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違和感

「ヒノモト王国の王女でしたの」


「そして、あの革命を計画し、始めた張本人ですの」


 夕暮れの中、日御子の言葉が静かに響いた。誰もすぐには反応できない。風だけが、その場を吹き抜けていく。


 最初に口を開いたのは、アイザックだった。


「……は?」


 間の抜けた声だった。


「今なんつった?」


 日御子は苦笑する。


「ヒノモト王国の王女でしたの」


「いや、そこじゃねぇ」


 アイザックは頭を抱えた。


「革命の方だよ。本当にお前がやったのか?」


「やりましたの」


 日御子はあっさりと頷いた。


「マジかよ……」


 アイザックは言葉を失う。


 もりやんも目を丸くした。


「えぇぇ……」


「でも、分かるかも」


 アビスは黙ったまま話を聞いている。そんな中、ふるーるだけが妙に嬉しそうだった。


「お姫様だったのかー!」


 目を輝かせている。


「かっこいいな!」


「そうですの?」


「うむ!」


 ふるーるは全力で頷いた。日御子は思わず笑う。


「しかし、驚きました」


 のぶおが頭を掻いた。


「まさか王女様だったとは。だから妙に育ちが良かったんですね」


「それにしても隠し過ぎだろ」


 アイザックも苦笑する。


「もっと早く言えよ」


「言える訳ありませんの……」


 日御子は肩を落とした。


「革命を起こした人間ですの。嫌われると思っていました」


 すると、アイザックが首を傾げた。


「何でだ?」


「何でって……」


「だって革命を起こしたんだろ?」


「そうですの」


「なら、理由があったんだろ」


 当然のように言われ、日御子は言葉を失った。


 もりやんも頷く。


「理由も聞かずに嫌いにはならない」


 のぶおも苦笑した。


「王女だろうが革命家だろうが、日御子さんは日御子さんです」


 ふるーるは大きく頷く。


「うむ! お姫様でも日御子だ!」


 そして、満面の笑みを浮かべた。


「友達だな!」


 その言葉に、日御子は思わず目を見開いた。


 ずっと隠していた。ずっと怖かった。けれど、誰も離れていかない。誰も拒絶しない。


 王女だからではない。革命家だからでもない。日御子だから。そう言って受け入れてくれることが、どうしようもなく嬉しかった。胸の奥が、じんわりと熱くなった。


「やはり、そうでしたか」


 静かな声がした。ポリアンナだった。


 日御子がそちらを見ると、ポリアンナはあまり驚いていなかった。むしろ、どこか納得したような表情を浮かべている。


「驚きませんの?」


「正直に言えば、薄々は気付いていました」


 ポリアンナは苦笑した。日御子は目を丸くする。


「気付いていましたの?」


「ええ。ご自分から話されるのを待っていたのですよ」


「どうして分かりましたの?」


「単純な推測です」


 ポリアンナは肩を竦めた。


「数ヶ月前に起きたヒノモト革命。その際に王女が行方不明になったという情報。日御子さんの年齢、言葉遣い、教養、そして《王域》という異能」


 そこまで挙げてから、わずかに笑う。


「加えて、貴女が私達の前へ現れた時期も絶妙でした。革命の直後で、王女失踪の時期とも一致している」


「軍師としては、疑わない方が難しいですね。ほぼ確信していました」


 日御子は思わず苦笑した。


「全部お見通しでしたの……」


 少しだけ気恥ずかしくなる。そんなに分かりやすかっただろうか。


「ですが、一つだけ分からないことがあります」


 ポリアンナの表情が、わずかに真剣になった。


 日御子もその変化を感じ取り、表情を引き締める。


「何ですの?」


「革命です」


 その場が静まり返った。


「少なくとも、外から伝わってくるヒノモト王国の情勢に、大規模な革命が起きるような兆候はありませんでした」


 日御子は黙って聞いている。


「そして何より、日御子さんです」


 ポリアンナは続けた。


「貴女を見ていると、どうしても革命を起こした人物には思えない」


 日御子は目を伏せた。


「ですが、私は革命を起こしましたの」


 ポリアンナは頷く。


「だからこそ、分からないのです」


 誰も口を挟まない。その言葉は、日御子を責めているわけではなかった。ただ純粋に、目の前の事実が噛み合っていないことを疑問に思っている。


「何か、私が把握できていない事情があったのか」


 ポリアンナは少し考えてから、日御子を見る。


「少し調べても構いませんか? ヒノモト王国について。革命について。そして、貴女について」


 日御子はすぐには答えなかった。


 視線を落とし、しばらく黙り込む。


「……実は、前から一つ引っ掛かっていましたの」


「引っ掛かっていた?」


「ここへ来たばかりの頃、資料室でヒノモトの行政記録を見つけましたの」


 日御子はゆっくりと言葉を選んだ。


「戦争で食料が不足していた時期の記録です。民間も、軍も、貴族も、王族も……配給率は、すべて同じでしたの」


 ポリアンナの表情が変わった。


「全階級が、同じですか?」


「はい」


 日御子は小さく頷く。


「私は、父上が民を苦しめ、自分たち王族や貴族を優先していたと思っていました。でも、あの記録は違った」


 口にすると、胸の奥に残っていた違和感が再び形を持った。


「その時は……まだ自分でも整理できなくて、ポリアンナさんにも話を逸らしてしまいましたの」


「そうでしたか」


「何かがおかしいことだけは、私にも分かります」


 日御子は顔を上げ、ポリアンナを真っ直ぐ見た。


「ですから――」


 一度、息を吸う。


「私からもお願いします。ヒノモトで、何が起きていたのか調べてください」


 ポリアンナは僅かに目を見開いた。


 それから、静かに頷く。


「分かりました」


「私も知りたいですの」


 日御子は胸元へ手を添えた。


「私が何を見て、何を信じて……あの日、何をしたのか」


 自分の選択が間違っていたとは思っていない。


 それでも。


 分からないままにしておくことは、もうできなかった。


「必ず調べてきます」


 ポリアンナの声には、いつもの穏やかさとは違う確かな重みがあった。


◇


 それから数日後。近隣の街では、毎年恒例の大食い大会が開催されていた。


 会場は大盛況だった。観客席は満員となり、周囲には出店が並び、祭りのような賑わいを見せている。


「頑張れー!」


「優勝だー!」


 子供達が元気よく声援を送る。のぶおはその隣で苦笑していた。


 一方、ふぉろんたいごは妙に真剣な顔をしている。


「頼みましたよ……頼みましたからね……」


 何かに祈るように両手を組み、ぶつぶつと呟く。


「金貨三十枚……金貨三十枚……」


「ふぉろさん、怖えーっす」


 アイザックが引いている。


「NKJの未来が懸かっているんです」


 ふぉろんたいごの目は血走っていた。


 その陰で、鬼龍神も何やらぶつぶつと呟いていた。


「全額ふるーる……全額ふるーる……」


「あなたは何を賭けてるんですか……」


 のぶおが呆れた目を向けた。


 やがて、大会が始まった。参加者たちの前へ、次々と料理が運ばれてくる。


 巨大なハンバーグ。山盛りのパスタ。大皿いっぱいの揚げ物。普通の人間なら、見るだけで満腹になりそうな量だった。


 だが、ふるーるは違う。


「いただきまーす!」


 開始と同時に、凄まじい勢いで料理を食べ始めた。周囲の参加者達も健闘している。それでも、速度が違う。量が違う。そして何より、ふるーるだけは心の底から食べることを楽しんでいた。


「美味しいなー!」


 満面の笑みである。実況の声も熱を帯びた。


『凄い! 圧倒的です!』


『今年の優勝候補筆頭!』


 観客が沸く。


「本当に強いですの……」


 日御子は目を丸くしていた。


「強いって表現で合ってるのか?」


 アイザックも困惑していた。


◇


 そして、決勝戦。最後まで残っていた参加者が、ついに椅子へ沈み込んだ。


『優勝ー!』


 歓声と拍手が巻き起こり、紙吹雪が舞う。


「やったー!」


 ふるーるが両手を上げた。日御子達も拍手する。


 少し離れた場所では、鬼龍神も両拳を突き上げていた。


「よっしゃあああ! 言った通りだろ!」


 興奮のあまり、その場で小さく飛び跳ねている。


「全額ふるーるに賭けて正解だったぜ!」


 その横では、ふぉろんたいごが泣いていた。


「ありがとう……ありがとう、ふるーるさん……」


 目元を押さえながら震えている。


「金貨三十枚……これでNKJが生き延びる……」


 その時だった。


「失礼」


 一人の審判が近付いてくる。その表情は、妙に真面目だった。


「優勝者へ確認です」


「なんだ?」


 ふるーるが首を傾げる。審判は手元の書類へ目を落とし、静かに尋ねた。


「競技中に異能を使用しましたか?」


 会場が静まり返った。


 ふるーるは少し考えた。そして、あっさり頷く。


「うん」


 日御子達が固まった。


「うん、じゃありませんの!」


「使ってたんですか!?」


「使ったぞ?」


 悪びれた様子もない。


「だって、料理を美味しくしたかったからな!」


「なんでだよ!?」


 アイザックが思わず叫ぶ。


 審判は深いため息を吐いた。


「やはり。ルール違反です」


 一瞬の沈黙のあと、ふるーるが瞬きをする。


「そうなのか?」


「そうです。異能の使用は禁止されています」


 ふるーるは本気で驚いた顔をした。


「知らなかった」


「ルールを読めですの!」


 日御子の叫びが響き、観客席から笑いが起こった。


「ちなみに」


 審判が尋ねる。


「どのような異能を?」


「《生命点火(ライフスパーク)》だ!」


 ふるーるは胸を張った。


「これで料理を美味しくする!」


「調理系異能ですの!?」


 日御子が驚く。


「発酵を促進したり、神経を刺激したり、筋肉を活性化したりな。色々できるぞ!」


「便利すぎませんの?」


「便利だぞ!」


 アイザックが口を開く。


「つまり……大食いの力は自前か?」


「当然だ!」


 ふるーるはさらに胸を張った。


「ウチはいっぱい食べられるぞ!」


「やはり化け物ですの……」


 日御子は遠い目をした。


「という訳で、失格です」


 審判が宣言する。


 次の瞬間、ふぉろんたいごが膝から崩れ落ちる。


「賞金……」


 誰も何も言わない。


「私の賞金が……」


 その隣で、鬼龍神も静かに膝をついた。


「賭け金が……全財産ふるーるにつぎ込んだのに……」


「揃いも揃って、何をやってるんですか……」


 のぶおが額を押さえた。


「金貨三十枚が……」


「元から存在しませんの」


 日御子が即答した。


 ふぉろんたいごと鬼龍神は膝をついたまま動かない。二人揃って完全に魂が抜けていた。


 ふるーるは二人の肩を叩く。


「来年頑張ろう!」


「来年じゃ遅いんですよ!」


◇


 その夜、NKJ本部の執務室には、まだ灯りが残っていた。


 そこにいるのは、ポリアンナ一人。机の上には、ヒノモト王国の資料、革命の記録、王族の情報、そして日御子の経歴が広げられている。


 ポリアンナは何度も資料を読み返していた。だが、違和感は消えない。


(やはり……おかしいですね)


 ページをめくる。革命軍について記された資料が、あまりにも少ない。王都を陥落させた組織にしては、幹部の名前も活動記録も、驚くほど残されていなかった。大規模な革命だったはずなのに、そこだけが不自然に欠けている。


 ポリアンナは眉をひそめた。窓の外では、冷たい夜風が何かを告げるように吹き抜けている。


 静かに次の資料へ手を伸ばす。


 まだ何かがある。


 そんな予感がしていた。



【第二十五話 おるすばん】へ続く


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