その中心。


日御子とユリウスだけが動かなかった。


「姫様」


ユリウスが静かに言う。


「こちらへ」


「嫌ですの」


即答。


ユリウスは小さく息を吐いた。


「困りましたね」


次の瞬間。


姿が消える。


速い。


日御子が反応した時には。


もう目の前だった。


剣閃。


「っ!」


肩が裂ける。


鮮血が舞う。


日御子の身体が吹き飛んだ。


庭を転がる。


激痛。


それでも。


立ち上がる。


ユリウスの表情が曇る。


「姫様」


「貴女では勝てません」


再び踏み込む。


剣が振るわれる。


日御子は受ける。


とはいえ。


力が違う。


剣ごと弾き飛ばされた。


地面へ叩き付けられる。


息が詰まる。


それでも。


日御子は立ち上がった。


「しつこいですの」


血を吐きながら笑う。


ユリウスは苦しそうに眉を寄せた。


「何故です」


「何故そこまで」


日御子は剣を握り直す。


震える手で。


前へ出た。


まるで命を捨てるが如く。



剣がぶつかる。


火花が散る。


まるで勝負になっていなかった。


ユリウスは強い。


帝国諜報局。


局長の側近。


何年も前から戦場を渡り歩いてきた男だ。


対する日御子は軍師。


ある程度の心得があるとはいえ。


本来は。


前線で剣を振るう人間ではない。


「っ!」


再び剣閃。


太腿が裂ける。


日御子が膝をついた。


ユリウスの顔が歪む。


「姫様!」


反射的に手を伸ばす。


その瞬間。


日御子の剣が迫った。


ユリウスが後退する。


「危ないです!」


思わず叫んでいた。


日御子は笑う。


血だらけの顔で。


まるで泣くように。


「危ない?」


「誰がですの」



再び激突。


今度は腹部。


衝撃。


日御子の身体が吹き飛ぶ。


地面を転がる。


胃液が込み上げる。


さっき吐いたから中身はもう無い。


息が出来ない。


立てない。


それでも立つ。


ふらつきながら。


ユリウスは理解できなかった。


何故。


洗脳が解けてしまったのか。


何故。


何度触れても。


姫様が戻ってこないのか。


「姫様」


声が震える。


「おやめください」


「これ以上は」


「本当に死んでしまいます」


日御子は答える。


迷いなく。


「だから何ですの」


「それで償えるなら、安いものです!」


ユリウスが息を呑む。


「父上を殺した」


一歩。


「国を滅ぼした」


また一歩。


「全部思い出した」


また一歩。


血が滴る。


それでも。


止まらない。


「今さら」


「命が惜しいとでも思いますか」


その言葉に。


ユリウスの動きが止まった。


ほんの一瞬。


だが。


確かに止まった。


失う。


また。


あの日と同じだ。


今度こそ守ると決めたのに。


脳裏を過る。


炎。


血。


小さな手。


届かなかった背中。



「……違う」


ユリウスが呟く。


「姫様は生きるべきです」


「貴女は」


「貴女だけは」


剣が振るわれる。


今度は日御子の腕。


鮮血。


握力が消える。


剣が落ちる。


地面へ突き刺さった。


日御子の身体も崩れる。


膝。


そして両手。


満身創痍だった。



一方。


庭の反対側。


『右!』


ポリアンナの声が仲間の脳内に飛ぶ。


《理想国家》。


情報が共有される。


鬼龍神が加速する。


ソリムドの支援でさらに速く。


帝国兵の懐へ飛び込む。


一閃。


衝撃。


敵が吹き飛ぶ。


そこへ。


もりやんの矢。


正確に急所を射抜く。


「ナイス」


短い言葉。


次の矢が飛ぶ。


アイザックの炎が追撃する。


帝国兵達が崩れていく。


「押し切れ!」


ポリアンナが叫ぶ。


のぶおの障壁が味方を守る。


戦線が押し上げられる。


やがて。


帝国側の陣形が崩壊した。



残る帝国兵も倒れ。


静寂。


戦闘が終わった。


だが。


誰も喜ばない。


全員の視線が。


ただ一ヶ所へ向いていた。


日御子。


そしてユリウスへ。



日御子は立てない。


剣も無い。


血だらけ。


誰が見ても。


限界だった。


ポリアンナの顔が青ざめる。


「日御子さん!」


走り出そうとする。


だが。


日御子が叫ぶ。


「お願いです!」


「来ないでください!」


そして。


ユリウスが目の前に立っていた。


「賢明ですね」


「ポリアンナ達が近付けば」


「私は異能を使わざるを得ない」


ユリウスは微笑む。


「少し認識を調整させていただく事になります」


「皆さんには姫様を送り出していただきます」


「笑顔で」


「それは姫様も望まないでしょう?」



月だけが。


静かに二人を見下ろしていた。


ユリウスは剣を下ろす。


そして。


ゆっくりと手を差し伸べた。


「終わりです」


優しい声だった。


昔と同じ。


何も変わらない声。


「姫様」


「もう誰も邪魔しません」


日御子は顔を上げる。


ユリウスは微笑んだ。


まるで。


迎えに来た家臣のように。


「一緒に帰りましょう」


その手が。


日御子へ伸びた。



【第三十九話 終わりの先へ】へ続く

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