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その男、迅雷につき

 翌朝、NKJ本部ではいつものように朝食の準備が進んでいた。


「帰ってきた」


 窓の外を眺めていたもりやんが呟く。


「おい、またかよ」


 アイザックが露骨に嫌そうな顔をした直後、本部の扉が開いた。


「フヒヒ……お金……」


 外出から戻ってきたふぉろんたいごは、両腕で古びた石の胸像を抱えていた。


 人の上半身を模しているらしいが、表面は黒ずみ、ひび割れた顔には妙に生々しい目が刻まれている。


「朝から何だ、それ」


 加入したばかりの鬼龍神が、露骨に顔をしかめる。


「また変なの拾ってきた」


 もりやんが呟いた。


「今度は何すか、それ」


 アイザックも眉をひそめる。


「お宝です」


 ふぉろんたいごは真顔だった。


「絶対に違いますの」


 日御子が即答する。


 だが、ふぉろんたいごは胸像を大事そうに撫で、満足げに頷いた。


「うふふ……億万長者……」


 団員たちは、揃って胸像から距離を取った。



 昼を過ぎた頃、NKJ本部の庭に仲間たちが集められた。


「というわけで、鬼龍神さんの歓迎会を始めますの」


 日御子が腕を組み、堂々と宣言する。


「模擬戦が歓迎会なのか?」


 鬼龍神が呆れた声を出した。


「仲間の強さを知るのは大切なことですの」


「お前らの組織、怖いな」


「今更だろ」


 アイザックが笑う。


 訓練場へ向かう途中、アイザックが隣を歩く鬼龍神へ目を向けた。


「そういや、お前いくつなんだ?」


「三十二」


 何気なく返された答えに、全員が足を止めた。


「え?」


 日御子も固まる。


「三十二歳ですの?」


「そうだ」


「四十代かと思っていましたの」


 鬼龍神の額に青筋が浮かんだ。


「おい」


「私も思った」


 もりやんが頷く。


「お前もか」


 のぶおも困ったように笑った。


「正直、もう少し上かと」


「お前まで!?」


「皆さん、失礼ですよ!」


 咲夜姫が慌てて止めに入る。


「別に気にしてない」


 鬼龍神はそう答えたが、頬が僅かに引きつっていた。


 アイザックが首を傾げる。


「何でそんなに老けてんだ?」


 鬼龍神は深いため息を吐いた。


「俺の異能のせいだ。《迅雷》を使うと老ける」


 全員の視線が集まる。


「……ん?」


「だから、《迅雷》を使うと老けるんだよ」


「どうしてですの?」


「自分の時間を加速して動いてるからな。その分、早く歳をとるってわけだ」


 日御子が真顔で呟く。


「可哀想ですの」


「他人事だな」


「他人ですの」


 正論だった。


 鬼龍神は頭を抱えた。


「戦うたびに老けてたら、たまったもんじゃねぇ」


「じゃあ、戦わなければいいんじゃねぇの?」


「だから働きたくねぇんだよ」


「確かに」


 アイザックは妙に納得した顔で頷いた。


 やがて訓練場へ到着すると、鬼龍神は嫌な予感を覚えながら日御子を見た。


「では、始めますの!」


 案の定、日御子は嬉しそうに胸を張っている。足元では、ノワも尻尾を立てていた。


「勝手に始めるな」


「鬼龍神さんの実力確認ですの。仲間になった以上、必要なことですの」


 もっともらしい理由だった。


 だが、日御子の本音は別にある。


(純粋に見てみたいですの)


(鬼龍神さんが、どれほど強いのか)


 結局、訓練場の中央へ立ったのは、鬼龍神、アイザック、のぶおの三人だった。


 周囲には仲間たちが集まり、調理場の窓からは、ふるーるが顔を覗かせている。庭で修行していたアビスも素振りの手を止め、三人へ視線を向けていた。


「二対一ですか?」


 咲夜姫が首を傾げる。


「違いますの。三つ巴ですの」


 日御子の答えを聞き、咲夜姫は僅かに頬を引きつらせた。


 絶対に、ろくなことにはならない。



 屋外訓練場の中央で、鬼龍神とのぶおが木刀を構えた。


 アイザックは手甲をつけ、二人から少し距離を取って立っている。


 誰も動かない。


 一陣の風が吹き抜け、乾いた地面から砂埃が舞い上がった。


 最初に動いたのは、鬼龍神だった。


 地面を蹴った瞬間、その姿が消える。


「速っ!?」


 日御子が目を見開いた時には、鬼龍神はすでに数メートル先まで移動し、アイザックの懐へ迫っていた。


「なるほど。そういうタイプか」


 アイザックが笑い、拳へ熱を集める。


 直後、二人の間で炎が弾けた。


 轟音とともに熱風が訓練場を吹き抜けたが、その時にはもう鬼龍神の姿は炎の外側にある。


 そこへのぶおが踏み込んだ。


 唸りを上げて迫る木刀を、鬼龍神は紙一重でかわす。そのまま返す木刀をのぶおの肩へ振り下ろした。


 刹那、蒼銀の障壁が二人の間へ現れる。


 鈍い音が響き、鬼龍神の木刀が弾かれた。


「おお」


 鬼龍神が感心したように目を細める。


「お前、硬いな」


「ありがとうございます」


 のぶおが笑った瞬間、横から炎が襲いかかった。


「おい!」


「避けろ!」


 アイザックは悪びれる様子もない。


「三つ巴なんだろ?」


 鬼龍神とのぶおが同時に飛び退き、二人をまとめて狙った炎が地面を焼いた。


「そりゃそうだ」


 鬼龍神は愉快そうに笑う。


 最初の攻防を見届けたポリアンナが、小さく息を漏らした。


「想像以上ですね」


 咲夜姫も目を見開いている。常人では視線を向けることすら難しい速度だった。


 鬼龍神は木刀を肩へ担ぎ、面倒そうに息を吐いた。


「これ以上、老けたくはねぇんだけどな」


 そうぼやきながら、再び地面を蹴った。


 鬼龍神の姿が揺らぎ、訓練場の各所で砂埃が立て続けに舞い上がる。一か所へ目を向けた時には、すでに別の場所へ移っていた。


 それでも、アイザックは楽しそうに笑っていた。


「やっぱりな」


 鬼龍神が足を止めずに問い返す。


「何がだ?」


「お前、避ける時は広い方へ抜ける癖がある」


 鬼龍神が眉をひそめた直後、アイザックが炎を放った。


 扇状に広がった炎が逃げ道を塞ぐ。鬼龍神は僅かに開いた空間へ滑り込んだ。


「待っていました」


 そこに、のぶおが立っていた。


 振り抜かれた木刀が、鬼龍神の頬を浅く掠める。


 鬼龍神は大きく距離を取り、驚いたように頬へ触れた。


「今の、当てるつもりだったのか?」


「アイザックさんが、そちらへ撃ちましたからね」


 のぶおは穏やかに笑う。


「当たると思ったんだけどな」


 アイザックも肩を竦めた。


「お前ら、俺とは初対面だよな?」


 鬼龍神の口元が、不敵に吊り上がる。


 次の瞬間、風が弾けた。


 先ほどまでとは明らかに違う。鬼龍神の姿が残像を残し、足元から巻き上がった砂埃が遅れて後を追う。


 本来なら、これ以上《迅雷》を使う理由はなかった。


 動き続けるほど、自分の時間が失われていく。それでも鬼龍神は、久しぶりに感じる高揚を抑えられなかった。


「そう来るよな!」


 アイザックが次々と炎を放つ。


 当てるためではない。炎によって進路を狭め、鬼龍神の向かう先を限定している。


 鬼龍神が避けるたび、その先へのぶおの木刀が待ち構えていた。


 一度、二度、三度。


 鬼龍神は全て紙一重でかわしたが、ついに大きく後退した。


「すごい……」


 咲夜姫が思わず呟く。


 鬼龍神は頬の傷を指で拭い、楽しそうに笑った。


「なるほど。お前ら、本当に面白いな」


 今度は一直線に、のぶおへ迫った。


「私ですか」


 のぶおが木刀を構える。


 鬼龍神は正面から振り下ろされた木刀をかわし、その背後へ回り込んだ。振り返るより早く、木刀を薙ぎ払う。


 だが、《絶界守護》による障壁が攻撃を弾いた。


 同時に、アイザックの炎が横から迫る。


 鬼龍神が身を沈めると、炎はそのままのぶおへ向かった。


「おっと」


 のぶおは即座に障壁の向きを変え、炎を受け止める。


 鬼龍神はその隙にのぶおの背後へ回り込み、アイザックとの間へ立たせた。


「なるほどな」


 アイザックが笑う。


「今度は、のぶおを盾に使う気か」


「三つ巴なんだろ?」


 鬼龍神も不敵に笑った。


「そうこなくっちゃな!」


 訓練場のあちこちで炎が爆ぜ、地面が抉られていく。


 鬼龍神が二人の間を駆け抜け、木刀を振るう。のぶおは障壁で攻撃を受け止めながら、隙を見つけて反撃する。そこへアイザックの炎が敵味方の区別なく降り注いだ。


 誰も引かない。


 いつの間にか、全員が本気に近い動きになっていた。


「模擬戦だよね、これ?」


 もりやんが呟く。


「多分……」


 咲夜姫も自信がない。


 鬼龍神が地面を蹴り、アイザックの正面へ飛び込んだ。


「おら、来いよ!」


 アイザックが迎え撃ち、その横からのぶおが木刀を振るう。


 日御子は完全に観戦へ夢中になっていた。


「良いですのー!」


 興奮のあまり、鼻息まで荒くなっている。


 もはや模擬戦と呼べない勢いに、咲夜姫が心配そうに声を上げた。


「皆さん、そろそろ休憩にしませんか?」


 だが、激しい衝撃音に掻き消され、誰の耳にも届かない。


 咲夜姫はもう一度、大きく息を吸った。


「鬼龍神さん!」


 その瞬間、鬼龍神が動きを止めた。


「はい!」


 反射的に咲夜姫へ顔を向ける。


 しかし、アイザックとのぶおは、すでに攻撃へ入っていた。


 アイザックは咄嗟に拳の熱を散らし、のぶおも木刀を引こうとしたが、二人とも勢いまでは殺せない。


 振り抜かれた拳と木刀が、偶然とは思えないほど綺麗なタイミングで、鬼龍神の顔面へ同時に突き刺さった。


 ゴッ!!


 鈍い音とともに、鬼龍神が数メートル先まで吹き飛ばされた。


 地面を何度も転がり、仰向けになったまま動かなくなる。


 訓練場が静まり返った。


 日御子が不思議そうに首を傾げる。


「わりと弱いですの?」


「違いますよ!」


 のぶおが慌てて否定した。


「今のは事故です!」


「でも、あそこに転がっていますの」


「だから事故だって言ってんだろ!」


 アイザックも声を上げる。


 当の鬼龍神は空を見つめたまま、何が起きたのか理解できずにいた。


「鬼龍神さん、大丈夫ですか!?」


 咲夜姫が慌てて駆け寄る。


 その声を聞いた途端、鬼龍神の身体が跳ねた。


「だだだ大丈夫です」


 即答だった。


 鼻血を流しながら平静を装う鬼龍神を、咲夜姫が申し訳なさそうに覗き込む。


 散々な目に遭ったはずなのに、不思議と悪い気分ではなかった。



 少し離れた場所で、アビスは木刀を握ったまま立ち尽くしていた。


 模擬戦を終え、笑い合う仲間たち。アイザックとのぶおは鬼龍神へ謝りながら、その肩を叩いている。訓練場には、いつまでも賑やかな声が響いていた。


 アビスは遠い世界を見るように、その光景を見つめていた。


 楽しそうだった。


 眩しかった。


 気づけば、木刀の柄を握る手に力が入っている。


 やがてアビスは仲間たちから視線を外し、再び一人で木刀を振り始めた。


「……いいな」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟きながら。



【第十八話 続ける者】へ続く



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