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おるすばん

 ヒノモト革命の記録。


 それは、何度読み返しても不自然だった。


 革命とは、民衆が支配者へ反旗を翻して起こるものだ。だが、資料に残されたヒノモト王国の評判は決して悪くない。少なくとも、戦時中とはいえ革命が起きるほど腐敗した国家には見えなかった。


 そして、日御子自身。


 ポリアンナは椅子へ深く腰掛け、出会ってから今までの姿を思い返す。


 困っている人を放っておけない。子供が好き。仲間を大切にする。戦いより対話を好む。そんな少女だった。


(とても革命家には見えません)


 もちろん、人は見かけによらない。裏の顔を持つ者もいる。だが、どうしても結び付かない。何かが欠けている。そんな感覚が消えない。


 ポリアンナは別の束へ手を伸ばす。今度は、人体実験施設から持ち出した研究資料だ。以前、咲夜姫に整理してもらったものだった。


 被験者番号。共鳴率。血液型。そして、出生地。


(……ん?)


 思わず手が止まった。


 ヒノモト王国。S型。


(……S型ですか。私と同じですね)


 次の資料へ目を移す。またヒノモト王国。そして、S型。


 もう一枚。そこにも、ヒノモト王国の文字。血液型はS型だった。


 ポリアンナの表情が変わる。


 もちろん、全員ではない。他国出身者もいる。他の血液型もいる。だが、ヒノモト出身の被験者に限って見れば、S型の割合が妙に多かった。


 ポリアンナは羊皮紙を引き寄せ、ヒノモト出身者だけを抜き出して血液型を書き並べていく。


 S型。S型。A型。S型。O型。S型。


 さらに資料を増やす。それでも傾向は変わらない。


(偶然……では説明できません)


 ポリアンナはペンを置いた。


 革命。日御子。人体実験。一見すると無関係な三つ。


「繋がりそうで……」


 小さく呟く。


「繋がりませんね」


 机へ視線を落とす。軍師としての勘が告げていた。この先に何かある。重要な何かが。


 だが、資料だけでは辿り着けない。


 ポリアンナは立ち上がる。


「行きましょうか」


 答えが資料の中にないのなら、現地へ行くしかない。


 ヒノモト王国へ。革命の跡地へ。そして、日御子が生まれ育った場所へ。


 そこに、足りない欠片がある気がしていた。


◇


 旅支度を整えていると、いきなり執務室の扉が開いた。


「私も行きます」


 聞き慣れた声だ。咲夜姫だった。


 ポリアンナは反射的に答える。


「駄目です」


「何故ですか」


「一人旅がしたいからです」


 咲夜姫は眉をひそめた。


「子供ですか」


「違います」


「駄々をこねています」


「こねていません」


 ポリアンナは咳払いした。


「私はですね。たまには一人で気楽な旅がしたいんです」


「気楽?」


「好きな時間に起きて、好きな店でご飯を食べて、昼寝して、無駄遣いして、宿でだらだらする。最高じゃないですか」


 咲夜姫は真顔だった。


「まるで駄目人間ですね」


「酷くないですか?」


 ポリアンナは胸を押さえた。


「それでも同行します」


「嫌です」


「同行します」


「ダメです」


「同行します!」


 しばらく沈黙。二人は無表情で見つめ合った。


 先に目を逸らしたのはポリアンナだった。


「なかなかに面倒臭いですね……」


「ありがとうございます」


「褒めていません」


 ポリアンナは少し考える。


「そもそも、何故そこまで来たいんです?」


 咲夜姫は即答した。


「秘書だからです」


「それは知っています」


「盟主の世話をする必要があります」


「自分でできます」


「無理です」


「できます」


 ポリアンナはため息を吐く。


「具体的に何が無理なんです?」


 咲夜姫は懐から手帳を取り出した。嫌な予感しかしない。


「昨年の出張」


「!」


「光る石を購入」


「うっ」


 咲夜姫は淡々と読み上げる。


「動く置物を購入」


「くっ」


「意味不明な壺を購入」


「……」


 咲夜姫は手帳を閉じる。


「全部無駄遣いです」


「言い方ぁ!」


 ポリアンナは頭を抱えた。


「それに」


 なぜか咲夜姫の目が輝く。ポリアンナは察した。


「ヒノモトには遺跡があります」


(やっぱりそうきましたか)


「行きませんよ」


「行きます」


「調査です」


「遺跡も調査対象です」


「違います」


「違いません」


 数分後、ポリアンナは椅子にもたれ掛かっていた。


「負けました……」


「ありがとうございます」


「まだ許可してません」


「ありがとうございます」


 ポリアンナは諦めた。これはもう連れて行くしかない。


「……好きにしてください」


「はい」


 咲夜姫は満面の笑みを浮かべた。まるで最初から勝利を確信していたような顔だった。


◇


 翌朝。NKJ本部前で、ポリアンナは旅支度を終えていた。


 隣には、当然のように咲夜姫が立っている。荷物の量はポリアンナの三倍だった。


「多くないですか」


「必要最低限です」


 咲夜姫は断言した。


 ポリアンナは横目で荷物を見る。調査セット、筆記用具、資料。そして、明らかに遺跡探索用の装備。


「ヒノモト調査ですよね?」


「はい」


「遺跡調査ではありません」


「はい」


 咲夜姫は目を逸らした。これは絶対行く気だ。


 見送りにはNKJの面々が集まっていた。


「気を付けて行ってこいよ」


 アイザックが手を振る。


「お土産!」


 ふるーるが元気よく叫ぶ。


「無茶しない」


 もりやんも小さく微笑む。


 その中で、日御子だけは少し申し訳なさそうだった。


「私のせいでご迷惑をお掛けしますの」


「気にしないでください」


 ポリアンナは首を横に振る。


「ヒノモトには元々興味がありましたから」


 そこで、少しだけ笑う。


「それに、日御子さんの事も知りたいですしね」


 日御子は少しだけ照れくさそうだった。


 出発しようとした時、ポリアンナは何となく振り返る。


 皆、妙に笑顔だった。


「……」


 ポリアンナは何かを察知した。


「何か企んでませんか?」


 全員が視線を逸らした。


「企んでますね?」


「気のせいだぞ!」


 ふるーるが食い気味に答えた。


 ポリアンナは深いため息を吐く。


「本部をお願いしますよ」


「任せろ!」


 その返事が一番不安だった。


「では行ってきます」


◇


 ポリアンナ達の姿が遠ざかっていく。全員が手を振る。鬼龍神までもが、小さく片手を上げていた。


 やがて、その姿が見えなくなる。


 鬼龍神は無言で空を見上げた。


「どうした?」


 アイザックが声を掛ける。


「別に」


 すかさず答えた。だが、何となく元気がない。


「体調悪いのか?」


「違う」


「咲夜姫がいなくて寂しいのか?」


 鬼龍神が固まった。数秒、完全停止。


「……違う」


 アイザックが、思わず吹き出す。


「お前分かりやす過ぎるだろ」


 鬼龍神は顔を背けた。


 日御子が不思議そうに首を傾げる。


「鬼龍神さんと咲夜姫さんは仲良しですの?」


「片方だけ、な」


 アイザックが即答した。


◇


 見送りを終え、皆が食堂で一息ついていた時だった。


 ふるーるが勢いよく立ち上がった。


「よし! 副盟主命令だ!」


「やな予感」


 もりやんがぼそりと呟く。


 ふるーるは満面の笑みだった。


「ポリアンナ驚かせ大作戦を開始する!」


「何ですのそれ」


「帰ってきた時、びっくりさせるぞ!」


「面白そうですの!」


 日御子が即座に食い付いた。


「……ノリノリじゃないですか」


 のぶおが呆れるが、もう遅い。


「まずは本部を改造する!」


「どうしてですの?」


「サプライズだ!」


「じゃあ裏庭にプール作ろうぜ」


 アイザックが言った。


「夏になったら使えるぞ!」


「良い案ですの!」


 日御子も頷く。だが、次の瞬間、手を上げた。


「待つですの。噴水の方が素敵ですの」


「いやプールだろ」


 のぶおがやれやれといった表情を浮かべる。


「子供ですかあなた達」


 二人は睨み合い、結局ジャンケンで決めることになった。


「勝ちましたのー!」


 勝者、日御子。


「くそっ!」


 アイザックはそう言いながら、ふと思った。


(最近の日御子はよく笑う)


 最初に出会った頃は違った。どこか張り詰めていて、いつも何かに追われているようだった。だが今は、子供みたいな顔で喜んでいる。


 その姿を見ていると、少しだけ安心した。


「では作りますの!」


 それから数日。NKJは大規模な工事現場と化した。

 止める者はいなかった。会計を預かるふぉろんたいごは、賞金が消えたあの日から熱を出し、自室で寝込んでいる。


 もりやんが地面を整え、アイザックと鬼龍神が資材を運ぶ。のぶおは何故か工事全体の指揮を取執らされ、子供たちまで面白がって手伝い始めた。


 ふるーるだけは何もしていない。


「副盟主だからな!」


 意味は分からなかった。


◇


 そして、完成した。


 本部前には巨大なポリアンナ像。本人よりカッコいい。執務室は無駄に広くなり、本部全体は何故か淡いピンク色に塗り替えられている。


 そして裏庭には、巨大な噴水。


 しかも夜になると七色に光る。


「完璧ですの!」


 日御子が胸を張った。


「プールの方が良かっただろ……」


 アイザックはまだ諦めていなかった。


「噴水ですの!」


 黒猫は七色に輝く噴水と日御子を交互に見つめる。


「にゃあ……」


 どこか呆れたような鳴き声だった。


「帰ってきたら喜びますかね?」


 のぶおが不安そうに尋ねる。


「喜ぶぞ!」


 ふるーるが断言する。


「多分な!」


「絶対怒られますの」


「だよな」


「……何の騒ぎですか」


 かすれた声に、全員が振り返った。


 毛布を肩に掛けたふぉろんたいごが、本部の入口に立っていた。ようやく起き上がれるようになったらしく、顔色はまだ悪い。


 その目が、ピンク色に塗られた本部を見上げる。その視線がポリアンナ像に移り、七色に光る噴水を見る。


「これ、全部で……いくら……」


 答えを聞く前に、ふぉろんたいごの身体が後ろへ傾いた。


「ふぉろさん!?」


 アイザックが慌てて抱き留める。額に手を当てた途端、その顔が引きつった。


「熱がぶり返してんぞ!」


「なんでやねん……」


 それきり、ふぉろんたいごは動かなくなった。


 日御子は噴水を見上げ、それから周囲へ視線を巡らせた。


「許してもらえる確率は――0パーセントってとこですの」


 アイザックが目を瞬く。


「……お前、ポリアンナに似てきたな」


「退路を探しますの」


「もう探してんのかよ」


 どうやら、この戦いに勝ち目はないようだった。


◇


 その頃。


 ポリアンナと咲夜姫は、帝国の支配下となった旧ヒノモト領へ足を踏み入れていた。


 街道の先には、遠く王都の城壁が見える。


 かつて革命軍と王国軍が戦い、多くの血が流れた場所。


 そして、日御子が自ら父王を討った国。


 ポリアンナは足を止め、静かにその景色を見つめた。


「ここが……ヒノモトですか」


「はい」


 咲夜姫が短く答える。


 ポリアンナは懐から一枚の資料を取り出した。


 外から集めた記録を、ここへ来るまで何度も読み返している。


 革命が起きたはずの国。


 暴君が支配していたはずの国。


 それなのに――。


「やはり、何かがおかしいですね」


 風が吹き抜け、紙の端を揺らした。


 ポリアンナは資料を畳む。


「調べましょう」


 革命の跡地へ。


 日御子が信じていた世界の、その内側へ。



【第二十六話 神殺し】へ続く


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