旅人
ガルドが捕縛され、残った傭兵達も次々と武器を捨てた。
勝敗は決した。
街を苦しめていた傭兵団は壊滅したのだ。
「終わった……」
自警団員の一人が膝をつく。
その言葉をきっかけに歓声が上がった。
勝利。
安堵。
生き残った喜び。
泣き出す者もいた。
様々な感情が街を包んでいた。
◇
数時間後。
捕らえた傭兵達は縄で拘束され、街の牢へと送られていた。
ガルドも例外ではない。
傷だらけのまま壁にもたれかかっている。
そんな彼の前に市長が現れた。
「ようやく捕まえられた」
「チッ」
ガルドが舌打ちする。
「賞金首として有名だったからな」
「これで近隣の街も安心できる」
市長は安堵の息を漏らした。
◇
街の広場にNKJの面々が集められた。
アイザックの背中では日御子が静かに眠っていた。
ソリムドは目を逸らせなかった。
まだ目を覚まさない。
胸の奥が少し痛んだ。
――僕のせいだ。
そう思ってしまう。
重苦しい沈黙が広場を包んでいた。
やがて、市長が静かに前へ出た。
深々と頭を下げる。
「皆様のお陰で街は救われました」
「本当に感謝しております」
住民達も次々と頭を下げた。
のぶおが慌てて手を振った。
「頭を上げてください」
「私達は依頼を受けただけです」
市長は困ったように口元を緩めた。
「それでも感謝をしております」
そして大きな袋を差し出した。
「こちらが報酬になります」
受け取ったのはのぶおだった。
ずしりと重い。
中身を確認した鬼龍神が目を見開く。
「おっ」
「結構あるな」
「ガルドの懸賞金も含まれていますので」
市長が説明する。
のぶおは頷いた。
「確かに受け取りました」
市長は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本来ならもっと用意したかったのですが……」
「十分な報酬です」
のぶおが首を振る。
「街も被害を受けています」
「無理をされては困ります」
市長は目を丸くした。
そして小さく笑う。
「なるほど」
「やはり解放軍の方々は噂通りですね」
◇
報酬の受け渡しが終わると、市長はソリムドへ視線を向けた。
「さて」
「ソリムド」
空気が変わる。
ソリムドが首を傾げた。
「何?」
「お前はこれからどうする」
当然の質問だった。
戦いは終わり。
街は守られた。
ならばもう決まっている。
「どうするって?」
「僕はいつも通りだよ」
即座に返答した。
「やる事がたくさんあるでしょ」
「怪我人もいるし」
「自警団も立て直さなきゃいけないよね」
街を見渡す。
壊れた建物。
傷ついた人々。
守るべき場所。
ずっとそうしてきた。
◇
だが。
市長は首を横に振る。
「本当にそうか?」
「え?」
「それはお前の本心か?」
意味が分からなかった。
ソリムドが怪訝そうな表情を浮かべる。
すると。
自警団員の一人が笑った。
「街の外の話、好きだったよな」
ソリムドが固まる。
「旅人が来ると、いろいろと質問してたじゃないか」
別の団員も頷いた。
「遺跡の話とかも好きだったよな」
「地図もよく見てたし」
「この先に何があるんだろうって」
次々と暴露される。
何故かソリムドの顔が赤くなった。
「そ、それは別に……」
市長が笑う。
「本当は見てみたいのだろう」
「外の世界を」
ソリムドは答えられなかった。
図星だったからだ。
旅人の話は好きだった。
知らない国の話も。
遠くの街の話も。
それでも。
「僕がいなくなったら街が困るよ」
その言葉に。
「馬鹿を言うな」
市長が笑った。
「お前はまだ子供だろう」
「街のことは俺達に任せなさい」
その一言だった。
だが。
それだけで十分だった。
自警団員達も。
住民達も。
誰一人、引き止めなかった。
皆が笑っていた。
皆が。
背中を押してくれていた。
ソリムドは言葉を失った。
そして。
アイザックの背中を見る。
眠ったままの日御子がいる。
戦場で血を流しながら倒れた少女。
自分のせいで倒れたかもしれない少女。
それでも勝利へ繋がる作戦を残した少女。
ふと。
地平線を眺めた時の事を思い出した。
外の世界。
まだ知らない景色。
まだ知らない人達。
知らない事ばかりだった。
◇
「……行ってもいいのかな」
ぽつりと漏れた言葉だった。
市長が笑う。
「許可を求めるな」
「これは命令だ」
周囲から笑い声が上がった。
ソリムドは困ったように頭を掻いた。
そして。
小さく息を吐く。
「ありがとう」
ようやく笑った。
「行ってくるね」
その瞬間。
街の英雄だった少年は、一人の旅人になった。
◇
ソリムドは拳を握った。
「お願いします」
静かな声だった。
全員の視線が集まる。
ソリムドは頭を下げた。
「みんなの仲間にしてください」
のぶお達を見る。
「僕は世界をもっと見てみたい」
そして。
アイザックの背中を見る。
「日御子さんの事も気になる」
皆が首を傾げた。
「気になる?」
ソリムドは頷く。
「何であんなになるまで戦うのか分からない」
「僕のせいで血を流して倒れたのに」
「それでも最後まで街を守ろうとしてた」
思い出す。
あの光景を。
「僕にはまだ知らない事が多すぎる」
だから。
「もっと色々知りたいんです」
のぶおは静かに頷いた。
「分かりました」
「歓迎しましょう」
ソリムドの表情が明るくなる。
◇
帰路。
アイザックが日御子を背負って歩く。
ソリムドはその横を離れない。
眠る日御子を見つめた。
まだ目を覚まさない。
その姿から目を逸らせなかった。
躊躇いがちに。
アイザックに尋ねてみた。
「日御子さん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だ」
「何を根拠に?」
「生きてる」
「その基準やめて!」
アイザックが笑う。
「お前、過保護すぎねーか?」
「だって倒れたんだよ!?」
「日御子はわりと倒れるぞ」
「それ駄目なやつだから!」
もりやんまで頷いた。
「私も最初びっくり」
「でしょ!?」
「でも慣れる」
「慣れたくない!」
賑やかな声が街道に響いた。
◇
翌日。
NKJ本部。
「ただいま戻りました」
のぶおが扉を開く。
「日御子さん!?」
出迎えた者達の表情が一斉に変わった。
「どうしたんですか!」
ふぉろんたいごが駆け寄る。
「依頼の途中で倒れました」
のぶおが答えた。
「まだ意識が戻っていません」
「先に部屋へ運びましょう」
アイザックは頷くと。
日御子を背負ったまま、客室へ向かった。
黒猫もその後を追っていく。
◇
日御子をベッドへ寝かせる。
呼吸は穏やかだった。
だが。
呼び掛けても目を覚まさない。
「アリスは居ないんだったか」
アイザックが尋ねる。
「今は長期出張中です」
ふぉろんたいごが答えた。
ソリムドは不安そうに日御子を見つめた。
それでも。
今は待つしかなかった。
◇
一行が食堂へ戻ると。
のぶおが大きな袋を差し出した。
「こちらが今回の報酬です」
ふぉろんたいごが受け取る。
袋を開く。
中を見る。
固まる。
もう一度見る。
固まる。
「……おお」
目が輝いた。
「おおお……」
感情が漏れ出ている。
それを見て。
アイザックは苦笑まじりに肩を竦めた。
◇
「結構ありますよ」
ふぉろんたいごはニヤニヤしている。
「これはかなりあります」
袋を抱き締めた。
幸せそうだった。
「よし」
アイザックが満面の笑みで。
「今日は肉だな」
「却下」
即答。
「え?」
「全額貯金します」
全員沈黙。
「あの?」
アイザックが聞き返した。
「全額貯金」
「肉は?」
「なし」
「じゃあ酒」
「なし」
「せめて何か買おうぜ!」
「却下」
ふぉろんたいごは満足そうに頷く。
「組織運営には備えが必要なんです」
「これでしばらくは安泰だ……」
アイザックはがっくり肩を落とした。
ソリムドはその様子を見ていた。
そして。
ぽつりと呟く。
「加入先」
一同が振り返る。
「間違えたかもしれない」
◇
その日の夜。
客室。
日御子はまだ眠ったままだった。
ソリムドは椅子に座りながら、その顔を見つめる。
静かな寝息。
穏やかな表情。
戦場で倒れた人間には見えない。
「早く起きてよ」
小さく呟く。
答えは返ってこない。
だが。
その声に応えるように。
日御子の指先が僅かに動いた。
【第三十二話 過保護】へ続く




