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アイドル

扉が閉まる。


局長室に静寂が戻った。


リリアナはしばらく扉を見つめていた。


アルベルト。


レオン。


(想定よりも早かったですね)


共鳴率へ辿り着いたのも。


記録破棄へ気付いたのも。


全て予想以上だった。



コンコン。


軽いノック音が響く。


「入りなさい」


扉が開いた。


入室してきたのはユリウスだった。


「失礼します」


柔らかな笑み。


穏やかな表情を浮かべている。


「お帰りなさい」


リリアナが言う。


「ただいま戻りました」


ユリウスは一礼した。


そして。


机へ数枚の報告書を置く。


「予定通りです」


「各地の配置も完了しました」


「無事に確保できそうですか?」


「問題ありません」


短いやり取りだった。


互いに説明は最低限。


それで通じる。


長年の付き合いだ。


「以上です」


リリアナは報告を労った。


「ご苦労様」


ユリウスは軽く頭を下げる。


そして踵を返した。


「失礼します」


扉が閉まり。


局長室に再び静寂が訪れた。



リリアナは窓の外を見た。


夕日が帝都を赤く染めている。


アルベルト。


レオン。


二人は止まらないだろう。


特にレオンは。


共鳴率の真相へ近付いている。


だが。


それでも問題は無い。


もう隠し続ける段階ではない。


リリアナは立ち上がった。


向かう先は一つ。


帝城。


天帝のもとだ。



帝都中央。


帝城。


千年の歴史を持つ巨大な城。


その最奥。


許可された者しか立ち入れない区域を進む。


衛兵達が敬礼する。


リリアナは足を止めない。


やがて。


一つの扉の前へ辿り着いた。


衛兵が扉を開く。


「リリアナ様がお見えです」


部屋へ入る。


広い執務室。


豪華ではない。


むしろ質素。


壁一面の本棚。


大量の書類。


大きな机。


そして。


窓際の椅子へ腰掛ける青年。


黄金色の髪。


整った顔立ち。


二十代後半にしか見えない容姿。


天帝だった。



「失礼します」


リリアナが頭を下げる。


天帝は手元の書類から目を離さない。


「どうした」


穏やかな声だった。


「軍務局が施設へ辿り着きました」


天帝は身動ぎもせず。


「そうか」


それだけだった。


驚きも無い。


焦りも無い。


まるで。


初めから結果を知っていたかのような反応だった。


「レオンが記録破棄にも気付きました」


「そうか」


再び同じ返事。


天帝は書類へ視線を戻す。


リリアナは少しだけ目を伏せた。


(昔から変わらない)


(このお方は、いつだってこうだった)


(だからこそ忘れられない)


ふと。


遠い日の記憶が蘇る。


まだ。


自分が諜報局へ入る前。


今よりずっと若かった頃の事だった。



リリアナは、貧しい村の生まれだった。


帝国の中枢は、エリートだけが辿り着ける場所。


身分の低い自分には、本来手の届かない場所だった。


「どうせ入れるはずがない」


村の誰もが、そう言った。


それでも。


思い切り、研究がしたかった。


「行ってみればいいだろ」


そう言ってくれたのは、パルパティーンだけだった。


「ダメでも、それだけだ」


その一言に背中を押され。


ダメ元で、登用試験へ応募した。



案の定だった。


面接の場。


並み居る官僚達が、次々と口を開く。


「身元がはっきりしない」


「後ろ盾もない」


「そんな人材、帝国には不要だ」


言葉が、次々と積み重なっていく。


反論する術もなかった。


俯くしかない。


その時だった。


「実力があるなら」


静かな声。


見ると。


いつの間にか、部屋の隅に一人の青年が立っていた。


黄金色の髪。


誰もが、はっと居住まいを正す。


天帝。


その人だった。


「それで、いいだろう」


たった、それだけの一言。


だが。


その場の空気が、一変した。


誰も、異を唱えなかった。


こうして。


リリアナの帝国入りが、決まった。



生まれも。


身分も。


関係なく。


リリアナを、リリアナとして見てくれた。


だからこそ。


リリアナは働いた。


異能研究に、全てを注いだ。


毎日資料と向き合う日々。


朝から晩まで働き続けた。


成果を出して当然。


失敗だけが記憶される。


褒められる事は無い。


労われる事も無い。


それが、恩を返すという事だと思っていた。


だが。


あの日だけは違った。



その日も。


会議室には重苦しい空気が漂っていた。


長机を囲む研究員達。


軍人達。


官僚達。


机の上には大量の資料。


数ヶ月に及ぶ研究結果だった。


リリアナは報告を終える。


異能出力。


個体差。


仮説。


検証結果。


全て説明した。


やがて。


一人の官僚が口を開く。


「以上か」


「はい」


「分かった」


それだけだった。


別の男が資料を手に取る。


「次の研究も進めてくれ」


「予算は維持する」


「ありがとうございます」


リリアナは頭を下げた。



会議終了。


参加者達は席を立つ。


研究成果への感想は無い。


評価も無い。


労いも無い。


それが当たり前のように繰り返される。



リリアナは資料を抱え。


会議室を後にした。


廊下を歩く。


誰もいない。


静かな夜だった。


疲れていた。


ここ数ヶ月。


ほとんど眠っていない。


研究のためだ。


別に苦ではない。


そう思っていた。


曲がり角を曲がる。


そして。


足が止まった。



前方に人影があった。


黄金色の髪。


端正な横顔。


忘れるはずがない。


天帝だった。


リリアナは慌てて頭を下げる。


「陛下」


天帝は振り返り。


徐に。


抱えている資料へ視線を落とした。


「報告は終わったか」


「はい」


短く答える。


天帝は手を差し出した。


「見せろ」


リリアナは一瞬だけ戸惑う。


だが。


すぐに資料を差し出した。


数ページだけざっと目を通す。


それだけだった。


だが。


天帝は全てを理解しているように感じられた。



「よくやった」


リリアナは目を瞬く。


天帝は続けた。


「お前の努力で研究が一歩進んだ」


穏やかな声だった。


事実を述べるような口調。


特別な感情は感じられない。


それでも。


リリアナは言葉を失っていた。


人に褒められた事はある。


評価された事もある。


だが、それは全て。


成果に対してだった。


でも今は違った。


数ヶ月。


眠る時間も削った。


何度も失敗した。


何度もやり直した。


その全てを含めて。


努力ごと認められた気がした。


天帝は資料を返す。


そして。


小さく頷いた。


「ありがとう」


ただ一言。



天帝はそのまま歩き去る。


黄金色の髪が廊下の向こうへ消えていく。


リリアナは動けなかった。


ただ。


その場に立ち尽くす。


気がつけば。


頬が濡れていた。


胸の奥が熱かった。


理由は分からない。


今思えば。


たったそれだけの事だった。


命を救われた訳ではない。


特別扱いされた訳でもない。


何かを与えられた訳でもない。


それでも。


あの日の言葉だけは忘れられなかった。


「よくやった」


「ありがとう」


自分の歩んできた道を、丸ごと認めてくれた人。


その人が。


今、目の前にいる。



「……陛下」


現在。


リリアナは静かに目を閉じた。


陛下は変わらない。


昔も今も。


ただ前を見ている。


だからこそ。


支えたいと思った。


このお方が望む未来を。


実現したいと思った。


例え。


どれだけの罪を背負う事になったとしても。



リリアナはゆっくり目を開く。


天帝は相変わらず書類へ目を通していた。


「報告は以上です」


「そうか」


いつも通りの返事だった。


だが。


リリアナは微かに笑う。


それだけで十分だ。


天帝は気付かない。


あの日の一言が。


一人の少女の人生を変えてしまった事を。


そして。


リリアナ自身も気付いていなかった。


その想いは、今も。


誰にも、届いていない事を。



【第二十二話 父と子】へ続く


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