8話 頑固な油汚れはオサラバ
アブラーキさんがさっきマックスさんからもらったアップルパイを渡してくれる。
「はい、アップルパイ。」
「ありがとうございます。」
そう言って受け取る。まだほんのりあったかい。
りんごとシナモンの香りが食欲を誘う。
「それにしても、アブラーキさん、油落とすのすごく上手ですね!」
「レイでいいわよ。
私、ベタベタネチネチしたものが嫌いなの。」
「はああ……」
「男でも女でもね。」
「はあああ……」
レイさんはアップルパイを片手に、
ハンドルを軽々と回す。
その姿が妙にかっこいい。
「しかも私、低血圧でね。
朝からベタベタ油汚れなんて、テンションだだ下がりよ!」
「そ、そうなんですね。」
「ずっと気になってたんだけど、その肩の綿埃……穢れよね?」
綿埃……
確かに、わたあめが肩に乗っている。
「あ、この子はわたあめです。実は事情がありまして……」
一通り説明する。
「へぇー、そんなことがね。大変だったのね。」
レイさんは軽くハンドルを切る。
古い車なのに、動きは滑らかで様になる。
「それでここに来たわけね。
ヒカルにまんまと嵌められたわね。」
「えっ!?」
「アイツ、ああ見えて腹黒いから気をつけなさい。」
「え、あんなに優しいのに!?」
「優しい顔してるけど、怒らせると怖いわよ。」
「は、はあ……」
あんなに優しいのに……
見た目も美しいのに……
腹黒い……?
頭の中でヒカルさんの笑顔がぐるぐる回る。
そして、ラボに戻ってきた。
「お疲れ様。二人とも。」
ヒカルさんだ。
……この人、腹黒なのか?
「お疲れー。これお金。」
レイさんが報告書と一緒に料金を渡す。
「ありがとうございます。
ん? ココロさん、どうかした?」
柔らかく微笑むヒカルさん。
「い、いえ。なにも。」
腹黒……
いやいや、助けてくれたのはヒカルさんだし……
でも腹黒……?
「あー、私がヒカルが腹黒って言ったから身構えてんじゃないの?」
レイさんがサラッと言う。
「ちょ!れ、レイさん!」
「ふふ、そういうことか。」
ヒカルさんが軽く笑う。
「まあ、否定はしないかな。」
え、否定しないんだ……。
「でもね。僕、真面目に一生懸命働いてくれる子には優しいよ?」
ふっと笑う。
その目の奥が――なんか、こわい。
「い、一生懸命頑張ります!」
声が裏返った。
「良い心意気だね。
ココロさんには期待してるからね。」
「は、はい!」
ヒカルさんがふっと微笑む。
その笑顔は優しいのに……どこか底が見えない。
「ちょっと、あんまり追い込まないでよ。
まったく。」
レイさんが横からぼそっと言う。
ヒカルさんは肩をすくめて笑った。
「追い込んでないよ。
ただ、期待してるだけ」
その“期待”という言葉が、なぜか背筋にピリッとくる。
「しょ、精進します!」
声が自然と大きくなった。
ヒカルさんは満足そうに目を細める。
その目の奥が――やっぱりちょっと怖い。




