若き英雄
「助けてください!」
NKJ本部に飛び込んできた男は、息を切らしながら叫んだ。
その声に、談話室にいた面々が一斉に振り返る。
ふるーるは食べかけの菓子を咥えたまま首を傾げた。
「どうした?」
「傭兵団です……!」
男は肩で息をしながら言う。
「西方の国の傭兵団が……街の近くの砦を占拠して……!」
日御子が表情を引き締めた。
「傭兵団ですの?」
「はい……!」
「盗賊まがいの事をしています」
男は何度も頷く。
「自警団も戦いました……ですが……」
そこで男は唇を噛んだ。
「負けました」
「続いて討伐に向かった近隣の傭兵団までも返り討ちにされたそうです」
室内の空気が変わる。
のぶおが腕を組んだ。
「相手の規模は?」
「四十人以上はいると思います」
「なるほど」
アイザックが口笛を吹く。
「結構な人数だな」
男はさらに続けた。
「それだけじゃありません」
「奴らの頭は賞金首です」
「賞金首?」
日御子が聞き返す。
男は恐る恐る頷いた。
「元帝国軍の将校だって噂もあります」
「名前は分かりますか?」
のぶおが尋ねる。
「黒狼のガルド」
その名を聞いてアイザックの眉が僅かに動いた。
「聞いた事あるな」
「帝国軍の百人隊長だった奴だろ」
「知っているんですの?」
「噂だけだ」
アイザックは肩を竦めた。
「かなり強えらしい」
◇
「まずは話を聞いてきます」
のぶおが立ち上がる。
「私も行きますの」
日御子も同行しようとする。
「まだ状況が分かりません」
のぶおは首を振った。
「まずは確認です」
確かにその通りだった。
街の状況も、敵の戦力も分からない。
日御子も納得した。
のぶおは男を連れ、本部を後にした。
◇
翌日。
本部へ戻ってきたのぶおは、一人ではなかった。
彼の隣には一人の少年が立っていた。
その姿を見た瞬間。
全員が固まった。
「……女?」
アイザックが呟く。
少年の眉がぴくりと動いた。
「男です」
短い返答だった。
「本当ですの?」
日御子まで聞いた。
「男です」
少しだけ語気が強くなる。
もりやんが苦笑した。
「綺麗な顔」
それも仕方ない。
腰まで届く銀色の髪。
整った顔立ち。
長い睫毛。
(お人形みたいですの)
少女だと言われても疑わない。
「ソリムドさんといいます」
のぶおが紹介する。
「いま街の自警団をまとめています」
「彼は14歳です」
「14!?」
またも全員が驚いた。
アイザックがまじまじと見つめる。
「お前、本当に14か?」
「悪いですか?」
「いや、14で自警団まとめるって」
「お前、すげーな」
◇
ソリムドは無表情のまま椅子へ座った。
のぶおが街で確認した情報を説明する。
「残っている自警団員は五十数名」
「戦える人はもっと少ないです」
「結構厳しいですの」
日御子が呟く。
「だが戦力が無い訳じゃありません」
のぶおはソリムドを見る。
「ソリムドさんがいます」
視線が集まった。
当の本人は特に反応しない。
「そんなに強いの?」
ふるーるが首を傾げる。
「市長が言ってました」
のぶおは答える。
「ソリムドさんがいなければ街はとっくに落ちていた、と」
その言葉に、さすがのアイザックも真面目な顔になる。
「ほーん」
「そんで、お前の異能は?」
ソリムドは少しだけ考えた。
そして答える。
「《可能性解放》」
「味方の身体能力を強くします」
「異能力も上がります」
日御子の目が僅かに見開かれた。
「かなり珍しい異能ですの」
戦場で極めて有用な能力。
軍師としての知識と経験がそう告げている。
改めて。
のぶおが全員を見渡す。
「依頼を受けます」
反対する者はいない。
「では準備ですの」
日御子が立ち上がる。
その瞳には、革命軍時代の軍師としての鋭さが宿っていた。
「状況を整理して作戦を立てますが」
「まずは街へ向かいますの」
◇
街へ向かう途中。
「街の外へはよく出ますの?」
日御子が尋ねる。
ソリムドは首を横に振った。
「ないです」
「生まれてからずっと」
少しだけ笑う。
「まあ、たまには外の景色も見てみたいですけどね」
その視線は遠くの地平線へ向いていた。
「でも僕がいなくなったら、あの街困るし」
すぐに肩を竦める。
「だから無理ですね」
◇
街へ到着したのは翌日の昼頃だった。
占領された砦が街に近いだけあって、空気は重い。
商店は開いているが。
道行く人々の表情は暗く、誰もが怯えていた。
(怯えた町は……革命前のヒノモトを思い出しますの)
「随分静かですの」
日御子が呟く。
のぶおが頷いた。
「傭兵団の連中が来る度に金や食料を持っていかれるそうです」
「自警団も負けましたからね」
ソリムドが付け加える。
街の入口では武装した男達が警戒を続けていた。
その数は決して多くない。
怪我人も目立つ。
戦力不足は明らかだった。
◇
市役所の執務室。
市長と、自警団の幹部らしき男が集まっていた。
日御子達が席に着くと、市長は深々と頭を下げた。
「お越しいただき感謝致します」
「挨拶は後ですの」
日御子は即座に言った。
「状況を説明してください」
市長は驚いた顔をした。
だがすぐに頷く。
机の上へ地図が広げられた。
「傭兵団は四十七名」
「自警団は二度の討伐に失敗しています」
「死者は?」
のぶおが尋ねる。
「十一名です」
室内が静まり返った。
決して小さい数字ではない。
「自警団長も戦死しました」
町長が苦い顔をする。
「副団長も重傷です」
「現在はソリムド君が残存兵力をまとめています」
日御子が思わずソリムドを見る。
「大変でしたの」
「別に」
ソリムドは表情を表に出さなかった。
「僕しかいなかったから」
それだけだった。
(まだ子供なのに……一人で背負わせてしまっている)
(私たちがここできっと解決して見せますの)
◇
説明を受け終わると。
日御子は地図を見つめた。
数十秒。
誰も声を掛けない。
革命軍の軍師だった日御子を知らないソリムドだけが、不思議そうな顔をしていた。
やがて。
口を開く。
「正面から行きますの」
アイザックが笑った。
「おう!」
「理由を聞きましょう」
のぶおが即座に突っ込む。
「聞かなくても勝てるなら良いだろ」
「良くありません」
「ですの」
日御子とのぶおの声が重なった。
アイザックは肩を竦める。
◇
「敵は元軍人です」
日御子は地図を指差した。
「砦も要塞化されている可能性が高いですの」
「ですが人数は多くありません」
「こちらは自警団を含めれば数で同等になりますの」
指が地図の上を滑る。
「自警団は四つに分けます」
「アイザック隊」
「鬼龍神隊」
「のぶお隊」
「もりやん隊」
四人が顔を上げた。
「それぞれ小隊長として指揮をお願いしますの」
「ソリムドさんは自警団の精鋭と行動」
「《可能性解放》で味方全体を支援してくださいですの」
ソリムドは静かに頷いた。
「分かりました」
日御子が立ち上がる。
「では、敵陣を確認しますの」
◇
砦の見える丘へ到着する。
風が吹く。
遠くには石造りの砦。
その周囲を見張りが巡回していた。
日御子は静かに目を閉じる。
「《王域》」
双眸に淡い光が灯る。
緑の走査線が広がり、周囲の情報が頭へ流れ込む。
同時に。
いつもの頭痛が走った。
最近は異能を使う度にどんどん酷くなっている。
それでも。
痛みを堪え。
「敵は四十七名ですの」
「弓兵六名」
「見張り三名」
「巡回二組」
自警団員達が驚いた顔をする。
「すげぇ……」
「本当に分かるのか……」
日御子はその情報を元に、作戦の説明をする。
すると。
隣でソリムドが前へ出る。
「もっと見えると思う」
「?」
「強化します」
ソリムドは右手を空へ掲げた。
「《可能性解放》」
瞬間。
世界が変わった。
「――っ!?」
日御子の身体がびくりと震える。
効果範囲が広がり。
情報の質まで変わった。
敵の位置。
建物構造。
装備。
鎧の継ぎ目。
今まで見えなかったものまで浮かび上がる。
まるで霧が晴れたように鮮明だった。
(これは……)
日御子の目が見開かれる。
「性能が向上しています!」
◇
(これなら勝てますの)
そう思った瞬間だった。
ずきり。
頭の奥に激痛が走る。
「っ!!」
視界が揺れた。
今まで経験した頭痛とは比べ物にならない。
脳を直接掻き回されるような痛み。
日御子は思わず膝をついた。
「日御子さん?」
ソリムドが振り返る。
返事ができない。
激痛はさらに強くなった。
鼻から血が流れる。
ぽたり。
地面へ赤い雫が落ちた。
「おい!」
アイザックが顔色を変える。
激痛はまだ終わらない。
それどころか。
耳の奥が熱い。
嫌な感覚。
次の瞬間。
耳からも血が流れた。
「なっ……」
のぶおが言葉を失う。
日御子自身も何が起きているのか分からなかった。
ただ。
頭の中に大量の情報が流れ込んでくる。
敵。
武器。
位置。
動き。
それだけではない。
知らない景色。
知らない声。
知らない記憶。
違う。
知らないはずなのに。
懐かしい。
◇
青空。
高い。
とても高い。
誰かの肩の上だった。
幼い日御子が笑っている。
「高いですのー!」
楽しそうな声。
その下で。
男が笑った。
「そうか」
優しい声だった。
温かい声だった。
大きな手が頭を撫でる。
懐かしい。
だが。
あり得ない。
そんな記憶は――
「お父……様……?」
日御子の唇から言葉が零れた。
(暴君だったはず)
(民を苦しめた王だったはずですの)
(それなのに)
(なぜ、こんな記憶が)
胸が痛かった。
悲しいのか。
苦しいのか。
それとも懐かしいのか。
日御子自身にも分からなかった。
◇
見張りが叫んだ。
「敵襲!」
砦の上から警鐘が鳴り響く。
ガン。
ガン。
ガン。
重い音が丘へ届いた。
傭兵団がこちらに気付いた。
砦の門が開く。
武装した男達が次々と姿を現した。
先頭には巨大な剣を担いだ大男。
黒狼のガルド。
その姿を見た瞬間。
アイザックが舌打ちする。
「来やがった」
「全隊、配置について!」
のぶおが叫ぶ。
自警団員達が武器を構えた。
だが。
日御子はもう立っていられなかった。
視界が白く染まる。
足から力が抜ける。
崩れ落ちる身体をソリムドが支えた。
「日御子さん」
返事はない。
完全に意識を失っていた。
◇
丘の下。
黒狼のガルドが立ち止まる。
鋭い視線が丘の上を見上げた。
倒れた少女。
慌てる周囲。
その様子を見て鼻で笑う。
「何だ」
巨大な剣を肩へ担ぐ。
「敵が勝手に倒れてるぞ」
その背後では傭兵団の兵士達が隊列を組み始めていた。
戦いが始まる。
軍師不在のまま。
日御子が立てた作戦だけを残して。
【第三十話 残された作戦】へ続く




