9話 ヤニの匂いは消臭
「おはようございます!」
元気よくキレイクリーンラボに入ると——
「あ、おはよ〜。君が新しく入った子?」
そこにいたのは、ふわふわのピンク髪を揺らす少年……いや、少年“みたいな”人。
バイトの子かな?
「は、はい! 新人のミガク ココロです! よろしくお願いします!」
「こちらこそ〜。ヤニ シュウです。シュウでいいですよ〜、ココロちゃん。」
か、かわいい。
そして……あざとい。
「じゃあ、シュウさんで。」
「うん、よろしく〜。」
◇
数日後。
「おはようございます!」
と挨拶しながら入った先で、私は固まった。
シュウさんが、外のベランダで——
スパスパとタバコを吸っている。
「あ、ココロちゃん、おはよー。」
「だ、だめですよ!! まだ子供でしょ!? タ、タバコなんてダメです!! 身体壊します!!」
「え、えーー!?」
思わず掴みかかろうとしたその時。
「あれ、何してるの? 二人とも。」
ヒカルさんが顔を覗かせる。
「シュウさんが、た、タバコ! まだ子供なのに!!」
その言葉に、後ろにいたレイさんがブハッと吹き出した。
「彼…29歳。ここの最年長。」
ヒカルさんが補足する。
「え、え、えーーー!!」
私の絶叫がラボ中に響き渡った。
シュウさんは着替えを済ませ、歯磨きをし、さらに消臭スプレーをこれでもかと振りかけてから、こちらへ戻ってきた。
「わあ〜ごめんなさい。紛らわしくて〜」
ふふっと笑うその顔が、またあざとい。
「いえ……こちらこそ、早とちりしてしまってすみませんでした。」
私はぺこりと頭を下げた。
「ココロちゃんは悪くないわよ。紛らわしいのはこっち。」
レイさんが淡々と言う。
「もう〜レイちゃんってば厳しい〜」
「下の名前で呼ぶなって言ってんだろうが。」
レイさん。
シュウさんに厳しい。
「それにしても……タバコ吸うのに、すごく念入りに消臭してましたよね。やっぱり、お掃除の仕事だから気を遣ってるんですか?」
私が尋ねると、シュウさんは「うんうん」と頷いた。
「そうだね。タバコの匂い嫌いな人も多いし……キレイにしに行く人がタバコ臭かったら説得力ないでしょ? まあ、でもそれは建前で。」
「たてまえ?」
「俺、めちゃくちゃ鼻が利くの。」
「は、はあ……」
「だからね、自分が臭いのが無理。周りが臭いのはもっと無理。だから人一倍着替えるし、口腔ケアも欠かさない。」
「でも……タバコは吸うんですか?」
どう考えても矛盾してる。
「タバコはオアシスです。煙は旨みです。やめられない。でも……臭いのはいや。」
「な、なるほど……」
「変わってるわよね〜」
レイさんが手にクリームを塗りながら呟く。
「レイちゃんも変わってるよね〜」
「レイって呼ぶなって言ってんだろ、このヤニやろうが。」
し、辛辣……。
「さて、ということで。今日僕とシュウ、ココロさんの三人で行きましょう。
アブラーキさんとシズクは、別件の清掃お願いね。」
ヒカルさんが微笑む。
「わかりました!」
「は〜い」
私とシュウさんが返事をそろえる。
「わかりました……行くわよ、ヌメリー!」
「は、は、は、いいいい!」
ヌメリー先輩は慌ててレイさんの後を追っていった。
そして私たち三人は、伯爵家へ向かった。
◇
伯爵家に到着し、案内された部屋に入ると、伯爵夫人が困ったようにため息をついた。
「この部屋なんだけどね……主人がタバコを吸ってから、匂いが全然落ちなくて。壁紙も張り替えて、掃除もしてもらったんだけど……だめなのよ。
娘が妊娠していて、しばらくはここに滞在する予定なの。日当たりもいいし、広さもちょうどよくて、どうしてもこの部屋を使わせてあげたいのだけれど……。
何をしても、タバコの匂いが残っちゃってね。どうにかなるかしら?」
伯爵夫人は心底困っている様子だった。
「わかりました。お任せください、奥様。」
ヒカルさんが丁寧に頭を下げ、シュウさんも綺麗にお辞儀をする。
私も慌てて同じように頭を下げた。




