残された作戦
「日御子さん!」
ソリムドが叫ぶ。
返事は返ってこない。
日御子は完全に意識を失っていた。
丘の上。
緊張が走る。
だが。
のぶおが即座に声を張り上げた。
「慌てるな!」
その一喝で全員が我に返る。
「作戦は既に共有されています!」
「予定通りに動きます!」
その言葉に自警団員達も頷いた。
日御子が倒れた。
だからといって戦いは止まらない。
止める訳にはいかない。
◇
「行くぞぉぉぉ!!」
アイザックが先頭で駆け出す。
自警団員達が続いた。
砦の左翼。
日御子の指示通り。
敵弓兵を最優先で叩く。
「なっ!?」
傭兵達が驚く。
完全に位置を把握されていた。
隠れていたはずの弓兵が次々と発見される。
「どうして分かった!?」
アイザックが笑う。
「うちの軍師がすげーんだよ!」
炎を纏った拳が炸裂した。
弓兵が吹き飛ぶ。
◇
反対側。
鬼龍神隊。
寡黙な男は何も言わない。
ただ前へ進む。
敵が現れる。
斬る。
吹き飛ぶ。
以上。
非常にシンプルだった。
「ば、化け物か!?」
傭兵達が後退する。
鬼龍神は無言のまま進み続けた。
日御子の予測通り。
側面の守備は薄い。
敵陣へ深く食い込む。
◇
中央。
のぶお隊。
「焦るな!」
「前へ出すぎるな!」
「怪我人を下げろ!」
巨大な障壁が展開される。
飛んできた矢が弾かれた。
自警団員達の士気が上がる。
「守られてる!」
「戦える!」
のぶおは戦況を見つめた。
ここまでは順調。
驚くほど順調だった。
日御子が描いた通りに戦場が動いている。
◇
丘の上。
ソリムドは戦場を見下ろしていた。
「すごい……」
思わず呟く。
14歳の彼でも分かる。
日御子が組み上げた作戦は本物だった。
敵は完全に後手へ回っている。
このまま行けば勝てる。
そう思った。
◇
「なるほど」
低い声が響いた。
砦の前。
巨大な剣を肩に担いだ男。
黒狼のガルド。
その目が戦場を見渡す。
一度。
二度。
周囲を確認する。
そして。
「やってくれるじゃねぇか」
不吉な笑みを浮かべた。
◇
ガルドは部下へ指示を飛ばした。
「第三班は右翼へ」
「第五班は後ろへ回れ」
「予備兵投入」
傭兵達が一斉に動き始める。
その動きは早い。
まるで一流の軍隊だった。
直後。
戦況が変わる。
「なっ!?」
アイザックが振り返る。
後方から敵増援。
包囲が始まっていた。
◇
鬼龍神隊も足を止める。
正面。
側面。
新たな敵。
さっきまで存在しなかった戦力。
日御子の指示にない配置。
「敵が動いたか」
鬼龍神が呟く。
◇
後方。
もりやんは数名の弓兵を率いて戦場を見渡していた。
「右翼へ!」
指示と同時に矢が放たれる。
敵兵が倒れる。
だが。
すぐに別の敵が前へ出てくる。
「次は左!」
今度は鬼龍神隊の援護。
矢が降り注ぐ。
押し返す。
しかし。
戦況の変化が早すぎた。
ガルドの指揮によって各戦線が次々と揺さぶられている。
右翼を支えれば左翼が崩れそうになる。
左翼を支えれば中央が押される。
「まずいね……」
もりやんが呟く。
弓隊だけではフォローしきれなくなり始めていた。
◇
中央でも異変が起きていた。
「右翼が押されてる!」
「援護!」
「間に合いません!」
のぶおが舌打ちする。
日御子の作戦は完璧だった。
だが。
それは開戦時点の話。
戦場は生き物だ。
敵も考える。
敵も動く。
本来なら。
ここで軍師が修正を加える。
しかし。
軍師はもういないのだ。
◇
ソリムドが拳を握った。
戦況はまだ崩壊していない。
だが確実に傾き始めている。
このままでは負ける。
日御子が作った優位が消えてしまう。
丘の上で眠る少女を見る。
耳から血を流したまま動かない。
「……」
ソリムドは決断した。
「僕が行く」
そして戦場へ向かって駆け出した。
◇
ソリムドは走った。
戦場の中央。
矢が飛ぶ。
怒号が響く。
だが足を止めない。
「アイザックさん!」
最初に向かったのは左翼だった。
包囲されかけているアイザック隊。
敵兵が次々と押し寄せる。
「ちっ!」
アイザックが舌打ちする。
そこへ。
ソリムドが飛び込んだ。
「《可能性解放》」
淡い光が広がる。
瞬間。
アイザックの身体が軽くなった。
力が溢れる。
視界が鮮明になる。
「おお!?」
炎を纏った拳が敵を吹き飛ばした。
今まで以上の威力。
「何だこれ!」
「強くなってる!」
自警団員達も続く。
「行ける!」
「押し返せ!」
止まりかけていた戦線が再び前進した。
◇
流れが変わった事を確認。
ソリムドは新たに駆け出す。
次は右翼。
鬼龍神隊。
こちらも敵増援に押され始めていた。
鬼龍神は変わらず戦っている。
だが敵が多い。
「鬼龍神さん!」
「ん?」
「強化します」
「そうか」
相変わらず反応が薄い。
「《可能性解放》」
直後。
敵兵が吹き飛んだ。
一人。
二人。
三人。
「なっ!?」
傭兵達が後退する。
鬼龍神自身は首を傾げていた。
「少し軽いな」
少しどころではない。
だが本人はその程度の認識だった。
◇
ソリムドは再び駆け出す。
戦場を横切る。
ふと。
頭をよぎった。
街の外には、こんな景色があるのか。
こんな強い人達がいるのか。
今まで知らなかった世界。
だが。
すぐに首を振る。
今は考えている場合じゃない。
守るべきものは目の前にある。
◇
中央。
のぶお隊。
「右を支えろ!」
「負傷者を下げろ!」
混乱は続いていた。
そこへソリムドが到着する。
「のぶおさん!」
「来たか!」
「強化します」
「頼みます」
《可能性解放》。
展開された障壁が一回り大きくなる。
矢を弾く。
斬撃を防ぐ。
自警団員達が歓声を上げた。
「まだ戦える!」
「押し返せ!」
戦場全体の空気が変わる。
◇
その様子を見ていたガルドが眉をひそめた。
「小僧……何かやってるな」
戦況が変わった理由。
ようやく理解する。
「面白ぇ」
口元が吊り上がる。
ここからが本番だと言わんばかりだった。
巨大な大剣を肩へ担ぐ。
そして。
真っ直ぐソリムドを見た。
◇
「お前ら、俺をただの剣士だと思ってねぇか?」
ガルドが大剣を構える。
瞬間。
刀身に鈍い光が走った。
「《武装強化》」
異能が発動する。
ごぉっ――――!!
空気が震えた。
大剣が唸る。
まるで別物になったようだった。
刃が放つ圧力だけで周囲の自警団員達が顔を引き攣らせる。
「な、何だあれ……」
「剣が……」
「大きくなってる……?」
錯覚だった。
実際に大きくなった訳ではない。
それでも誰が見ても、そう見えるほどの威圧感だった。
ガルドが笑う。
「俺が戦場で無敗だった理由を教えてやるよ」
次の瞬間。
ガルドが地面を蹴った。
速い。
巨体とは思えない速度だった。
一直線。
狙いはソリムド。
いや。
その背後にいる自警団全員だった。
「っ!」
反応した時には遅い。
巨大な影が目前まで迫っていた。
◇
「下がれ!」
のぶおが飛び出す。
ガルドの大剣が振り下ろされた。
轟音。
大地が揺れる。
その一撃はソリムドだけではない。
背後の自警団ごと叩き潰すつもりだった。
避けられない。
誰もがそう思った。
だが。
「《絶界守護》」
蒼銀の障壁が展開される。
大剣と障壁が激突した。
轟音。
衝撃。
土煙。
それでも。
障壁は砕けない。
一歩も。
一ミリも。
「何……?」
ガルドが目を見開いた。
自警団員達も言葉を失う。
のぶおは障壁の向こうで立っていた。
「私がいる限り」
静かな声。
「後ろには通さん」
◇
ガルドの動きが止まる。
ほんの一瞬。
だが十分だった。
「もらった!」
アイザックが飛び込む。
燃え上がる両手。
《紅蓮》。
相手の身体ではなく武器を掴む。
バカみたいな握力。
ガルドが力任せに振り払う。
だが。
「離すかよ」
びくともしない。
「なっ!?」
刹那。
真紅の熱が大剣を包む。
ガルドが目を見開く。
刀身が赤く染まり。
溶ける。
巨大な大剣が音を立てて崩れ落ちた。
「馬鹿な!」
初めて。
ガルドの顔から余裕が消えた。
◇
「終わりだ」
鬼龍神が現れる。
いつの間にか。
ガルドの背後に立っていた。
ソリムドが最後の力を振り絞る。
「《可能性解放》!」
光が鬼龍神を包んだ。
鬼龍神の目が細くなる。
そして。
《迅雷》
踏み込んだ。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
目にも止まらぬ速さ。
まるで暴風のような連撃。
ガルドは防御する。
しかし武器はもう失われていた。
受け切れない。
止めの一撃。
鬼龍神の拳が。
深く腹へ突き刺さった。
衝撃が全身を貫く。
ガルドの身体が宙を舞った。
地面を転がる。
何度も。
何度も。
そして。
動かなくなった。
◇
静寂。
やがて。
自警団員の一人が声を上げた。
「勝った……」
その言葉が広がる。
歓声。
歓喜。
勝利。
街を苦しめた傭兵団は敗れた。
黒狼のガルドは捕縛された。
戦場の端では。
気を失ったままの日御子だけが、その勝利を知らなかった。
【第三十一話 旅人】へ続く




