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残された作戦

「日御子さん!」


ソリムドが叫ぶ。


返事は返ってこない。


日御子は完全に意識を失っていた。


丘の上。


緊張が走る。


だが。


のぶおが即座に声を張り上げた。


「慌てるな!」


その一喝で全員が我に返る。


「作戦は既に共有されています!」


「予定通りに動きます!」


その言葉に自警団員達も頷いた。


日御子が倒れた。


だからといって戦いは止まらない。


止める訳にはいかない。



「行くぞぉぉぉ!!」


アイザックが先頭で駆け出す。


自警団員達が続いた。


砦の左翼。


日御子の指示通り。


敵弓兵を最優先で叩く。


「なっ!?」


傭兵達が驚く。


完全に位置を把握されていた。


隠れていたはずの弓兵が次々と発見される。


「どうして分かった!?」


アイザックが笑う。


「うちの軍師がすげーんだよ!」


炎を纏った拳が炸裂した。


弓兵が吹き飛ぶ。



反対側。


鬼龍神隊。


寡黙な男は何も言わない。


ただ前へ進む。


敵が現れる。


斬る。


吹き飛ぶ。


以上。


非常にシンプルだった。


「ば、化け物か!?」


傭兵達が後退する。


鬼龍神は無言のまま進み続けた。


日御子の予測通り。


側面の守備は薄い。


敵陣へ深く食い込む。



中央。


のぶお隊。


「焦るな!」


「前へ出すぎるな!」


「怪我人を下げろ!」


巨大な障壁が展開される。


飛んできた矢が弾かれた。


自警団員達の士気が上がる。


「守られてる!」


「戦える!」


のぶおは戦況を見つめた。


ここまでは順調。


驚くほど順調だった。


日御子が描いた通りに戦場が動いている。



丘の上。


ソリムドは戦場を見下ろしていた。


「すごい……」


思わず呟く。


14歳の彼でも分かる。


日御子が組み上げた作戦は本物だった。


敵は完全に後手へ回っている。


このまま行けば勝てる。


そう思った。



「なるほど」


低い声が響いた。


砦の前。


巨大な剣を肩に担いだ男。


黒狼のガルド。


その目が戦場を見渡す。


一度。


二度。


周囲を確認する。


そして。


「やってくれるじゃねぇか」


不吉な笑みを浮かべた。



ガルドは部下へ指示を飛ばした。


「第三班は右翼へ」


「第五班は後ろへ回れ」


「予備兵投入」


傭兵達が一斉に動き始める。


その動きは早い。


まるで一流の軍隊だった。


直後。


戦況が変わる。


「なっ!?」


アイザックが振り返る。


後方から敵増援。


包囲が始まっていた。



鬼龍神隊も足を止める。


正面。


側面。


新たな敵。


さっきまで存在しなかった戦力。


日御子の指示にない配置。


「敵が動いたか」


鬼龍神が呟く。



後方。


もりやんは数名の弓兵を率いて戦場を見渡していた。


「右翼へ!」


指示と同時に矢が放たれる。


敵兵が倒れる。


だが。


すぐに別の敵が前へ出てくる。


「次は左!」


今度は鬼龍神隊の援護。


矢が降り注ぐ。


押し返す。


しかし。


戦況の変化が早すぎた。


ガルドの指揮によって各戦線が次々と揺さぶられている。


右翼を支えれば左翼が崩れそうになる。


左翼を支えれば中央が押される。


「まずいね……」


もりやんが呟く。


弓隊だけではフォローしきれなくなり始めていた。



中央でも異変が起きていた。


「右翼が押されてる!」


「援護!」


「間に合いません!」


のぶおが舌打ちする。


日御子の作戦は完璧だった。


だが。


それは開戦時点の話。


戦場は生き物だ。


敵も考える。


敵も動く。


本来なら。


ここで軍師が修正を加える。


しかし。


軍師はもういないのだ。



ソリムドが拳を握った。


戦況はまだ崩壊していない。


だが確実に傾き始めている。


このままでは負ける。


日御子が作った優位が消えてしまう。


丘の上で眠る少女を見る。


耳から血を流したまま動かない。


「……」


ソリムドは決断した。


「僕が行く」


そして戦場へ向かって駆け出した。



ソリムドは走った。


戦場の中央。


矢が飛ぶ。


怒号が響く。


だが足を止めない。


「アイザックさん!」


最初に向かったのは左翼だった。


包囲されかけているアイザック隊。


敵兵が次々と押し寄せる。


「ちっ!」


アイザックが舌打ちする。


そこへ。


ソリムドが飛び込んだ。


「《可能性解放》」


淡い光が広がる。


瞬間。


アイザックの身体が軽くなった。


力が溢れる。


視界が鮮明になる。


「おお!?」


炎を纏った拳が敵を吹き飛ばした。


今まで以上の威力。


「何だこれ!」


「強くなってる!」


自警団員達も続く。


「行ける!」


「押し返せ!」


止まりかけていた戦線が再び前進した。



流れが変わった事を確認。


ソリムドは新たに駆け出す。


次は右翼。


鬼龍神隊。


こちらも敵増援に押され始めていた。


鬼龍神は変わらず戦っている。


だが敵が多い。


「鬼龍神さん!」


「ん?」


「強化します」


「そうか」


相変わらず反応が薄い。


「《可能性解放》」


直後。


敵兵が吹き飛んだ。


一人。


二人。


三人。


「なっ!?」


傭兵達が後退する。


鬼龍神自身は首を傾げていた。


「少し軽いな」


少しどころではない。


だが本人はその程度の認識だった。



ソリムドは再び駆け出す。


戦場を横切る。


ふと。


頭をよぎった。


街の外には、こんな景色があるのか。


こんな強い人達がいるのか。


今まで知らなかった世界。


だが。


すぐに首を振る。


今は考えている場合じゃない。


守るべきものは目の前にある。



中央。


のぶお隊。


「右を支えろ!」


「負傷者を下げろ!」


混乱は続いていた。


そこへソリムドが到着する。


「のぶおさん!」


「来たか!」


「強化します」


「頼みます」


《可能性解放》。


展開された障壁が一回り大きくなる。


矢を弾く。


斬撃を防ぐ。


自警団員達が歓声を上げた。


「まだ戦える!」


「押し返せ!」


戦場全体の空気が変わる。



その様子を見ていたガルドが眉をひそめた。


「小僧……何かやってるな」


戦況が変わった理由。


ようやく理解する。


「面白ぇ」


口元が吊り上がる。


ここからが本番だと言わんばかりだった。


巨大な大剣を肩へ担ぐ。


そして。


真っ直ぐソリムドを見た。



「お前ら、俺をただの剣士だと思ってねぇか?」


ガルドが大剣を構える。


瞬間。


刀身に鈍い光が走った。


「《武装強化アームズ》」


異能が発動する。


ごぉっ――――!!


空気が震えた。


大剣が唸る。


まるで別物になったようだった。


刃が放つ圧力だけで周囲の自警団員達が顔を引き攣らせる。


「な、何だあれ……」


「剣が……」


「大きくなってる……?」


錯覚だった。


実際に大きくなった訳ではない。


それでも誰が見ても、そう見えるほどの威圧感だった。


ガルドが笑う。


「俺が戦場で無敗だった理由を教えてやるよ」


次の瞬間。


ガルドが地面を蹴った。


速い。


巨体とは思えない速度だった。


一直線。


狙いはソリムド。


いや。


その背後にいる自警団全員だった。


「っ!」


反応した時には遅い。


巨大な影が目前まで迫っていた。



「下がれ!」


のぶおが飛び出す。


ガルドの大剣が振り下ろされた。


轟音。


大地が揺れる。


その一撃はソリムドだけではない。


背後の自警団ごと叩き潰すつもりだった。


避けられない。


誰もがそう思った。


だが。


「《絶界守護》」


蒼銀の障壁が展開される。


大剣と障壁が激突した。


轟音。


衝撃。


土煙。


それでも。


障壁は砕けない。


一歩も。


一ミリも。


「何……?」


ガルドが目を見開いた。


自警団員達も言葉を失う。


のぶおは障壁の向こうで立っていた。


「私がいる限り」


静かな声。


「後ろには通さん」



ガルドの動きが止まる。


ほんの一瞬。


だが十分だった。


「もらった!」


アイザックが飛び込む。


燃え上がる両手。


《紅蓮》。


相手の身体ではなく武器を掴む。


バカみたいな握力。


ガルドが力任せに振り払う。


だが。


「離すかよ」


びくともしない。


「なっ!?」


刹那。


真紅の熱が大剣を包む。


ガルドが目を見開く。


刀身が赤く染まり。


溶ける。


巨大な大剣が音を立てて崩れ落ちた。


「馬鹿な!」


初めて。


ガルドの顔から余裕が消えた。



「終わりだ」


鬼龍神が現れる。


いつの間にか。


ガルドの背後に立っていた。


ソリムドが最後の力を振り絞る。


「《可能性解放》!」


光が鬼龍神を包んだ。


鬼龍神の目が細くなる。


そして。


《迅雷》


踏み込んだ。


一撃。


二撃。


三撃。


四撃。


目にも止まらぬ速さ。


まるで暴風のような連撃。


ガルドは防御する。


しかし武器はもう失われていた。


受け切れない。


止めの一撃。


鬼龍神の拳が。


深く腹へ突き刺さった。


衝撃が全身を貫く。


ガルドの身体が宙を舞った。


地面を転がる。


何度も。


何度も。


そして。


動かなくなった。



静寂。


やがて。


自警団員の一人が声を上げた。


「勝った……」


その言葉が広がる。


歓声。


歓喜。


勝利。


街を苦しめた傭兵団は敗れた。


黒狼のガルドは捕縛された。


戦場の端では。


気を失ったままの日御子だけが、その勝利を知らなかった。



【第三十一話 旅人】へ続く

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