過保護
日御子が目を覚ましたのは、あれから二日後だった。
ゆっくりと瞼を開く。
見慣れた天井。
見慣れた部屋。
傍には黒猫が丸くなって寝ていた。
NKJ本部の客室だった。
「ここは……」
身体を起こそうとした瞬間。
勢いよく扉が開いた。
「起きた!?」
ソリムドだった。
日御子は目を瞬かせる。
「ソリムドさん?」
「大丈夫!?」
「どこか痛い!?」
「気持ち悪くない!?」
「立てる!?」
質問が止まらない。
日御子は完全に押されていた。
「えっと……」
「ちょっと落ち着くですの」
◇
数分後。
アイザックがやって来た。
「おっ」
「起きたか」
アイザックが笑う。
日御子はほっとした。
やっと普通に話せる相手が来た。
「おはようございますの」
「おう」
「私は一体……」
「依頼はどうなりましたの?」
「無事に終わったぞ」
「後で詳しく話すわ」
「それより体調は?」
「だいぶ良いですの」
そう言いながら立ち上がろうとする。
その瞬間だった。
「駄目!」
ソリムドが止めた。
日御子が固まる。
「まだ寝てて!」
「でも――」
「寝てて!」
即答だった。
アイザックがニヤリと笑う。
「お前、過保護すぎるだろ」
「過保護じゃない!」
「血を流して倒れたんだよ!?」
「普通に心配するでしょ!」
正論だった。
だが。
アイザックは首を傾げる。
「日御子はたぶん大丈夫だぞ」
「それ!」
ソリムドが指を突きつける。
「皆それ言う!」
「だからおかしいんだって!」
◇
そこへ。
鬼龍神が入ってきた。
ソリムドが期待の眼差しを向ける。
ようやくまともな人が来た。
そう思った。
「鬼龍神さん」
「何だ」
「日御子さん、安静にした方がいいよね?」
鬼龍神は日御子を見る。
一秒。
二秒。
三秒。
「問題ない」
断言した。
ソリムドは頭を抱えた。
「何で!?」
「歩ける」
「そういう問題じゃないでしょ!」
日御子は思わず笑ってしまった。
「皆さん仲良しですの」
全員が即座に否定する。
「「「いや別に」」」
見事に揃った。
◇
昼食。
日御子が食堂へ向かおうとすると。
「待って」
ソリムドが立ちはだかる。
「何ですの?」
「僕が運ぶ」
「自分で歩けますの」
「駄目」
「何故ですの?」
「病人だから」
「もう元気ですの」
「駄目」
会話にならなかった。
◇
結局。
ソリムドが食事を運ぶ事になった。
その様子を見ていたアイザックが呟く。
「すげぇな」
「何がですの?」
「日御子相手に押し切ってる」
日御子は少しだけ不満そうだった。
◇
午後。
ふぉろんたいごが食堂の隅で何かブツブツ言っていた。
「今度こそ大当たりの予感がします……」
その横では振り子と地図が既に広げられていた。
「何してるの?」
通りすがりのソリムドが尋ねる。
ふぉろんたいごは顔を上げた。
「お金になる物を探しています」
「見つかるの?」
「たまに」
邪な笑みを浮かべた。
ソリムドは聞かなかった事にした。
◇
本部の訓練場。
アビス達が訓練を行っていた。
のぶおの指導の下。
隊列を組み。
連携を磨く。
鬼龍神との模擬戦では何人かまとめて吹き飛ばされていた。
「容赦ないね」
もりやんが苦笑する。
「訓練だからな」
鬼龍神は真顔だった。
その様子を見ていたソリムドが呟く。
「やっぱりこの組織おかしいよ」
「今更か?」
アイザックが笑った。
訓練を眺めていた日御子は少しだけ安心する。
いつもの光景。
いつもの仲間達。
守るべき居場所。
その事実が妙に嬉しかった。
◇
夕方。
訓練が終わった頃。
客室の扉がノックされた。
「入りますの」
扉を開ける。
そこに立っていたのはもりやんだった。
片手には工具箱。
もう片方には果物。
「お見舞い」
「工具はいらなくないですの?」
「気分」
もりやんは真顔だった。
◇
部屋へ入る。
椅子へ腰掛ける。
しばらく沈黙。
そして。
「大丈夫?」
珍しく真面目な声だった。
日御子が少し驚く。
「大丈夫ですの」
「本当?」
「本当ですの」
もりやんは少しだけ眉をひそめた。
「皆心配してた」
静かな言葉だった。
日御子は目を瞬かせる。
「皆さん?」
「うん」
「アイザックも」
「鬼龍神も」
「のぶおも」
少し考える。
「ソリムドは特に」
思わず笑ってしまった。
確かにそうだった。
「無理しすぎ」
もりやんが言う。
「今回は本当に危なかった」
「皆そう言いますの」
「だって本当だし」
即答だった。
日御子は苦笑する。
何も言い返せなかった。
◇
もりやんが帰った後。
部屋に静寂が戻る。
窓の外は夕焼けだった。
赤く染まる空。
日御子はぼんやり眺める。
その時だった。
ズキッ。
頭に鋭い痛みが走る。
「っ……」
思わず額を押さえた。
最近かなり増えている。
先日倒れた後から特に酷い。
視界が揺れた。
景色が滲む。
そして。
知らない光景が見えた。
◇
大きな部屋。
豪華な調度品。
窓から差し込む陽光。
誰かが笑っている。
優しい声。
聞いた事がある気がした。
だが。
誰なのか分からない。
「日御子」
声が聞こえる。
懐かしい。
温かい。
胸が苦しくなるほど。
優しい声だった。
◇
次の瞬間。
激痛。
「ぁっ……!」
頭の中を掻き回されるような痛み。
視界が真っ白になる。
記憶は霧のように消えた。
◇
気付けば。
部屋に戻っていた。
荒い呼吸。
額には汗。
「今のは……」
答える者はいない。
ただ。
胸の奥に妙な違和感だけが残っていた。
◇
◇
それから数日が過ぎた。
頭痛はあるものの。
日御子の体調は徐々に回復していく。
食堂へも行けるようになった。
散歩も出来る。
ソリムドは相変わらず心配していた。
「本当に無理しないでね」
「分かってますの」
「絶対?」
「絶対ですの」
「怪しい」
「何故ですの」
そんなやり取りも日常になりつつあった。
◇
昼下がり。
日御子が紅茶を飲んでいると。
コンコン。
不意に扉がノックされた。
「どうぞですの」
扉が開く。
「失礼します」
ユールだった。
「ユールさん?」
「体調を崩されたと聞きました」
「お加減はいかがですか」
「もう大丈夫ですの」
「それは何よりです」
日御子は少し不満そうに。
「みんな少し心配し過ぎです」
「みなさん、かなり心配されているようですね」
ユールは素直に頷いた。
「申し訳ないですの……」
「ですが」
ユールが少し笑う。
「良い仲間が増えたみたいですね」
日御子も微笑んだ。
「そうですの」
「ソリムドさんが正式に加入されたそうで」
「賑やかになりましたの」
「ええ。特に日御子さんの周囲が」
日御子は肩を竦めてみせた。
「否定できません」
しばらく穏やかな空気が流れる。
◇
ユールがふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そうでした」
「何ですの?」
「本日は別件で来ました」
日御子が首を傾げる。
「別件ですの?」
「はい」
ユールは一歩前へ出た。
「日御子さんに、お会いしていただきたい方がいます」
「誰ですの?」
ユールはすぐには答えなかった。
僅かに迷った後。
静かに告げる。
「あなたが王女だった頃にお仕えしてたそうです」
日御子の指が止まった。
紅茶の表面が、小さく揺れる。
「……私に?」
「はい」
「そして」
ユールは日御子を真っ直ぐ見つめた。
「ヒノモト革命について、お話があるそうです」
【第三十三話 会わせたい人】へ続く




