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過保護

日御子が目を覚ましたのは、あれから二日後だった。


ゆっくりと瞼を開く。


見慣れた天井。


見慣れた部屋。


傍には黒猫が丸くなって寝ていた。


NKJ本部の客室だった。


「ここは……」


身体を起こそうとした瞬間。


勢いよく扉が開いた。


「起きた!?」


ソリムドだった。


日御子は目を瞬かせる。


「ソリムドさん?」


「大丈夫!?」


「どこか痛い!?」


「気持ち悪くない!?」


「立てる!?」


質問が止まらない。


日御子は完全に押されていた。


「えっと……」


「ちょっと落ち着くですの」



数分後。


アイザックがやって来た。


「おっ」


「起きたか」


アイザックが笑う。


日御子はほっとした。


やっと普通に話せる相手が来た。


「おはようございますの」


「おう」


「私は一体……」


「依頼はどうなりましたの?」


「無事に終わったぞ」


「後で詳しく話すわ」


「それより体調は?」


「だいぶ良いですの」


そう言いながら立ち上がろうとする。


その瞬間だった。


「駄目!」


ソリムドが止めた。


日御子が固まる。


「まだ寝てて!」


「でも――」


「寝てて!」


即答だった。


アイザックがニヤリと笑う。


「お前、過保護すぎるだろ」


「過保護じゃない!」


「血を流して倒れたんだよ!?」


「普通に心配するでしょ!」


正論だった。


だが。


アイザックは首を傾げる。


「日御子はたぶん大丈夫だぞ」


「それ!」


ソリムドが指を突きつける。


「皆それ言う!」


「だからおかしいんだって!」



そこへ。


鬼龍神が入ってきた。


ソリムドが期待の眼差しを向ける。


ようやくまともな人が来た。


そう思った。


「鬼龍神さん」


「何だ」


「日御子さん、安静にした方がいいよね?」


鬼龍神は日御子を見る。


一秒。


二秒。


三秒。


「問題ない」


断言した。


ソリムドは頭を抱えた。


「何で!?」


「歩ける」


「そういう問題じゃないでしょ!」


日御子は思わず笑ってしまった。


「皆さん仲良しですの」


全員が即座に否定する。


「「「いや別に」」」


見事に揃った。



昼食。


日御子が食堂へ向かおうとすると。


「待って」


ソリムドが立ちはだかる。


「何ですの?」


「僕が運ぶ」


「自分で歩けますの」


「駄目」


「何故ですの?」


「病人だから」


「もう元気ですの」


「駄目」


会話にならなかった。



結局。


ソリムドが食事を運ぶ事になった。


その様子を見ていたアイザックが呟く。


「すげぇな」


「何がですの?」


「日御子相手に押し切ってる」


日御子は少しだけ不満そうだった。



午後。


ふぉろんたいごが食堂の隅で何かブツブツ言っていた。


「今度こそ大当たりの予感がします……」


その横では振り子と地図が既に広げられていた。


「何してるの?」


通りすがりのソリムドが尋ねる。


ふぉろんたいごは顔を上げた。


「お金になる物を探しています」


「見つかるの?」


「たまに」


邪な笑みを浮かべた。


ソリムドは聞かなかった事にした。



本部の訓練場。


アビス達が訓練を行っていた。


のぶおの指導の下。


隊列を組み。


連携を磨く。


鬼龍神との模擬戦では何人かまとめて吹き飛ばされていた。


「容赦ないね」


もりやんが苦笑する。


「訓練だからな」


鬼龍神は真顔だった。


その様子を見ていたソリムドが呟く。


「やっぱりこの組織おかしいよ」


「今更か?」


アイザックが笑った。


訓練を眺めていた日御子は少しだけ安心する。


いつもの光景。


いつもの仲間達。


守るべき居場所。


その事実が妙に嬉しかった。



夕方。


訓練が終わった頃。


客室の扉がノックされた。


「入りますの」


扉を開ける。


そこに立っていたのはもりやんだった。


片手には工具箱。


もう片方には果物。


「お見舞い」


「工具はいらなくないですの?」


「気分」


もりやんは真顔だった。



部屋へ入る。


椅子へ腰掛ける。


しばらく沈黙。


そして。


「大丈夫?」


珍しく真面目な声だった。


日御子が少し驚く。


「大丈夫ですの」


「本当?」


「本当ですの」


もりやんは少しだけ眉をひそめた。


「皆心配してた」


静かな言葉だった。


日御子は目を瞬かせる。


「皆さん?」


「うん」


「アイザックも」


「鬼龍神も」


「のぶおも」


少し考える。


「ソリムドは特に」


思わず笑ってしまった。


確かにそうだった。


「無理しすぎ」


もりやんが言う。


「今回は本当に危なかった」


「皆そう言いますの」


「だって本当だし」


即答だった。


日御子は苦笑する。


何も言い返せなかった。



もりやんが帰った後。


部屋に静寂が戻る。


窓の外は夕焼けだった。


赤く染まる空。


日御子はぼんやり眺める。


その時だった。


ズキッ。


頭に鋭い痛みが走る。


「っ……」


思わず額を押さえた。


最近かなり増えている。


先日倒れた後から特に酷い。


視界が揺れた。


景色が滲む。


そして。


知らない光景が見えた。



大きな部屋。


豪華な調度品。


窓から差し込む陽光。


誰かが笑っている。


優しい声。


聞いた事がある気がした。


だが。


誰なのか分からない。


「日御子」


声が聞こえる。


懐かしい。


温かい。


胸が苦しくなるほど。


優しい声だった。



次の瞬間。


激痛。


「ぁっ……!」


頭の中を掻き回されるような痛み。


視界が真っ白になる。


記憶は霧のように消えた。



気付けば。


部屋に戻っていた。


荒い呼吸。


額には汗。


「今のは……」


答える者はいない。


ただ。


胸の奥に妙な違和感だけが残っていた。




それから数日が過ぎた。


頭痛はあるものの。


日御子の体調は徐々に回復していく。


食堂へも行けるようになった。


散歩も出来る。


ソリムドは相変わらず心配していた。


「本当に無理しないでね」


「分かってますの」


「絶対?」


「絶対ですの」


「怪しい」


「何故ですの」


そんなやり取りも日常になりつつあった。



昼下がり。


日御子が紅茶を飲んでいると。


コンコン。


不意に扉がノックされた。


「どうぞですの」


扉が開く。


「失礼します」


ユールだった。


「ユールさん?」


「体調を崩されたと聞きました」


「お加減はいかがですか」


「もう大丈夫ですの」


「それは何よりです」


日御子は少し不満そうに。


「みんな少し心配し過ぎです」


「みなさん、かなり心配されているようですね」


ユールは素直に頷いた。


「申し訳ないですの……」


「ですが」


ユールが少し笑う。


「良い仲間が増えたみたいですね」


日御子も微笑んだ。


「そうですの」


「ソリムドさんが正式に加入されたそうで」


「賑やかになりましたの」


「ええ。特に日御子さんの周囲が」


日御子は肩を竦めてみせた。


「否定できません」


しばらく穏やかな空気が流れる。



ユールがふと思い出したように口を開いた。


「ああ、そうでした」


「何ですの?」


「本日は別件で来ました」


日御子が首を傾げる。


「別件ですの?」


「はい」


ユールは一歩前へ出た。


「日御子さんに、お会いしていただきたい方がいます」


「誰ですの?」


ユールはすぐには答えなかった。


僅かに迷った後。


静かに告げる。


「あなたが王女だった頃にお仕えしてたそうです」


日御子の指が止まった。


紅茶の表面が、小さく揺れる。


「……私に?」


「はい」


「そして」


ユールは日御子を真っ直ぐ見つめた。


「ヒノモト革命について、お話があるそうです」



【第三十三話 会わせたい人】へ続く


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