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あの日

「全部……見える」


黄金の瞳が揺れる。


世界が軋む。


そして。


景色が変わった。



革命の日。


王城へ続く大通り。


忘れるはずがない。


父を討つため。


王城へ進軍した日。


大勢の革命軍。


大勢の民衆。


そして。


聞き慣れた声。


「姫様!」


日御子の身体が震える。


知っている。


あの日も聞いた。


確かに聞いた。


だが。


違った。


あの日の日御子には。


――姫様!


――進んでください!


――暴君を倒してください!


そう聞こえていた。


今。


聞こえてくる声は違う。


「姫様!」


「お止めください!」


「何故ですか!」


「何故王を討つのです!」


日御子の呼吸が止まった。


違う。


そんなはずはない。


しかし。


聞き間違いではない。


見間違いでもない。


あの日。


歪んでいたのは。


自分の方だった。


「そんな……」


足が震える。


周囲を見る。


民衆の顔。


革命を祝福する熱狂など無い。


歓喜など無い。


あるのは。


困惑。


恐怖。


悲しみ。


そして。


王女を心配する視線だった。


「姫様!」


「お願いです!」


「話を聞いてください!」


「何故ですか!」


その全てが。


あの日の日御子には。


別の言葉として届いていた。


――進め。


――戦え。


――暴君を討て。


そう聞こえていた。


「違う……」


涙が零れる。


場面が変わる。



王城。


革命軍が雪崩れ込む。


家臣達が駆けてくる。


その光景も。


覚えている。


あの日の日御子は。


彼らを敵だと思った。


暴君に従う者達。


革命を妨害する者達。


そう思っていた。


だが。


真実は違った。


「姫様!」


白髪の老臣が叫ぶ。


涙を浮かべながら。


「お話を聞いてください!」


「何故ですか!」


「どうしてこのような事を!」


別の家臣も叫ぶ。


「王は何もしておりません!」


「どうかお止めください!」


「姫様!」


誰も武器を向けていない。


誰も怒鳴っていない。


ただ。


必死だった。


必死に。


日御子を止めようとしていた。


しかし。


あの日の日御子には。


違って見えていた。


「王に逆らうな!」


「あいつを止めろ!」


「捕らえろ!」


そんな言葉に聞こえていた。


存在しない言葉。


存在しない敵意。


存在しない悪意。


全部。


自分が作り出したものだった。



「ぁ……」


日御子は口元を押さえる。


胸の奥からせり上がる嫌悪感に耐えきれず。


その場に胃の中のものを吐き出した。


何も知らなかった。


違う。


知ろうとしなかった。


場面が変わる。



巨大な扉。


玉座の間。


革命の終着点。


日御子の心臓が大きく鳴った。


「……いやだぁ……」


忘れられない場所。


父を殺した場所。


ゆっくりと。


扉が開く。


玉座の前。


そこに父は立っていた。


ヒノモト国王。


日御子の父。


そして。


あの日見た父とは。


全く別人だった。


暴君ではない。


冷酷な王でもない。


威圧的な支配者でもない。


そこにいたのは。


困惑した一人の父親だった。



「日御子……」


父が呟く。


その声に。


怒りは無い。


憎しみも無い。


あるのは。


深い悲しみだけだった。


「何故だ」


「何故そんな目で私を見る」


日御子は息を呑む。


あの日。


父は。


ただ。


分からなかったのだ。


愛する娘が。


何故自分を殺そうとしているのか。


「日御子……」


父の声が響く。


聞き慣れた声。


幼い頃から。


何度も聞いた声。


だが。


あの日の日御子は。


その声すら歪んで聞こえていた。


父を睨む。


「終わりですの」


「あなたの罪も」


「この国も」


父は目を見開く。


そして。


悲しそうに眉を下げた。


「罪……?」


「私は一体何をした」


その言葉に。


日御子の胸が痛む。


あの日は気付かなかった。


今なら分かる。


何故。


私が父を憎んでいるのか。


何故。


革命など起こしたのか。


何故。


こんな事になったのか。


何も。


分かっていなかった。


「民は苦しんでいたですの!」


記憶の中の日御子が叫ぶ。


「あなたは何も変えようとしなかった!」


「だから私は――!」


父は遮らない。


怒鳴らない。


否定もしない。


ひたすら。


静かに聞いていた。


そして。


「誰に聞いた」


小さく呟く。


「何があった」


「日御子」


「教えてくれ」



「そんなはずがない……」


日御子が震える。


違う。


そんな会話ではなかった。


あの日の記憶では。


父はもっと冷たかった。


もっと傲慢だった。


もっと恐ろしかった。


だが。


全部違う。


全部。


違った。


その時。


日御子は気付いた。


玉座の間には。


誰もいなかった。


家臣も。


近衛兵も。


誰一人として。


あの日は気にも留めなかった。


しかし。


今なら分かる。


王城は陥落寸前だった。


それなのに。


王の傍には。


誰も居なかった。


まるで。


最初から。


誰も入れなかったかのように。


父は一人だった。


剣も抜かず。


兵も呼ばず。


静かに。


娘を待っていた。


「日御子」


父が呼ぶ。


その声は。


王の声ではなかった。


一人の父親の声だった。



日御子の視界が滲む。


もうやめてほしかった。


もう聞きたくなかった。


だが。


《天照の鏡》は止まらない。


真実を暴き続ける。


父はゆっくりと歩き出す。


武器は持っていない。


敵意も無い。


ただ。


娘へ近付く。


「帰ってこい」


その言葉を。


日御子は覚えていなかった。


聞いていなかった。


いや。


聞こえていたのに。


別の言葉として受け取っていた。


「帰ってこい」


「日御子」


父は笑った。


泣きそうな顔で。


それでも。


優しく。


差し伸べられた手は。


あの日と同じ大きさをしていた。


「まだ間に合う」


「辛かったな」


「気付いてやれなくてすまない」


世界が止まる。


日御子の膝が崩れ落ちた。


記憶の中で。


父は最後まで。


父親だった。


王ではなく。


娘を愛する父親だった。


その光景が。


音を立てて砕け散る。


父の首。


血。


剣。


歓声。


「これで……良かったですの?」


あの日の自分の声が聞こえる。


答える者は誰もいなかった。



革命軍万歳。


ヒノモト万歳。


暴君は死んだ。


そう聞こえていた声。


だが。


今は違う。


泣き声だった。


悲鳴だった。


絶望だった。


誰かが泣いている。


誰かが叫んでいる。


誰かが崩れ落ちている。


父だけが。


最後まで何も言わなかった。



場面が消える。


現在の屋敷。


日御子は床に膝をついていた。


涙が止まらない。


呼吸が出来ない。


胸が痛い。


苦しい。


苦しい。


苦しい。


「父上……」


掠れた声。


「父上……!」


嗚咽が漏れる。


ポリアンナ達は言葉を失っていた。


何が見えたのか分からない。


だが。


日御子が壊れ始めている事だけは痛いほど分かった。



次の瞬間。


黄金の瞳がさらに奥を暴く。


革命軍。


あの日。


自分を取り囲んでいた兵士達。


王城へ雪崩れ込んだ男達。


「暴君を倒せ!」


「革命軍に勝利を!」


確かに聞いた声。


確かに見た景色。


だが。


日御子はふと気付く。


知らない。


名前も。


出身も。


何処で出会ったのかも。


思い出せない。


革命軍の先頭で叫んでいた男達。


共に革命を起こしたはずなのに。


誰一人として思い出せなかった。


「そんな……」


嫌な汗が流れる。


《天照の鏡》が記憶の真実を暴く。


革命軍の旗。


革命軍の腕章。


革命軍の鎧。


それらが音を立てて剥がれ落ちる。


現れたのは。


見覚えのある紋章だった。


双頭の鷲。


統天帝国エテルナ。


「嘘ですの……」


日御子の呼吸が止まる。


革命軍ではなかった。


そんなものは。


最初から存在しなかった。


王都へ攻め込んだ兵士達。


王城へ雪崩れ込んだ男達。


革命軍を名乗っていた者達。


その全てが。


帝国軍だった。


「違う……」


帝国は革命を支援したのではない。


革命軍を作ったのだ。


ヒノモトを滅ぼすために。


民を騙し。


王女を騙し。


革命という名の侵略を成功させた。


「私は……」


日御子の身体が震える。

 

父だけではない。


ヒノモトまで。


自分の手で帝国へ差し出した。


「私は……」


震える声。


「何をしてしまったんですの……」


答えられる者はいなかった。



さらに。


黄金の瞳がまた別の場所を見る。


革命の日より前。


三年前。


まだ王城で暮らしていた頃。


そこに。


従者を務めることになった。


一人の青年が立っていた。


優しい笑み。


見慣れた顔。


ユウマ。


いや。


ユリウス。


彼は静かに微笑んでいた。


真実は。


まだ終わっていなかった。



【第三十七話 歪んだ想い】へ続く

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