会わせたい人
「では行きましょうか」
ユールが立ち上がる。
日御子もそれに続こうとした。
その時。
「待って」
振り返るとソリムドが立っていた。
「僕も付いていく」
その言葉に迷いはない。
日御子は困ったように笑った。
「大丈夫ですの」
「大丈夫じゃない」
「日御子さんだから心配なんだよ」
「どういう意味ですの?」
「そのままの意味」
真顔だった。
日御子は思わずため息を吐く。
相変わらずだった。
ユールが小さく笑う。
「お気遣いありがとうございます」
「ですがご心配なく」
「私の古い知人に会ってもらうだけです」
「それほど時間は掛かりませんよ」
「本当に?」
「はい」
ユールは穏やかに頷いた。
「責任を持ってお連れします」
ソリムドは納得していない顔だった。
日御子も頷く。
「少し出掛けるだけですの」
「すぐ戻ります」
しばらく悩んだ末。
ソリムドは一歩下がった。
「……分かった」
「でも無理はしないで」
「分かってますの」
日御子は笑う。
ソリムドもようやく頷いた。
◇
日御子はユールの後を歩いていた。
本部から離れた街道。
行き先は聞いている。
だが。
肝心の相手については何も教えてもらえていなかった。
街を抜け。
森へ続く道を進む。
人通りは徐々に減っていった。
◇
「結局、どなたなんですの?」
歩きながら尋ねる。
ユールは困ったように笑った。
「説明が難しい人なんです」
「ユールさんは時々説明を放棄しますの」
「反省してます」
「たぶん」
日御子は小さくため息を吐いた。
◇
「そういえば」
ユールが思い出したように口を開く。
「本部には驚きました」
「何がですの?」
「以前訪れた時とは別の建物かと思ったので」
日御子は思わず笑った。
「そんなにですの?」
ユールは真顔で頷いた。
「外観が変わり過ぎですよ」
「色まで変わってましたし」
「増築しました」
「増築の域を超えている気がします」
「みんなの合作ですの」
日御子は誇らしげに胸を張った。
「しかも」
ユールは続けた。
「ポリアンナさんの像まで建っていました」
日御子は吹き出した。
「あれは私も驚きましたの」
「何故建てたのでしょう」
「私も知りたいです」
日御子は肩を竦めてみせた。
ユールは少し考える。
「本人は喜んでいたのですか?」
「帰って来たら感想が楽しみですの」
日御子は口元が緩んだ。
穏やかな時間だった。
◇
◇
NKJ本部の外。
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
ポリアンナの悲鳴が響いた。
「何ですかあれ!?」
咲夜姫も思わず足を止める。
二人の視線の先。
そこには以前とは似ても似つかないNKJ本部があった。
明らかに大きい。
明らかに派手。
そして。
「何故私の像が建っているんですか!?」
本部前に鎮座する巨大な石像。
ポリアンナ本人が頭を抱えた。
「意味が分かりません!」
「しかも本人よりちょっとイケメンですね」
咲夜姫が真顔で頷く。
二人は慌てて本部へ駆け込んだ。
◇
玄関の扉が勢いよく開いた。
「説明してください!」
食堂にいた面々が一斉に振り返る。
「おかえり」
「おー、お疲れ」
「お疲れ様です」
みんな妙に普通だった。
ポリアンナは机を叩く。
「外です!」
「外のあれ!」
「ああ」
アイザックが頷く。
「像な」
「像な、じゃありません!」
「裏に噴水もある」
もりやんが答えた。
ポリアンナが固まった。
◇
「誰ですかあんな物作ったの!」
全員の視線。
ふるーるへ。
「サプライズだ!」
自慢げに胸を張っていた。
その隣では。
ふぉろんたいごは両手で顔を覆っていた。
「NKJのお金が……」
「え?」
「私が必死に貯めた資金が……」
「勝手に改築に使われました……」
机へ突っ伏す。
「返してください……」
「無理だ!」
「そんなぁ……」
ポリアンナはふるーるとふぉろんたいごを見比べた。
「つまり」
「誰も得してないんですか?」
「してません」
全員が頷いた。
ポリアンナは膝から崩れ落ちた。
◇
咲夜姫が深いため息を吐く。
「それにしても疲れました……」
椅子へ腰掛ける。
ポリアンナも隣へ座った。
「……流石に今回は移動が多かったですね」
「全くです」
咲夜姫が恨めしそうな目を向ける。
「あちこち連れ回すからです」
「必要な仕事でしたよ?」
「そのせいで遺跡を調べる時間が全然ありませんでした」
「まだ言いますか」
「当然です」
即答だった。
「せっかく近くまで行ったんですよ?」
「少しくらい寄っても良かったでしょう」
「少しで済まないから止めたんです」
「心外ですね」
「緊急の要件もありましたしね」
咲夜姫は不満そうに頬を膨らませる。
ようやく帰ってきた。
そんな空気が流れ始めた時だった。
ポリアンナが周囲を見回す。
「あれ?」
小さく首を傾げた。
「日御子さんは?」
「ああ」
のぶおが頷く。
「ユールさんと出掛けました」
ポリアンナの動きが止まる。
咲夜姫も止まる。
数秒。
沈黙。
「誰と?」
ポリアンナが聞き返した。
「ユールさんです」
のぶおは特に気にした様子もない。
その瞬間。
ポリアンナの顔色が変わった。
「しまった!」
椅子が大きな音を立てて倒れる。
「ポリアンナさん?」
誰も状況を理解できない。
「どこへ向かったんです!」
大声だった。
アイザックが目を瞬かせる。
「何だよ急に」
咲夜姫も青ざめていた。
「どこですか?」
ポリアンナが改めて問いただす。
「知らねーけど」
「知らないじゃありません!」
珍しく声を荒げた。
食堂の空気が一変した。
「どういう事だ?」
鬼龍神が眉をひそめる。
ポリアンナは拳を握り締めた。
「最悪です……」
「説明してください」
のぶおが低く言う。
ポリアンナは頷いた。
「ユールという男」
「私達は信用していました」
「ですが――」
そこで言葉を切る。
「まずいんです」
それだけだった。
しかし。
その表情だけで十分だった。
ただ事ではない。
全員が理解する。
ポリアンナは一瞬考え。
そして振り返った。
「ふぉろんたいごさん」
「はい?」
「お願いがあります」
◇
◇
日御子たちは森の中を行く。
しばらく歩くと、一軒の屋敷が見えてきた。
森の中にひっそりと建っている。
豪華ではない。
だが綺麗に手入れされていた。
「ここですの?」
「はい」
ユールが先に扉を開く。
「どうぞ」
日御子は軽く会釈し、中へ入った。
屋敷の中は静かだった。
足音だけが廊下へ響く。
「本当に人が住んでいますの?」
「住んでいますよ」
「全く音がしませんの」
「静かな人ですから」
それで説明になるのだろうか。
日御子は少しだけ首を傾げた。
◇
やがて一つの部屋へ案内される。
中には机と椅子が置かれているだけだった。
誰もいない。
日御子は周囲を見回した。
「ユールさん」
「はい」
「どなたもいませんの」
「そうですね」
「待たせてしまったのでしょうか」
「かもしれません」
相変わらず曖昧だった。
カチャリ。
背後で音がした。
日御子が振り返ると。
ユールが扉を閉めていた。
「ユールさん?」
「少々お待ちください」
いつもと同じ声だった。
何故だろう。
胸の奥がざわつく。
ズキッ。
突然、激痛が走った。
「っ……!」
頭を押さえる。
視界が揺れる。
そして。
鼻腔から鮮血が滴る。
まただ。
何度も起こる頭痛。
だが今回は違った。
◇
城。
広間。
差し込む光。
誰かの笑い声。
懐かしい。
しかし思い出せない。
「日御子」
誰かの声。
次の瞬間。
景色が砕け散る。
◇
「ぁっ……!」
膝をつく。
呼吸が苦しい。
頭が割れそうだった。
その時。
ガチャ。
扉が開く音。
ガチャ。
ガチャ。
一つではない。
次々と。
屋敷の各所から扉が開いていく。
重い足音。
武具の擦れる音。
日御子が顔を上げた。
部屋の入り口。
廊下。
窓際。
武装した兵達が次々と現れる。
日御子の顔から血の気が引いた。
男達の胸元には見覚えのある紋章。
統天帝国軍。
◇
「なっ……」
言葉を失う。
武器が向けられる。
そして。
その中心には。
変わらぬ笑顔のユールが立っていた。
頭痛はどんどん酷くなっている。
状況は何一つ理解できなかった。
「ユールさん……」
声が震える。
「これは何ですの」
ユールは静かに頭を下げた。
「申し訳ありません」
いつもと同じ声。
その言葉はとても遠くに感じた。
「何をしているんですの……?」
返事はない。
代わりに。
ユールが一歩前へ出る。
帝国兵達が道を開く。
まるで。
彼が上官であるかのように。
日御子の背筋が冷たくなった。
窓の外では。
月が静かに雲へと呑まれていた。
「本当の自己紹介がまだでした」
穏やかな笑顔。
初めて会った時から変わらない。
だが。
今は全く別人に見えた。
「私の名はユリウス」
静かな声だった。
「統天帝国エテルナ諜報局の者です」
◇
時間が止まった。
日御子の瞳が大きく開く。
理解が追い付かない。
「……え?」
統天帝国。
諜報局。
その言葉だけが頭の中を巡る。
ユール――いや。
ユリウスは続けた。
「あなたが必要になりました」
その言葉だけを残し。
静かに微笑んだ。
【第三十四話 告白】へ続く




