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歪んだ想い

黄金の瞳が瞬く。


《天照の鏡》は止まらない。


革命の日。


そのさらに前。


もっと昔。


もっと古い記憶へ。



日御子の視界が変わる。


それは見たことの無い場所だった。


小さな村。


青い空。


緑の草原。


風に揺れる花畑。


穏やかな景色。


そして。


一人の少年。


「兄様!」


少女が駆け寄る。


黒色の髪。


屈託のない笑顔。


少年の手を掴む。


「見てください!」


「綺麗なお花です!」


「昨日も見たよ」


少年が苦笑する。


だが。


その顔は優しかった。


少女は頬を膨らませる。


「昨日と今日では違うのです!」


「そういうものなの?」


「そういうものです!」


少女が胸を張る。


少年は小さく笑った。



その笑顔を見て。


日御子は息を呑む。


知らない。


だが。


理解した。


これは。


ユリウスだ。


まだ何も失っていない頃の。


ユリウス。



場面が変わる。


村祭り。


人々の笑顔。


子供達の笑い声。


少女が屋台を見つめている。


「あれが食べたいです」


「さっきも食べただろう」


「別腹というらしいです」


「何だそれは」


「分かりません!」


元気よく答える。


少年が呆れる。


少女が笑う。


少年も笑う。


穏やかな時間だった。


誰も疑わない。


こんな日々が。


終わるなど。



夕暮れ。


丘の上。


少女が空を見上げる。


「兄様」


「ん?」


「兄様は優しいですね」


少年が眉をひそめる。


「突然どうしたの?」


「だって」


少女は笑った。


「いつも私を守ってくれるから」


風が吹く。


花が揺れる。


少女は続ける。


「だから私も」


「兄様を守ります」


少年が吹き出した。


「何をしてくれるんだか」


「いっぱい出来ます!」


「例えば?」


少女は少し考える。


そして。


自信満々に答えた。


「花冠をあげます!」


さっき作ったばかりの花冠を手渡す。


「それはあまり役に立たないな」


「失礼です!」


「でもありがとう」


二人の笑い声が響く。



その光景が。


何故だろう。


胸を締め付けた。


日御子には分かっていた。


この記憶の先に。


悲劇がある事を。



空が赤く染まる。


炎だった。


村が燃えている。


悲鳴。


怒号。


剣戟。


血。


さっきまでの平和が。


一瞬で壊れていた。


「兄様!」


少女の叫び声。


ユリウスが振り返る。


人の波。


煙。


炎。


少女の姿が見えない。


「――っ!」


ユリウスが駆け出す。


叫ぶ。


探す。


必死に。


何度も。


何度も。


名前を呼ぶ。


返事は無い。


炎が広がる。


煙が視界を覆う。


それでも探す。


転び。


立ち上がり。


また探す。


そして。


見つけた。


燃え落ちた家屋の陰。


少女が倒れていた。


動かない。


呼吸もしない。


さっきまで被っていたはずの花冠が。


少し離れた場所に落ちていた。


「……」


ユリウスが膝をつく。


震える手が伸びる。


肩に触れる。


冷たい。


信じられなかった。


認められなかった。


しかし。


現実だった。


「兄様」


聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。


少女は笑っている。


いつものように。


無邪気に。


それは幻だった。


現実には。


もう何も残っていない。


ユリウスの唇が震える。


声にならない。


叫びも出ない。


それでも。


慟哭をあげた。


少女の亡骸を抱き締める。


強く。


強く。


まるで。


離せば本当に消えてしまうかのように。


日御子は見ていた。


少年の瞳から。


光が失われていく瞬間を。



また景色が変わる。


小さな墓だった。


花が供えられている。


名前の刻まれた石碑。


その前に。


ユリウスが座っていた。


何日。


何ヶ月。


何年。


そうしていたのかは分からない。


ただ。


長い時間だった。


風が吹く。


誰も居ない。


静寂だけが広がっている。


「……守れなかった」


小さな声。


返事は無い。


当然だった。


もう。


誰も居ないのだから。


ユリウスは墓石に手を触れる。


優しく。


壊れ物を扱うように。


「約束したのにな」


守ると。


そう言った。


なのに。


守れなかった。



違う景色。


それからさらに年月が流れていた。


青年になったユリウス。


その瞳は。


どこか空っぽだった。


流れ者として各地を渡り歩いた。


傭兵。


伝令。


雑用。


何でもした。


そして。


様々な死を見てきた。


ある者は国のため。


ある者は家族のため。


ある者は平和のため。


皆。


自らの正義を掲げていた。


だが。


人は簡単に死ぬ。


救えない。


守れない。


その度に。


ユリウスの中で何かが削れていった。


「正義は人を救わない」


誰に向けた言葉でもない。


独り言だった。


「正しさは」


「誰も守らない」


空を見上げる。


そこに答えは無かった。



戦乱の中を生き延びた彼は。


やがて帝国へ辿り着く。


帰る場所など無かった。


守るべき人など居なかった。


だから。


帝国は彼をスカウトした。


諜報員として。


才能があった。


人の心を読む才能。


人を誘導する才能。


そして。


最適な異能。


ユウマは帝国内で頭角を現していった。



数年後。


帝国諜報局。


一つの任務が与えられる。


ヒノモト王国への潜入。


王家の監視。


それが。


全ての始まりだった。


ヒノモト王国。


王城。


まだ平和だった頃。


若き王女がいた。


日御子。


幼い頃の日御子だった。


庭園を歩いている。


転んだ子供へ駆け寄る。


泣いている子を励ます。


笑顔。


優しさ。


誰かを助けたいという願い。


その姿を。


遠くからユリウスが見ていた。


息が止まる。


胸が締め付けられる。


似ていた。


あまりにも。


笑顔が。


声が。


誰かのために泣ける優しさが。


妹に。


似ていた。



任務対象の一人。


そう呼ぶべき少女だった。


だが。


ユリウスはその日から、


任務報告以上に日御子の事を考えるようになっていた。


気付けば日御子を観察する時間が増えていた。


日御子が子供へ手を差し伸べる。


その光景を見ながら。


ユリウスは呟く。


「またいつか失うのか」


小さな声。


誰にも聞こえない。


「また守れないのか」


その言葉には。


恐怖が滲んでいた。


失う事への恐怖。


守れない事への恐怖。


後悔への恐怖。


そして。


その恐怖は。


ゆっくりと。


彼を歪ませていく。


最初から歪んでいたのかもしれない。


「いや」


首を振る。


「今度は違う」


今度こそ。


失わせない。


今度こそ。


守る。


だが。


その守り方は。


既に壊れていた。


「誰にも奪わせない」


「誰にも壊させない」


「誰にも触れさせない」


静かな声。


そして。


微笑む。


優しく。


どこまでも優しく。


「私が完成させる」


「作品として」


その瞬間。


日御子は理解した。


この男は。


最初から狂っていたわけではない。


壊れたのだ。


二度と戻れないほどに。


そして。


壊れたまま。


私を守ろうとしていた。




景色が消える。


現実。


屋敷。


ユリウスが静かに立っている。


日御子は震えていた。


怒りではない。


恐怖でもない。


悲しみだった。


「それが……」


掠れた声。


「それがあなたにとっての守る事なんですの……?」


ユリウスは少しだけ目を見開く。


そして。


微笑んだ。


「そこまで見えましたか」


優しい声。


まるで昔話でもするように。


「ええ」


「私は貴女を守りました」


「誰よりも大切に」


「誰よりも美しく」


「誰よりも輝かせた」


日御子の拳が震える。


ユリウスは続ける。


迷い無く。


誇るように。


「姫様」


その呼び方は。


昔と変わらない。


穏やかに。


懐かしく。


だからこそ。


恐ろしかった。


「貴女は」


ユリウスが笑う。


心から。


嬉しそうに。


「私の最高傑作です」



誰も言葉を発せない。


日御子だけが。


震える声で呟く。


「違う……」


涙が零れる。


「私は」


「作品なんかじゃないですの……」


ユウマの笑みが僅かに揺れた。


そして。


初めて。


ほんの少しだけ。


寂しそうな顔をした。



【第三十八話 一緒に帰りましょう】へ続く

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