亀裂
あの頃。
パルパティーンはまだ若かった。
特務局へ入って数年。
《模倣》。
他人の異能をコピーする能力。
強力だった。
実際。
多くの異能者を倒してきた。
負ける気などしなかった。
そして。
帝国最強と呼ばれる男がいると聞いた。
ヴァルダー・レオニス。
《神殺し》。
その異能を聞いた時。
思った。
簡単だと。
コピーすればいい。
それだけだ。
◇
訓練場。
若いパルパティーンは剣を抜いた。
向かいにはヴァルダー。
今と変わらない顔。
今と変わらない無表情。
「始めるぞ」
「勝ったら最強の座は譲ってもらうぞ」
「好きにしろ」
「何だその言い方」
返事は無かった。
腹が立った。
だから。
本気で勝とうと思った。
◇
戦闘開始と同時。
パルパティーンは地を蹴り、一瞬で間合いを詰める。
そしてヴァルダーの腕に軽く触れる。
パルパティーンは異能を発動した。
《模倣》。
触れた相手の異能をコピーする。
《神殺し》。
コピー完了。
その瞬間。
勝利を確信した。
同じ能力なら負ける理由がない。
そう思った。
◇
結果から言えば。
一分も持たなかった。
「――っ!?」
気付けば地面に転がっていた。
首筋に剣。
敗北。
何が起きたか理解できなかった。
立ち上がる。
もう一度。
今度こそ。
《神殺し》を発動する。
ヴァルダーを見る。
異能が消える。
ここまでは同じ。
勝てる。
そう思った。
だが。
ヴァルダーは迷わず踏み込んできた。
「なっ!?」
剣を合わせる。
重い。
異常に重い。
押し返される。
そして。
一瞬だけ視界を外され。
左腕を掴まれた。
たったそれだけで。
異能が消えた。
完全に。
「……は?」
視界には入っている。
なのに使えない。
何度試しても発動しない。
ヴァルダーの《神殺し》は二段階。
視界に入った相手の異能を封じる。
そして。
触れた相手の異能を一定期間封印する。
知らなかった。
だから負けた。
いや。
最初から《神殺し》を使われてたら完封されていた。
それをあえて使わずに。
俺の技量を計っていたのだ。
それに。
神殺しをコピーしても。
元の使い手には勝てなかった。
「お前のコピー、不完全だろ」
完全に見抜かれていた。
敗北後。
初めて気がついた。
異能は関係ない。
それ以外の実力で既に負けていた。
こいつは強い。
ただそれだけだった。
◇
パルパティーンは小さく笑った。
「結局あれから一回も勝ててねぇな」
「そうか」
「そうだよ」
しばらく沈黙が続く。
パルパティーンは窓の外を眺めていた。
帝都の夜景。
いつもと変わらない。
にも関わらず。
どこか落ち着かない。
そんな様子を見ていたヴァルダーが口を開いた。
「あの女は最近どうだ」
リリアナの事だった。
「……なんだよ急に」
パルパティーンは目を瞬く。
「そういや、あいつは昨日も研究室で寝てたな」
「毛布を掛けてやったけど」
ヴァルダーが半ば呆れたように言う。
「たしか昔の馴染みだったか」
「お前、前からあの女の事よく見てるだろ」
図星だった。
パルパティーンは苦笑する。
「見てるつもりはねぇよ」
「そうか」
興味無さそうな返事。
だが。
確実に見抜かれていた。
◇
「なぁ」
パルパティーンが口を開く。
「最近のあいつさ、なんか変じゃねぇか?」
そこで初めて。
リリアナの事を考える。
(昔はもっと笑っていた)
(もっと人間らしかった)
だが今は違う。
「陛下のためです」
その言葉ばかりだ。
まるで。
自分自身が消えてしまったみたいに。
ヴァルダーは少し考えてから答えた。
「興味ない」
「だろうな」
苦笑する。
期待した自分が馬鹿だった。
しかし。
次の言葉だけは少し意外だった。
「気になるなら見ておけ」
パルパティーンは目を瞬く。
「随分まともな事言うじゃねぇか」
再び沈黙が落ちる。
◇
パルパティーンは窓の夜景を見つめた。
(気になる)
(なぜだ)
帝国の方針が気に入らない訳じゃない。
人体実験も今更だ。
そんなものは昔からあった。
なのに。
リリアナの事だけは。
妙に引っ掛かる。
◇
ふと思い出した。
まだ何者でもなかった頃。
誰よりも必死に働いていた少女。
誰にも頼れず。
誰にも弱音を吐けず。
それでも前を向いていた少女。
だから。
側にいた。
だから。
帝国へ着いてきた。
「……ああ」
パルパティーンは小さく呟く。
ようやく思い出した。
「そうだったな」
「俺は――」
言葉はそこで途切れた。
その続きを。
パルパティーン自身は理解していた。
(俺は)
(あいつを放っておけなかったんだ)
◇
◇
巨大な扉が開く。
帝国中枢。
謁見の間。
赤い絨毯が玉座まで真っ直ぐ伸びている。
その先。
黄金の玉座へ腰掛ける男。
天帝。
エテルナを統べる絶対の支配者。
幹部達が一斉に跪く。
アルベルト・アイゼン。
軍務局局長。
帝国軍最高責任者。
ヴァルダー・レオニス。
特務局局長。
帝国最強の異能者。
そして。
リリアナ・ノクス。
諜報局局長。
共鳴率研究の責任者。
その後ろには側近達が並ぶ。
帝国を支える中核戦力。
総勢九名。
パルパティーンもその一人だった。
「始めろ」
天帝が告げる。
それが開始の合図だった。
◇
最初に報告したのは軍務局だった。
北方戦線。
兵站。
補給計画。
淡々と報告が続く。
天帝は短く頷く。
「そうか」
それで終わった。
◇
続いて特務局。
「反乱軍を一つ潰した」
「被害は」
「無し」
「そうか」
それで報告は終わった。
相変わらずだった。
思わずパルパティーンが苦笑する。
◇
最後。
リリアナが一歩前へ出た。
その瞬間。
パルパティーンの表情が僅かに曇る。
「共鳴率上昇実験についてご報告します」
リリアナは頭を下げた。
だが。
その声はどこか弾んでいた。
まるで。
待ち望んでいた発表でもするかのように。
◇
「現在までに327名の被験者を用いた検証を実施致しました」
「そのうち124名に共鳴率の上昇を確認しています」
側近達の間にざわめきが広がる。
共鳴率。
帝国で最近研究されている新しい基準だ。
異能の出力。
そして他者の異能との反応性。
それらに大きく関わるとされている。
「また、共鳴率上昇者の七割において異能出力の向上を確認しました」
「平均上昇率は22%」
「最大で45%です」
リリアナの口元が僅かに緩む。
声には高揚が滲んでいた。
「従来の理論では説明できない結果です」
「異能そのものの在り方を書き換えられる可能性すらあります」
「共鳴率研究は帝国の未来を大きく変えるでしょう」
その瞳は輝いていた。
研究者としての興奮。
だが。
どこか熱に浮かされたようにも見えた。
パルパティーンはその表情を見ていた。
(昔から知っている)
(研究が上手くいった時の顔だ)
だが。
今は違う。
胸の奥に言いようのない不安が広がる。
「興味深い成果ですね」
ユリウスが呟く。
リリアナは嬉しそうに頷いた。
「はい」
「私の理論通りでした」
「共鳴率は後天的に上昇可能です」
「更なる検証が進めば、異能者全体の戦力向上も期待できます」
その声には確かな熱があった。
◇
「被験者の死亡率は」
アルベルトが口を開く。
空気が変わった。
リリアナは迷わず答える。
「37%です」
謁見の間が静まり返る。
だが。
リリアナは続けた。
「成果を考慮すれば、この程度は許容範囲かと」
アルベルトの眉間に深い皺が刻まれる。
「この程度?」
低い声だった。
「100人以上が死んでいる」
「それを許容範囲と言うのか」
「研究には犠牲が伴います」
リリアナは即答した。
「得られる成果はそれ以上の価値があります」
「今後の帝国に必要な研究です」
アルベルトは首を振る。
「俺はそうは思わん」
謁見の間の空気が張り詰める。
側近達も口を閉ざした。
「人体実験など認めるべきではない」
「どれほど成果があろうとだ」
「帝国は民を守るために存在するのだ」
「民の命を材料にして得た力に価値など無い」
リリアナは僅かに目を細めた。
「ですが成果は出ています」
「帝国は確実に強くなります」
「そのために必要な犠牲です」
「必要な犠牲、か」
アルベルトの声は重かった。
「いつからそんな事を言うようになった」
リリアナは答えない。
答える必要が無いとでも言うように。
アルベルトは小さく目を閉じた。
昔のリリアナを知っている。
誰かが傷付けば真っ先に駆け寄った。
研究中に事故が起きれば、自分を責めて眠らなくなるような娘だった。
だからこそ。
今の言葉が信じられなかった。
「……そうか」
それだけだった。
だが。
失望にも似た感情が滲んでいた。
◇
リリアナはただ静かに天帝を見ていた。
天帝だけを。
その姿を見て。
パルパティーンは目を伏せる。
昔のリリアナなら。
こんな研究は引き受けなかった。
人体実験など論外だと怒ったはずだ。
結果のために人を犠牲にするなど間違っていると。
誰よりも強く言ったはずだ。
それがリリアナだった。
だから分からない。
(目の前の女は誰だ?)
少なくとも。
パルパティーンの知るリリアナではなかった。
「研究は順調です」
その瞳は真っ直ぐだった。
「共鳴率上昇理論は完成に近付いています」
「更なる検証を進めれば、より大きな成果が期待できます」
「必ず成果をお見せします」
「陛下が望まれる未来のために」
「研究はまだ先へ進めます」
「次はもっと大きな成果を」
リリアナの声には確信があった。
まるで。
それだけが生きる理由であるかのように。
天帝は静かに聞いていた。
そして。
短く答える。
「好きにしろ」
それだけだった。
命令ではない。
賞賛でもない。
ただの一言。
だが。
リリアナは心から嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
その笑顔を見た瞬間。
パルパティーンの背筋を冷たいものが走った。
(何かが違う)
(陛下は何も命じていない)
(それなのに)
(どうしてそんな顔ができる)
(まるで)
(その一言のためだけに生きているみたいじゃないか)
◇
「以上です」
報告が終わる。
謁見も終了した。
幹部達が立ち上がる。
側近達も退室を始める。
パルパティーンは黙ったまま歩いていた。
リリアナの背中を見つめながら。
違和感。
不安。
苛立ち。
そして恐怖。
その正体をようやく理解した。
リリアナは変わってしまったんじゃない。
変わり続けているんだ。
今この瞬間も。
少しずつ。
少しずつ。
自分の知っているリリアナじゃなくなっている。
「リリアナ」
廊下で呼び止める。
リリアナが振り返った。
「何ですか」
いつも通りの声。
いつも通りの表情。
だが。
パルパティーンには遠く感じた。
「……あとで時間あるか」
リリアナは少しだけ首を傾げる。
「構いませんが」
「そうか」
短く答える。
今ここで話せば。
きっと引き返せなくなる。
そんな気がした。
【第二十五話 隣に立っていた】へ続く




