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5話 ヌメリはツルリと


「そこ、ドラゴンの口の中も洗ってくれる?」


「はい!わかりました!」


苔だらけのドラゴン像。

いま綺麗にしてあげるからね、と気合を入れて口の奥へスクラブ…もうブラシでいいや。それを差し込む。


ゴシゴシ……。


――コツン。


「……ん?」


硬いものに当たった。


「どうかした? ココロさん。」


「何かあります! 奥に!」


「変わるよ。」


ヒカルさんがドラゴンの口を覗き込む。


そして、眉をひそめた。


「……うーん、緊急事態だ。」


「え?」


「ええええ……と、とりあえず……今あるの、これだけでふ。」


でふ?


「確か…車に Hydro Forceハイドロ・フォース、水圧の撃浄げきじょうがあったから、それ急いで持ってきて。」


「はひ!」


ヌメリー先輩が全力で走り出す。

ハイドロ?

なんて?


「出るよ。ココロさん、下がってて」


「えええええ?!」


その瞬間――


ゴゴゴゴゴ……ッ


噴水のドラゴンが、動いた。


なんだって?


空間が歪むように、噴水全体がぐにゃりと広がっていく。


「な、な、な、なんじゃこれーーー!!」


「穢れだ。

シズクが来るまで耐えるよ」


「ええ!? ど、ど、どうやって!?」


ドラゴンが大きく口を開き――


ぶしゃあああああ!!


汚い苔を吐き出した。


「ひいいい!!」


ヌメヌメしてる。

汚い。

絶対に触れたくない。


ヒカルさんはブラシ一本で、その苔を華麗に払い落としていく。

なんでそんな優雅に戦えるの。


私の方にも苔が飛んできた。


無理無理無理!


そのとき――


ふわりん。


「わたあめ!?」


小さな体で前に飛び出し、苔を受け止めた。


べちゃり。


「ついちゃったー」


「あ、あとで洗おうね。

ありがとう、庇ってくれて」


わたあめを撫でながら言っていると――


ドラゴン像は、まるで石が生き返ったかのように全身を震わせた。


ゴゴゴゴゴ……ッ!


「ひ、ひ、ひぃぃぃぃ!!」


私の悲鳴と同時に、ドラゴンの目がギラリと光る。


「ココロさん、下がって!」


ヒカルさんが前に出た瞬間――


バシャアアアアア!!


ドラゴンが噴水の底から大量の水を吸い上げ、

苔まみれの津波として吐き出した。


「うわあああああああ!!」


避けきれず、私は半分だけ濡れた。

半分だけなのが逆に腹立つ。


……なんか臭い。


ヒカルさんはブラシ一本でその津波を切り裂くように払い落とす。


すごい。


「どうにかなるレベルじゃないですよこれ!!」


「大丈夫、どうにかなるよ。」


ならないって!


ドラゴンはさらに暴れ、

噴水の縁をガリガリと削りながら身をよじる。


ギャアアアアアア!!


「え、鳴いた!? ドラゴンって鳴くの!?」


「穢れが溜まると、こういうこともある。」


「説明が軽いですよ!!」




そのとき、ドラゴンがこちらに首を向ける――


ブシュウウウウウ!!


今度は苔の霧を噴射してきた。


「ひぃぃぃぃぃぃ!!」



これ、絶対かかったらダメなやつ。

そう思っていたら…


「ココロさん、それかかったら服溶けるからね!」



「え!?」



私はクルッと身をひねって避ける。


「良い動きだ。

あともう少し。シズクが来るまで耐えるよ。」


「は、はい!!

ヌメリー先輩はやくーーー!!」


すると足音!!

きたー!!


「ヒカルくん、こ、これ!」


ヌメリー先輩が震える手でホースを投げる。

その軌道は妙に美しく、ヒカルさんの手元へ吸い込まれるように届いた。


「ありがとう、シズク。

ココロさん、離れて!」


「は、はい!」


ヒカルさんが構えた瞬間――


ドォォォォォン!!


ごつい機械から勢いよく水が噴き出し、

ドラゴンの体にまとわりついた苔を一気に吹き飛ばしていく。


「す、すごい……!」


みるみるうちに苔が剥がれ落ち、

ドラゴンの本来の姿が露わになっていく。


「Hydro Forceハイドロ・フォースの中身は、ただの水じゃないよ。

“浄化水”。穢れを落とす専用のものだ。」


ヒカルさんが軽やかに着地する。


その頃には、ドラゴンはすっかり綺麗になり、

噴水の歪んでいた空間も元通りに収まっていた。



「ふー、お疲れ様。」


「お、お疲れ様です……

いまのって、何だったんですか!?」


「穢れだね。

ドラゴンの口の中に苔が溜まりすぎて、穢れに変わってしまったんだ。あとは…これが原因かな。」


そう言ってヒカルさんが手を開く。


そこには――


「ブローチ?」


赤い宝石がはめ込まれた、美しいブローチだった。


「きっと、何か負の感情を込めてここに置いた人がいるんだろうね。

置いたのか、隠したのかはわからないけど。」


ヒカルさんは一瞬だけ険しい顔をしたが、すぐに表情を切り替えた。


「さて、仕上げ入ろうか。

洗剤が残ってると痛むからね。よく洗い流そう。」


「わかりました!」


「は、は、はい。」


三人でホースを使って丁寧に水を流し、

残った洗剤と汚れを落としていく。


あれほど藻だらけでヌメヌメしていた噴水が、

今では太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。



「ピッカピカですね!!」


「そうだね。」


「……あー、き、きれいになってしまった……

ヌメリが……ヌメリが消えてしまった……

あー……つらい……つらい……」


ヌメリー先輩は頭を抱えてしゃがみ込む。


この人、何言ってんだ?

綺麗にする仕事なんだから、ヌメヌメしてたらダメでしょう。


「シズクは少し変わっててね。

ヌメヌメした汚れを落とすのが好きなんだけど、

綺麗になると不安定になるんだ。」


「は、はああ……」


少しどころじゃないよね?

だいぶ変な人だよね?


「それじゃあ、綺麗に水を拭き取るよ。」


「はい!」


「Fiber Catcherファイバー・キャッチャー ― 微繊絡みのびせんがらみのぬのを使ってね。」


「は、はい。」


いちいち名前が長い。

雑巾でいいな。

私は雑巾を手に持った。




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