過保護
日御子が目を覚ましたのは、あれから二日後だった。
ゆっくりと瞼を開くと、見慣れた天井と部屋が目に入る。傍らでは黒猫が丸くなって眠っていた。
NKJ本部の客室だった。
「ここは……」
身体を起こそうとした、その瞬間だった。
勢いよく扉が開く。
「起きた!?」
飛び込んできたのはソリムドだった。
日御子が目を瞬かせる。
「ソリムドさん?」
「大丈夫!? どこか痛い!? 気持ち悪くない!? 立てる!?」
次々に飛んでくる質問に、日御子は完全に押されていた。
「えっと……ちょっと落ち着くですの」
数分後、今度はアイザックがやって来た。
「おっ、起きたか」
笑いながら入ってくる姿を見て、日御子はほっと息を吐く。やっと普通に話せる相手が来た。
「おはようございます」
「おう」
「私は一体……依頼はどうなりましたの?」
「無事に終わったぞ。後で詳しく話すわ」
アイザックは日御子の顔色を確かめるように覗き込んだ。
「それより体調は?」
「だいぶ良いですの」
そう言いながら立ち上がろうとした、その瞬間。
「駄目!」
ソリムドが即座に止めた。
日御子が固まる。
「まだ寝てて!」
「でも――」
「寝てて!」
即答だった。
アイザックがニヤリと笑う。
「お前、過保護すぎるだろ」
「過保護じゃない!」
ソリムドが食ってかかる。
「血を流して倒れたんだよ!? 普通に心配するでしょ!」
だが、アイザックは首を傾げる。
「日御子はたぶん大丈夫だぞ」
「それ!」
ソリムドが指を突きつけた。
「皆それ言う! だからおかしいんだって!」
そこへ鬼龍神が入ってきた。
ソリムドの表情がぱっと明るくなる。
ようやくまともな人が来た。
そう思ったのだろう。
「鬼龍神さん」
「何だ」
「日御子さん、安静にした方がいいよね?」
鬼龍神は日御子を見る。
数秒の沈黙。
「問題ない」
断言した。
ソリムドは頭を抱えた。
「何で!?」
「歩ける」
「そういう問題じゃないでしょ!」
日御子は思わず笑ってしまった。
「皆さん仲良しですの」
「「「いや別に」」」
全員が即座に否定した。見事に揃っていた。
◇
昼食の時間になり、日御子が食堂へ向かおうとすると、今度はソリムドが扉の前へ立ちはだかった。
「待って」
「何ですの?」
「僕が運ぶ」
「自分で歩けますの」
「病人だから駄目」
「もう元気ですの」
「駄目」
完全に会話にならなかった。
結局、ソリムドが食事を運ぶことになり、その様子を見ていたアイザックがぽつりと呟く。
「すげぇな」
「何がですの?」
「日御子相手に押し切ってる」
日御子は少しだけ不満そうに頬を膨らました。
◇
午後、ふぉろんたいごは食堂の隅で、地図と振り子を広げながら何やらぶつぶつ呟いていた。
「今度こそ大当たりの予感がします……」
通りすがりのソリムドが足を止める。
「何してるの?」
ふぉろんたいごは顔を上げた。
「お金になる物を探しています」
「見つかるの?」
「たまに」
邪な笑みを浮かべるふぉろんたいごを見て、ソリムドはひきつった表情を浮かべ、急いでその場を離れた。
逃げるように辿り着いた訓練場では、アビス達が訓練を行っていた。
のぶおの指導の下で隊列を組み、連携を磨いている。鬼龍神との模擬戦では、何人かまとめて吹き飛ばされていた。
「容赦ないね」
もりやんが苦笑する。
「訓練だからな」
鬼龍神は真顔だった。
その様子を眺めていたソリムドが呟く。
「やっぱりこの組織おかしいよ」
「今更か?」
アイザックが笑う。
窓から訓練を眺めていた日御子は、少しだけ安心する。
いつもの光景があり、いつもの仲間達がいる。自分には今、守りたいと思える居場所がある。
その事実が、妙に嬉しかった。
◇
訓練が終わった夕方、客室の扉がノックされた。
「どうぞですの」
扉を開けると、そこに立っていたのはもりやんだった。片手には工具箱、もう片方には果物を抱えている。
「お見舞い」
「工具はいらなくないですの?」
「気分」
もりやんは真顔だった。
部屋へ入り、椅子へ腰掛ける。
しばらく沈黙が続いた後、珍しく真面目な声で尋ねた。
「大丈夫?」
日御子が少し驚く。
「大丈夫ですの」
「本当?」
「本当ですの」
もりやんは僅かに眉をひそめた。
「皆心配してた」
日御子が目を瞬かせる。
「皆さん?」
「うん。アイザックも、鬼龍神も、のぶおも」
少し考えてから付け足す。
「ソリムドは特に」
日御子は思わず笑ってしまった。
確かにそうだった。
「無理しすぎ」
もりやんが続ける。
「今回は本当に危なかった」
「皆そう言いますの」
「だって本当だし」
即答され、日御子は苦笑した。
何も言い返せなかった。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
こんなふうに自分を心配してくれる人たちがいる。それを考えると、胸の奥が少しだけ温かくなった。
◇
もりやんが帰った後、部屋には再び静けさが戻った。
窓の外では、空が夕焼けに赤く染まっている。日御子はその景色をぼんやり眺めていた。
不意に、頭の奥へ鋭い痛みが走った。
「っ……」
思わず額を押さえる。
最近、頭痛の頻度は明らかに増えていた。先日倒れてからは、特に酷い。
視界が揺れ、夕焼けが滲む。
次の瞬間、見覚えのない光景が脳裏へ浮かび上がった。
広い部屋に、豪華な調度品が並んでいる。窓から柔らかな陽光が差し込み、その中で誰かが笑っていた。
大きな手が、幼い自分の頭をそっと撫でる。
その温かさを、何故か身体が覚えていた。
「日御子」
懐かしく、優しい声だった。
聞いたことがあるはずなのに、誰なのか分からない。
それなのに、その声を聞くだけで胸が苦しくなるほど安心した。
その瞬間、頭の奥を掻き回されるような激痛が走った。
「ぁっ……!」
視界が真っ白に染まり、浮かんでいた記憶が霧のように消えていく。
◇
気付けば、目の前にはいつもの客室があった。
呼吸は荒く、額には汗が滲んでいる。
「今のは……」
答える者はいない。
ただ、胸の奥に妙な違和感だけが残っていた。
◇
それから数日が過ぎ、頭痛は残っているものの、日御子の体調は徐々に回復していった。食堂へも行けるようになり、散歩もできる。
ソリムドは相変わらず心配していた。
「本当に無理しないでね」
「分かってますの」
「絶対?」
「絶対ですの」
「怪しい」
「何故ですの」
そんなやり取りも、少しずつ日常になりつつあった。
◇
ある日の昼下がり、日御子が紅茶を飲んでいると、扉がノックされた。
「どうぞ」
扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのはユールだった。
「ユールさん?」
「体調を崩されたと聞きました。お加減はいかがですか」
「もう大丈夫ですの」
「それは何よりです」
ユールは、近くの椅子に腰掛けた。
「みなさん、かなり心配されているようですね」
「申し訳ないですの……」
日御子が肩を落とすと、ユールは少し笑った。
「ですが、良い仲間が増えたみたいですね」
日御子も微笑んだ。
「ソリムドさんが正式に加入して、賑やかになりましたの」
「ええ。特に日御子さんの周囲が」
日御子は肩を竦める。
「それは否定できませんの」
しばらく穏やかな空気が流れた後、ユールがふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そうでした」
「何ですの?」
「本日は別件で来ました」
日御子が首を傾げる。
「別件ですの?」
「日御子さんに、お会いしていただきたい方がいます」
「誰ですの?」
ユールはすぐには答えず、僅かに迷った後で静かに告げた。
「あなたが王女だった頃に、お仕えしていたそうです」
日御子の指が止まり、紅茶の表面が小さく揺れた。
「……私に?」
「はい」
ユールは日御子を真っ直ぐ見つめる。
「ヒノモト革命について、お話があるそうです」
【第三十三話 会わせたい人】へ続く




