41話 パーティーですわ
「はあー、それにしたってつっかれたー。
お腹空きましたー。」
座席に沈み込むと、全身から力が抜けていく。
ヒールで立ちっぱなしだった足がじんじんする。
ひょいっとヒールを脱ぐ。
「ねぇ、それよりもさっきのなに?」
「へ?」
ヒカルさんは、さっきまでの“貴族スマイル”を完全に捨てて、じとっとした目でこちらを見ていた。
「だれが? 情熱的で? 可愛がってるって??」
「あー。
レイさんとシュウさんにいわれたんですよ。
ヒカルさんとの関係を聞かれたら、このストールを外して上目遣いで、それっぽいこと言えって!」
「……あの二人か……」
こめかみを押さえるヒカルさん。
スーツ姿のまま深いため息をつく姿は、いつもの作業着より妙に大人っぽい。
「うまくできてました?」
「かなりね。……あとがこわいけど。
それより、それどうしたの?」
鎖骨を指さされる。
「あー、レイさんになんか吸盤でやられました。
なんなんですかね? これ。」
「……。ココロさんは何も知らずに真っ直ぐ育ってね。」
「あ、はい。」
「はあ、あ、あ……」
深いため息が、車内に静かに落ちる。
(そんなに疲れたのかな……
いや、むしろ私のほうが疲れたんだけど……
でも、ヒカルさんも大変だったんだろうな……)
窓の外を流れる街の灯りが、二人の沈黙を優しく埋めていく。
(……美味しそうな肉だったな。
ほんとにあとで食べさせてくれるのかな……)
お腹がぐぅ、と鳴りそうで必死にこらえた。
「まあ、とりあえず助かったよ。ありがとう。」
ヒカルさんがふっと柔らかく笑った。
その笑顔は、普段の冷静さとは違う、どこか安心したような温度がある。
「いえいえ。」
私が答えると、彼は少し首を傾げて尋ねてくる。
「何が食べたい?」
「肉!!」
即答すると、ヒカルさんは目を瞬かせ、すぐに吹き出した。
「はいはい。じゃあステーキ焼いてあげる。」
「ポテトもつけてくれますか!?」
「わかったよ。」
「デザートは!?」
「生意気だな。プリンがあるよ。」
「やったー!! 早く帰りましょう!!」
嬉しさが抑えきれず思わずバンザイする。
「はいはい。」
ヒカルさんは呆れたように肩をすくめながらも、口元は緩んでいた。
そしてヒカルさんの自宅で、美味しいステーキを焼いてくれて、マッシュポテトまで添えてくれた。
ふわふわのパンに、温かいスープまでついてきて、
さらにデザートには、プリンの上に生クリームとフルーツをのせて、プリンアラモードにしてくれた。
「美味しいです〜! もう最高!」
「それは良かった。……口の端にクリームついてる」
「えっ!?どこですか!?」
「ここ」
と、ためらいなく指差される。
私は反射的に、ベローッと舌でなめ取った。
「……下品」
「すんません!」
「まあ、でも…いい食べっぷりだね」
呆れ半分、笑い半分のヒカルさん。
なんだかんだ、やっぱり優しい人だ。
◇
後日 ― ラボにて
シュウさんとレイさんが、机に肘をつきながら新聞を広げていた。
二人とも妙にニヤニヤしている。
「なんですか?それ?」
私は気になって、ひょいっと覗き込む。
――そして目に飛び込んできた大見出し。
『カガヤ伯爵家 次男に熱愛発覚
お相手は歳下の令嬢
可愛いがられ、手取り足取りの関係!?
キスマークが物語る!』
「な、なんじゃこりゃあーーー!?」
声が裏返る。
心臓が跳ね、顔が一気に熱くなる。
「く…はははは! やば! 面白すぎ!」
「ふふふ。いや、予想以上。」
シュウさんとレイさんは、机を叩きながら笑い転げている。
待って待って!
「え、これって、そういう感じに取られたってこと!?」
私は震える指で自分の鎖骨を指さす。
――レイさんが吸盤でつけた、あの丸い跡。
「まあ、でもこれでヒカルもお見合いの話は来ないでしょ? 良かったんじゃない。く、ふふふ。」
「いや〜熱愛って。やばい、面白すぎる。」
二人は涙を拭いながら笑い続けている。
「わ、悪い大人だー!!」
私は思わず指を突きつける。
「なによ〜いいじゃない。」
「そうだよ。」
二人とも全く悪びれない。
むしろ楽しんでいる。
「本当に悪い大人だねー。」
背後から、空気が変わった。
低く、しかし穏やかな声。
振り返ると、ヒカルさんがニコニコしながら立っていた。
その笑顔は、氷点下の温度を含んでいる。
彼は新聞をひょいと取り上げ、記事を一瞥した。
そして、笑顔のまま目だけが笑っていない表情になる。
「君たち二人には、それ相応の仕事を与えるから覚悟してね?」
有無を言わせない、完璧な“微笑み”。
レイさんとシュウさんの顔から、みるみる血の気が引いていった。
その後…
レイさんは、キッチンの頑固な油汚れと一週間格闘することに。
シュウさんは、誰も入りたがらない“臭い部屋”の掃除を任された。鼻がきくシュウさんには地獄だっただろう。
二人とも、一週間後には魂が抜けたような顔で戻ってきた。
そして私は心に誓う。
ヒカルさんは、絶対怒らせない。




