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天照の鏡

「私が何者か、ですか」


静寂の中。


ユリウスが小さく笑った。


「単純です」


「私は統天帝国エテルナ諜報局所属」


「局長第一側近のユリウスと申します」


誰も口を開かない。


ユリウスは続ける。


「そして」


「姫様」


「お久しぶりです」


「お忘れですか?」



日御子の身体が震えた。


激しい頭痛。


そして鮮血が滴る。


思い出せそうで思い出せない。


何かに手がかかる。


だがまだ掴めない。


ポリアンナが睨み付ける。


「あなたの目的は何ですか」


「目的ですか」


ユリウスは懐かしそうに目を細めた。


「私に与えられた任務は一つ」


「元々はヒノモト国王を意のままに操れるようにする事でした」


全員が息を呑む。


日御子の瞳が揺れた。


「父上を……?」


「はい」


ユリウスは頷く。


「上からの命令です」


「私は時間をかけ王の側近となり」


「何度も接触しました」


「何度も洗脳を試みました」


「ですが」


小さく肩を竦める。


「失敗した」


少しだけ。


敬意を滲ませながら。


「あの方は本当に強い王でした」


「何度試しても通じなかった」


「《王威レガリア》」


「厄介な異能でした」



日御子は言葉を失う。


父は暴君だった。


そう信じてきた。


そう教えられてきた。


◯◯◯に。


だというのに。


ユリウスの口調に嘘は感じられない。


まるで。


本当に尊敬していたかのようだった。


「だから私は考えました」


ユリウスが日御子を見る。


優しく。


昔を懐かしむように。


「別の方法を」


嫌な予感がした。



日御子の胸がざわつく。


「何故か」


「姫様も洗脳が効きにくかった」


「ですが」


「姫様は本当にお優しい方でした」


「聡明な方でした」


「民を愛し」


「弱者を見捨てない」


「だからこそ」


「導くだけで良かった」


頭痛。


ズキリ。


耐え難い激痛。


頭蓋の内側で何かが軋む。


思考が千切れそうだった。


「やめて……」


日御子が呟く。


しかし。


ユリウスは止まらない。


「認知を歪ませ」


「疑念を植え付け」


「視点を誘導する」


「それだけで十分だった」


日御子の呼吸が乱れる。


嫌だ。


聞きたくない。


それなのに。


身体が動かない。



「姫様は賢い方です」


「だから自ら考え」


「自ら結論を出し」


「自ら革命を選んだ」


ユリウスは微笑んだ。


その笑顔は。


どこまでも穏やかだった。


だからこそ恐ろしい。


「違いますの」


日御子が首を振る。


「そんなはずありませんの……」


「父上は暴君だった」


「民を苦しめていた」


「だから私は――」


言葉が止まる。


ユリウスは静かに告げた。


「貴女は私の最高傑作ですよ」



誰も動かない。


誰も言葉を発しない。


ただ。


日御子だけが震えていた。


「嘘ですの」


か細い声。


「そんなの……」


「嘘ですの」


日御子は首を振る。


否定しなければならない。


受け入れてはいけない。


だが。


頭の奥で何かが壊れる。


激痛ですらなかった。


もっと根源的な何か。


魂そのものを引き裂かれるような衝撃。


まるで。


何かが暴れ回っているようだった。


「違う……」


「違いますの……」



その時だった。


――父上。


声が聞こえた。


日御子の身体が硬直する。


知らない。


知らないはずだった。


だというのに。


懐かしかった。


王城。


広い庭園。


幼い自分。


笑っている父。


優しく頭を撫でる大きな手。



次の瞬間。


別の記憶。


家臣達。


宴。


笑顔。


祝福。



また別の記憶。


父が民と話している。


誰かを助けている。


誰かに感謝されている。



断片。



断片。



断片。



次々と流れ込んでくる。


「っぁ……」


呼吸が苦しい。


頭が割れそうに痛む。


何年も。


もう何年も。


押し込められていたものが。


一気に溢れ出してくる。


まるで。


巨大なダムが決壊したように。


止まらない。


止められない。


「やめ……」


日御子は頭を押さえる。


膝をつく。


それでも。


記憶は止まらない。



革命の日。


泣いていた家臣。


自分を止めようとする父。


そして。


自分。


怒り。


憎しみ。


正義。


全てが混ざり合う。


「違う……」


「違う!」


叫んだ。



思い出す。


玉座の間。


剣を捨てた父。


何も言い返さなかった父。


最後まで怒らなかった父。


日御子は震える。


私は騙されていた。


利用されていた。


そうだ。


私は被害者だ。


そう思いたかった。


だが。


記憶の中の自分は。


誰よりも強い憎しみで父を見ていた。


誰よりも強い怒りで父を断罪していた。


ユリウスは導いた。


疑念を植え付けた。


憎しみを煽った。


それは事実だ。


それでも。


剣を握ったのは誰だ。


父を睨んだのは誰だ。


革命を選んだのは誰だ。


民のためだと信じたのは誰だ。


全部。


私だった。



「ぁ……」


呼吸が止まる。


胸が潰れそうだった。


そんなはずがない。


そんな事を認めたら。


私は。


私は――


父を殺した。


騙されていたからじゃない。


操られていたからじゃない。


最後に剣を振り下ろしたのは。


間違いなく。


私だった。



「違う!!」


その瞬間。


頭の奥で。


何かが砕けた。


壁だったのか。


鎖だったのか。


日御子には分からない。


ただ。


長い間閉ざされていた何かが。


音を立てて崩れ落ちた。


まるで、長い夢から覚めるように。



世界が静まる。


誰も動かない。


誰も声を出さない。


空気さえ止まったようだった。


日御子はゆっくり顔を上げる。


突然。


光。


身体の奥から。


温かな光が溢れ出していた。


周りの空気が震えていた。



「な……」


ポリアンナが言葉を失う。


のぶおも。


咲夜姫も。


誰も動けない。


ユリウスだけが目を見開いた。


「その光は……まさか!」


「覚醒異能!?」


日御子が目を開ける 。


黄金。


その瞳は。


今までとは全く違っていた。



《天照のアレテイヤ


覚醒異能。


世界の見え方が変わる。


人の感情が流れ込む。


そして。


世界に張り付いていた偽りが剥がれ落ちる。


ユリウスを見る。


その姿が揺らいだ。


現在の姿。


統天帝国諜報局所属の将校。


そして。



王城。


幼い自分の隣に立つ青年。


笑顔。


優しい声。


名前。


忘れていた名前。


日御子の唇が震える。


「……ユウマ」


沈黙。


ユリウスの瞳が大きく揺れる。


そして。


ふっと笑った。


「ようやく思い出して頂けました」


どこか嬉しそうだった。


しかし。


首を傾げる。


「ですが」


「私はまだ何もしていない」


「洗脳は解除していない」


ユリウスの表情に困惑が浮かんだ。


(やはり姫様には覚醒異能の因子が……)


(しかし、何故……覚醒できた?)


日御子は静かに立ち上がる。


黄金の瞳が。


真っ直ぐユリウスを見据える。


「全部……見える」


掠れた声。


そこには。


確かな意思があった。


「あなたも」


「私も」


「そして――」


「あの日の真実も」


ユリウスから表現が消えた。



【第三十六話 革命の真実】へ続く


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