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旅人

ガルドが捕縛され、残った傭兵達も次々と武器を捨てた。


勝敗は決した。


街を苦しめていた傭兵団は壊滅したのだ。


「終わった……」


自警団員の一人が膝をつく。


その言葉をきっかけに歓声が上がった。


勝利。


安堵。


生き残った喜び。


泣き出す者もいた。


様々な感情が街を包んでいた。



数時間後。


捕らえた傭兵達は縄で拘束され、街の牢へと送られていた。


ガルドも例外ではない。


傷だらけのまま壁にもたれかかっている。


そんな彼の前に市長が現れた。


「ようやく捕まえられた」


「チッ」


ガルドが舌打ちする。


「賞金首として有名だったからな」


「これで近隣の街も安心できる」


市長は安堵の息を漏らした。



街の広場にNKJの面々が集められた。


アイザックの背中では日御子が静かに眠っていた。


ソリムドは目を逸らせなかった。


まだ目を覚まさない。


胸の奥が少し痛んだ。


――僕のせいだ。


そう思ってしまう。


重苦しい沈黙が広場を包んでいた。


やがて、市長が静かに前へ出た。


深々と頭を下げる。


「皆様のお陰で街は救われました」


「本当に感謝しております」


住民達も次々と頭を下げた。


のぶおが慌てて手を振った。


「頭を上げてください」


「私達は依頼を受けただけです」


市長は困ったように口元を緩めた。


「それでも感謝をしております」


そして大きな袋を差し出した。


「こちらが報酬になります」


受け取ったのはのぶおだった。


ずしりと重い。


中身を確認した鬼龍神が目を見開く。


「おっ」


「結構あるな」


「ガルドの懸賞金も含まれていますので」


市長が説明する。


のぶおは頷いた。


「確かに受け取りました」


市長は申し訳なさそうに頭を下げた。


「本来ならもっと用意したかったのですが……」


「十分な報酬です」


のぶおが首を振る。


「街も被害を受けています」


「無理をされては困ります」


市長は目を丸くした。


そして小さく笑う。


「なるほど」


「やはり解放軍の方々は噂通りですね」



報酬の受け渡しが終わると、市長はソリムドへ視線を向けた。


「さて」


「ソリムド」


空気が変わる。


ソリムドが首を傾げた。


「何?」


「お前はこれからどうする」


当然の質問だった。


戦いは終わり。


街は守られた。


ならばもう決まっている。


「どうするって?」


「僕はいつも通りだよ」


即座に返答した。


「やる事がたくさんあるでしょ」


「怪我人もいるし」


「自警団も立て直さなきゃいけないよね」


街を見渡す。


壊れた建物。


傷ついた人々。


守るべき場所。


ずっとそうしてきた。



だが。


市長は首を横に振る。


「本当にそうか?」


「え?」


「それはお前の本心か?」


意味が分からなかった。


ソリムドが怪訝そうな表情を浮かべる。


すると。


自警団員の一人が笑った。


「街の外の話、好きだったよな」


ソリムドが固まる。


「旅人が来ると、いろいろと質問してたじゃないか」


別の団員も頷いた。


「遺跡の話とかも好きだったよな」


「地図もよく見てたし」


「この先に何があるんだろうって」


次々と暴露される。


何故かソリムドの顔が赤くなった。


「そ、それは別に……」


市長が笑う。


「本当は見てみたいのだろう」


「外の世界を」


ソリムドは答えられなかった。


図星だったからだ。


旅人の話は好きだった。


知らない国の話も。


遠くの街の話も。


それでも。


「僕がいなくなったら街が困るよ」


その言葉に。


「馬鹿を言うな」


市長が笑った。


「お前はまだ子供だろう」


「街のことは俺達に任せなさい」


その一言だった。


だが。


それだけで十分だった。


自警団員達も。


住民達も。


誰一人、引き止めなかった。


皆が笑っていた。


皆が。


背中を押してくれていた。


ソリムドは言葉を失った。


そして。


アイザックの背中を見る。


眠ったままの日御子がいる。


戦場で血を流しながら倒れた少女。


自分のせいで倒れたかもしれない少女。


それでも勝利へ繋がる作戦を残した少女。


ふと。


地平線を眺めた時の事を思い出した。


外の世界。


まだ知らない景色。


まだ知らない人達。


知らない事ばかりだった。



「……行ってもいいのかな」


ぽつりと漏れた言葉だった。


市長が笑う。


「許可を求めるな」


「これは命令だ」


周囲から笑い声が上がった。


ソリムドは困ったように頭を掻いた。


そして。


小さく息を吐く。


「ありがとう」


ようやく笑った。


「行ってくるね」


その瞬間。


街の英雄だった少年は、一人の旅人になった。



ソリムドは拳を握った。


「お願いします」


静かな声だった。


全員の視線が集まる。


ソリムドは頭を下げた。


「みんなの仲間にしてください」


のぶお達を見る。


「僕は世界をもっと見てみたい」


そして。


アイザックの背中を見る。


「日御子さんの事も気になる」


皆が首を傾げた。


「気になる?」


ソリムドは頷く。


「何であんなになるまで戦うのか分からない」


「僕のせいで血を流して倒れたのに」


「それでも最後まで街を守ろうとしてた」


思い出す。


あの光景を。


「僕にはまだ知らない事が多すぎる」


だから。


「もっと色々知りたいんです」


のぶおは静かに頷いた。


「分かりました」


「歓迎しましょう」


ソリムドの表情が明るくなる。



帰路。


アイザックが日御子を背負って歩く。


ソリムドはその横を離れない。


眠る日御子を見つめた。


まだ目を覚まさない。


その姿から目を逸らせなかった。


躊躇いがちに。


アイザックに尋ねてみた。


「日御子さん、本当に大丈夫?」


「大丈夫だ」


「何を根拠に?」


「生きてる」


「その基準やめて!」


アイザックが笑う。


「お前、過保護すぎねーか?」


「だって倒れたんだよ!?」


「日御子はわりと倒れるぞ」


「それ駄目なやつだから!」


もりやんまで頷いた。


「私も最初びっくり」


「でしょ!?」


「でも慣れる」


「慣れたくない!」


賑やかな声が街道に響いた。



翌日。


NKJ本部。


「ただいま戻りました」


のぶおが扉を開く。


「日御子さん!?」


出迎えた者達の表情が一斉に変わった。


「どうしたんですか!」


ふぉろんたいごが駆け寄る。


「依頼の途中で倒れました」


のぶおが答えた。


「まだ意識が戻っていません」


「先に部屋へ運びましょう」


アイザックは頷くと。


日御子を背負ったまま、客室へ向かった。


黒猫もその後を追っていく。



日御子をベッドへ寝かせる。


呼吸は穏やかだった。


だが。


呼び掛けても目を覚まさない。


「アリスは居ないんだったか」


アイザックが尋ねる。


「今は長期出張中です」


ふぉろんたいごが答えた。


ソリムドは不安そうに日御子を見つめた。


それでも。


今は待つしかなかった。



一行が食堂へ戻ると。


のぶおが大きな袋を差し出した。


「こちらが今回の報酬です」


ふぉろんたいごが受け取る。


袋を開く。


中を見る。


固まる。


もう一度見る。


固まる。


「……おお」


目が輝いた。


「おおお……」


感情が漏れ出ている。


それを見て。


アイザックは苦笑まじりに肩を竦めた。



「結構ありますよ」


ふぉろんたいごはニヤニヤしている。


「これはかなりあります」


袋を抱き締めた。


幸せそうだった。


「よし」


アイザックが満面の笑みで。


「今日は肉だな」


「却下」


即答。


「え?」


「全額貯金します」


全員沈黙。


「あの?」


アイザックが聞き返した。


「全額貯金」


「肉は?」


「なし」


「じゃあ酒」


「なし」


「せめて何か買おうぜ!」


「却下」


ふぉろんたいごは満足そうに頷く。


「組織運営には備えが必要なんです」


「これでしばらくは安泰だ……」


アイザックはがっくり肩を落とした。


ソリムドはその様子を見ていた。


そして。


ぽつりと呟く。


「加入先」


一同が振り返る。


「間違えたかもしれない」



その日の夜。


客室。


日御子はまだ眠ったままだった。


ソリムドは椅子に座りながら、その顔を見つめる。


静かな寝息。


穏やかな表情。


戦場で倒れた人間には見えない。


「早く起きてよ」


小さく呟く。


答えは返ってこない。


だが。


その声に応えるように。


日御子の指先が僅かに動いた。



【第三十二話 過保護】へ続く 


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