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消された記録

NKJが平穏な時間を過ごしている頃。


帝都では――。



統天帝国軍。


軍務局本部。


レオンは執務室の机へ資料を広げていた。


人体実験施設から回収された資料。


それらを改めて分析していた。


レオンは一枚の資料を手に取る。


共鳴率。


「……共鳴率とは何だ」


ただの個体差。


そう思っていた。


だが。


研究資料には、どの被験者にも必ず共鳴率が記載されている。


ここまで徹底して記録する以上。


何らかの意味があるはずだった。


レオンは羊皮紙を取り出した。


共鳴率の高い被験者を書き出す。


21%


16%


22%


血液型はS型の者が目立つ。


今度は低い被験者を確認する。


4%


1%


3%


こちらは逆にS型の者が極端に少ない。


レオンは羊皮紙へ一行だけ書き加えた。


『共鳴率と血液型には強い相関がある』


ペンを置く。


「共鳴率……」


静かな保管室に声が落ちた。


「君は、一体何を示している」


レオンは資料を閉じた。


これ以上は調べようがない。


ならば。


次に調べるべきは一つ。


「この研究は、何を目的としていたのか」


人体実験施設。


レオンは立ち上がった。



レオンは軍務局の記録保管庫を訪れた。


巨大な石造りの地下保管庫。


無数の棚が並び。


そこには帝国軍の歴史そのものが眠っている。


軍施設登録簿。


建設許可記録。


補給記録。


人員登録簿。


レオンは次々と資料を取り出した。


人体実験施設の痕跡を探すためだ。


まずは施設登録簿を開いた。


人体実験施設が存在していた地域を調べる。


ページをめくる。


だが。


「……無い」


施設登録簿にも。


建設許可にも。


補給記録にも。


人体実験施設の痕跡だけが存在しない。


「あり得ない……」


あれほど巨大な施設だ。


建設には資材が必要だ。


人員も。


食料も。


医薬品も。


何一つ記録が残らないはずがない。


そこで。


レオンの思考が止まる。


(……いや違う)


本当に記録が無いのか。


軍という組織は全て番号で管理する。


施設も。


人員も。


補給も。


ならば——。


記録そのものが破棄されているのだとしたら。


レオンは施設番号へ目を向けた。


二四〇三。


次は二四〇七。


「……欠番?」


その瞬間だった。


「記録が無いんじゃない」


「消されているのか」


レオンは羊皮紙へ欠番を書き出していく。


数は増え続けた。


(……多すぎる)


ペンを握る手が、微かに冷えているのに気付いた。


施設一つではない。


人員。


補給。


建設。


何かの計画の痕跡を丸ごと消している。


そうとしか思えなかった。



欠番になっている記録の前後を調べていた時だった。


レオンの手が止まる。


ある補給記録。


大量の医薬品。


研究器具。


特殊薬品。


輸送先そのものは伏せられている。


だが。


配送地域が一致していた。


人体実験施設が存在していた場所と。


レオンは発注元へ視線を落とす。


そこで。


(見つけた)


帝国軍諜報局局長のサイン。


静かな保管庫に沈黙が落ちる。


軍務局ではない。


諜報局。


人体実験施設。


二つの点が繋がった。



レオンはゆっくり息を吐く。


そして次の資料へ手を伸ばした。


その時。


「そこまで辿り着きましたか」


突然。


背後から声がした。


レオンは振り返る。


そして。


僅かに目を細める。


「君ですか」


そこに立っていたのは。


諜報局局長第二側近。


エラスムスだった。



「お久しぶりです」


エラスムスは軽く頭を下げた。


「首席は相変わらず優秀ですね」


「次席に言われても然程嬉しくありません」


レオンが返す。


学生時代から変わらないやり取りだった。


二人の価値観が一致した事は一度も無い。


だが。


互いの能力だけは認めていた。



エラスムスはレオンの手元へ視線を向ける。


机の上には羊皮紙が広がっている。


欠番の一覧。


補給記録。


施設周辺の情報。


「施設を調べているんですね」


レオンは目を細める。


「何をしに来たんです」


「忠告です」


エラスムスは即答した。


「やめておきなさい」


保管庫に静寂が落ちる。


レオンは何も言わない。


エラスムスは続けた。


「あなたは優秀です」


「だから辿り着いてしまう」


「そして」


少しだけ言葉を選ぶ。


「あなたの性格上」


「その先を知れば苦しむでしょう」


脅しではなかった。


むしろ。


本気でそう思っている声だった。


だからこそ。


レオンは違和感を覚える。


「君は何を知っているんですか」


「何も知りませんよ」


「信用できません」


「でしょうね」


エラスムスは否定しない。


眼鏡を押し上げる。


「私はあなたが好きではありません」


レオンは小さく息を吐いた。


「知っています」


「学生時代から何度も聞きました」


エラスムスは頷く。


「あなたとは価値観が違いすぎる」


「理想論ばかり語る」


「正直面倒な人です」


「随分な言い方ですね」


「事実ですから」


ためらいなく答えた。



しばらく沈黙が続く。


やがて。


レオンが口を開いた。


「ここに来たのは誰の指示ですか」


エラスムスの動きが僅かに止まる。


「あなたはいつも言っていたでしょう」


『上司命令ですから』


『私に言われましても』


エラスムスは少しだけ視線を逸らした。


珍しく苦笑する。


「今回は違います」


「上司命令ではありません」


レオンが眉を上げた。


「珍しいですね」


「そうですか?」


「ええ」


「あなたが自分の意思で動くとは思いませんでした」


エラスムスは肩を竦めた。


「同窓のよしみですよ」


「それだけです」


そして。


踵を返す。


「忠告はしました」


「後はあなたの自由です」


それだけ言い残し。


エラスムスは保管庫を後にした。



レオンはしばらくその場に立ち尽くしていた。


全ての点が一つに繋がり始めている。


今すぐ諜報局へ向かうべきか。


レオンは考える。


(リリアナ局長本人に直接問い正すか)


それが最も早い。



レオンは歩き出した。


向かう先は諜報局本部。


だが。


途中で足が止まる。


(……悪手ですね)


深く深呼吸をして。


冷静になる。


今の自分は軍務局局長側近。


諜報局長へ直接事情聴取する権限は無い。


それは調査ではなく越権行為だ。


感情で動くな。


正しい手順を踏め。


それが軍人だ。


そして。


自分には上官がいる。


報告すべき相手がいる。


レオンは進路を変えた。


諜報局ではない。


軍務局局長室だった。



局長の執務室。


アルベルトは机の前で書類へ目を通していた。


扉が叩かれる。


「入れ」


低い声が響く。


レオンが入室した。


表情は真剣そのものだった。


アルベルトは息子を見る。


「どうした」


「報告があります」


その一言で。


ただ事ではないと理解した。



レオンは資料を机へ置く。


「人体実験施設についてです」


アルベルトは無言で資料を手に取った。


ページをめくる。


さらに一枚。


部屋には紙をめくる音だけが響いていた。


やがて。


アルベルトの手が止まる。


「……諜報局か」


低い声だった。


レオンが頷く。


「補給記録から判明しました」


「施設との直接的な関係は不明です」


「ですが」


「無関係とは思えません」


アルベルトは資料を閉じた。


ドン。


鈍い音が執務室へ響く。


「ふざけるな」


怒りだった。


人体実験。


民間人誘拐。


違法研究施設。


どれ一つとして許容できない。


まして。


帝国内部の組織が関与していた可能性がある。


「どうしますか」


レオンが尋ねる。


アルベルトは立ち上がった。


迷いは無い。


「聞きに行く」


軍服を整え。


そして歩き出す。


「諜報局へだ」



【第二十話 表と裏】へ続く

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