4話 ヌメリはツルリと
翌日。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
私は深く頭を下げた。
「うん、よろしくね、ココロさん。
早速だけど、そこが更衣室。着替えてきて」
「はい!」
更衣室に入り、用意されていた上質な白いツナギに袖を通す。
軽くて動きやすい。ジャケットを羽織ると、気持ちが引き締まった。
「できました!」
「よく似合ってるね。今日は彼と三人で行くよ」
ヒカルさんが視線を向けた先には、黒髪で顔を伏せ、縮こまっている人がいた。
私は笑顔で近づく。
「初めまして! ミガク ココロです!」
勢いよく頭を下げる。
「……ぬ、ぬ、ぬ」
「ぬ?」
首を傾げる。
「ぬめ、ぬめりりり……」
声は震え、目はキョロキョロ。
大丈夫かな、と心配になる。
「ぬめ……りりり?」
「ぬ、ぬめ、ぬめ、ぬめり…」
「あ! わかりました!
これ、モールス信号的なやつですね!」
「違うかな。」
ヒカルさんが即座に言う。
「彼は、ヌメリー・シズクだよ。」
「ヌメリー先輩ですね! よろしくお願いします!!」
「ひぃ……むり……むり……」
「人付き合いが苦手なんだ。許してあげて」
ヒカルさんが苦笑する。
「わかりました。私はココロって呼んでください!」
「こ……こ……ころ……す……」
「いま、物騒な言葉聞こえたんですけど!!!」
「ひぃーー! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
俺なんて排水口のヌメリと一緒に流されちゃえばいいんだーー!」
「急に滑舌いいですね!!
流れないでください!!
落ち着いてくださいよーー!」
ヌメリー先輩は頭を抱えて縮こまる。
「二人とも……行こうか」
ヒカルさんが冷静に声をかけた。
車に荷物を積み込み、三人で横並びに座る。
隣のヌメリー先輩は、ずっと小声でぶつぶつ言っていた。
「おれなんて……おれなんて……キモいって思ってる……
目を合わせたら呪われるって思ってるよ……
こんなに近くてごめんなさいごめんなさい……」
念仏だと思うことにした。
決して呪いの言葉ではない。たぶん。
「はい、着いたよ」
ヒカルさんの声で、車が止まった。
みんなで荷物を下ろし始める。
「今日はここだよ。伯爵家の噴水清掃。」
まさかの噴水。
噴水が家にあるって、やっぱりすごい。
「まずは噴水の水を抜くよ。」
水が抜かれた噴水は、緑の藻でびっしりだった。
「そしてこれを使うよ。」
ヒカルさんの手には長いブラシ。
「それは??」
「Scrub Brush ― 磨き落としの毛刃と呼んでるよ。」
なんか難しい名前だ。
ブラシでよくない!?
「そして、このSoil Lifter中庸の浄液を使います。」
「ソ、ソイル?リ、リフター?ちゅうよう?」
「噴水の表面素材を傷めないように作った洗剤なんだ。
特にコーティングされた表面やデリケートな素材には、強い洗剤は使えないからね。」
「なるほど。ちなみにその洗剤はどこから?」
「うちの優秀な社員が作ってる非売品だよ。」
「へぇ!すごいですね!」
「じゃあ、シズクも一緒に擦ってね。」
「わ、わ、わ、わかりました。ヒカルくん。」
三人で一生懸命、藻をこすっていると――
ふわりん。
「ねえーココロ。手伝うことあるー?」
「わたあめ。大丈夫だよ。
というか、どこにいたの? 家で寝てると思ってた。」
「ココロのポッケのなか!」
「そうなの? 変幻自在だ。」
「へへへ!」
「そ、そ、それ……け、け、けがれ……」
ヌメリー先輩が震える指でわたあめを指さす。
どうやら“見える”タイプらしい。
「実は訳あって彼女のそばにいるんだ。
今のところ害はなさそうだから、様子見かな。」
ヒカルさんが穏やかに言う。
「そ、そ、うですか……」
ヌメリー先輩はちらちらとわたあめを見ながらも、手だけは止めずにスクラブ?なんとかを動かし続けた。




