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神殺し

「押し切れ!」


男の怒号が夜の森へ響く。


反乱軍拠点。


帝国北部最大規模の武装組織。


その中心で、一人の男が剣を振るっていた。


「帝国軍は退いた!」


「勝ったぞ!」


歓声が上がる。


兵士達の顔には安堵が浮かんでいた。


長く続いた戦いだった。


多くの仲間を失った。


それでも生き残った。


あの帝国軍を退けたのだ。


今夜だけは勝利を祝ってもいい。


「トルソ隊長殿!」


若い兵士が駆け寄る。


雷を身に纏った大柄な男へ頭を下げた。


雷帝インドラ》を操る、反乱軍の隊長。


トルソだった。


「帝国軍は完全に撤退しました!」


「追撃は?」


「ありません!」


トルソは満足そうに頷いた。


「なら今夜は宴だ」


兵士達が歓声を上げる。


酒が運ばれる。


笑い声が響く。


戦場だった場所とは思えないほどだった。



その時だった。


「――報告ッ!」


一人の見張りが転がるように飛び込んできた。


顔面蒼白。


肩で息をしている。


「どうした」


トルソが眉をひそめる。


見張りは震える声で言った。


「き、来ました!」


「帝国軍か?」


「そうなのですが……」


兵士の唇が震える。


「一人です」


言葉が途切れる。


そして笑い声が上がった。


「一人?」


「馬鹿か」


「見間違いだろ」


誰も本気にしない。


だが。


見張りだけは笑わなかった。


「違う……」


「見間違いじゃない……」


その顔から血の気が引いている。


まるで悪夢でも見たように。


「ヴァルダーだ」


急に水を打ったように静まり返る。


誰も笑わない。


誰も喋らない。


まるで時間が止まったようだった。


「……は?」


誰かが呟く。


見張りは首を振った。


「ヴァルダー・レオニスだ」


酒瓶が落ちた。


乾いた音が響く。


兵士達の顔色が変わる。



帝国特務局局長。


《神殺し(アンチギフト)》。


異能者殺し。


知らない者はいない。


「落ち着け」


トルソが立ち上がった。


「たった一人だ」


誰も返事をしない。


「俺達は何人いる」


「千人以上だ」


周囲を見回した。


「一人で勝てる訳がない」


自分に言い聞かせるような声だった。



その時。


外から悲鳴が聞こえた。


一つ。


二つ。


三つ。


そして。


一気に増えた。


「ぎゃあああああ!」


「な、何だ!?」


「敵襲!」


その場の空気が一変した。


兵士達が武器を掴む。


トルソは剣を抜いて外へ飛び出した。


燃えていた。


拠点の入り口付近が。


建物が。


見張り台が。


炎に包まれている。


その中心。


一人の男が歩いていた。


長い黒髪。


黒い軍服。


血に濡れた剣。


ゆっくり。


本当にゆっくり歩いている。


まるで散歩でもしているかのように。



兵士達が囲む。


十人。


二十人。


三十人。


だが誰も飛び込めない。


「奴を殺せ!」


誰かが叫んだ。


次の瞬間。


炎を纏った男が飛び出した。


炎獄ヘル・フレイム》。


反乱軍幹部の一人。


巨大な火柱が夜空を焦がす。


「業火に灼かれて死ね!」


炎が放たれる。


だが。


何も起きなかった。


火柱が消えた。


男の目が見開かれる。


「な……?」


再び異能を発動しようとする。


炎が出ない。


何も起きない。


まるで異能そのものが消えたかのように。


「なぜだ!?」


男は叫ぶ。


ヴァルダーは歩みを止めない。


男の横を通り過ぎる。


一閃。


首が飛んだ。


そのまま。


剣を返す。


一振り。


それだけで。


左右にいた二人の兵士が、同時に崩れ落ちた。


まるで。


初めから、そこに立っていなかったかのように。


音もなく。


抵抗の隙すら、与えなかった。


戦っている。


そう呼べるかすら怪しかった。


その動きは。


まるで舞っているようだった。


無駄がない。


ただ、美しいだけの死の舞。



兵士達が悲鳴を上げる。


「異能が使えない!」


「距離を取れ!」


「視界に入るな!」


誰かが叫んだ。


その声でようやく理解する。


《神殺し》。


ヴァルダーの視界に入った異能者は。


異能を使えなくなる。


それが噂の正体だった。



「ふざけるな!」


全身へ雷を纏う。


青白い閃光が周囲を照らした。


反乱軍最強。


誰もがそう信じていた。


トルソが地面を蹴る。


一瞬で間合いを詰めた。


そして。


雷を纏った拳を振り抜く。


ヴァルダーは避けない。


トルソを見る。


ただそれだけ。


次の瞬間。


雷が消えた。


理解していた。


噂は知っていた。


だが。


実際に体験するのは初めてだった。


それでも拳を振り抜く。


ヴァルダーは片手を上げ。


雷を失った拳を受け止めた。


「っ……!」


咄嗟に距離を取る。


地面を転がりながら後退した。


遮蔽物でヴァルダーの視界から逃れる。


十分な距離。


これなら異能が戻る。


トルソは右手を掲げた。


《雷帝》を発動する。


何も起きない。


「……は?」


もう一度、力を込める。


雷は戻らない。


「なんでだ……」


声が震える。


ヴァルダーは黙っている。


トルソはようやく気付いた。


視界に入ったからではない。


違う。


さっき。


拳を止められた。


一瞬だけ。


腕を掴まれた。


きっとその時だ。



「何か、された……のか?」


ヴァルダーは否定しない。


トルソの顔から血の気が引いた。


異能とは。


彼のプライドそのものだった。


それを奪われた。


「ふざけるなァァァ!!」


トルソは地面を蹴った。


異能は使えない。


しかし。


剣なら振れる。


長年鍛えた剣術は消えない。


剣が閃く。


一撃。


二撃。


三撃。


猛攻。


反乱軍最強の名は伊達ではなかった。


兵士達の目に希望が戻る。


だが。


届かない。


ヴァルダーは最小限の動きで全て捌く。


受ける。


流す。


避ける。


それだけ。


トルソは理解した。


技術でも負けている。


圧倒的に。


剣が弾かれ。


蹴り飛ばされる。


隊長の身体が地面を転がった。


肺から空気が抜ける。


呼吸ができなかった。


それでも立ち上がる。


立ち上がらなければ死ぬのだ。



「来い」


初めて。


ヴァルダーが口を開いた。


「……!」


トルソは歯を食いしばる。


挑発だった。


圧倒的な。


格上からの。


「殺してやる!」


再び踏み込む。


剣が閃く。


だが。


ヴァルダーには全て見えていた。


半歩。


身体をずらす。


それだけで全て外れる。


そして。


剣が振られた。


一閃。


トルソの右腕が宙を舞った。


絶叫。


血飛沫。


膝が崩れる。


勝負は終わっていた。


「ば……化け物が……」


ヴァルダーは答えない。


剣を振り上げる。


トルソは死を悟った。



その時。


背後から声が響いた。


「待て!」


反乱軍の兵士達だった。


数十人。


武器を構えている。


震えながら。


それでも前へ出た。


「隊長を守れ!」


「俺達が時間を稼ぐ!」


ヴァルダーは兵士達を見る。


少しだけ。


目を細めた。


「そうか」


それだけだった。



数瞬の後。


戦いは終わっていた。


誰もヴァルダーを止められなかった。


異能は消える。


剣は届かない。


近付けば斬られる。


「隊長が死んだ!」


「逃げろ!」


兵士達が散り散りになる。


ヴァルダーは追わない。


剣を下ろした。


一人の若い兵士が震えながら振り返る。


「な……なんで……」


「追ってこない……?」


ヴァルダーは興味なさそうに答えた。


「弱いからだろ」


それだけだった。


兵士達は逃げる。


ヴァルダーは追わない。


弱者には興味が無かった。


炎に照らされながら。


剣を払う。


血が地面を濡らした。


「足りないな」


誰に向けた言葉でもない。


夜風に溶けるような呟きだった。



数日後。


帝都。


特務局本部。


重い扉が開く。


「帰ったぞ」


気怠そうな声だった。


ソファへ寝転がっていた男が顔を上げる。


眼帯。


黒髪。


不機嫌そうな顔。


パルパティーンだった。


「遅い」


「遠かったからな」


「歩いて帰ったのか?」


「歩いた」


「馬鹿だろ」


ヴァルダーは椅子へ腰掛ける。


部屋に沈黙が落ちる。


それが苦にならない程度には長い付き合いだった。


「で?」


パルパティーンが聞く。


「強かったか?」


ヴァルダーは少し考える。


数秒。


「弱かった」


「だろうな」


パルパティーンは鼻で笑った。


その質問をする意味はほとんど無い。


ヴァルダーにとって。


大半の人間は弱い。


それで終わりだ。


「じゃあ俺は?」


何となく聞いてみる。


昔からの癖だった。


ヴァルダーは視線を向ける。


返事がなかった。


そして。


「そこそこ」


「相変わらずだな」


パルパティーンは笑った。


普通なら腹が立つ。


しかし。


ヴァルダーの基準を知っている。


だから分かる。


それは最大級の評価だった。


「初めて会った時もそう言ったな」


「そうだったか」


「そうだった」


パルパティーンは天井を見上げた。


若かった頃を思い出す。


まだ特務局へ入ったばかりの頃。


調子に乗っていた。


自分の異能に絶対の自信があった。


そして。


ヴァルダーに挑んだ。


結果は。


惨敗だった。


「……懐かしいな」


パルパティーンは小さく笑った。


「今思えば無茶だった」


ヴァルダーは何も言わない。


だが。


その沈黙が妙に心地良かった。


(昔からそうだ)


(こいつは余計な事を言わない)


だから楽だった。


「覚えてるか?」


「何をだ」


「俺がお前に喧嘩売った時」


「覚えてない」


「嘘つけ」


パルパティーンは笑う。


絶対に覚えている。


ただ興味が無いだけだ。


少しだけ昔を思い出すように目を細める。


「あの頃の俺は、本気で勝てると思ってた」


「《神殺し》をコピーすれば、勝てるってな」


「だが結果は――」


パルパティーンは苦く笑う。


「一分も持たなかった」



【第二十四話 亀裂】へ続く

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