会わせたい人
「では、行きましょうか」
ユールが立ち上がり、日御子もそれに続こうとした。
「待って」
振り返ると、ソリムドが立っていた。
「僕もついていく」
その言葉に迷いはない。
「大丈夫ですの」
「大丈夫じゃない。日御子さんだから心配なんだよ」
「どういう意味ですの?」
「そのままの意味」
真顔で返され、日御子は不満そうに頬を膨らませた。
ユールが二人を見て、小さく笑う。
「お気遣いありがとうございます。ですが、ご心配なく。私の古い知人に会ってもらうだけです。それほど時間もかかりませんよ」
「本当に?」
「はい。責任を持ってお連れします」
ソリムドは納得していない様子だったが、日御子も「すぐ戻りますの」と頷く。
「……分かった。でも、無理はしないでね」
「分かっていますの」
日御子が笑うと、ソリムドも渋々一歩下がった。
◇
日御子はユールのあとを歩いていた。
本部を離れ、街を抜けて森へ続く道を進む。行き先は聞いているものの、肝心の相手については何も教えてもらえていなかった。
「結局、どなたなんですの?」
「説明が難しい人なんです」
「ユールさんは、時々説明を放棄しますの」
「反省しています。たぶん」
「反省する気がありませんの……」
日御子は小さくため息を吐いた。
「そういえば、本部には驚きました」
ユールが思い出したように口を開く。
「以前訪れた時とは、別の建物かと思いました。外観だけでなく、色まで変わっていましたし」
「みんなで増築しましたの」
日御子は誇らしげに胸を張った。
「増築の域を超えている気がします」
「しかも、ポリアンナさんの像まで建っていました」
「あれは私も驚きましたの」
「本人は喜ぶのでしょうか」
「帰ってきた時の反応が楽しみですの」
穏やかな会話を交わしながら、二人は森の奥へ進んでいった。
◇
「ぎゃあああああ!?」
NKJ本部の前で、ポリアンナの悲鳴が響いた。
「何ですか、これは!?」
隣にいた咲夜姫も足を止める。
二人の視線の先には、以前とは似ても似つかないほど大きく、派手になったNKJ本部。そして入口には、巨大なポリアンナの石像が鎮座していた。
「本人より少しカッコいいですね」
咲夜姫が真顔で評する。
「そこではありません!」
二人が本部へ駆け込み、食堂の扉を開ける。
「説明してください! 外のあれは何ですか!?」
「ああ、像な」
アイザックが頷く。
「像な、ではありません!」
「裏に噴水もある」
「噴水!?」
もりやんの一言に、ポリアンナが固まった。
「誰ですか、あんな物を造ったのは!」
全員の視線が、ふるーるへ集まる。
「サプライズだ!」
ふるーるが胸を張る。その隣では、ふぉろんたいごが両手で顔を覆っていた。
「私が必死に貯めた資金が……勝手に改築へ使われました……」
「返してください……」
「無理だ!」
「そんなぁ……」
ポリアンナは二人を交互に見て、頭を抱えた。
「誰も幸せになっていないやつですね、これ……」
咲夜姫が椅子に腰掛ける。
「それにしても、疲れました……」
「あちこち連れ回されたうえ、遺跡を調べる時間もありませんでした」
ポリアンナも向かいの椅子に腰を下ろす。
「少し寄るだけでは済まないから止めたんです」
「心外ですね」
咲夜姫が不満そうに頬を膨らませたところで、ポリアンナは食堂の隅にいる見慣れない少年へ気づいた。
「あれ? そちらの方は?」
「紹介が遅れましたね」
のぶおが二人の間へ入る。
「ソリムド君です。数日前、傭兵団の討伐に向かった街で知り合いました」
のぶおがソリムドへ視線を向ける。
「任務のあと、本人から仲間にしてほしいと申し出がありまして。私が受け入れました」
「初めまして。ソリムドです」
ソリムドが立ち上がり、軽く頭を下げる。
「ポリアンナです。こちらは咲夜姫さん」
「よろしくお願いします」
咲夜姫が微笑むと、ソリムドも「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「そういえば、日御子さんは?」
ポリアンナが周囲を見回す。
「ユールさんと出かけました」
ソリムドの答えに、ポリアンナの動きが止まった。咲夜姫も同時に表情を強張らせる。
「誰と?」
「ユールさんです。古い知人に会わせたいって」
「しまった!」
ポリアンナが勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れた。
「どこへ向かったんです!?」
「聞いてない。僕もついていくと言ったんだけど、すぐ戻るって……」
ソリムドは悔しそうに唇を噛む。
「やっぱり、ついていけばよかった」
「どういうことですか?」
のぶおが低い声で尋ねる。
「旅先で、ユールという男の素性について気になる情報を得ました。まだ確証はありませんが、日御子さんを一人で行かせてよい相手ではありません」
普段の冷静さを失ったポリアンナに、食堂の空気が一変した。
「最悪です……」
咲夜姫の顔からも血の気が引いている。
ポリアンナは一瞬考え、すぐに振り返った。
「ふぉろんたいごさん」
「はい?」
「お願いがあります」
◇
日が傾き始めた頃、日御子たちは森の奥に建つ一軒の屋敷へ辿り着いた。
豪華ではないが、綺麗に手入れされている。
「ここですの?」
「はい。どうぞ」
ユールが扉を開き、日御子を中へ招いた。
屋敷の中は静まり返り、二人の足音だけが廊下へ響いている。
「本当に人が住んでいますの?」
「住んでいますよ」
「まったく音がしませんの」
「静かな人ですから」
それで説明になるのだろうか。
日御子は僅かに首を傾げながら、ユールのあとをついていった。
やがて案内された部屋には、机と椅子が置かれているだけで、誰の姿もなかった。
「どなたもいませんの」
「こちらでお待ちください。呼んでまいります」
「分かりましたの」
日御子が部屋へ入ると、ユールは静かに扉を閉めた。
カチャリ。
「ユールさん?」
呼びかけた、その時だった。
頭へ激痛が走った。
「っ……!」
日御子は額を押さえ、その場によろめいた。視界が揺れ、鼻腔から滴った鮮血が床へ落ちる。
何度も襲われてきた頭痛。
だが、今回はいつもより明らかに強かった。
城。
陽の差し込む広間。
誰かの笑い声が聞こえる。
幼い自分が、その人物の手を握っていた。
小さな手で、離すまいとするように。
初めて見るはずの光景なのに、胸の奥がひどく懐かしい。
『日御子』
名前を呼ばれ、幼い自分が嬉しそうに顔を上げる。
その人物の顔を確かめようとした瞬間――景色が粉々に砕け散った。
「ぁっ……!」
日御子は床へ膝をついた。
呼吸が苦しい。頭が割れそうだった。
その時、廊下から扉の開く音がした。
続いて別の扉も開き、屋敷の各所から重い足音と武具の擦れる音が近づいてくる。
閉ざされていた部屋の扉が、外から開け放たれた。
日御子が顔を上げると、廊下には武装した兵士たちが並んでいた。
同時に、窓の外を人影が横切る。屋敷の周囲にも、すでに兵が配置されていた。
男たちの胸元には、見覚えのある紋章が刻まれていた。
統天帝国軍。
「なっ……」
日御子の顔から血の気が引いていく。
兵士たちの中央には、変わらぬ穏やかな笑顔を浮かべたユールが立っていた。
「ユールさん……これは何ですの」
「申し訳ありません」
いつもと同じ声だった。
「何をしているんですの……?」
ユールは答えず、一歩前へ出た。
帝国兵たちが左右へ分かれ、彼のために道を開く。
日御子の背筋を、冷たいものが走った。
「本当の自己紹介が、まだでした」
初めて会った時から変わらない穏やかな笑顔が、今はまったく別のものに見えた。
「私の名はユリウス」
静かな声だった。
「統天帝国エテルナ諜報局の者です」
日御子の瞳が大きく見開かれる。
「……え?」
ユールと名乗っていた男と、統天帝国諜報局という言葉が、どうしても一つに結びつかない。
ユリウスは静かに微笑んだ。
「あなたが必要になりました」
【第三十四話 告白】へ続く




