表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

表と裏

帝都の中心。


巨大な塔の最上階。


諜報局本部。


帝都の中心にそびえる巨大な塔の前で、アルベルトは足を止めた。


軍務局。


諜報局。


同じ天帝直属組織でありながら、その距離は決して近くない。


まして今日は友好的な訪問ではなかった。


「行くぞ」


短く言う。


レオンは無言で頷いた。



重厚な扉が開く。


諜報局本部の内部は静かだった。


磨き上げられた石床。


規則正しく並ぶ机。


忙しそうに書類を運ぶ職員達。


だが。


アルベルトの姿を見た瞬間。


その場の空気が変わった。


「ぐ、軍務局長」


受付の職員が慌てて立ち上がる。


緊張が伝わってくる。


無理もない。


帝国軍最高司令官が突然現れたのだ。


「リリアナに会う」


アルベルトが告げる。


職員は困ったような表情を浮かべた。


「申し訳ございません」


「局長への面会には事前の許可が――」


「緊急案件だ」


低い声だった。


職員の肩が僅かに震える。


だが。


職務は職務だった。


「規則ですので……」


アルベルトは何も言わない。


ただ見つめる。


職員の額に汗が浮かぶ。


レオンは少しだけ同情した。


父が本気で怒っている時の迫力を知っている。


(正直なところ)


(私ですら、今の父上を相手にしたくはない)



やがて職員は上司へ確認を取り始めた。


本部の中が少しだけ慌ただしくなる。


軍務局長の来訪。


しかもアポイント無し。


当然の騒ぎだった。


数分後。


責任者らしき男が現れる。


「お待たせいたしました」


「局長がお会いになるそうです」


アルベルトは頷く。


そのまま歩き出した。



塔の最上階。


諜報局局長室。


重厚な扉の前へ辿り着く。


案内役が扉を叩いた。


「軍務局長アルベルト様と第二側近レオン様をお連れしました」


「入りなさい」


穏やかな声だった。



部屋へ入る。


大きな執務机。


壁一面の書架。


窓から見える帝都の景色。


そして。


その中央に座る銀髪の女性。


諜報局局長リリアナだった。


「ようこそ」


いつも通りの微笑み。


まるで未来を予想していたかのようだった。


アルベルトは返事をしない。


そのまま机へ資料を叩き付ける。


ドン。


重い音が部屋へ響いた。


「説明しろ」


リリアナの笑みは崩れない。


「何についてでしょう?」


「とぼけるな」


声が低くなる。


レオンは一歩前へ出た。


調査結果を説明する。


共鳴率。


ヒノモト王国出身者。


人体実験施設。


消された記録。


大量の欠番。


補給記録。


そして。


諜報局局長の署名。


一つずつ。


順を追って話していく。



部屋に沈黙が落ちる。


説明が一通り終わった。


リリアナはしばらく資料を眺めていた。


やがて。


小さく息を吐く。


「驚きましたね」


レオンが眉をひそめる。


「何がですか」


資料へ視線を落としたまま答えた。


「記録の破棄は徹底させたはずだったのですが」


「よくそこまで辿り着きました」


レオンの表情が固まる。


アルベルトも動きを止めた。


認めた。


あまりにも自然に。


あまりにもあっさりと。


優しく微笑む。


「さすが首席です」


「貴方は優秀であると」


「エラスムスからも聞いていましたが」


「想像以上でした」


褒められている。


だが。


レオンにそんな余裕は無かった。


今の発言は。


事実上の自白だったからだ。



アルベルトの拳が握られる。


「認めるのか」


低い声だった。


部屋の空気が張り詰める。


リリアナは静かに頷いた。


「ええ」


迷いは無い。


「私が許可しました」


沈黙。


レオンは息を呑む。


否定すると思っていた。


言い逃れると思っていた。


(だが違う)


最初から隠す気など無かった。


少なくとも。


ここまで来た相手には。


アルベルトの怒気が膨れ上がる。


「人体実験だぞ」


机へ手を叩き付ける。


「民間人誘拐だぞ」


さらに声が低くなる。


「違法研究施設だ」


「何人の人生を踏みにじった」


怒りだった。


純粋な怒り。


軍人として。


人として。


許せないものへの怒りだった。



リリアナは目を逸らさない。


静かにアルベルトを見つめ返す。


そして。


小さく頷いた。


「その通りです」


静かに答えた。


まるで天気の話でもするような口調だった。


だからこそ。


アルベルトの怒りはさらに増す。


「ふざけるな」


低い声が響く。


「何人苦しんだと思っている」


「把握しています」


「何人死んだと思っている」


「それも把握しています」


「なら――」


言葉を続けようとする。


だが。


リリアナが言葉を遮った。


「それでも必要でした」



部屋が静まり返る。


レオンは思わず拳を握る。


理解できなかった。


理解したくもなかった。


リリアナは続ける。


「陛下は結果を求められました」


その言葉に。


アルベルトの目が細くなる。


だが。


だからといって。


「陛下の命令だったと言うつもりか」


アルベルトが睨む。


リリアナは首を振った。


「いいえ」


即答だった。


「陛下は結果を望まれただけです」


「方法を決めたのは私です」


レオンは息を呑んだ。


責任転嫁ではない。


むしろ逆だった。


全てを自分の責任だと言っている。


レオンが尋ねる。


「共鳴率とは何ですか」


リリアナの視線が向く。


「なぜヒノモト出身者の数値だけ上振れしてるのですか」


沈黙。


少しだけ考え込む。


だが。


首を横に振った。


「答えられません」


「なぜですか」


「まだ答えるべき時ではありません」


レオンは違和感を覚えた。


今までの話は認めた。


施設も。


実験も。


自分の責任だと認めた。


それなのに。


共鳴率の件だけは答えない。


そこに何かがある。


そう確信できるほどには。


反応が不自然だった。



「ふざけるな」


アルベルトが吐き捨てる。


「まだ隠すのか」


「申し訳ありません」


リリアナは頭を下げない。


ただ静かに答える。


「ですが答えられません」


アルベルトはしばらく黙っていた。


怒りは消えない。


むしろ強くなっている。


人体実験。


誘拐。


違法研究。


(到底認められるものではない)


だが。


同時に理解してしまう。


(こいつは私欲で動いた訳ではない)


(全ては天帝陛下のためだ)


(帝国のためだ)


(少なくとも本人はそう信じている)


アルベルトは天帝へ忠誠を誓っている。


誰よりも帝国を愛している。


だからこそ苦しい。


もし目の前の女が私利私欲で動いていたなら簡単だった。


裁けばいい。


斬ればいい。


だが違う。


帝国への忠誠。


民を守る正義。


己の心の中で二つが衝突していた。



長い沈黙の末。


アルベルトは背を向けた。


「行くぞ」


レオンが目を見開く。


「父上」


「今はこれ以上話しても無駄だ」


低い声だった。


怒りを押し殺している。


それが分かる。


二人は局長室を後にする。


扉が閉まる。


重い音が響いた。



廊下を歩く。


レオンの表情は険しいままだった。


頭の中では様々な情報が渦巻いている。


人体実験。


共鳴率


そしてリリアナ。



その時だった。


向こうから一人の男が歩いてくる。


柔らかな笑み。


穏やかな顔立ち。


だが。


レオンはその姿を見るなり足を止めた。


男も気付く。


少しだけ目を見開き。


そして笑った。


「お久しぶりですね」


ユリウスだった。



諜報局第一側近。


最近まで長期任務に出ていた男。


帰還したという話は聞いていた。


だが。


顔を合わせるのは久しぶりだった。


「お久しぶりです」


レオンも軽く会釈する。


ユリウスはアルベルトへ視線を向けた。


「局長」


「ご無沙汰しております」


アルベルトは短く頷く。


「戻ったと聞いている」


「はい」


ユリウスは微笑む。


「ようやく帰って来られました」


ほんの数秒の会話だった。


だが。


ユリウスはすぐに視線を局長室の扉へ向ける。


「リリアナ様に報告がありまして」


レオンは何となく振り返った。


ユリウスが扉の前へ立つ。


軽くノックする。


中から声が聞こえた。


「入りなさい」


扉を開く。


そして。


静かに部屋の中へ消えていった。


レオンはその背中を見つめる。


なぜだろう。


胸の奥に。


小さな違和感だけが残った。


その正体は。


今はまだ分からなかった。



【第二十一話 アイドル】へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ