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亀裂

あの頃。


パルパティーンはまだ若かった。


特務局へ入って数年。


模倣コピーキャット》。


他人の異能をコピーする能力。


強力だった。


実際。


多くの異能者を倒してきた。


負ける気などしなかった。


そして。


帝国最強と呼ばれる男がいると聞いた。


ヴァルダー・レオニス。


《神殺し》。


その異能を聞いた時。


思った。


簡単だと。


コピーすればいい。


それだけだ。



訓練場。


若いパルパティーンは剣を抜いた。


向かいにはヴァルダー。


今と変わらない顔。


今と変わらない無表情。


「始めるぞ」


「勝ったら最強の座は譲ってもらうぞ」


「好きにしろ」


「何だその言い方」


返事は無かった。


腹が立った。


だから。


本気で勝とうと思った。



戦闘開始と同時。


パルパティーンは地を蹴り、一瞬で間合いを詰める。


そしてヴァルダーの腕に軽く触れる。


パルパティーンは異能を発動した。


《模倣》。


触れた相手の異能をコピーする。


《神殺し》。


コピー完了。


その瞬間。


勝利を確信した。


同じ能力なら負ける理由がない。


そう思った。



結果から言えば。


一分も持たなかった。


「――っ!?」


気付けば地面に転がっていた。


首筋に剣。


敗北。


何が起きたか理解できなかった。


立ち上がる。


もう一度。


今度こそ。


《神殺し》を発動する。


ヴァルダーを見る。


異能が消える。


ここまでは同じ。


勝てる。


そう思った。


だが。


ヴァルダーは迷わず踏み込んできた。


「なっ!?」


剣を合わせる。


重い。


異常に重い。


押し返される。


そして。


一瞬だけ視界を外され。


左腕を掴まれた。


たったそれだけで。


異能が消えた。


完全に。


「……は?」


視界には入っている。


なのに使えない。


何度試しても発動しない。


ヴァルダーの《神殺し》は二段階。


視界に入った相手の異能を封じる。


そして。


触れた相手の異能を一定期間封印する。


知らなかった。


だから負けた。


いや。


最初から《神殺し》を使われてたら完封されていた。


それをあえて使わずに。


俺の技量を計っていたのだ。


それに。


神殺しをコピーしても。


元の使い手には勝てなかった。


「お前のコピー、不完全だろ」


完全に見抜かれていた。


敗北後。


初めて気がついた。


異能は関係ない。


それ以外の実力で既に負けていた。


こいつは強い。


ただそれだけだった。



パルパティーンは小さく笑った。


「結局あれから一回も勝ててねぇな」


「そうか」


「そうだよ」


しばらく沈黙が続く。


パルパティーンは窓の外を眺めていた。


帝都の夜景。


いつもと変わらない。


にも関わらず。


どこか落ち着かない。


そんな様子を見ていたヴァルダーが口を開いた。


「あの女は最近どうだ」


リリアナの事だった。


「……なんだよ急に」


パルパティーンは目を瞬く。


「そういや、あいつは昨日も研究室で寝てたな」


「毛布を掛けてやったけど」


ヴァルダーが半ば呆れたように言う。


「たしか昔の馴染みだったか」


「お前、前からあの女の事よく見てるだろ」


図星だった。


パルパティーンは苦笑する。


「見てるつもりはねぇよ」


「そうか」


興味無さそうな返事。


だが。


確実に見抜かれていた。



「なぁ」


パルパティーンが口を開く。


「最近のあいつさ、なんか変じゃねぇか?」


そこで初めて。


リリアナの事を考える。


(昔はもっと笑っていた)


(もっと人間らしかった)


だが今は違う。


「陛下のためです」


その言葉ばかりだ。


まるで。


自分自身が消えてしまったみたいに。


ヴァルダーは少し考えてから答えた。


「興味ない」


「だろうな」


苦笑する。


期待した自分が馬鹿だった。


しかし。


次の言葉だけは少し意外だった。


「気になるなら見ておけ」


パルパティーンは目を瞬く。


「随分まともな事言うじゃねぇか」


再び沈黙が落ちる。



パルパティーンは窓の夜景を見つめた。


(気になる)


(なぜだ)


帝国の方針が気に入らない訳じゃない。


人体実験も今更だ。


そんなものは昔からあった。


なのに。


リリアナの事だけは。


妙に引っ掛かる。



ふと思い出した。


まだ何者でもなかった頃。


誰よりも必死に働いていた少女。


誰にも頼れず。


誰にも弱音を吐けず。


それでも前を向いていた少女。


だから。


側にいた。


だから。


帝国へ着いてきた。


「……ああ」


パルパティーンは小さく呟く。


ようやく思い出した。


「そうだったな」


「俺は――」


言葉はそこで途切れた。


その続きを。


パルパティーン自身は理解していた。


(俺は)


(あいつを放っておけなかったんだ)




巨大な扉が開く。


帝国中枢。


謁見の間。


赤い絨毯が玉座まで真っ直ぐ伸びている。


その先。


黄金の玉座へ腰掛ける男。


天帝。


エテルナを統べる絶対の支配者。


幹部達が一斉に跪く。


アルベルト・アイゼン。


軍務局局長。


帝国軍最高責任者。


ヴァルダー・レオニス。


特務局局長。


帝国最強の異能者。


そして。


リリアナ・ノクス。


諜報局局長。


共鳴率研究の責任者。


その後ろには側近達が並ぶ。


帝国を支える中核戦力。


総勢九名。


パルパティーンもその一人だった。


「始めろ」


天帝が告げる。


それが開始の合図だった。



最初に報告したのは軍務局だった。


北方戦線。


兵站。


補給計画。


淡々と報告が続く。


天帝は短く頷く。


「そうか」


それで終わった。



続いて特務局。


「反乱軍を一つ潰した」


「被害は」


「無し」


「そうか」


それで報告は終わった。


相変わらずだった。


思わずパルパティーンが苦笑する。



最後。


リリアナが一歩前へ出た。


その瞬間。


パルパティーンの表情が僅かに曇る。


「共鳴率上昇実験についてご報告します」


リリアナは頭を下げた。


だが。


その声はどこか弾んでいた。


まるで。


待ち望んでいた発表でもするかのように。



「現在までに327名の被験者を用いた検証を実施致しました」


「そのうち124名に共鳴率の上昇を確認しています」


側近達の間にざわめきが広がる。


共鳴率。


帝国で最近研究されている新しい基準だ。


異能の出力。


そして他者の異能との反応性。


それらに大きく関わるとされている。


「また、共鳴率上昇者の七割において異能出力の向上を確認しました」


「平均上昇率は22%」


「最大で45%です」


リリアナの口元が僅かに緩む。


声には高揚が滲んでいた。


「従来の理論では説明できない結果です」


「異能そのものの在り方を書き換えられる可能性すらあります」


「共鳴率研究は帝国の未来を大きく変えるでしょう」


その瞳は輝いていた。


研究者としての興奮。


だが。


どこか熱に浮かされたようにも見えた。


パルパティーンはその表情を見ていた。


(昔から知っている)


(研究が上手くいった時の顔だ)


だが。


今は違う。


胸の奥に言いようのない不安が広がる。


「興味深い成果ですね」


ユリウスが呟く。


リリアナは嬉しそうに頷いた。


「はい」


「私の理論通りでした」


「共鳴率は後天的に上昇可能です」


「更なる検証が進めば、異能者全体の戦力向上も期待できます」


その声には確かな熱があった。



「被験者の死亡率は」


アルベルトが口を開く。


空気が変わった。


リリアナは迷わず答える。


「37%です」


謁見の間が静まり返る。


だが。


リリアナは続けた。


「成果を考慮すれば、この程度は許容範囲かと」


アルベルトの眉間に深い皺が刻まれる。


「この程度?」


低い声だった。


「100人以上が死んでいる」


「それを許容範囲と言うのか」


「研究には犠牲が伴います」


リリアナは即答した。


「得られる成果はそれ以上の価値があります」


「今後の帝国に必要な研究です」


アルベルトは首を振る。


「俺はそうは思わん」


謁見の間の空気が張り詰める。


側近達も口を閉ざした。


「人体実験など認めるべきではない」


「どれほど成果があろうとだ」


「帝国は民を守るために存在するのだ」


「民の命を材料にして得た力に価値など無い」


リリアナは僅かに目を細めた。


「ですが成果は出ています」


「帝国は確実に強くなります」


「そのために必要な犠牲です」


「必要な犠牲、か」


アルベルトの声は重かった。


「いつからそんな事を言うようになった」


リリアナは答えない。


答える必要が無いとでも言うように。


アルベルトは小さく目を閉じた。


昔のリリアナを知っている。


誰かが傷付けば真っ先に駆け寄った。


研究中に事故が起きれば、自分を責めて眠らなくなるような娘だった。


だからこそ。


今の言葉が信じられなかった。


「……そうか」


それだけだった。


だが。


失望にも似た感情が滲んでいた。



リリアナはただ静かに天帝を見ていた。


天帝だけを。


その姿を見て。


パルパティーンは目を伏せる。


昔のリリアナなら。


こんな研究は引き受けなかった。


人体実験など論外だと怒ったはずだ。


結果のために人を犠牲にするなど間違っていると。


誰よりも強く言ったはずだ。


それがリリアナだった。


だから分からない。


(目の前の女は誰だ?)


少なくとも。


パルパティーンの知るリリアナではなかった。


「研究は順調です」


その瞳は真っ直ぐだった。


「共鳴率上昇理論は完成に近付いています」


「更なる検証を進めれば、より大きな成果が期待できます」


「必ず成果をお見せします」


「陛下が望まれる未来のために」


「研究はまだ先へ進めます」


「次はもっと大きな成果を」


リリアナの声には確信があった。


まるで。


それだけが生きる理由であるかのように。


天帝は静かに聞いていた。


そして。


短く答える。


「好きにしろ」


それだけだった。


命令ではない。


賞賛でもない。


ただの一言。


だが。


リリアナは心から嬉しそうに頭を下げた。


「ありがとうございます」


その笑顔を見た瞬間。


パルパティーンの背筋を冷たいものが走った。


(何かが違う)


(陛下は何も命じていない)


(それなのに)


(どうしてそんな顔ができる)


(まるで)


(その一言のためだけに生きているみたいじゃないか)



「以上です」


報告が終わる。


謁見も終了した。


幹部達が立ち上がる。


側近達も退室を始める。


パルパティーンは黙ったまま歩いていた。


リリアナの背中を見つめながら。


違和感。


不安。


苛立ち。


そして恐怖。


その正体をようやく理解した。


リリアナは変わってしまったんじゃない。


変わり続けているんだ。


今この瞬間も。


少しずつ。


少しずつ。


自分の知っているリリアナじゃなくなっている。


「リリアナ」


廊下で呼び止める。


リリアナが振り返った。


「何ですか」


いつも通りの声。


いつも通りの表情。


だが。


パルパティーンには遠く感じた。


「……あとで時間あるか」


リリアナは少しだけ首を傾げる。


「構いませんが」


「そうか」


短く答える。


今ここで話せば。


きっと引き返せなくなる。


そんな気がした。



【第二十五話 隣に立っていた】へ続く

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