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隣に立っていた

謁見が終わった後。


パルパティーンは廊下を歩くリリアナの背中を見つめていた。


呼び止めるべきか。


やめるべきか。


そんな事を考えている時点で、自分らしくないと思う。


昔なら迷わなかった。


言いたい事があれば言う。


気に入らなければ殴る。


それで済んだ。


だが。


相手がリリアナとなると話は別だった。


「リリアナ」


彼女は足を止めた。


振り返る。


いつも通りの表情。


「何ですか」


そのいつも通りが、今は酷く遠く感じた。


「少し話がある」


リリアナは少し考える。


だが断らなかった。


「構いません」


その返事に何故か少しだけ安心する。


まだ話は聞いてくれるらしい。


相変わらずだ。


一度決めたら、絶対に考えを曲げない。


昔からそうだった。


初めて帝都へ行くと決まった日も――

「お前、合格しちまったな」


まだ若かった頃。


帝都行きの馬車の前で、パルパティーンはそう言った。


リリアナは振り返る。


十六歳。


まだ幼さの残る顔だった。


「自分でもびっくりしてる」


まだ、少し信じられないような顔をしていた。


「帝国には優秀な研究者が沢山いるの」


「これで、好きな研究が思い切りできるわ!」


その瞳は真っ直ぐ前を見ていた。


昔からそうだった。


リリアナは賢かった。


誰よりも努力家だった。


「そうか」


パルパティーンは頭を掻く。


本当は止めたかった。


帝都は遠い。


危険も多い。


だが。


リリアナは決めた事を変えない。


それも知っていた。


「本当に一人で大丈夫か?」


「お前は一度決めたら、人の話を一切聞かなくなるからな」


「周りが見えなくなっちまう、悪い癖だ」


リリアナは頬を膨らませる。


「ちょっと失礼だよ」


抗議するように、じろりと睨む。


だが。


数秒。


ふと、考え込むように視線を落とした。


「……もしかしたら」


「そういうところが、あるのかもしれないね」


「自分では」


「自分の事を、客観的に見られなくて」


その声は、少しだけ真面目だった。


すぐに。


いつもの調子で、悪戯っぽく笑う。


「じゃあさ」


「私が間違った時は」


「どこにいても」


「パルが止めに来てね」


「……っ」


パルパティーンは、思わず視線を逸らした。


「知るか」


ぶっきらぼうに答える。


耳の先が、少しだけ赤くなっていた。


「身体には気を付けろよ」


「もう子供じゃありません」


リリアナは少しだけ笑った。


その笑顔を見たのは、それが最後だった。



数年後。


帝都。


帝国諜報局の近くにある食堂。


久しぶりに再会したリリアナはまるで別人のようだった。


最初は気付かなかった。


声を掛けられて初めて分かった。


「パルパティーン?」


振り返った瞬間。


心臓が苦しくなった。


彼女は笑っていた。


だが。


その笑顔はどこか無理をしていた。


頬は痩せている。


目の下には濃い隈。


指先にはインクの染み。


(このまま放っておいたらダメだ)


とても見ていられなかった。



俺がここに来た最初の頃は酷かった。


研究室へ顔を出す度に机へ齧り付いている。


食事を忘れる。


睡眠を忘れる。


気付けば丸一日研究室から出てこない事もあった。


「帰るぞ」


そう言っても。


「もう少し」


と返される。


だからある日。


椅子ごと担いで研究室から連れ出した。


「何するんですか!」


「うるせえ!」


「まだ終わってません!」


「お前が終わっちまうんだよ!」


食堂まで引きずって行き。


無理やり飯を食わせた。


リリアナは最後まで文句を言っていた。


だが。


翌日になると何事も無かったように研究室へ戻っていた。


昔から、そういう奴だった。


一人で抱え込む。


限界を超えて頑張る。


力になってやりたかった。


だから帝国へ入る事を決めた。


別に出世したかった訳じゃない。


帝国へ忠誠を誓った訳でもない。


(ただ、こいつの隣に立って)


(支えてやりたかったんだ)


パルパティーンは小さく息を吐いた。


あの頃の想いは。


今も何一つ変わっていない。


だからこそ。


今日だけは、このまま見過ごせなかった。



二人が向かったのは帝城の庭園だった。


夜風が、静かに辺りを吹き抜けていく。


遠くで噴水の音が聞こえていた。


人影は無い。


話をするには都合が良かった。


しばらく沈黙が続く。


先に口を開いたのはリリアナだった。


「それで」


「何の話ですか」


パルパティーンは頭を掻く。


考えていた言葉が上手く出てこない。


結局。


最初に出たのは全く別の言葉だった。


「最近寝てるか」


リリアナが瞬きをする。


予想外だったのだろう。


「寝ています」


即答だった。


「嘘つけ」


「嘘ではありません」


パルパティーンは苦笑した。


「昔から、無理してる時ほどそう言うよな」


リリアナは首を傾げる。


理解できないという顔だった。


だが。


その表情を見ているだけで少し安心した。


(まだ残っている、少なくとも今は)


(昔のリリアナの面影が)


「仕事の話ではないのですか」


「ああ」


パルパティーンは頷く。


そして。


ようやく本題を切り出した。


「研究をやめろとは言わねえ」


リリアナの表情が変わる。


「少し休め」


即答だった。


リリアナは数秒沈黙する。


やがて。


呆れたように息を吐いた。


「その話ですか」


「その話だ」


「必要ありません」


「必要はある」


子供の喧嘩みたいだった。


どちらも引かなかった。


「私は忙しいんです」


「そうだな」


「なら――」


「だから休めって言ってんだ」


リリアナが口を閉じる。


夜風が、言葉にならない想いを攫っていく。


しばらくの沈黙。


そして。


「何故ですか」


静かな声だった。


「何故そこまで言うんですか」


パルパティーンは答えない。


答えられない。


何故か。


(そんなもの決まってるだろ)


今さら言える訳がない。


だから。


別の言葉を伝えた。



「お前」


「最近おかしいぞ」


「とても見てられねえんだよ」


リリアナの表情から感情が消えた。


「おかしい?」


「ああ」


「どこがですか」


「全部だ」


その瞬間。


空気が変わった。


夜風だけが静かに吹いている。


リリアナは無表情だった。


「具体的にお願いします」


「本気で言ってんのか」


「はい」


パルパティーンは頭を掻いた。


何から言えばいい。


あり過ぎて分からない。


「人体実験だ」


結局。


一番分かりやすい所から切り出した。


「昔のお前なら絶対にやらなかった」


リリアナは眉一つ動かさない。


「必要です」


「そういう話じゃねえ」


「研究には犠牲が伴います」


「だからそれだよ」


思わず声が大きくなる。


「昔のお前ならそんな事言わなかった」


リリアナは小さく息を吐いた。


まるで。


聞き分けの無い子供を相手にしているようだった。


「昔の話ですね」


「覚えてるだろ」


パルパティーンは睨む。


「研究所の事故」


「助手が怪我した時」


「お前、三日も寝れなかったじゃねえか」


「自分の責任だって泣いてた」


「忘れたのか」


リリアナは少しだけ目を伏せた。


「忘れていません」


「なら――」


「だから何ですか」


パルパティーンの言葉が止まる。


リリアナは顔を上げた。


その瞳には迷いが無かった。


「確かに昔はそうでした」


「ですが結果は何も変わらなかった」


「泣いても」


「悩んでも」


「誰も救えなかった」


静かな声だった。


だが。


その言葉は重かった。


「今は違います」


「研究は進み、成果も出ています」


「帝国は確実に前へ進んでいます」


「そのための犠牲です」


パルパティーンは歯を食いしばる。


(話が通じねぇ)


(いや、噛み合ってねぇ)


見ている世界そのものが違う。


「陛下は何も頼んでねえだろ」


リリアナが僅かに反応する。


初めてだった。


「そこまでやれと言ってねえ」


「人体実験しろとも言ってねえ」


「なのに何でそこまでやる」


リリアナは答えない。


パルパティーンは続ける。


「二十四時間働いて」


「飯も食わねえで」


「寝る時間も削って」


「何でだ」


噴水の音だけが響く。


やがて。


リリアナは静かに口を開いた。


「陛下が」


その声は。


今までで一番優しかった。


「陛下が私を認めてくださいました」


パルパティーンは目を閉じる。


(やっぱりか)


(そんな気がしてた)


「初めてだったんです」


「私に価値があると言ってくださったのは」


「私の研究を必要だと言ってくださったのは」


「だから私は応えたい」


「期待に応えたい」


「それだけです」


パルパティーンは頭を振る。


違う。


そうじゃない。


「リリアナ」


「それは違う」


「何がですか」


「お前は――」


言葉に詰まる。


何と言えばいい。


どうすれば届く。


分からなかった。


「お前は陛下のために生きてるのか」


リリアナは即答した。


「はい」


迷いも無く。


当然のように。


パルパティーンの胸が冷える。


「帝国は」


「陛下の理想を実現するための手段です」


「研究もそのためです」


「私はそのために働いています」


そこに。


世界は無かった。


民も無かった。


帝国すら無かった。


ただ一人。


天帝だけだった。


「そこまでか」


パルパティーンが呟く。


「そこまでです」


リリアナは頷く。


「そのせいで世界が滅んだとしてもか」


夜風が二人の間を静かに吹き抜けていった。


初めて。


リリアナは少し考えた。


だが。


答えは変わらなかった。


「陛下が望まれるなら」


時が止まった気がした。


パルパティーンは何も言えなかった。


(終わったな)


(今ので全て終わった)


もう届かない。


目の前にいるのに。


手を伸ばせば届く距離にいるのに。


何も届かない。


リリアナは頭を下げた。


「失礼します」


それだけ言って歩き出す。


引き止めなかった。


引き止められなかった。


遠ざかる背中を見つめる。


昔と変わらない背中。


昔と変わらない歩き方。


それなのに。


まるで別人だった。



夜。


帝都の外れ。


パルパティーンは一人で空を見上げていた。


冷たい風が吹く。


頭の中では何度も同じ言葉が繰り返されていた。


「『陛下が望まれるなら』、か」


思わず笑う。


乾いた笑いだった。


近くにいるだけでは駄目だった。


そんな事は分かっていたはずなのに。


(俺は勘違いしていた)


(あいつの隣に立っているつもりだった)


(あいつの支えになっているつもりだった)


隣に立ちたかった。


ただ、それだけだった。


友としてなのか。


それ以上の何かなのか。


自分でも、確かめた事はなかった。


だが。


(俺の言葉は)


(俺の想いは)


(あいつに届かなかった)


(あいつは俺の知らない場所まで行っちまった)


パルパティーンは目を閉じる。


今のままでは駄目だ。


隣にいるだけでは。


同じ景色を見ているだけでは。


何も変えられなかった。


だから。


パルパティーンは静かに踵を返す。


もう決めていた。


ここを去ろう、と。



【第二十六話 居場所】へ続く

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