42話 ヒカリハカゲル
キレイクリーンラボの一員として働き始めてもうすぐ一年。けれど今回の依頼は、いつもと少し空気が違う。
「伯爵家の別荘のお掃除ですか?」
「そう……。」
ヒカルさんが短く答える。
「はあ……。」
「……あそこか……。」
「い、いきたくないですね。」
シュウさん、レイさん、ヌメリー先輩までもが、
まるで合図を合わせたかのように同時に深いため息をついた。
「みなさん、大きいため息ですね……?」
レイさんは額に手を当て、天井を仰ぐ。
「あそこさ〜、金払いはいいんだけど……なんせ、穢れが多すぎるのよ。」
「そんなにですか?」
「もう、ほんとになんであんなに湧くんだろう……。」
シュウさんも肩を落とし、どこか遠い目をしている。
ヒカルさんが淡々と説明を続ける。
「とりあえず、三日間に分けて行くよ。」
「わかりました!」
「ちなみに、泊まりです。」
「えっ!?」
レイさんが苦笑しながら言う。
「伯爵家の別荘、遠いのよ〜。
部屋も用意してくれるし、食事も美味しいし、人も良いんだけど……なんせ穢れが多い。
でも湖畔もあって、景色は最高よね。」
その言葉に、別荘の静かな湖面や、朝靄の中に浮かぶ建物の姿が頭に浮かぶ。
◇
当日――。
「ずこー、ずこー、ずこー。」
……う、うるせー。
振り返ると、スイマクリさんがいつものガスマスク姿で、
重そうな機械を背負いながら呼吸音を響かせていた。
「なんでスイマクリさんもいるんですか?
普段、外に出ないはずでは?」
「……私だって、来たくて来ているわけではない。」
低い声がマスク越しに響く。
「だが、ここは穢れが多い。
機械が壊れた時にすぐ対処できるように、だ。」
「大丈夫ですか? ソウジさん。」
ユウキが心配そうに覗き込む。
「あ、大丈夫だ。」
「これ、飲み物です。」
ユウキが差し出したボトルを受け取り、
ソウジさんはガスマスクの下からチューッと吸い込む。
「ありがとう。さすがユウキ。」
「いえ。」
……なんか、師弟関係できてる。
人数は多い方がいいという理由と、“スイマクリさんの世話係”としてユウキが任命された。
異常に気に入られている。
私なんか、まだ2メートル以内に近づくと「……来るな」って空気を出されるのに。
ユウキとスイマクリさんの距離は、やたら近い。
「それにしても……良いところですね。」
湖畔がきらきらと光り、風が水面を揺らして小さな波紋を作っている。
二階建ての別荘は、外観だけ見ればとても綺麗だ。
“外側だけは”。
「問題は中よ、中。」
レイさんが別荘の玄関を指さす。
「あー、俺もう一回吸ってきまーす。」
シュウさんが、またヤニ摂取に向かった。
……さっきも吸ったよね?
消臭スプレー撒いて、着替えたばかりだよね?
またやるの? それ?ねぇ?
中に入ると――。
「な、なんか……空気が重い。」
胸の奥に、じわっと湿気がまとわりつくような感覚。
空気が淀んでいて、呼吸が少しだけしづらい。
「あ、ココロさんもわかるんだね。」
ヒカルさんが、少し驚いたように目を細めた。
ふわりん。
「確かに〜ここ、においます〜。」
わたあめが鼻をひくひくさせる。
同じ“穢れのにおい”を感じ取っているのだろうか。
「さて、とりあえず一日目は、全体の掃除機がけと建具拭き、窓掃除。
二日目はキッチンと洗面。
三日目はトイレとお風呂。」
「はーい。」
「は、は、はい。」
「はいはい。」
みんなの返事が、どこか重い。
「あと、赤い扉の部屋は入らないようにね。」
ヒカルさんが言う。
「どうしてですか?」
「うーん……そこ、“開かずの間”って言われてるから。
そもそも入れないと思うけどね。」
ヒカルさんは笑ったが、その表情はいつもより少しだけ固かった。
一日目
本当に、穢れが多かった。
ふわふわと漂う埃の穢れが、まるで意思を持って逃げ回るように動く。
「これ、ホコリいっぱいですけど、また壊れたりしませんよね!?」
私は掃除機を見ながら叫ぶ。
「大丈夫だ。ダスト・イーター改良版だ。」
端っこに座っているスイマクリさんが、淡々と言う。
「これは吸ったゴミを圧縮する。
だから前の三倍吸えるようになっている。」
「すごいです、ソウジさん!
あとで設計図見せてください!」
ユウキが食い気味に前のめりになる。
「もちろんだ。」
「すごいんですけど!!
暇なら手伝ってもらえます!?」
私が叫ぶと――
「無理だ。」
一言。くそ。
「むしろスイマクリが動いたら邪魔よ邪魔!!
図体でかいんだから、そんなところで倒れたら踏むわ!」
レイさんがキレてる。
「そ、そ、そっち行きました!」
ヌメリー先輩が指さす。
「あーもう、うっとうしい!
ふわふわすんな! さっさと消えろ!」
シュウさんは完全にやさぐれヤンキー化していた。
「上だよ! ココロさん!」
「はい!」
助走をつけてハタキを振り上げ、
逃げる埃を掃除機の方へ叩き落とす。
しゅっぽん!
レイさんが見事に吸い込んだ。
「はー、終わった。」
「お、お疲れ様です……。」
レイさんとヌメリー先輩がその場に座り込む。
「ヤニヤニヤニ……。」
シュウさんは呪文のように唱えながら外へ出て行った。
「よくやったね。」
ヒカルさんは、爽やかだけど。
ここに来てからなんだかやっぱり元気ない気がする。
二日目
キッチンと洗面。そんなに汚れていないはずなのに、どこもかしこも穢れが邪魔をしてくる。
なんなんだ。まじで!!
「あれ、ヒカルさん……疲れてます?」
少し表情が暗いような気がした。
「大丈夫だよ。
ココロさんもお疲れさま。」
……やっぱり疲れてるのかな?
ヒカルさんの笑顔はどこか張りついて見えた。




