表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

7話 頑固な油汚れはオサラバ

キレイクリーンラボで働き始めて数日後…。


「今日は別件の仕事で行けないから、アブラーキさんと行ってくれるかな?」


ヒカルさんが柔らかく微笑む。


アブラーキ……?


視線の先にいたのは、

メガネをかけ、赤い髪をひとつにまとめた女性。

姿勢がよくて、無駄のない動き。

すでに準備を終えているようだった。


「アブラーキさん、紹介するよ。」


その言葉に、彼女はスタスタとこちらへ歩いてくる。


「この子は新人のミガク・ココロさん。面倒見てあげて。」


「アブラーキ・レイ。」


短く名乗ると、くるっと背を向けて歩き出した。


え、早い。


「じゃあよろしくね。面倒見が良い人だから大丈夫だよ。」


ヒカルさんはそう言って微笑むけど……

ほんとに大丈夫かな。



私は慌ててアブラーキさんの後を追う。

歩くスピードが速い。

置いていかれないように荷物を抱えてついていく。


手際よく荷物を車にいれ、走り出す。

そして現場に到着した。


外の外観は、木の看板が日焼けして色が抜け、手書きの「食堂」の文字が少し傾いているが、そのゆるさが逆に歴史を感じさせるところだ。


「今日はここの定食屋のキッチン清掃です。」


「は、はい!」


「さっさとやりましょう。」


「は、はい!お願いします!!」


アブラーキさんの後に続く。


厨房はこぢんまりしているけれど、丁寧に使われてきた気配がある。

でも、油がじんわりと染みついていて、どこを見ても“働いてきた場所”の重みがある。

壁のタイルは白かったはずなのに、薄い茶色に変わり、ところどころ油が跳ねてできた斑点が残っている。


全体的に油汚れでベトベトだ。

よし、頑張るぞ。



「ではまず、油を落とすので、この洗剤をスポンジで塗っていってください。」


「これは……?」


「Grease Dissolverグリース・ディゾルバー ― 油痕の溶滅ゆこんのようめつです。」



「ゆ、ゆこん?」


「キッチンの頑固な油汚れには、汚れを中和・分解するアルカリ性のグリース・ディゾルバーがいいんです。」


「なるほど。」


「これにもいくつか種類があって、汚れ具合を見ながら使い分けます。」


「そうなんですね。

でも、それなら初めから強い洗剤を使えば、もっとよく落ちるんじゃ……?」


アブラーキさんの手がピタッと止まった。


「それは素人考えです。」


し、しろうと……。


「す、すみません……!」


「強い洗剤を使えば、確かに落ちは早いです。

でも、そのぶん“物が傷む”。

キッチンは毎日使う場所ですから、長く使えるように守るのも仕事です。」


淡々としているけれど、言葉に重みがある。


「だから、汚れの種類と状態をよく見て、

“必要な強さだけ”を選ぶ。

それがプロなんです。」


「な、なるほど……勉強になります!」


胸の奥がじんわり熱くなる。

この人、厳しいけど……すごくかっこいい。


「それでは、これでグリース・ディゾルバーを塗ってください。

すぐには擦らず、油が浮いてくるのを待ちます。」


「はい。」


「その間に、換気扇や外せる部品は外して、40〜50℃のお湯で洗剤を入れ浸け置きします。」


別の容器を取り出し、迷いなく準備を進めていく。


「はい!」


手際が良すぎて、見ていて気持ちいい。



「そっちから擦っていってください。

そのあと、何度もよく拭き取ってくださいね。」


「はい!」


言われた通りに擦ると――


おおー!

油汚れがスルッと落ちる!


雑巾を絞って、何度も拭き取る。

よし……と顔を上げると、アブラーキさんがシンクにもグリースなんとか的なものを塗っていた。


「そっちも油がつくんですね。」


「ええ。油のついたものを洗いますし、それだけではありません。

人の手で触る蛇口にも油はついています。」


「へぇー!そうなんですね。」



「暇でしたら、これを。」


「あ、はい!」


「キッチンパネルにも油が飛んでいますので、そこにも塗ってください。

しばらく置いたら、このScraper スクレーパー― 剥離のはくりのじんで削いでください。」


手渡された道具を受け取る。

カードより少し大きいくらいの板に、薄い刃がついている。


「わかりました。」


スクレーパー……剥離の刃。名前が強そう。


「これって、壁に傷がついたりしないんですか?」


「薄い刃は、プラスチック製なので、そこまではつきません。」


「へぇー、そうなんですね。」



「そしたら、またスポンジで擦って、よく拭き取ってください。」


「はい。」


言われた通りに作業を進める。

……意外と、ちゃんと見てくれる人なのかもしれない。


「できました!」


そう声をかけた瞬間――

アブラーキさんの鋭い眼差しがこちらに向く。


ぐいっと近づき、角度を変えて細かくチェックする。


「ここ、まだ残ってます。」


そう言うと、手早くサッサッと仕上げてしまった。


その仕上がりがあまりに見事で――


「わあー!すごいです!!アブラーキさん、ピッカピカ!!」


思わず声が出た。


すると――


アブラーキさんが、メガネをスッと外した。


「そうでしょう!!!

油を落とすって気持ちいいのよーー!!!」


ふわっと赤い髪が揺れ、

さっきまでのクールな雰囲気が一瞬で吹き飛ぶ。


え?

だ、誰……?

めちゃくちゃ美人なんだけど……!


「はぁー!スッキリした!!

これで油とはおさらばよ!

あとは仕上げして終わり!」


「は、はい!」


アブラーキさんはルンルンで、

洗い終わった換気扇を軽やかに取り付けていく。


性格……すごい変わるな。

同一人物……だよね?



「マックスさーん、終わりました。」


「おお!キレイだ!

いつもありがとう。これお金ね。」


「ありがとうございます!」


「じゃあまた来月頼むよ。これ持ってって。」


紙袋を渡される。

中には、美味しそうなアップルパイ。


「いつもありがとうございます、マックスさん。」


「こちらこそ。いつもきれいにしれくれるから仕事が捗るよ。」


嬉しそうに笑うマックスさん。

頭を下げて、アブラーキさんと一緒に車へ乗り込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ